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*WEB連載版
第52話 逃走
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イリーナの目に塩事件から一夜が明けた。
その日、私は部屋で朝食をとってすぐに殿下に会いに行くことにした。
いつまでも殿下と話し合えないままでいるのはよくないから。
いつもうるさいほどべったりしてくるイリーナが今日に限っていない、というのもある。
昨日のこともあるし、きっと恥ずかしいのだと思う。
銀髪ラフレシアの塩漬けとまで殿下に言われてしまったのだ、さすがに見せる顔もないだろう。プライドの高いイリーナならなおさらである。
それはともかくとして、とにかく殿下を探さないと。
この時間ならまだ寝ているだろうから、とりあえず殿下の寝室に行ってみよう……と廊下の角を曲がったときだった。
「きゃっ!?」
私は走ってきた人とぶつかってしまった。その衝撃で後ろに倒れそうになるところを、誰かに支えられる。
見上げるとそこには─────。
「大丈夫か?」
「殿下!」
探していたルベルド殿下だった。
「ありがとうございます。あの、殿下のこと探してました」
「俺もあんたを探してたんだ。会えてよかった」
「お義兄さま~!」
角の向こうからイリーナの声がする。
「イリーナ?」
「まあ、そういうことだ。今あいつに追われてるとこでさ。行くぜ、アデライザ!」
小さな声で宣言すると、ルベルド殿下は私の手を引いて走り出した。
でもその顔はなんだかちょっと楽しそうで、ほっと胸をなで下ろした私だった。
ルベルド殿下に連れてこられたのは図書室だった。殿下は図書室の中をぐんぐん進んでいく。
やがて殿下は例の書庫へと入っていった。
ここには以前にも入ったことがある。
あのときはクライヴくんに呼び出されて、それに嫉妬した殿下が私を……。
「殿下……」
「しっ」
と唇の前に指を立てる殿下。それでも目が笑っている。
殿下は本棚をずらし、隠し扉を出現させた。ここにも入ったことがある。殿下の寝室に繋がる隠し通路だ。
通路に入ると、殿下は内側から本棚を元に戻し、私の手を引いて隠し通路を歩いて行ったのだった。
*****
「お義兄さま~! どこにいらっしゃるのです~?」
イリーナはルベルドを追って図書室へと足を踏み入れた。
「ふふ、わたくしをわざわざ図書室なんかにおびき寄せてどうするつもりなのですか? でもそういう遊び心嫌いじゃありませんことよー!」
しんとした図書室に、イリーナのはしゃいだ声が染みていく。
期待に胸が高鳴る。
昨晩はさんざんな目にあったが、考えてみればあれでルベルドとの距離も縮まったようにも思える。銀髪ラフレシアの塩漬けなんていう酷いアダ名も、考えようによっては親しみの表れである。きっとそうに違いない。
だったら、話は早い。
いまはルベルドにアタックあるのみだ。
そしてあわよくばルベルドとの仲を深めるのだ。ダドリーにしたように。
「待っていてくださいませね、お義兄さま。すぐ行きますわ!」
意気揚々と図書室のなかを進むイリーナ。
だが……。
「あら、誰もいませんわね」
図書室のどこにもルベルドの姿はなかったのだ。
「もう。どこに行ったのかしら?」
辺りを見回すが、人の気配はない。
イリーナは精神を集中させルベルドの魔力を感知しようとしたが、なぜか分からないがうまくいかなかった。
「おかしいですわね。こんなことは初めてですわ。まさかルベルド殿下ともあろう方に魔力がないわけないですし……。もしかして魔術を使って隠れていらっしゃるのかしら。いい度胸ですわ、このわたくしの目は誤魔化せませんことよ!」
ニヤニヤしながらつぶやくイリーナ。
しかし、
「もう……隠れるのがうますぎますわ、お義兄さま。分かりました、降参しますわよ。お義兄さまの勝ちです。出てきなさいな、わたくしの大きな雄猫ちゃん!」
と叫んでみたところで、返事はない。魔力サーチも相変わらず反応なし。
「一体どうなってますの? 確かにここに入った筈ですのに……」
イリーナは首をひねりながら人気のない図書室内を歩いていく。書庫らしき部屋にも入ってみたが、誰もいない。
「うーん。ここじゃなかったのかしら……」
仕方なく、イリーナは他の部屋を探すことにしたのだった。
その日、私は部屋で朝食をとってすぐに殿下に会いに行くことにした。
いつまでも殿下と話し合えないままでいるのはよくないから。
いつもうるさいほどべったりしてくるイリーナが今日に限っていない、というのもある。
昨日のこともあるし、きっと恥ずかしいのだと思う。
銀髪ラフレシアの塩漬けとまで殿下に言われてしまったのだ、さすがに見せる顔もないだろう。プライドの高いイリーナならなおさらである。
それはともかくとして、とにかく殿下を探さないと。
この時間ならまだ寝ているだろうから、とりあえず殿下の寝室に行ってみよう……と廊下の角を曲がったときだった。
「きゃっ!?」
私は走ってきた人とぶつかってしまった。その衝撃で後ろに倒れそうになるところを、誰かに支えられる。
見上げるとそこには─────。
「大丈夫か?」
「殿下!」
探していたルベルド殿下だった。
「ありがとうございます。あの、殿下のこと探してました」
「俺もあんたを探してたんだ。会えてよかった」
「お義兄さま~!」
角の向こうからイリーナの声がする。
「イリーナ?」
「まあ、そういうことだ。今あいつに追われてるとこでさ。行くぜ、アデライザ!」
小さな声で宣言すると、ルベルド殿下は私の手を引いて走り出した。
でもその顔はなんだかちょっと楽しそうで、ほっと胸をなで下ろした私だった。
ルベルド殿下に連れてこられたのは図書室だった。殿下は図書室の中をぐんぐん進んでいく。
やがて殿下は例の書庫へと入っていった。
ここには以前にも入ったことがある。
あのときはクライヴくんに呼び出されて、それに嫉妬した殿下が私を……。
「殿下……」
「しっ」
と唇の前に指を立てる殿下。それでも目が笑っている。
殿下は本棚をずらし、隠し扉を出現させた。ここにも入ったことがある。殿下の寝室に繋がる隠し通路だ。
通路に入ると、殿下は内側から本棚を元に戻し、私の手を引いて隠し通路を歩いて行ったのだった。
*****
「お義兄さま~! どこにいらっしゃるのです~?」
イリーナはルベルドを追って図書室へと足を踏み入れた。
「ふふ、わたくしをわざわざ図書室なんかにおびき寄せてどうするつもりなのですか? でもそういう遊び心嫌いじゃありませんことよー!」
しんとした図書室に、イリーナのはしゃいだ声が染みていく。
期待に胸が高鳴る。
昨晩はさんざんな目にあったが、考えてみればあれでルベルドとの距離も縮まったようにも思える。銀髪ラフレシアの塩漬けなんていう酷いアダ名も、考えようによっては親しみの表れである。きっとそうに違いない。
だったら、話は早い。
いまはルベルドにアタックあるのみだ。
そしてあわよくばルベルドとの仲を深めるのだ。ダドリーにしたように。
「待っていてくださいませね、お義兄さま。すぐ行きますわ!」
意気揚々と図書室のなかを進むイリーナ。
だが……。
「あら、誰もいませんわね」
図書室のどこにもルベルドの姿はなかったのだ。
「もう。どこに行ったのかしら?」
辺りを見回すが、人の気配はない。
イリーナは精神を集中させルベルドの魔力を感知しようとしたが、なぜか分からないがうまくいかなかった。
「おかしいですわね。こんなことは初めてですわ。まさかルベルド殿下ともあろう方に魔力がないわけないですし……。もしかして魔術を使って隠れていらっしゃるのかしら。いい度胸ですわ、このわたくしの目は誤魔化せませんことよ!」
ニヤニヤしながらつぶやくイリーナ。
しかし、
「もう……隠れるのがうますぎますわ、お義兄さま。分かりました、降参しますわよ。お義兄さまの勝ちです。出てきなさいな、わたくしの大きな雄猫ちゃん!」
と叫んでみたところで、返事はない。魔力サーチも相変わらず反応なし。
「一体どうなってますの? 確かにここに入った筈ですのに……」
イリーナは首をひねりながら人気のない図書室内を歩いていく。書庫らしき部屋にも入ってみたが、誰もいない。
「うーん。ここじゃなかったのかしら……」
仕方なく、イリーナは他の部屋を探すことにしたのだった。
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