32 / 48
*WEB連載版
第50話 妹の目に塩
しおりを挟む
その日の夜、私たちは食堂にて夕食をとっていた。
いつもクライヴくんも一緒に夕食をとるんだけど、今は王都に行っているのでいない。本当に昨日の今日で王都にまた行ってしまったのだ。
他の面々は揃っている。……面々というのはつまり、私、ルベルド殿下、イリーナ……あとは十人ほどの使用人の皆さんということだけど。基本的にこの館って人が少ないのよね……。
以前殿下が言っていたけれど、確かに普段はとても静かな館である。
食事中の今だってとても静かなものだ。
……でも、そんな静かな赤月館だけど、なかなかルベルド殿下と落ち着いて話し合う機会はなかった。もちろんイリーナが私にべったりしてくるからである。
さすがに部屋は別だし寝ているときまでは来ないから、殿下が夜部屋まで訪ねてきてくれることもあるにはあるらしいんだけど、寝ちゃってて分からないのよね……。
と、そんなことを考えていたら、
「きゃああああっ、目が、目がぁ!!!」
静かに食事をとっていたはずのイリーナが突然叫んだのだった。
驚いた私はすぐにパッと彼女の方を見た。
「イリーナ!? どうしたの!」
「い、痛っ、痛い~~~!!! 誰か助けてぇ~!!」
イリーナが目を押さえながら叫び続けている。
「なんだよ突然。目に塩でも入ったか?」
ルベルド殿下が笑いながら言うと、
「なんで分かるんですのー!」
「は? ほんとに入ったのかよ!?」
まさかの返答にルベルド殿下が驚く。
「なにがどうなったら目に塩なんか入るわけ? 食事中だぞいま。いや食事中だからこそ目に塩が入るのか……? そんな馬鹿な」
「と、とにかく目に塩が入って痛いんですの! 助けてお姉さま!!!」
「早く目を洗うのよイリーナ! こ、これを使いなさい!」
私は飲んでいるコップを持って立ち上がりイリーナの隣に駆けよる。
だがそんな私を制するものがいた。
「落ち着いて下さいアデライザ様。そんなコップで目など洗えません」
「顔にコップを付けて目をパチパチさせるんです! すごい効率的に洗えるはずです!」
「水がダダ漏れするだけです」
冷静なロゼッタさんはイリーナの腕をとって立ち上がらせると、
「キッチンに行きましょう、イリーナ様。そこで新鮮で綺麗な水でとにかく洗うのです」
「分かったですのー!」
こうなるともうイリーナでもされるがままである。大人しくロゼッタさんに従って席を立ち、キッチンに向かって歩き出した。
「殿下、食事中すみません。私も着いていきます!」
「俺も行く」
「え……?」
「こんなアホみたいな――いや面白そうなこと、見逃せるか」
そう笑いながらルベルド殿下は立ち上がった。
もうっ、面白がってる場合じゃないのに……!
キッチンに行き、桶に張った水でひたすら目を洗うイリーナ。
そしてそれを見守る私たち三人。
「イリーナ、目に塩なんて。いったいなにがあったのよ……」
私の呟きに答えたのはイリーナではなくルベルド殿下だった。
「目薬と間違えたんじゃねえの?」
「塩ですよ!? わーい目に目薬入れよーってなって塩なんか目に入れませんよ、普通!」
「いやイリーナだし」
「イリーナはそんなに馬鹿じゃないです!」
「俺は馬鹿だと思うけどな」
きっぱり言い切られてしまうと、私としてもなんて言い返したらいいのやら……。
「……い、イリーナは……、そりゃ馬鹿かもしれないですけど、いくらなんでも目薬と塩なんか間違えようがないのでは……というか普通、食事中に目薬なんか差しませんわよ。目薬説は違うのではないでしょうか?」
「私、見ていました」
とロゼッタさんが口を挟む。
「え、何をですか?」
「イリーナ様がポケットからそっと塩の瓶を取り出したのを。それを隠れて自分の料理にかけようとして……、蓋を取ったまではよかったのですが、上下逆さまに持ってしまっていたのです。そのまま容器を勢いよく振ったら、案の定塩がぶわーっとイリーナ様のお顔に掛かってしまって。それで目に塩が入ってしまったのです」
そこまで言って、ロゼッタさんは小首を傾げた。
「テーブルに塩はあるのに、わざわざ隠れて塩を取り出すなど妙だな、とは思いましたが……。もしかしたら毒かもしれない、と。ですが自分の料理に掛けようとしていたので、毒ではないな、と判断いたしました。ただやはり様子がおかしかったので、念のため注意して観察しておりました」
「隠し持っていたお塩を料理に掛けようとして失敗したってこと?」
「塩ねぇ……」
ルベルド殿下がニヤリと笑う。
「別に料理に塩掛けるくらいしてもいいけどさ。わざわざ隠れてマイ塩なんか掛けるなんざ怪しいよなぁ。だってテーブルの上にはちゃんと味調節用の塩があるのにさ。何しようとしてたのやら」
「イリーナは以前、『わたくし薄味が好きですの』とか自慢していたことがあります。もしかしたらテーブルのお塩を使うのを見られるのが恥ずかしかったのかもしれませんわ」
意地っ張りなイリーナならそれもあり得る。というかそれ以外考えられない。
でも予想の斜め上をジャンプしていくイリーナのことだから、別の理由があるような気もした。……ほんとに何考えてるのよ、イリーナ……。
いつもクライヴくんも一緒に夕食をとるんだけど、今は王都に行っているのでいない。本当に昨日の今日で王都にまた行ってしまったのだ。
他の面々は揃っている。……面々というのはつまり、私、ルベルド殿下、イリーナ……あとは十人ほどの使用人の皆さんということだけど。基本的にこの館って人が少ないのよね……。
以前殿下が言っていたけれど、確かに普段はとても静かな館である。
食事中の今だってとても静かなものだ。
……でも、そんな静かな赤月館だけど、なかなかルベルド殿下と落ち着いて話し合う機会はなかった。もちろんイリーナが私にべったりしてくるからである。
さすがに部屋は別だし寝ているときまでは来ないから、殿下が夜部屋まで訪ねてきてくれることもあるにはあるらしいんだけど、寝ちゃってて分からないのよね……。
と、そんなことを考えていたら、
「きゃああああっ、目が、目がぁ!!!」
静かに食事をとっていたはずのイリーナが突然叫んだのだった。
驚いた私はすぐにパッと彼女の方を見た。
「イリーナ!? どうしたの!」
「い、痛っ、痛い~~~!!! 誰か助けてぇ~!!」
イリーナが目を押さえながら叫び続けている。
「なんだよ突然。目に塩でも入ったか?」
ルベルド殿下が笑いながら言うと、
「なんで分かるんですのー!」
「は? ほんとに入ったのかよ!?」
まさかの返答にルベルド殿下が驚く。
「なにがどうなったら目に塩なんか入るわけ? 食事中だぞいま。いや食事中だからこそ目に塩が入るのか……? そんな馬鹿な」
「と、とにかく目に塩が入って痛いんですの! 助けてお姉さま!!!」
「早く目を洗うのよイリーナ! こ、これを使いなさい!」
私は飲んでいるコップを持って立ち上がりイリーナの隣に駆けよる。
だがそんな私を制するものがいた。
「落ち着いて下さいアデライザ様。そんなコップで目など洗えません」
「顔にコップを付けて目をパチパチさせるんです! すごい効率的に洗えるはずです!」
「水がダダ漏れするだけです」
冷静なロゼッタさんはイリーナの腕をとって立ち上がらせると、
「キッチンに行きましょう、イリーナ様。そこで新鮮で綺麗な水でとにかく洗うのです」
「分かったですのー!」
こうなるともうイリーナでもされるがままである。大人しくロゼッタさんに従って席を立ち、キッチンに向かって歩き出した。
「殿下、食事中すみません。私も着いていきます!」
「俺も行く」
「え……?」
「こんなアホみたいな――いや面白そうなこと、見逃せるか」
そう笑いながらルベルド殿下は立ち上がった。
もうっ、面白がってる場合じゃないのに……!
キッチンに行き、桶に張った水でひたすら目を洗うイリーナ。
そしてそれを見守る私たち三人。
「イリーナ、目に塩なんて。いったいなにがあったのよ……」
私の呟きに答えたのはイリーナではなくルベルド殿下だった。
「目薬と間違えたんじゃねえの?」
「塩ですよ!? わーい目に目薬入れよーってなって塩なんか目に入れませんよ、普通!」
「いやイリーナだし」
「イリーナはそんなに馬鹿じゃないです!」
「俺は馬鹿だと思うけどな」
きっぱり言い切られてしまうと、私としてもなんて言い返したらいいのやら……。
「……い、イリーナは……、そりゃ馬鹿かもしれないですけど、いくらなんでも目薬と塩なんか間違えようがないのでは……というか普通、食事中に目薬なんか差しませんわよ。目薬説は違うのではないでしょうか?」
「私、見ていました」
とロゼッタさんが口を挟む。
「え、何をですか?」
「イリーナ様がポケットからそっと塩の瓶を取り出したのを。それを隠れて自分の料理にかけようとして……、蓋を取ったまではよかったのですが、上下逆さまに持ってしまっていたのです。そのまま容器を勢いよく振ったら、案の定塩がぶわーっとイリーナ様のお顔に掛かってしまって。それで目に塩が入ってしまったのです」
そこまで言って、ロゼッタさんは小首を傾げた。
「テーブルに塩はあるのに、わざわざ隠れて塩を取り出すなど妙だな、とは思いましたが……。もしかしたら毒かもしれない、と。ですが自分の料理に掛けようとしていたので、毒ではないな、と判断いたしました。ただやはり様子がおかしかったので、念のため注意して観察しておりました」
「隠し持っていたお塩を料理に掛けようとして失敗したってこと?」
「塩ねぇ……」
ルベルド殿下がニヤリと笑う。
「別に料理に塩掛けるくらいしてもいいけどさ。わざわざ隠れてマイ塩なんか掛けるなんざ怪しいよなぁ。だってテーブルの上にはちゃんと味調節用の塩があるのにさ。何しようとしてたのやら」
「イリーナは以前、『わたくし薄味が好きですの』とか自慢していたことがあります。もしかしたらテーブルのお塩を使うのを見られるのが恥ずかしかったのかもしれませんわ」
意地っ張りなイリーナならそれもあり得る。というかそれ以外考えられない。
でも予想の斜め上をジャンプしていくイリーナのことだから、別の理由があるような気もした。……ほんとに何考えてるのよ、イリーナ……。
2
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました
春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。
名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。
誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。
ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、
あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。
「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」
「……もう限界だ」
私は知らなかった。
宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて――
ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。
殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました
まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました
第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます!
結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。