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(大丈夫か? カナタ)
(あ、あぁ)
アリッサに抱きとめられ胸が顔に当たっているので、別の意味で大丈夫ではないが。
このままだとそちらの方に集中力を取られ、折角極限まで薄くした魔力が戻ってしまう。名残惜しみつつもアリッサから離れ、グリーズから逃げ出すことにする。
(あまり早く動くと見つかる可能性があるからゆっくりと、な」
(言われてもそんな早く動けないよ)
この状態を維持するだけで精一杯で、歩いているだけで魔力が漏れてしまいそうだ。
忍び足で逃げる事しばし、何とか距離を取った俺たちは岩陰に身を潜め、大きく安堵の息を吐いた。
その拍子に魔力の密度が上がりそうになるのを何とかこらえる。グリーズはまだ間違いなく、俺たちを探している。
「……とりあえずここまで逃げれば、少しは安心だろう」
「あのグリーズってやつさ、アリッサを執拗に狙っていたけどもしかして……」
「あぁ、私が先日仕留めた子グリーズの親、だろうな」
やっぱりそうか。なんとなくだが、アイツの魔力の感じが先日仕留めた子グリーズに似ていたからな。
となればここで逃げてもまたいつか……。
「倒すしかない……だろうな」
アリッサも同じことを思ったようだ。
わざわざ俺たちを待ち伏せて狙う程の執着。逃げおおせてもまた俺たちを狙ってくるだろう。
しかし今、ここでなら。
奴に気付かれぬ程の距離はあるし、アリッサが全力で魔力を込めた矢の一撃であれば仕留める事は可能なはずだ。
「俺が囮になるから」
「ダメだ」
速効で拒否られてしまったが、こちらも引き下がるつもりはない。
「あの分厚い毛皮はアリッサじゃないと貫けない! 一人で避けながらあいつを倒せるほど魔力を貯められるか!? 無理だろうが!」
「私を侮るなよ? カナタがわざわざ危険を犯す必要はどこにもない」
興奮する俺を諭すように笑うアリッサであったが、やはり無茶だ。
距離はあるが、アリッサが魔力のチャージを始めた瞬間、奴は気づくだろう。あの巨体、速さであれば、この距離まで一瞬で近づかれてしまう。魔力を貯めている間はアリッサは無防備。グリーズの攻撃を防ぐ手段はないだろう。
しかしそれはあくまで俺の妄想でしかない。
大丈夫というアリッサには、もしかしたら何か考えがあるのかもしれない。
「……わかったよ、でも失敗して危なくなった時は俺に盾役を任せると約束してくれ」
「ふふ、そう言われると今度は私にプレッシャーがかかってしまうな……わかったよ、約束しよう」
「なら、いい」
困ったような笑顔を返すアリッサに、俺は真剣な視線を返した。
グリーズから更に離れ、俺たちは丁度奴を見下ろせる大きな樹に登る。
俺は太い枝に腰かけたアリッサから少し離れ、いつでも動けるよう構え立つ。
「さて」
アリッサは弓を構え、矢をつがえる。
弓を構えたアリッサはその雰囲気が変わり、全身全霊を狙撃に集中しているようだ。
その集中力は先刻の狩りで見せたものとは比べ物にならない。まるで全身の意識を全てその一撃に込めているような。
小さな木製の矢尻に、凄まじいまでの密度の魔力が込められていく。
近くで佇んでいるとよくわかるが、これは弓矢を樹術で鋭く、しなるように強化しているのだな。
まるで鉄のように鋭く光る矢と、ゴムのようにしなる弓。そこに込められた魔力は凄まじく、これが直撃すればあの巨体と言えどただでは済まないだろう。
それは遠く離れたグリーズも当然気づいたようで、森から顔を出しこちらへと鼻先を向けてきた。
「気づかれた! アリッサ!」
「あぁ」
俺たちに気づいたグリーズはすぐに四つん這いになり、こちらに突進してくる。
森の中へ埋まったその身体を確認する事は出来ないが、ガサガサと揺れる枝葉、その激しさで猛スピードでこちらに近づいてくるのがわかる。
姿が見えないのが逆に怖い。
しかしアリッサはそれに動じる様子もなく、つがえた矢をキリキリと引き絞っていく。
「ゴガアアアア!!」
グリーズの咆哮が響き渡り、俺たちのいた周囲の木々の葉が舞い散る。
その隙間から見えるのは、怒り狂い木々をへし折りながら突進してくるグリーズの姿。
暴れ狂うその姿に、俺はビリビリと背筋が凍るような感覚を受けた。
「――――よし、姿が見えて狙い易くなったな」
しかしアリッサはといえば、冷静極まりない。何ともはや頼もしい限りである。
グリーズと俺たちの距離はどんどん詰まっていく。
100、50、20……。
近くに来たグリーズの迫力は凄まじい。
衝撃のようなプレッシャーに思わず仰け反る俺を尻目に、アリッサの眉がぴくりと動く。
(いく……!)
「疾(シ)っ!」
一息と共に、アリッサの弓から閃光のような矢が放たれた。
わずか10メートル、グリーズの巨体を考えると鼻先にも近い距離で放たれたそれは、グリーズの脳天に真っ直ぐ撃ち出される。
(完璧な一撃! 避けられるタイミングじゃねー!)
グリーズの眉間、そこへ吸い込まれるような一撃はしかし、グリーズの頭皮を削り虚空の彼方へとぶっ飛んでいった。
「外れた!?」
直後地響きが鳴り響き、俺たちが立っていた大木が大きく揺れる。
グリーズがその太い幹にぶち当たったのだ。
「アリッサ!」
魔力を出し尽くして動けないアリッサを抱え、俺は地面へと着地する。
その衝撃で足がじーんと痺れ、がっくりと膝をつく。
「す、すまないカナタ」
「アリッサのせいじゃないさ……あのグリーズ、タイミングよくこけやがったんだ」
アリッサの矢が命中する直前、グリーズは何かに躓いたのか、ずっこけて俺たちが乗っていた樹にぶつかってきたのだ。
お陰で奴は頭皮が削れてハゲ頭になっただけ。
樹に思いきり頭突きをかましたグリーズは、ピンピンしてるどころかむしろ怒りでパワーアップしているようにも見える。
「く……っ!」
もう一度、背中から矢を抜いて素早くつがえるアリッサだったが、そうはさせじとばかりにグリーズはその巨腕をこちらに振りかぶってくる。
アリッサはそれを避けるべく後ろに飛び退く、が。
「カナタっ!?」
俺はその場に立ち塞がった。
「早く逃げろ! カナタっ!」
「言っただろ? アリッサがミスったら俺が盾役になるってよ」
「な……っ!?」
大きく飛び退いて俺との距離が離れたアリッサに、親指を立てて任せろとジェスチャーする。
驚愕に目を見開くアリッサから視線を、グリーズの振り下ろされる剛腕へと移す。
(でけぇ!)
まるで鉄柱のような巨腕。そこから振り下ろされる一撃が俺の眼前に迫る。
「カナタぁーーっ!!」
アリッサの叫び声は、グリーズの巨腕が振り下ろされる打撃音にかき消された。
グリーズの重い一撃で地面へと押し込まれ、背の、四肢の骨がみしみしと悲鳴を上げていく。
足元は既に地面にめり込み、しかしまだズブズブと身体が沈んでいく。
「ぬ……ぐぐぐ……!」
重い――――だが耐えられない程ではない。
地面とグリーズの肉球が柔らかくて助かったといったところか。
これが爪の部分なら真っ二つに斬り裂かれて死んでいるだろう。
それにしてもあんな高い所から飛び降りたり、こんな重量を受け止めたりと、俺も人間離れしてきたもんだ。
身体能力だけではない。グリーズの肉球を受け止めるべく獣化させた片腕、更に衝撃を防ぐ為、全身に纏わせた金毛に目がいく。生き物を食べる事でその特性を得る力。人間離れしたこの力だが、そのお陰で何とか今も生きている。
「ぬっ!?」
不意に上から押し付けられる感覚が消え、すごい勢いで空中へと持ち上げれていく。
グリーズは俺に再度一撃を叩き込むべく、もう一度腕を振り上げたのである。
奴の肉球に食い込んでいた俺の爪のせいで、引っ張り上げられてしまったのだ。
「やっべぇっ……!」
何とか逃げようと空中で足をバタバタ動かすがそれだけである。
このままでは空中から勢いをつけて地面に叩きつけられてしまう。
しかしアリッサが何とかしてくれれば。
上手く行けば彼女の矢は既にチャージを終えており、すぐにでも攻撃に移れる可能性もある。
(助けてくれるハズ……)
そう願いアリッサの方へ目を向けると、そこには呆然と、ただ立ち尽くすアリッサの姿が見えた。
俺が潰されたと思って、心の糸が切れてしまっているのだろうか。
「カナ……タ……」
ぽつりと呟くアリッサに、俺は叫んだ。
「ボケっとするな、アリッサーっ!!」
俺の声にハッとなったアリッサは、弾かれたように後ろへ飛び、矢をつがえる。
俺が奴の掌の上で生きている事に気づき、ちゃんと戻ってきたようだ。
即座に放たれる矢がグリーズの腕を突き刺し、その衝撃で弾き飛ばされた俺は、地面へ着地しアリッサの元へと駆けた。
「……すまん」
「任せろって言ったろ?」
「それも含めて……な」
そう口にするアリッサの心にもはや揺らぎは無いようだ。まるで空っぽのようだったその身体に、急速に魔力が満ちていく。体内で魔力を練り、生成しているのだろう。
しかし先刻全身全霊の一撃を外したせいか、その速度はかなり遅い。
グリーズも先刻自身を殺しかけた攻撃を警戒しているのか少々後ずさる――――と思ったらグリーズは下がった所にあった大岩を手に取り、アリッサへとぶん投げてきた。
「くっ……」
アリッサめがけ飛んでいく石弾、流石に避けられる距離ではない。
やむなく半分ほど魔力を込めた矢を大岩へ放つ。
矢は大岩の見事中心に当たり、びしびしとヒビが入った直後、大きな音を立てて粉々に砕け散った。
砕いた破片を巨腕の一薙ぎで吹き散らし、グリーズがあらわれる。
そのままアリッサへと突撃するグリーズであったが、アリッサはゆっくり目を閉じてまた矢をつがえていく。
――――先刻の約束の通り俺に、自身の盾役を任せたのだ。
アリッサに信頼されている。そう思うと俺の心臓がどくんと高く鳴った。
信頼には応える。アリッサは絶対に、守って見せる。
「うおおおおーっ!!」
気を振り絞るように声を張り上げ、魔力を全身に漲らせていく。
地面を強く蹴り、グリーズの眼前に飛ぶと、その横っ面を思い切りぶん殴った。
獣化した拳による一撃、しかし奴は大して効いていない様子で、ぎろりとこちらを睨み付けてくる。
凄い迫力……だが絶対先には行かせねぇ!
「どおりゃああーーっ!!」
連打、連打で拳を繰り出し続け、グリーズの意識をこちらへと向けさせる。
奴はうざったそうに突進を止め、こちらを振り向いてきた。
(いいぞ、そのままこっちへ……っ!?)
と、グリーズはまるで犬が濡れた身体を乾かすように、ぶるるとその身を振るわせてきた。
旋風のように振り回される剛毛が俺の身体を巻き込み、そのまま大きく吹き飛ばす。
思いきり地面に叩きつけられた俺は大きくバウンドし、グリーズの後方、アリッサからは更に遠くへと転がっていく。
ハエでも払うかのように俺を弾き飛ばしたグリーズは、アリッサを狙うべく、また歩を進め始める。
「ま……てよ……」
が、その動きはぴたりと止まった。
グリーズが不思議そうに動かぬ自身を見ると、その身体を何本もの金毛が覆っている。幾重にも絡み付いたそれが、グリーズの身体を拘束しているのだ。
俺が生成した金毛。先刻の連打と共に奴の身体に巻きつけていたのである。
(俺の獣化した拳を完全に防ぐ程の丈夫さを持つワイアドバウの金毛、それが何重にも絡まってるんだ。動けるわけねぇ……!)
が、それでもグリーズは歩を止めない。
ずり、ずりと金毛を絡ませたままアリッサの方へと進んでいく。
グリーズを捕らえた金毛は周囲の木々や俺の身体に巻き付けられているが、それらはへし折れ引きずられ、俺の手足に巻き付けていた金毛も切れそうな程に張りつめている。
俺の身体を金毛が締め付け、手足にうっすら血が滲んでいく。
「は、やく……! アリッサ……」
アリッサからの返答はなかった。
代わりに彼女が返してくれたのはグリーズへの強烈な殺気。
つがえた矢から発するそれは、グリーズの命を刈り取る為その台座からその頭部へと狙いをつける。
だがアリッサは矢を放たない。――――放てない。
完全に警戒をしているグリーズはその太い腕を頭部に回し、じりじりと近づいてきているのだ。
あれでは腕は吹き飛ばせてもそれで威力が殺され、致命傷にはならないだろう。
そして矢を放ち、完全に無防備になったアリッサは……。
(俺が何とかしねぇと……っ!)
とはいえ何か……周りを見渡すと、俺の背丈ほどの大きな岩が見えた。
その一部は少し削れており、先刻グリーズはこの大岩に躓いてコケたのだろう。
(そうだ、こいつを使えば……っ!)
腕から数本の金毛を生成し、束ねて大岩に巻きつけた。
ぐいと思い切り引っ張り、それを自分を中心に地面を引きずり回していく。
ごりごりと地を削りながら俺の周囲を回る大岩は、次第にその音を軽い風切音のように変えていき、速く、速く回り始めた。遠心力によりどんどん増していくそのスピードは、もはや肉眼で捉える事すら難しい。
まるでハンマー投げの様にぐるぐると大岩を振り回す俺は、グリーズの後頭部へ向けて思いきり大岩をぶん投げた。
がつんと、鈍い音を響かせてグリーズの後頭部へ直撃した大岩はその巨体をぐらりとよろめかせる。
アリッサの矢を防ぐべく上げられていた奴の腕のガードが下がった一瞬、それをアリッサが見逃すはずもなかった。
「疾(シ)っ!!」
アリッサの手元から、まるで閃光のような速さで矢が放たれる。
その正真正銘、アリッサの全魔力を込めた矢はグリーズの無防備な頭部を――――打ち砕いたのだった。
(あ、あぁ)
アリッサに抱きとめられ胸が顔に当たっているので、別の意味で大丈夫ではないが。
このままだとそちらの方に集中力を取られ、折角極限まで薄くした魔力が戻ってしまう。名残惜しみつつもアリッサから離れ、グリーズから逃げ出すことにする。
(あまり早く動くと見つかる可能性があるからゆっくりと、な」
(言われてもそんな早く動けないよ)
この状態を維持するだけで精一杯で、歩いているだけで魔力が漏れてしまいそうだ。
忍び足で逃げる事しばし、何とか距離を取った俺たちは岩陰に身を潜め、大きく安堵の息を吐いた。
その拍子に魔力の密度が上がりそうになるのを何とかこらえる。グリーズはまだ間違いなく、俺たちを探している。
「……とりあえずここまで逃げれば、少しは安心だろう」
「あのグリーズってやつさ、アリッサを執拗に狙っていたけどもしかして……」
「あぁ、私が先日仕留めた子グリーズの親、だろうな」
やっぱりそうか。なんとなくだが、アイツの魔力の感じが先日仕留めた子グリーズに似ていたからな。
となればここで逃げてもまたいつか……。
「倒すしかない……だろうな」
アリッサも同じことを思ったようだ。
わざわざ俺たちを待ち伏せて狙う程の執着。逃げおおせてもまた俺たちを狙ってくるだろう。
しかし今、ここでなら。
奴に気付かれぬ程の距離はあるし、アリッサが全力で魔力を込めた矢の一撃であれば仕留める事は可能なはずだ。
「俺が囮になるから」
「ダメだ」
速効で拒否られてしまったが、こちらも引き下がるつもりはない。
「あの分厚い毛皮はアリッサじゃないと貫けない! 一人で避けながらあいつを倒せるほど魔力を貯められるか!? 無理だろうが!」
「私を侮るなよ? カナタがわざわざ危険を犯す必要はどこにもない」
興奮する俺を諭すように笑うアリッサであったが、やはり無茶だ。
距離はあるが、アリッサが魔力のチャージを始めた瞬間、奴は気づくだろう。あの巨体、速さであれば、この距離まで一瞬で近づかれてしまう。魔力を貯めている間はアリッサは無防備。グリーズの攻撃を防ぐ手段はないだろう。
しかしそれはあくまで俺の妄想でしかない。
大丈夫というアリッサには、もしかしたら何か考えがあるのかもしれない。
「……わかったよ、でも失敗して危なくなった時は俺に盾役を任せると約束してくれ」
「ふふ、そう言われると今度は私にプレッシャーがかかってしまうな……わかったよ、約束しよう」
「なら、いい」
困ったような笑顔を返すアリッサに、俺は真剣な視線を返した。
グリーズから更に離れ、俺たちは丁度奴を見下ろせる大きな樹に登る。
俺は太い枝に腰かけたアリッサから少し離れ、いつでも動けるよう構え立つ。
「さて」
アリッサは弓を構え、矢をつがえる。
弓を構えたアリッサはその雰囲気が変わり、全身全霊を狙撃に集中しているようだ。
その集中力は先刻の狩りで見せたものとは比べ物にならない。まるで全身の意識を全てその一撃に込めているような。
小さな木製の矢尻に、凄まじいまでの密度の魔力が込められていく。
近くで佇んでいるとよくわかるが、これは弓矢を樹術で鋭く、しなるように強化しているのだな。
まるで鉄のように鋭く光る矢と、ゴムのようにしなる弓。そこに込められた魔力は凄まじく、これが直撃すればあの巨体と言えどただでは済まないだろう。
それは遠く離れたグリーズも当然気づいたようで、森から顔を出しこちらへと鼻先を向けてきた。
「気づかれた! アリッサ!」
「あぁ」
俺たちに気づいたグリーズはすぐに四つん這いになり、こちらに突進してくる。
森の中へ埋まったその身体を確認する事は出来ないが、ガサガサと揺れる枝葉、その激しさで猛スピードでこちらに近づいてくるのがわかる。
姿が見えないのが逆に怖い。
しかしアリッサはそれに動じる様子もなく、つがえた矢をキリキリと引き絞っていく。
「ゴガアアアア!!」
グリーズの咆哮が響き渡り、俺たちのいた周囲の木々の葉が舞い散る。
その隙間から見えるのは、怒り狂い木々をへし折りながら突進してくるグリーズの姿。
暴れ狂うその姿に、俺はビリビリと背筋が凍るような感覚を受けた。
「――――よし、姿が見えて狙い易くなったな」
しかしアリッサはといえば、冷静極まりない。何ともはや頼もしい限りである。
グリーズと俺たちの距離はどんどん詰まっていく。
100、50、20……。
近くに来たグリーズの迫力は凄まじい。
衝撃のようなプレッシャーに思わず仰け反る俺を尻目に、アリッサの眉がぴくりと動く。
(いく……!)
「疾(シ)っ!」
一息と共に、アリッサの弓から閃光のような矢が放たれた。
わずか10メートル、グリーズの巨体を考えると鼻先にも近い距離で放たれたそれは、グリーズの脳天に真っ直ぐ撃ち出される。
(完璧な一撃! 避けられるタイミングじゃねー!)
グリーズの眉間、そこへ吸い込まれるような一撃はしかし、グリーズの頭皮を削り虚空の彼方へとぶっ飛んでいった。
「外れた!?」
直後地響きが鳴り響き、俺たちが立っていた大木が大きく揺れる。
グリーズがその太い幹にぶち当たったのだ。
「アリッサ!」
魔力を出し尽くして動けないアリッサを抱え、俺は地面へと着地する。
その衝撃で足がじーんと痺れ、がっくりと膝をつく。
「す、すまないカナタ」
「アリッサのせいじゃないさ……あのグリーズ、タイミングよくこけやがったんだ」
アリッサの矢が命中する直前、グリーズは何かに躓いたのか、ずっこけて俺たちが乗っていた樹にぶつかってきたのだ。
お陰で奴は頭皮が削れてハゲ頭になっただけ。
樹に思いきり頭突きをかましたグリーズは、ピンピンしてるどころかむしろ怒りでパワーアップしているようにも見える。
「く……っ!」
もう一度、背中から矢を抜いて素早くつがえるアリッサだったが、そうはさせじとばかりにグリーズはその巨腕をこちらに振りかぶってくる。
アリッサはそれを避けるべく後ろに飛び退く、が。
「カナタっ!?」
俺はその場に立ち塞がった。
「早く逃げろ! カナタっ!」
「言っただろ? アリッサがミスったら俺が盾役になるってよ」
「な……っ!?」
大きく飛び退いて俺との距離が離れたアリッサに、親指を立てて任せろとジェスチャーする。
驚愕に目を見開くアリッサから視線を、グリーズの振り下ろされる剛腕へと移す。
(でけぇ!)
まるで鉄柱のような巨腕。そこから振り下ろされる一撃が俺の眼前に迫る。
「カナタぁーーっ!!」
アリッサの叫び声は、グリーズの巨腕が振り下ろされる打撃音にかき消された。
グリーズの重い一撃で地面へと押し込まれ、背の、四肢の骨がみしみしと悲鳴を上げていく。
足元は既に地面にめり込み、しかしまだズブズブと身体が沈んでいく。
「ぬ……ぐぐぐ……!」
重い――――だが耐えられない程ではない。
地面とグリーズの肉球が柔らかくて助かったといったところか。
これが爪の部分なら真っ二つに斬り裂かれて死んでいるだろう。
それにしてもあんな高い所から飛び降りたり、こんな重量を受け止めたりと、俺も人間離れしてきたもんだ。
身体能力だけではない。グリーズの肉球を受け止めるべく獣化させた片腕、更に衝撃を防ぐ為、全身に纏わせた金毛に目がいく。生き物を食べる事でその特性を得る力。人間離れしたこの力だが、そのお陰で何とか今も生きている。
「ぬっ!?」
不意に上から押し付けられる感覚が消え、すごい勢いで空中へと持ち上げれていく。
グリーズは俺に再度一撃を叩き込むべく、もう一度腕を振り上げたのである。
奴の肉球に食い込んでいた俺の爪のせいで、引っ張り上げられてしまったのだ。
「やっべぇっ……!」
何とか逃げようと空中で足をバタバタ動かすがそれだけである。
このままでは空中から勢いをつけて地面に叩きつけられてしまう。
しかしアリッサが何とかしてくれれば。
上手く行けば彼女の矢は既にチャージを終えており、すぐにでも攻撃に移れる可能性もある。
(助けてくれるハズ……)
そう願いアリッサの方へ目を向けると、そこには呆然と、ただ立ち尽くすアリッサの姿が見えた。
俺が潰されたと思って、心の糸が切れてしまっているのだろうか。
「カナ……タ……」
ぽつりと呟くアリッサに、俺は叫んだ。
「ボケっとするな、アリッサーっ!!」
俺の声にハッとなったアリッサは、弾かれたように後ろへ飛び、矢をつがえる。
俺が奴の掌の上で生きている事に気づき、ちゃんと戻ってきたようだ。
即座に放たれる矢がグリーズの腕を突き刺し、その衝撃で弾き飛ばされた俺は、地面へ着地しアリッサの元へと駆けた。
「……すまん」
「任せろって言ったろ?」
「それも含めて……な」
そう口にするアリッサの心にもはや揺らぎは無いようだ。まるで空っぽのようだったその身体に、急速に魔力が満ちていく。体内で魔力を練り、生成しているのだろう。
しかし先刻全身全霊の一撃を外したせいか、その速度はかなり遅い。
グリーズも先刻自身を殺しかけた攻撃を警戒しているのか少々後ずさる――――と思ったらグリーズは下がった所にあった大岩を手に取り、アリッサへとぶん投げてきた。
「くっ……」
アリッサめがけ飛んでいく石弾、流石に避けられる距離ではない。
やむなく半分ほど魔力を込めた矢を大岩へ放つ。
矢は大岩の見事中心に当たり、びしびしとヒビが入った直後、大きな音を立てて粉々に砕け散った。
砕いた破片を巨腕の一薙ぎで吹き散らし、グリーズがあらわれる。
そのままアリッサへと突撃するグリーズであったが、アリッサはゆっくり目を閉じてまた矢をつがえていく。
――――先刻の約束の通り俺に、自身の盾役を任せたのだ。
アリッサに信頼されている。そう思うと俺の心臓がどくんと高く鳴った。
信頼には応える。アリッサは絶対に、守って見せる。
「うおおおおーっ!!」
気を振り絞るように声を張り上げ、魔力を全身に漲らせていく。
地面を強く蹴り、グリーズの眼前に飛ぶと、その横っ面を思い切りぶん殴った。
獣化した拳による一撃、しかし奴は大して効いていない様子で、ぎろりとこちらを睨み付けてくる。
凄い迫力……だが絶対先には行かせねぇ!
「どおりゃああーーっ!!」
連打、連打で拳を繰り出し続け、グリーズの意識をこちらへと向けさせる。
奴はうざったそうに突進を止め、こちらを振り向いてきた。
(いいぞ、そのままこっちへ……っ!?)
と、グリーズはまるで犬が濡れた身体を乾かすように、ぶるるとその身を振るわせてきた。
旋風のように振り回される剛毛が俺の身体を巻き込み、そのまま大きく吹き飛ばす。
思いきり地面に叩きつけられた俺は大きくバウンドし、グリーズの後方、アリッサからは更に遠くへと転がっていく。
ハエでも払うかのように俺を弾き飛ばしたグリーズは、アリッサを狙うべく、また歩を進め始める。
「ま……てよ……」
が、その動きはぴたりと止まった。
グリーズが不思議そうに動かぬ自身を見ると、その身体を何本もの金毛が覆っている。幾重にも絡み付いたそれが、グリーズの身体を拘束しているのだ。
俺が生成した金毛。先刻の連打と共に奴の身体に巻きつけていたのである。
(俺の獣化した拳を完全に防ぐ程の丈夫さを持つワイアドバウの金毛、それが何重にも絡まってるんだ。動けるわけねぇ……!)
が、それでもグリーズは歩を止めない。
ずり、ずりと金毛を絡ませたままアリッサの方へと進んでいく。
グリーズを捕らえた金毛は周囲の木々や俺の身体に巻き付けられているが、それらはへし折れ引きずられ、俺の手足に巻き付けていた金毛も切れそうな程に張りつめている。
俺の身体を金毛が締め付け、手足にうっすら血が滲んでいく。
「は、やく……! アリッサ……」
アリッサからの返答はなかった。
代わりに彼女が返してくれたのはグリーズへの強烈な殺気。
つがえた矢から発するそれは、グリーズの命を刈り取る為その台座からその頭部へと狙いをつける。
だがアリッサは矢を放たない。――――放てない。
完全に警戒をしているグリーズはその太い腕を頭部に回し、じりじりと近づいてきているのだ。
あれでは腕は吹き飛ばせてもそれで威力が殺され、致命傷にはならないだろう。
そして矢を放ち、完全に無防備になったアリッサは……。
(俺が何とかしねぇと……っ!)
とはいえ何か……周りを見渡すと、俺の背丈ほどの大きな岩が見えた。
その一部は少し削れており、先刻グリーズはこの大岩に躓いてコケたのだろう。
(そうだ、こいつを使えば……っ!)
腕から数本の金毛を生成し、束ねて大岩に巻きつけた。
ぐいと思い切り引っ張り、それを自分を中心に地面を引きずり回していく。
ごりごりと地を削りながら俺の周囲を回る大岩は、次第にその音を軽い風切音のように変えていき、速く、速く回り始めた。遠心力によりどんどん増していくそのスピードは、もはや肉眼で捉える事すら難しい。
まるでハンマー投げの様にぐるぐると大岩を振り回す俺は、グリーズの後頭部へ向けて思いきり大岩をぶん投げた。
がつんと、鈍い音を響かせてグリーズの後頭部へ直撃した大岩はその巨体をぐらりとよろめかせる。
アリッサの矢を防ぐべく上げられていた奴の腕のガードが下がった一瞬、それをアリッサが見逃すはずもなかった。
「疾(シ)っ!!」
アリッサの手元から、まるで閃光のような速さで矢が放たれる。
その正真正銘、アリッサの全魔力を込めた矢はグリーズの無防備な頭部を――――打ち砕いたのだった。
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マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
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