2 / 22
第2話 わたくしの行く末
しおりを挟む
ヴェルは驚いた。てっきり冷たく、じめじめした汚い牢屋に入れられるかと思ったからだ。
彼女は今、慣れ親しんだ自室にいた。扉の前には革命軍の兵士が二十四時間交代で見張りをしている。ヴェルが部屋から出ることは叶わないが、食事はきちんと三食が運ばれてくるし、直属の侍女であるダリアは引き続き、ヴェルに仕えている。豪華な食事メニューではないが、適量だから飢えることはない。服だって、内乱が起きる前まで着ていたものほど作り込まれた衣装ではないが、綺麗に洗われた清潔なネグリジェを着ていた。
幽閉生活に不便は少ししかない——外に出られないので時間を持て余しすぎるのが困る——が、外の情報が一切入ってこないのが不安だ。ヴェルよりも比較的、自由に動くことが出来るダリアでさえも、現状を詳しく知ることは出来なかった。確実に分かっていることは、父王と兄二人はヴェルと違って地下の牢屋に入れられていることだけ。
家族仲は決して良いとは言えなかったが、それでも血の繋がった存在なのでどうしているか気になる。自分自身、これからどうなるのかも。あらかた想像は出来ても心に緊張はある。
夜、雨のせいで星はひとつも見えないなか、ヴェルは窓から外を眺めていた。明かりはほとんどなく、庭も見えないが、ざあざあと降る雨の音にじっと耳を澄ませていた。雨の音を聞いていると、考え事をしなくてすむ。色々と考えたくない時はこうしてひたすら音を聞いている。一つの事に集中していれば、凪いだ水面のように穏やかな気持ちで居られるのだ。
だが、ヴェルの時間は突然に終わりを迎える。ノックも無しに扉が開いたかと思うと、セドリックがヴェルの部屋に入って来た。よく見る無表情。彼の表情からはどういう心境なのか計り知れない。一体、どういう意図があって部屋を訪れたのだろう。
警戒と疑念が混ざり合って、ヴェルは思わず顔を顰めてしまう。
「女性の部屋に入る時はお伺いを立ててから入るのがマナーでしてよ?」
苛立ちを抑えられず、棘のある言い方をしてしまった。しまった、と後で気付いても口から発してしまった言葉は訂正することが出来ない。
注意を受けたセドリックはしょんぼりした様子で頷いた。叱られた犬のようだとヴェルは思った。そういえば昔飼っていた犬が悪戯好きで、絨毯をめちゃくちゃに引き裂いては怒られていたのだが、その時の顔にそっくりだったな、なんて思い出を振り返る。
「ああ、そうだな。次からは気をつける」
セドリックの声で意識を現実に引き戻す。心の中を悟られないように、姫らしく高貴な立ち振る舞いを心掛けた。背筋は真っすぐ、視線は相手の眉間に。声ははっきりと出す。
亡き母が教えてくれたことだ。気弱な人間だと思われてはならない。姫という立場にいる貴女を利用したがる人間はごまんといるのだから——。
「……今宵はどのようなご用件で?」
ヴェルは姫という仮面をかぶり、セドリックと対峙する。青空のように澄んだ彼の瞳が揺れた。何を言おうとしているのだろう、と身構えた時だった。
「今日、国王と王子2人を処刑した」
大きな鈍器で頭を思い切り殴りつけられたようだった。ぐわんぐわんと耳元で音が響き、足元がぐらりと揺れるような気がする。自分の立っている場所が本当に存在しているのかさえ一瞬分からなくなった。血の気がさあっと引いていき、意識が飛びそうになる。
(駄目、ここで気を失っては——)
白くなっていく視界の中で何とか掴もうと腕を伸ばす。ふうっと息を吐き、呼吸を整える。ぼやけた視界がはっきりとしてくると、ヴェルが掴んでいたのはセドリックの腕だったことに気付く。慌てて手を離して一歩後ろに下がった。
「姫様……少しお掛けになっては?」
傍で控えていたダリアがヴェルの腕を掴み、ソファへと座らせた。
父と兄の処遇については察してはいた。いずれこうなるだろう、とも思っていた。だが、頭で考えていても、実際に耳にすると感情が追いつかなかった。震える声でセドリックに問いかける。
「わ、わたくしは……?」
ぽろり、と橙色の瞳から透明の宝石が零れ落ちた。ぽと、ぽと、と外で降りしきる雨のように、ヴェルの手の甲に雫が何滴も落ちていく。父と兄の首が街の広場に掲げられ、国民が歓喜に湧いているところを想像してしまう。一度、脳裏に光景が思い浮かんでしまうと涙が止まらなかった。
「わたくしはいつ処刑されるの?」
息を吐きながらか細く問いかける声。手が震えていた。彼に見られないように、と片手を乗せて隠したが両手が震えてしまっている。自分の首も広場に掲げられて、国民は喜んで石を投げるのだろうか。蛆が湧き、ハエが湧き、腐っていっても埋葬されることなく放置されるのだろうか。見るも無残な姿になってようやく“ゴミ”として処分されるのだろうか。
(わたくしは結局覚悟なんて出来ていなかった)
目の前に迫る死。王族である以上、処刑という最期が運命に組み込まれる可能性があることは理解していた。頭で理解していることと、事実に直面した時の気持ちは関係が無かったのだとヴェルは思った。本当は死にたくない。死ぬのは怖い。でも。
ぐるぐると廻る思考の渦からヴェルは引き戻したのは、他でもないセドリックだった。
「貴女は処刑しない」
――処刑しない? 何故?
頭の中で疑問がぐるぐると廻っては、答えを見つけ出すことが出来ずにいた。王族である自分を生かす理由など無い。王政は打ち倒された。王家の人間が残っていては、王政派の人間が自分を持ち上げて革命軍から政権を奪還しようと立ち上がるだろう。そうなれば国内はさらに混乱し、人も今以上に亡くなる。
「……どうして」
息を吸う。目の前が歪んでうまく見えない。自分が生かされる理由が……分からない。
「どうして生かすの!? 最後くらい王族の責務を果たさせてよ!」
悲鳴とも聞こえるヴェルの言葉に、隣に座って背中をさすっていたダリアが苦しそうに眉をひそめた。女だから、王族であっても女は政治に口を出すな。散々言われてきた父と兄からの言葉が脳裏に強く思い浮かぶ。
ここで王族としての務めを果たせなければ、自分は本当に“何もしなかった”ことになる。苦しんでいる民がいることを知っていたのに、父王を止めることが出来なかった自分がいま出来ることは。
王族への憎悪に燃えた国民の怒りを一身に受け、最期の瞬間を見せることで彼らの前を向く力になること。それさえも叶えさせてくれないのか。
死ぬのは怖い、恐ろしく怖いけれど、自分は死ぬ運命にある。死から逃げられない。それが王族だから。
感情が複雑に入り混じって、割れた風船のように心が弾けたような気がした。
泣きじゃくるヴェルと対照的にセドリックは仏頂面で立っていた。彼が何を考えているのかさっぱり分からない。どうして、と嗚咽交じりに彼に問いかける。
「貴女は生きなければならない」
それだけを言った。
ヴェルにとって呪いとも言える言葉。生きなければならない。
(どうしてわたくしは生きなければならないの? 崩壊した王朝の生き残りが辿る未来なんて死と同等だというのに)
あぁ、そうか。ヴェルは思い至った。
(これがわたくしへの罰なのね)
民を見殺しにした自分への罰だ。
「出て行って……今すぐ」
ヴェルが低く唸るように言うと、セドリックは黙って部屋を出て行った。素直に言う事を聞く彼に苛立ちが募る。八つ当たりなのは分かっていた。だけど、そうでもしなければ自分で自分を殺しそうだった。
体の水分がすべて出ていったのではないかと思うくらい涙が止まらない。ダリアはヴェルの背中をひたすらさすってくれていた。彼女が居なければ、混乱している自分は窓から身を投げていたかもしれない。
さすりながらダリアは無機質な声でぽろりともらした。思わず言葉が出てしまったというように。
「あのセドリックという方、民の間では国を護った英雄、護国卿と呼ばれているそうです」
ヴェルは悟った。その護国卿に飼い殺しされるのだと。
*
セドリックが王女の部屋から出ると、待ち構えていたようにブレンドンがにやにやした顔で近付いて来た。相変わらず煙草の匂いを纏わせている。煙草の臭いが苦手なセドリックは、鼻に手をやり、出来るだけ嗅がないように気をつける。
「よお。お姫さんはやっぱり取り乱しちまったかな」
自分と同じくらいの大きさの剣を背中に携えているブレンドンは、まるでうさぎを背負っているかと思うくらいに重さを感じさせなかった。
ブレンドンは眼帯がされていない方の目でセドリックを覗き込む。
「何て言われたんだ? 罵倒されたか?」
にやにやが止まらないというように、口元を手でおさえながらブレンドンは言った。楽しくてたまらないという態度がうざったい。ブレンドンはセドリックの苛立ちに気がついているだろうに、気にする様子は一切なかった。
「どうして生かすのかと聞かれた」
「ほう? それで坊やはなんて答えたんだ?」
彼はふたまわり年下であるセドリックのことを坊やと呼ぶ。出会った当初から呼び方は変わらない。恥ずかしいからやめてくれと何度も言っているのだが、ブレンドンは変えなかった。
「貴女は生きなければならない……と」
「本当はこう言いたかったんだろう? 俺の傍に居て欲しいから貴女は生きなければならないって。坊やが王族を全員処刑しようとした輩を説得して彼女だけ処刑しなかったのは知っている」
ブレンドンのにやにや顔が近付き、セドリックの細い肩を激しく叩く。彼にとっては少し叩いたつもりなのだろうが、衝撃で関節が外れそうなくらいの強さだ。叩かれたところをしかめっ面でさすりながら、セドリックはブレンドンを見やる。
「お前の恋が実ることを祈っているよ」
ブレンドンはそう言うと手をひらひらさせて鼻歌を歌いながら去って行く。
セドリックはブレンドンの大きな背中に向かってぽつりと苦しげに呟いた。
「俺の想いは実らないんだ。だって、彼女は処刑された一族の生き残りで、俺は処刑した側の男なんだから……」
彼女は今、慣れ親しんだ自室にいた。扉の前には革命軍の兵士が二十四時間交代で見張りをしている。ヴェルが部屋から出ることは叶わないが、食事はきちんと三食が運ばれてくるし、直属の侍女であるダリアは引き続き、ヴェルに仕えている。豪華な食事メニューではないが、適量だから飢えることはない。服だって、内乱が起きる前まで着ていたものほど作り込まれた衣装ではないが、綺麗に洗われた清潔なネグリジェを着ていた。
幽閉生活に不便は少ししかない——外に出られないので時間を持て余しすぎるのが困る——が、外の情報が一切入ってこないのが不安だ。ヴェルよりも比較的、自由に動くことが出来るダリアでさえも、現状を詳しく知ることは出来なかった。確実に分かっていることは、父王と兄二人はヴェルと違って地下の牢屋に入れられていることだけ。
家族仲は決して良いとは言えなかったが、それでも血の繋がった存在なのでどうしているか気になる。自分自身、これからどうなるのかも。あらかた想像は出来ても心に緊張はある。
夜、雨のせいで星はひとつも見えないなか、ヴェルは窓から外を眺めていた。明かりはほとんどなく、庭も見えないが、ざあざあと降る雨の音にじっと耳を澄ませていた。雨の音を聞いていると、考え事をしなくてすむ。色々と考えたくない時はこうしてひたすら音を聞いている。一つの事に集中していれば、凪いだ水面のように穏やかな気持ちで居られるのだ。
だが、ヴェルの時間は突然に終わりを迎える。ノックも無しに扉が開いたかと思うと、セドリックがヴェルの部屋に入って来た。よく見る無表情。彼の表情からはどういう心境なのか計り知れない。一体、どういう意図があって部屋を訪れたのだろう。
警戒と疑念が混ざり合って、ヴェルは思わず顔を顰めてしまう。
「女性の部屋に入る時はお伺いを立ててから入るのがマナーでしてよ?」
苛立ちを抑えられず、棘のある言い方をしてしまった。しまった、と後で気付いても口から発してしまった言葉は訂正することが出来ない。
注意を受けたセドリックはしょんぼりした様子で頷いた。叱られた犬のようだとヴェルは思った。そういえば昔飼っていた犬が悪戯好きで、絨毯をめちゃくちゃに引き裂いては怒られていたのだが、その時の顔にそっくりだったな、なんて思い出を振り返る。
「ああ、そうだな。次からは気をつける」
セドリックの声で意識を現実に引き戻す。心の中を悟られないように、姫らしく高貴な立ち振る舞いを心掛けた。背筋は真っすぐ、視線は相手の眉間に。声ははっきりと出す。
亡き母が教えてくれたことだ。気弱な人間だと思われてはならない。姫という立場にいる貴女を利用したがる人間はごまんといるのだから——。
「……今宵はどのようなご用件で?」
ヴェルは姫という仮面をかぶり、セドリックと対峙する。青空のように澄んだ彼の瞳が揺れた。何を言おうとしているのだろう、と身構えた時だった。
「今日、国王と王子2人を処刑した」
大きな鈍器で頭を思い切り殴りつけられたようだった。ぐわんぐわんと耳元で音が響き、足元がぐらりと揺れるような気がする。自分の立っている場所が本当に存在しているのかさえ一瞬分からなくなった。血の気がさあっと引いていき、意識が飛びそうになる。
(駄目、ここで気を失っては——)
白くなっていく視界の中で何とか掴もうと腕を伸ばす。ふうっと息を吐き、呼吸を整える。ぼやけた視界がはっきりとしてくると、ヴェルが掴んでいたのはセドリックの腕だったことに気付く。慌てて手を離して一歩後ろに下がった。
「姫様……少しお掛けになっては?」
傍で控えていたダリアがヴェルの腕を掴み、ソファへと座らせた。
父と兄の処遇については察してはいた。いずれこうなるだろう、とも思っていた。だが、頭で考えていても、実際に耳にすると感情が追いつかなかった。震える声でセドリックに問いかける。
「わ、わたくしは……?」
ぽろり、と橙色の瞳から透明の宝石が零れ落ちた。ぽと、ぽと、と外で降りしきる雨のように、ヴェルの手の甲に雫が何滴も落ちていく。父と兄の首が街の広場に掲げられ、国民が歓喜に湧いているところを想像してしまう。一度、脳裏に光景が思い浮かんでしまうと涙が止まらなかった。
「わたくしはいつ処刑されるの?」
息を吐きながらか細く問いかける声。手が震えていた。彼に見られないように、と片手を乗せて隠したが両手が震えてしまっている。自分の首も広場に掲げられて、国民は喜んで石を投げるのだろうか。蛆が湧き、ハエが湧き、腐っていっても埋葬されることなく放置されるのだろうか。見るも無残な姿になってようやく“ゴミ”として処分されるのだろうか。
(わたくしは結局覚悟なんて出来ていなかった)
目の前に迫る死。王族である以上、処刑という最期が運命に組み込まれる可能性があることは理解していた。頭で理解していることと、事実に直面した時の気持ちは関係が無かったのだとヴェルは思った。本当は死にたくない。死ぬのは怖い。でも。
ぐるぐると廻る思考の渦からヴェルは引き戻したのは、他でもないセドリックだった。
「貴女は処刑しない」
――処刑しない? 何故?
頭の中で疑問がぐるぐると廻っては、答えを見つけ出すことが出来ずにいた。王族である自分を生かす理由など無い。王政は打ち倒された。王家の人間が残っていては、王政派の人間が自分を持ち上げて革命軍から政権を奪還しようと立ち上がるだろう。そうなれば国内はさらに混乱し、人も今以上に亡くなる。
「……どうして」
息を吸う。目の前が歪んでうまく見えない。自分が生かされる理由が……分からない。
「どうして生かすの!? 最後くらい王族の責務を果たさせてよ!」
悲鳴とも聞こえるヴェルの言葉に、隣に座って背中をさすっていたダリアが苦しそうに眉をひそめた。女だから、王族であっても女は政治に口を出すな。散々言われてきた父と兄からの言葉が脳裏に強く思い浮かぶ。
ここで王族としての務めを果たせなければ、自分は本当に“何もしなかった”ことになる。苦しんでいる民がいることを知っていたのに、父王を止めることが出来なかった自分がいま出来ることは。
王族への憎悪に燃えた国民の怒りを一身に受け、最期の瞬間を見せることで彼らの前を向く力になること。それさえも叶えさせてくれないのか。
死ぬのは怖い、恐ろしく怖いけれど、自分は死ぬ運命にある。死から逃げられない。それが王族だから。
感情が複雑に入り混じって、割れた風船のように心が弾けたような気がした。
泣きじゃくるヴェルと対照的にセドリックは仏頂面で立っていた。彼が何を考えているのかさっぱり分からない。どうして、と嗚咽交じりに彼に問いかける。
「貴女は生きなければならない」
それだけを言った。
ヴェルにとって呪いとも言える言葉。生きなければならない。
(どうしてわたくしは生きなければならないの? 崩壊した王朝の生き残りが辿る未来なんて死と同等だというのに)
あぁ、そうか。ヴェルは思い至った。
(これがわたくしへの罰なのね)
民を見殺しにした自分への罰だ。
「出て行って……今すぐ」
ヴェルが低く唸るように言うと、セドリックは黙って部屋を出て行った。素直に言う事を聞く彼に苛立ちが募る。八つ当たりなのは分かっていた。だけど、そうでもしなければ自分で自分を殺しそうだった。
体の水分がすべて出ていったのではないかと思うくらい涙が止まらない。ダリアはヴェルの背中をひたすらさすってくれていた。彼女が居なければ、混乱している自分は窓から身を投げていたかもしれない。
さすりながらダリアは無機質な声でぽろりともらした。思わず言葉が出てしまったというように。
「あのセドリックという方、民の間では国を護った英雄、護国卿と呼ばれているそうです」
ヴェルは悟った。その護国卿に飼い殺しされるのだと。
*
セドリックが王女の部屋から出ると、待ち構えていたようにブレンドンがにやにやした顔で近付いて来た。相変わらず煙草の匂いを纏わせている。煙草の臭いが苦手なセドリックは、鼻に手をやり、出来るだけ嗅がないように気をつける。
「よお。お姫さんはやっぱり取り乱しちまったかな」
自分と同じくらいの大きさの剣を背中に携えているブレンドンは、まるでうさぎを背負っているかと思うくらいに重さを感じさせなかった。
ブレンドンは眼帯がされていない方の目でセドリックを覗き込む。
「何て言われたんだ? 罵倒されたか?」
にやにやが止まらないというように、口元を手でおさえながらブレンドンは言った。楽しくてたまらないという態度がうざったい。ブレンドンはセドリックの苛立ちに気がついているだろうに、気にする様子は一切なかった。
「どうして生かすのかと聞かれた」
「ほう? それで坊やはなんて答えたんだ?」
彼はふたまわり年下であるセドリックのことを坊やと呼ぶ。出会った当初から呼び方は変わらない。恥ずかしいからやめてくれと何度も言っているのだが、ブレンドンは変えなかった。
「貴女は生きなければならない……と」
「本当はこう言いたかったんだろう? 俺の傍に居て欲しいから貴女は生きなければならないって。坊やが王族を全員処刑しようとした輩を説得して彼女だけ処刑しなかったのは知っている」
ブレンドンのにやにや顔が近付き、セドリックの細い肩を激しく叩く。彼にとっては少し叩いたつもりなのだろうが、衝撃で関節が外れそうなくらいの強さだ。叩かれたところをしかめっ面でさすりながら、セドリックはブレンドンを見やる。
「お前の恋が実ることを祈っているよ」
ブレンドンはそう言うと手をひらひらさせて鼻歌を歌いながら去って行く。
セドリックはブレンドンの大きな背中に向かってぽつりと苦しげに呟いた。
「俺の想いは実らないんだ。だって、彼女は処刑された一族の生き残りで、俺は処刑した側の男なんだから……」
30
あなたにおすすめの小説
週1くるパン屋の常連さんは伝説の騎士様だった〜最近ではほぼ毎日ご来店、ありがとうございます〜
狭山雪菜
恋愛
パン屋に勤めるマチルダは平民だった。ある日、国民的人気の騎士団員に、夜遅いからと送られたのだが…
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。
独身皇帝は秘書を独占して溺愛したい
狭山雪菜
恋愛
ナンシー・ヤンは、ヤン侯爵家の令嬢で、行き遅れとして皇帝の専属秘書官として働いていた。
ある時、秘書長に独身の皇帝の花嫁候補を作るようにと言われ、直接令嬢と話すために舞踏会へと出ると、何故か皇帝の怒りを買ってしまい…?
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。
図書館の秘密事〜公爵様が好きになったのは、国王陛下の側妃候補の令嬢〜
狭山雪菜
恋愛
ディーナ・グリゼルダ・アチェールは、ヴィラン公国の宰相として働くアチェール公爵の次女として生まれた。
姉は王子の婚約者候補となっていたが生まれつき身体が弱く、姉が王族へ嫁ぐのに不安となっていた公爵家は、次女であるディーナが姉の代わりが務まるように、王子の第二婚約者候補として成人を迎えた。
いつからか新たな婚約者が出ないディーナに、もしかしたら王子の側妃になるんじゃないかと噂が立った。
王妃教育の他にも家庭教師をつけられ、勉強が好きになったディーナは、毎日のように図書館へと運んでいた。その時に出会ったトロッツィ公爵当主のルキアーノと出会って、いつからか彼の事を好きとなっていた…
こちらの作品は「小説家になろう」にも、掲載されています。
コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~
二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。
彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。
そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。
幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。
そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?
碧眼の小鳥は騎士団長に愛される
狭山雪菜
恋愛
アリカ・シュワルツは、この春社交界デビューを果たした18歳のシュワルツ公爵家の長女だ。
社交会デビューの時に知り合ったユルア・ムーゲル公爵令嬢のお茶会で仮面舞踏会に誘われ、参加する事に決めた。
しかし、そこで会ったのは…?
全編甘々を目指してます。
この作品は「アルファポリス」にも掲載しております。
ちょいぽちゃ令嬢は溺愛王子から逃げたい
なかな悠桃
恋愛
ふくよかな体型を気にするイルナは王子から与えられるスイーツに頭を悩ませていた。彼に黙ってダイエットを開始しようとするも・・・。
※誤字脱字等ご了承ください
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。10~15話前後の短編五編+番外編のお話です。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非!
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。 ※R7.10/13お気に入り登録700を超えておりました(泣)多大なる感謝を込めて一話お届けいたします。 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.10/30に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。
【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!
藤原ライラ
恋愛
ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。
ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。
解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。
「君は、おれに、一体何をくれる?」
呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?
強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。
※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる