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3巻

3-3

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 水竜巻が収まり、キラリと光るものが空から落ちてくる。
 ザクリと地面に突き刺さったのは、紅い剣。
 あれは――宝剣フレイブランドか。
 ワシは駆け寄って拾う。引き抜くと、その刃は紅い光を放っていた。
 太陽の光が反射して輝くさまは、まるで炎のように美しい。
 そういえば、ワシはこのての武器を持ったことがなかったな。
 魔導を込められた武器は非常に高額なわりに効果が低く、一種の趣味装備なのである。
 非効率な武具は好きではないが……まぁせっかくだし、試してみるか。
 確か剣を握って念じれば、レッドボールが出るのだったな。
 フレイブランドを近くの岩にかざし、レッドボールと念じてみる。すると剣から火の玉が飛び出し、岩を粉砕した。
 妙に威力が高い……というか、この威力はワシのレッドボールではないか?
 話に聞く趣味装備なら、ここまでの威力を出せるわけがないのだが、実は本人の魔力に依存するのだろうか。

「おっ、フレイブランドじゃない。これ、結構高く売れるのよね~」

 レディアがひょいとのぞき込んでくる。
 丁度いい。レディアで試してみるか。

「レディア、これを使ってみてくれるか?」
「ん? いいけど」

 フレイブランドを渡すと、レディアはそれを上段に構えて振り下ろした。
 おいおい、フレイブランドの使い方を間違えてないか?
 そう思った瞬間、火の玉が剣先から飛び出した。

「なっ……!?」

 火の玉は地面にぶつかり、小さな爆発を起こした。先程、ワシが出したレッドボールほどではないが、そこそこの威力である。
 どうやら宝剣で魔導を発動させるには念じる必要はなく、ただ振るえばいいらしい。
 ……知らなかった。
 いや、待てよ?
 これは、面白い使い方を見つけたかもしれない。

「悪いがレディア、それを返してくれ」
「ん、いいよん」

 レディアからフレイブランドを受け取り、剣を振るう。
 先ほどと同じように剣先から、火の玉が飛び出す。やはり特に念じる必要はないようだ。
 しかし、最初の一発よりは威力が低い。

「いいな~それおもしろそうっ! ね、ゼフ、私にも貸してよ」
「後でな」

 ミリィがワシの肩に手を乗せてねだってくるが、ワシは適当に返事して、フレイブランドを振り続ける。そのたびに飛び出す炎の球。確かにこれは面白い。

「よし、大体のタイミングはつかめたな」

 今度は、剣を振って火の玉が飛び出すタイミングで、タイムスクエアを念じてみた。
 剣先が赤くなった瞬間に時間が止まり、その間にレッドボールを二回念じる。
 時間停止が解除されると、剣先から放たれた火の玉とワシのレッドボールダブルが交わり、燃え盛る火炎弾となり飛んでいく。
 遥か遠くで大爆発を起こしたそれに、全員が息を呑む。

「レッドボールトリプル……といったところかな」

 それにしても、初等魔導であるレッドボールでここまでの威力が出るならば、中等魔導を込めた武器ならどうなるのだろうか。
 魔導を重ねて発動させる。その無限の可能性に、思わず口元がゆるんでしまう。

「……レディア、魔導を込めた武器を作ることはできるか?」
流石さすがに、そんな武器は無理だよ~」

 残念ながら今のレディアにはできないようだが……いつの日かワシの望むものを作れる日が来るかもしれない。

「うぅ、私にも貸してよぉ……」
「ボクも使って見たいかも……」

 物欲しそうな顔でワシを見る、ミリィとクロードであった。
 それにしても、宝剣フレイブランドか。
 合成魔導に新たな可能性見つけたり、といったところかな。


     ◆ ◆ ◆


《ゼフ……おいゼフ、聞こえるか?》

 ――深夜、セルベリエからの念話が届く。
 おい、今は真夜中だぞ。たまたま起きたばかりだからよかったようなものの……

《……セルベリエ、今、何時だと思っているのだ》
《寝る前だったか?》
《いや、今起きたところだが》
《ならよかった》

 いやよくないだろう。
 常識がないのかこの人は。忠告の一つもしておくべきだろう。

《……セルベリエ、深夜に念話をかけるようなことはしないほうがいいぞ。ワシだからまだいいようなものを……》
《安心しろ。他に話す相手もいないしな》

 悲しい事実を知ってしまった。知り合いの一人もいないのかよ。

《ま、まぁいい。それで何か用なのか?》
《昼間はサニーレイヴン、ちゃんと倒せたか? 時間と場所を聞いておきたい》
《あぁ……》

 セルベリエに時間と場所を教えると、特に抑揚なく、そうかと答えた。

《また連絡する》
《わかった》

 そっけなく返事をし、念話を切ってしまう。
 どうもセルベリエとは、念話だとコミュニケーションが取りにくいな。

「……しまった、ワシの方から念話が送れないのをまた言い忘れてしまったな……まぁ次は忘れないようにしよう」

 反省はさておき、目も完全に覚めてしまった。
 狩りを始める前に、スカウトスコープを念じる。


 ゼフ=アインシュタイン
 レベル44
 魔導レベル
  緋:32/62
  蒼:31/87
  翠:33/99
  空:32/89
  魄:34/97
 魔力値
  2016/2026


 グロウスのおかげで、レベルの上がり方が凄まじい。毎日何か一つは上がっている気がする。
 金もかなり稼げるようになったし、そろそろ首都の方に行ってもいいかもしれないな。
 一段落したら、それも検討することにしよう。
 現在メインの狩場にしているワナルタ都市遺跡のボスは、非常にレベルが高い。
 今のワシらでは勝つことなど不可能だ。
 前世での全盛期のワシと同じレベルの冒険者が何人も集まって、やっとまともに戦えるくらいだろう。

「そうだ、今日はグレインがやっていたように、アインを魔物と戦わせて鍛えてみるか!」

 ……だが、夜は呼び出してもすぐ消えてしまうしな。
 今日はサンレイ山脈に行き、帰りがけにふもとにいるストーンゼルと戦わせよう。
 ストーンゼルは自ら攻撃をしてこないので、戦わせやすい。
 ……しかしアインの奴、どんなふうに戦うのだろうか。
 アインがぽこぽこと両手を振り回して敵と戦うのを想像し、思わず苦笑する。

「……ふっ、まぁ強化の魔導を使えば何とかなるか」

 レディアからアレも受け取ってあるしな。
 楽観的に考えながら、ワシはサンレイ山脈に向けてテレポートを念じるのであった。


 ――まだ夜も深い中、ワシはサンレイ山脈の中腹でロックバードとたいしていた。
 突進してくるロックバードの攻撃をかわし、すり抜けざまに宝剣フレイブランドで斬りつけながら、グリーンボールを念じる。
 斬撃の後、グリーンボールの衝撃がロックバードを襲う。地面を何度かバウンドし、ピクピクとけいれんするロックバード。
 ワシは剣を振り下ろしながら再びグリーンボールを念じた。突き刺さる衝撃でロックバードは消滅し、地面にはヒビだけが残った。

「……やはり、タイムスクエアなしで合成魔導をヒットさせるのは中々難しいな」

 ワシの剣筋が不安定なため、フレイブランドによる魔導発動のタイミングも安定せず、それに合わせて魔導を念じても上手く合成できないのである。
 練習の素振りならともかく、実戦でこれを敵に当てるのは容易ではないだろう。
 剣と魔導、どちらも達人であればそれも可能なのであろうが。
 慣れるまでは、タイムスクエアを挟んでから合成魔導を撃ったほうがいい。
 それにしても、ロックバードは夜は眠っているのでさくてきが大変である。
 暗いので定期的にレッドウェーブを念じ、周囲を索敵&攻撃。
 攻撃が当たればこっちに向かってくるものの、ここまで手間をかけるなら他の狩場にしておけばよかったな。

「まぁアインをストーンゼルと戦わせるという目的もあるし……っと、そろそろ夜が明け始めたか」


 テレポートでふもとまで下りる頃には、もうだいぶ明るくなっていた。
 更に、丁度いい具合に足元にストーンゼルがゴロゴロと転がってくる。
 サモンサーバントを念じると、光と共にアインがあらわれた。

「なーに?」
「よし、アインよ、そこのストーンゼルを倒すのだ」
「ほえ? たおす……?」

 そう言うとアインはきょとんとした顔でワシを見てくる。
 ……わかっていたさ、一番の問題はアインに言うことを聞かせることだと。

「あの石みたいなやつを攻撃するのだ。戦え、アイン」
「ん~わかったっ!」

 元気よく返事をするアイン。ストーンゼルに近づき、ぺちぺちと手のひらで叩いている。
 ……おい、戦えだぞ。叩けではないぞ。
 不安に思いながら低レベルな戦いを観察していると、ストーンゼルがごろりと回転してアインを押し潰す。
 あ……負けおったぞアインの奴。
 ストーンゼルがゴロゴロと転がると、押し潰されたアインは地面に大の字にめり込んでいた。

「えーと……大丈夫か? アイン」

 少し心配になり声を掛けると、アインはボコっと土を落としながら立ち上がる。
 土に汚れた顔は、初めて見せる怒りを表しつつも、少し涙ぐんでいる。

「……もーおこったーっ!」

 ストーンゼルに飛びかかり、両手をぐるぐる回しながらぽこぽこと叩くアイン。
 その姿は、先程ワシが想像した戦い方と同じで、思わず笑ってしまった。
 ……いかんいかん。なごんでいる場合ではないな。
 ストーンゼルは硬い岩肌に包まれており、物理攻撃に対する耐性が高い。
 アインのあの攻撃では、ダメージはほとんどないだろう。

「アイン、ちょっといいか?」
「なによっ!」

 鼻息荒く、強い口調で返事をするアイン。意外と好戦的な性格なのかもしれない。

「いいからこっちに来い」

 アインはストーンゼルとの戦闘を止め、むすっとした顔でこちらに飛んでくる。だいぶ興奮しているようだ。

「落ち着けアイン。そのままじゃ、いつまでやっても倒せないぞ」
「そんなことないもん!」

 いや、そんなことあるだろう。
 スカウトスコープで見たが、ストーンゼルには3ダメージしか入っていない。

「これを使ってみろ」

 そう言って、以前レディアに作ってもらっていた武器を渡す。
 針のように尖った細身の剣、とつに特化したレイピアである。ただしアインに合わせて小さく作られてはいるが。

「これで奴の岩の隙間を狙うんだ」
「わぁ、すごい……おじいありがとっ!」
「礼はワシでなくレディアに言ってやれよ」
「れでぃあ? だれ?」

 全く覚えられていない。哀れレディア。

「この間一緒にいただろう。ほら、髪を結んだ背の高い……」
「ん~わかんないっ!」

 やはりダメみたいである。今度改めてレディアを紹介してやろう。
 とりあえずアインにレイピアを渡すと、気に入ったのかブンブンと振り回している。
 早くも嫌な予感がしてきた。

「アイン、それは振り回すものではなく、突いて攻撃するものでだな……」
「てやーっ!」

 ワシの注意にも耳を貸さず、その細い刀身でストーンゼルを斬りつける。
 折れる――ワシがそう思った次の瞬間レイピアはくにゃりとしなり、反動でアインを弾き飛ばした。
 おお、見た目以上に丈夫だ。やるなレディア。こうなることを予測していたのかもしれない。
 コロコロと転がるアインをワシは手で受け止める。
 驚いた顔でこちらを見てくるアイン。

「びっくりした~」

 楽しそうに笑うアインに、アドバイスをする。

「隙間を狙って、突くんだ」
「うん、わかった!」

 ストーンゼルをブルーウォールで固め、動きを止めてやる。
 そこをアインが突き刺すと、ストーンゼルがびくんと震える。
 拙いアインの攻撃でも、少しはダメージを受けているようだ。
 アインに攻撃力増強合成魔導であるレッドグローブダブルを念じると、炎がアインの両手を包みこむ。これで多少はましになるだろう。

「えいっ! やあっ!」

 掛け声と共に、ワシがばくしたストーンゼルにつんつんと刺突を繰り返すアイン。
 うまく狙うのが難しいのか、半分以上は隙間ではなく岩肌に当たっているな。これは時間がかかりそうだ。
 暇なので、ワシはストーンゼルをスカウトスコープで見てみる。
 アインの一撃につき、10程度のダメージしか食らっていないようだ。
 うーむ、まどろっこしいな。
 やきもきしながら見ていると、アインの何度目かの攻撃でストーンゼルが消滅した。
 ワシはあくびをしながらスカウトスコープでアインを見る。
 レベルが一つ上がっているようだ。
 ……ま、効率がいいのかどうかはわからん。
 とりあえず、アインは何かをやり遂げた顔をしているし、良しとするか。

「おじい、ごはん~」
「はいはい、ちょっと待っていろ」

 ねだるアインにジェムストーンを与える。
 アインはコリコリと美味しそうにかじり出した。相変わらずいい食べっぷりである。
 その後も何度かストーンゼルと戦わせ、朝食の時間が近くなったのでアインを帰らせた後、ワシは街に戻ったのであった。




 3


 ――ワナルタ都市遺跡、二階層。
 以前から何度も足を運んでいるが、相変わらず敵の数が少ない。
 グレインの奴が魔物を一ヶ所に集め、使い魔のレベル上げをしているからだろう。
 ここはワシらにとっても背伸び……つまりレベルの高い狩り場なので、魔物の数が少ないのは一向に構わんのだが。

「行くよ、ゼフっ!」
「あぁ」

 ミリィがブルーゲイルを念じ、ワシがその発動に合わせてタイムスクエアを念じる。
 時間停止中に念じるのはブルーゲイルを二回。ミリィのブルーゲイルとタイミングを合わせ、解き放つ。
 ――三重合成魔導、ブルーゲイルトリプル。
 天井にも届くほどの巨大な水竜巻が、レイスマスターと取り巻きのミストレイスを捉え、一撃のもとにほうむり去った。

「しかしすごいですね、その技」
「なんかもう、二人だけでいいんじゃないかな……」
「そ、そんなことないってば!」

 言葉とは裏腹に、ミリィは嬉しそうだ。
 しかし、ワシとミリィの三重合成魔導は、まだまだ成功率が低い。
 十回やって一回うまくいくかどうか、というところだ。
 自分のタイミングで撃てる宝剣での多重念唱と違い、ミリィとの合成魔導は難しい。
 しかしブルーゲイルトリプルの威力は凄まじく、感覚的にダブルの二倍以上はありそうである。
 合成魔導というのは、二重合成だけでも威力が跳ね上がる。四重、五重と合成していけば、その威力は飛躍的に上がっていくのかもしれない。
 なんとも恐ろしい話だ。
 これからワシがすべきことは、タイムスクエアのレベルを上げ、時間停止時間を延ばすことだろう。現状では初等魔導のレッドボールすら、三重合成することができないからな。

「止まって、皆」

 レディアの声に、皆が立ち止まる。
 レディアが指差す先にいるのは、あの二人の使い魔を引き連れた、グレインだった。
 狩りはもう終わったのか、初めて出会った時に使っていたポータルとかいう移動系の魔導で青い光を生成し、その中に消えていくところだった。

「あの人、帰ったのでしょうか?」
「そのようだな」
「ふん、せいせいするわね!」

 ミリィは腕を組み、鼻息を荒くしている。
 しかしグレインが帰ったことで、奴が溜め込んでいた魔物が散らばり、ダンジョン内の魔物の密度が高まってしまうな……

「階段付近まで戻ったほうがいいかもしれん。これから魔物が増えるだろうし、すぐ戻れるところでミリィとの合成魔導の練習をしたい」
「そうですね、無理はやめておきましょう」
「むぅ、調子出てきたトコなのに……」
「ダメよ~ミリィちゃん、文句言ったらさ~」

 レディアがミリィを後ろから抱きかかえながら、その小さな身体をふにふにとでると、ミリィが小さく悲鳴を漏らす。

「ひゃっ! ちょ……やめてよレディアぁ」
「ふふ~、じゃあ言うことを聞く?」
「聞かないなんて言ってないでしょ!」

 ミリィは身をよじりながら、レディアの魔手から逃れようともがく。
 だがレディアの腕は一度相手を捕らえるとまるでタコのように絡まり、気が済むまで離さないのだ。

「おじい、こわい……」

 クロードの胸に隠れていたアインの声に気づき、レディアはピタリと動きを止める。
 そしてぎこちなくアインの方を向き、怪しげな顔で微笑みかける。
 怖いぞレディア。

「わ、私はコワクナイヨ?」
「こわいもんっ!」

 レディアの気がゆるんだすきに、ミリィがレディアの腕から逃げ出した。
 アインは、クロードの胸にまた潜り込む。
 二追う者は一兎を得ず、といったところか。
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