おちおち冥福も祈れない

ヒルミチ ヒナカ

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小話

葬送と平和

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「本日よりお世話になります、平坂吉保ひらさかよしやすです!」

 新入社員の青年は、葬儀屋に向いているようには見えなかった。

 しわのないスーツとオールバックからは清潔な印象を受けるが、友人の結婚式でスピーチをするために慣れない格好をしているような初々しさがあり、落ち着きは皆無である。

 しかしながら出勤初日、慣れない環境だ。仕方ないことだろうと晴澄はるすみは手短に挨拶を返し、あとは飛鳥あすかに任せることにした。

「平坂くん、専門学校出身なんだって? これは期待できるな」
「は、はいっ! えっと、オ、私、お茶汲みも掃除も何でも全力でやりますので! すみません、若輩者ですが、よろしくお願いいたします!」
「おー……フレッシュだねえ。うちには、というかうちの業界にはいないタイプ」

 腰に右手を当て、もう一方の手を顎に添える飛鳥。平坂の緊張を何とかほぐしたいと考えているらしい。
 確かに、この直立不動状態では仕事の指導もしづらい。少なくとも葬家そうけには会わせられない。

「とりあえず社内一周ツアーといきますか。見たいとことかある? そっからスタートしよう」
「あ! じゃ、じゃあ……あの……」

 急に声が小さくなった平坂の要望を、飛鳥は不思議そうな顔で聞き取っていた。やがて、ふたりは地下駐車場に続く階段を降りはじめる。会社の車を見にいくのだろうか。晴澄は視界の端で見届けるに留め、目の前の書類に取りかかった。

 事務員があくびを繰り返すような、何の変哲もない穏やかな春の一日だった。

 悲痛な叫びが社屋を揺らすまでは。

「ドラゴンのやつが、ない!?」





「──ドラゴンのやつ?」
「ヴェスナくん見たことない? 屋根飾りがある霊柩車。宮型って言うんだけど、それに金ピカの龍がついてるのがね、たまにあんのよ」
「もう忘れましょうよお、その話……」

 平坂が頭を抱えてデスクに突っ伏す。乱れた状態が常とはいえ、彼のオールバックも様になってきた。
 今日も今日とて暇を持て余したヴェスナに面白い話をねだられ、飛鳥は平坂を犠牲にしたのだ。ご愁傷様であるが、いつも犠牲になっているのは自分なので、肩代わりしてくれたことに感謝である。

「いいじゃねえの、かっこいい霊柩車を運転したくて葬儀屋になったなんて夢があってさ」

 車が好きだった平坂少年は、祖父の葬式で見た龍付きの宮型霊柩車に一目惚れし、それに乗る日を夢見て葬祭業を目指したという。
 晴澄や飛鳥のように家業を継ぐ者が多いこの業界では珍しい、非常に前向きな動機だった。

 どこで手に入れたのか、今も平坂のデスクには霊柩車のミニカーが飾られている。

 ひとつ、彼にとって残念だったことは──

「ここにはないのか、ドラゴン」
「ない。最近は宮型そのものが下火だ」
「一目で霊柩車ってわかっちまうのがよくないらしくてね、縁起が悪いとか何とかで苦情になりやすいんだ。それでシンプルで真っ黒なバン型ばっかになってったわけ。
 正直僕らも生で見たことないな、龍のは」

 飛鳥がタブレットで霊柩車の写真を探し、ヴェスナに見せてやっている。

「葬儀の風習って地方によってかなり違うのよ。平坂くんの実家のほうは冠婚葬祭派手にやるって聞くから、宮型持ってる葬儀社も多かったんだろ」
「ふむ。つまりヒラサカは郷土の村に帰ったほうがいいのだな」
「何かものすごい田舎をイメージしてません!? 違いますよ!?」
「しかし、おれも見てみたい」

 朗らかに笑うヴェスナに、興奮しかけていた平坂が固まる。またはじまった、と晴澄も固まる。

「この辺りの同業者は誰も持っていないのか?」
「と思うけどな。マジで需要ないし、鬼のように高いし」
「実際に調べたことはない、と。なら望みはあるのではないか?」
「うーん、そうね……。
 今度リース屋行ったとき話してみる、平坂くん? もしあったら商談ついでに見せてもらうくらいはできるかもよ」
「えっ? あ、はい! ぜひ!」
「よかったな、ヒラサカ。おまえの夢は潰えたわけではないのだ」

 ヴェスナは無邪気を装いながらミニカーをデスクの上で走らせ、落下ギリギリで受け止めてみせた。
 平坂は立ち上がって硬直したままだった。今までに見せたことのない煌めいた瞳で、シャツの胸元を握りしめていたので、晴澄はこの上なくうんざりした。

「もしかして……ヴェスナさんって、いい人……?」
「騙されてますよ、平坂さん」
「黙れハル」
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