平民男子と騎士団長の行く末

きわ

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 俺の体調が良くなるのに一週間かかってしまった。
 ずっと緊張状態だったのが安全な場所に行けて安心したせいか、一気に具合が悪くなったのだ。
 発熱、倦怠感、寒気に嘔吐。
 服も絨毯も汚してしまい、一生かかっても弁償できる気がしなくて、よけいに体調が悪くなってたらディランさんがその必要はないと言ってくれた。
 わざとではないし、具合が悪くなった原因は元々こちらにあるからと。
 ここはもう、素直にその言葉に甘えるしかない。
 医者に診てもらい、治療代までお世話になってしまった。
 診察料が高いので普段から医者にかかるなんてことはなく診察も初体験だったが、特に感想は持たなかった。不愛想なじいさんが必要最低限だけ喋って、不味い薬を置いて行ったくらいだ。
 お屋敷の皆さんには本当にお世話になって、自分が貴族になったような気分になる一週間だった。
 いつか改めてお礼がしたい。
 で、医者からもう大丈夫だというお墨付きをもらって、とうとう来てしまった。

 ジルの家に!

 初めて見たけど、家じゃないなこれは。
 お屋敷? いや、小さな城かな?
 伯爵家も名門とかになると、こんなデカいとこ住めるの? もう、別次元。
 馬車に乗せてもらって来たわけだが、左右に門衛の人が立つ、見上げるような両開きの門を通りそのまましばらく進む。
 馬車のまま。
 だだっ広く、一部の隙も無いくらいに手入れされた樹木や美術館にありそうな彫刻、噴水を抜けた先に玄関があるらしい。
 玄関扉開けるまでにどれだけ時間がかかるんだよ……。

 知った仲とは言え貴族の屋敷を訪問するのだからと、新しい服をディランさんがあつらえてくれた。
 白いシャツにクリーム色の上下。中に着たベストも同色で、ループタイには緑色の石がはまってる。これって宝石なのかな?
 緑はジルの瞳の色だ。
 別に意識してるわけじゃないんだけど、ついその石を触ってしまう。

「まあまあ昔。百年くらい前までは、団長の家、ノールダム家は公爵家だったんだよぉ。初代当主はその時の国王の弟でねぇ」
「公……爵」
「うん。伯爵家にしてはやたら大きいこの屋敷は、その名残だねぇ。これでも敷地は小さくなったらしいよぉ」
「王……族……」
「元々はねぇ。何代か前の当主がやらかしちゃって降下されたんだよぉ。それまでは本家筋に自分とこの娘嫁がせたりしてたけどぉ」

 降下。位を下げられて伯爵家になったけど、住まいには公爵家の名残りがあると。
 うわあ。ヤバい。
 やんごとない血筋だよ。俺みたいなド平民がこんなところに来ちゃってどうする。

「持ってた領地も取り上げられて爵位だけ残ってねぇ。領地からの収入が無いから、色々と手広くやってるみたいだよぉ。今のご当主様は宰相補佐をされているよぉ」

 ジルの顔を一目見たいがために馬車に乗ったけど、やっぱり止めようかな。
 場違いすぎる。
 なんて俺が迷ってる間に馬車はゆっくりと止まった。

「着いたよぉ」

 飄々としたディランさんの声。俺は今さらながら緊張してしまっている。

「あ、あの。俺……」
「降りるよぉ。エリオット君」

 追従していた従者さんが外から扉を開けた。

 ああああああ。降りたくない!
 いつもより小綺麗にしてても平民は平民なんだよ。

 ディランさんはさっさと、しかも優雅に降りた。

「団長が待ってるよぉ」

 振り返り、笑顔で放った決定打のような言葉。

「わ、分かりました」

 背中に冷たい汗を感じながら、俺は重たい腰を浮かせた。







「そうか。君がエリオットか。私はジェラルドの兄フェルディナンド。こっちは我が家の執事長ジョスランだ。会えて嬉しいよ」

 そう言って、フェルディナンドさんは握手してきた。
 兄弟だけあってまとっている雰囲気はジルと良く似てる。髪色もジルと同じダークブラウンだが、瞳は薄い紫色だった。体形は中肉中背。色白だし、なんとなくだけど母親似かなと思わせる風貌だった。
 いつだったかジル本人が自分は父親に見た目も性格もソックリだと、ちょっと嫌そうに言っていたことがある。
 フェルディナンドさんの後ろに控えて立っているジョスランさんは六十歳くらいかな。白髪交じりのロマンスグレーの髪を綺麗に後ろに撫でつけて、とても姿勢が良い。口元はわずかに微笑しているけど、茶色の瞳は鋭く俺を観察している。
 怖い。

 貴族はハッキリとは言わず、遠回しに嫌味を言って来るそうだ。だから実は、話す言葉の真意は全部裏返しで、会えて嬉しいというのも違うのじゃないかとつい思ってしまう。胃をキリキリさせながら、俺はお兄さんの手を両手で包み込むように握り返した。

「は、初めましてエリオットです」

 そう返すのが精一杯です。

「本当は両親にも会ってもらいたかったが、父は王城に行っていてね。母は孤児院の慰問に出かけている。両方ともずらせない予定だったものでね。申し訳ない」
「そ、そそんな。とんでもないです。こちらこそスミマセン」

 なにに謝っているのか、自分でも分かってないよ。口が勝手に喋ったんだよ。

 それより、ご両親に会うとか、本当に無理だから。どうしてこの兄弟は俺を親と引き合わせようとするのよ? 小さく頷いてないで、止めなさいよ執事さん。
 助けを求めて隣に立つディランさんをチラリと見たら、この人ニヤニヤしてた。
 隠そうともせず、堂々とニヤニヤしてた。
 俺が困ってる状況を見て楽しんでた。
 命の恩人くらいの勢いでお世話になった人だけど、これはなんか腹が立つから、ジルに言いつけてもいいかな。







 俺が何故ジルのお兄さんに会っているかというと、単純に挨拶するためだ。
 よそ様の家に入るのに、その家の人に挨拶しないのは普通に失礼だからな。今回のご両親のように留守なら別だが。
 事前にディランさんから、ジルは敷地内にある離れで養生していると聞いていた。それで母屋を無視して離れに直行するのはとても失礼だから、こうしてガチガチに緊張しながら対面させてもらったわけだ。もちろん、訪問することは先にお知らせしてある。
 しかし。さすが元公爵家。室内半端ない。
 通されたのは一階の、中庭に面した部屋で、庭側にある壁は床から天井までガラス張り。外に出るための扉もある。
 だからめちゃくちゃ明るくて暖かい。
 調度品も、金銭的な価値は俺には分からないが、歴史ある物なんだろう、という気がする。
 まるで美術館の一室かのように、壁に並べてかけられた大小様々な絵画。床に敷き詰められたふかふかの絨毯は靴で踏むのが忍びない。
 広い部屋の中央にあるソファーとローテーブルがこれまたデカくて豪華。
 まあ俺達は座らずに話しているが。
 ディランさんがこの後すぐに団長に会いに行くからお茶はいらないと、最初に断ってくれた。
 そう。早くジルのところに行きたい。

「しかし。ジェラルドの好みは昔から変わらないな。そう思わないかジョスラン」
「ええ本当に。ご幼少の頃から、可愛らしいものがお好きですね」

 うん? ジルが可愛らしいものが好きって、それ俺のこと言ってる?
 こんな平民の、何年も前に成人した……あ、俺だわ。ガッツリ俺のこと見てた。

「それに、光に当たって金に見える髪。神秘的なピンク色の瞳も素晴らしい。これだったら両親も気に入るだろう」
「ええ本当に」

 ご両親? いやいや。だから、会うことないと思いますよ。ここに来るのは最初で最後だと思いますで、この場から離れたらそれは今生の別れですよ。
 とは言えないから、とりあえず黙って微笑んどく。
 いくらジルのお兄さんとはいえ、貴族なので下手なこと言って不機嫌にさせたくない。
 そろそろ本気で移動したくて再びディランさんを伺う。

 ――なんか、めっちゃ悪い顔してる。悪だくみする人の表情って、きっとこんなの。
 目が三日月くらいに細くなって口角が吊り上がって微笑んでいるディランさん。
 何がそんなに楽しいんだ。


 後でしれっと靴のかかと踏んでやろうか。





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