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キスしていい?

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 ふと視界が明るくなり、眩しさに目を閉じる。
 ゆっくりと目を開けると、タオルを片手に穏やかに微笑む直柾なおまさの顔があった。

「優くん、キスしていい?」
「えっ?」
優斗ゆうと。俺からだろ?」
「え、あの……」

 喧嘩していたかと思えば、突然どうした。
 二人してそれ以上何も言わず、ジッと優斗を見つめ、答えを待つ。

 ひとまず優斗が体を起こそうとすると、直柾が背を支え、隆晴りゅうせいが腕を引き抱き起こした。そして、髪と服を整えられる。

 ――このままだと、人間として駄目になりそう……。

 ここまで甘やかされていたら駄目だ、と思うが、今はそれどころではない。
 一度視線を伏せ、そっと直柾へと視線を向けた。


「えっと、………………最初は、直柾さん、で……。ずっと前から言ってくれてますし……」

 キスしたいと、好きだと、ずっと前から伝えてくれて、たくさんの言葉をくれた。だから。
 優斗の言葉に直柾はパッと顔を輝かせ、隆晴は眉間に皺を寄せた。

「あっ、でも、くっつけるだけでお願いします。その……舌とか入れるのは、先輩が最初で……」

 もしその場の雰囲気ではなく、こんな風に伺いを立ててくれたならどうするかと、ずっと考えていた。
 おこがましくも、“初めて”を欲してくれるのではと思って。だから、これなら少しは公平になるかもしれないと考えに考えて出した答えだった。

 おず……と見上げると、二人は同時に、はーーー……と息を吐いた。

「えっ、駄目でした?」
「駄目じゃないよ。優くんがちゃんとそこまで考えてくれてたと思うと、ね……」
「マジで愛されてんなって……」
「それに、優くんの口から、舌を入れるとか言われると……」

 隆晴と直柾は互いに目配せをする。そして直柾が“駄目”と首を横に振った。

「さすがに何も持って来てないからね。それに、ここだと父さんが気紛れに帰ってくる可能性があるから」
「親子そっくりなんですね」
「俺は気紛れじゃないよ? 時間がある時は必ず会いに来てる」

 ストーカー? と思ったが口には出さなかった。喧嘩をしている場合ではない。
 二人の会話を聞き、更に優斗が勘違いをした。

「あっ、そうですよね。ここじゃ駄目ですよね。えっと……俺の部屋なら少しは」
「いや、キスくらいなら急に帰って来ても誤魔化せるだろ」

 隆晴に同意するように直柾もにこやかに頷く。
 優斗の部屋には入りたいが、今そんな状況になれば準備だ何だも忘れて暴走してしまいそうだ。出来ればなし崩しではなく、優斗が後々思い出して“最高だった”と思える記憶にしたい。
 ロマンチスト、というわけでもなく、二人はとにかく優斗を大事にしたくて甘やかしたくてたまらなかった。


 リビングの窓からは紅く染まった空が見える。
 夕陽のせいかな、と直柾はそっと目を細め、ほんのりと赤く色付く優斗の頬に触れた。

「優くん。キスしてもいい?」
「っ……はいっ」

 覚悟は出来てます、とばかりにギュッと目を閉じ、唇を引き結ぶ。

「そんなに緊張しないで」

 可愛い。穏やかな声と共に優しく髪を撫でられ、優斗はそっと目を開けた。
 優しく微笑む直柾の笑顔に、ふと体の力が抜ける。大丈夫だよ、と綺麗な指が唇に触れた。

「口、少しだけ開けて。うん、そう、上手だよ。大丈夫、触れるだけだからね」

 優しく促され、言われるままに薄く唇を開く。瞼に触れられ、そっと目を閉じた。 

「ん……」

 暖かな熱が唇に触れる。
 柔らかなものが一度触れ、離れて、角度を変えてまた触れた。
 押し付けるだけのキスが、何度も繰り返される。

「んっ、う、っ……」

 まだ上手く息の出来ない優斗に合わせて、少し触れては離して。はふはふと息をする優斗の頬を、可愛い、と指先で撫でた。
 ビクリと震える腰を抱き寄せ、唇で優斗の上唇を食む。優しく食んでは、重ねて。

「ふ、ぁ……」

 最後に、チュ、と唇を軽く触れさせ、優斗を解放した。

「は……ぁ……」

 ぐったりと直柾にもたれ掛かる優斗を蕩けそうな笑顔で抱き締め、ありがとう、と髪にキスを落とした。


「アンタな……」
「一回だけとは言われてないからね」

 隆晴の不満げな声にサラリと返し、よしよしと優斗の頭を撫でる。
 髪にも落ちるキスに、まだ呼吸も整わないまま、熱に潤んだ瞳で優斗は直柾を見上げた。

「……きもちよかった……です……」

 唇、柔らかくて。
 ぽやっとした顔で言う。
 ピタリと、直柾は動きを止めた。

「っ……そっか、気持ち良かったの……?」
「はい……」

 ぽやぽやした顔で直柾を見上げる優斗に、良かった、と穏やかに笑おうとして……出来なかった。

「……やっぱり、演技のようにはいかないな」

 ギュウッと優斗を抱き締め、スリスリと頬を擦り寄せる。
 ずっと想ってきた大好きで大切な子と想いが叶って、キスをして、余裕な顔でいられる筈がなかった。せめてこの熱くなる顔を見られないようにと、優斗の肩に顔を押し付けた。

「直柾さん、可愛い」

 甘えていると勘違いした優斗が抱き返せば、背に触れる手から、触れ合う体から、伝わる鼓動。
 普段より強くて、速い。

「嬉しいです」

 同じようにドキドキしてくれている事が、嬉しくて。いつもしてくれているように、直柾の髪にキスをした。

 ――やっぱり、睫毛長かったな……。

 ふと、兄弟になったばかりの頃を思い出す。
 あの頃は、こんな関係になるとは想像もしなかった。キスをしたがるのもただの冗談だと思っていた。
 あの頃よりももっと胸がドキドキして大変だけど……幸せだな、と思う。

 あの頃は知らなかった直柾の可愛い姿。胸の奥から込み上げるこの気持ちは“愛しい”というのだと、優斗はそっと目を細めた。

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