○と□~丸い課長と四角い私~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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4.今月の定例会

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それからすぐに、蔵田課長との定例会の日がやってきた。
でも、私の仕事は毎日、深夜までかかってて。

“今月は中止で”

“は?
なに云ってるの?
いまみたいなときこそ、必要だよね”

……まあ、それはそうなんですけど。

“でも仕事、終わらないですし”

“別にいいよ。
待ってるから”

“でも”

“うるさい。
なんか文句あるの?”

……あるよ、文句。

“待たれてると気になって、仕事に集中できないんです”

“ふーん。
君が人に気を使うことなんてあるんだ?”

――へー、初めて知った。

文字しか見えてない画面のはずなのに、奴がいつものように莫迦にした笑顔を浮かべてるのが目に見えて、腹が立ってきた。

“反対に、あなたが人に気を使うとこなんて、見たことないですけどね”

“君、眼鏡の度があってないんじゃないかい?
新調した方がいいかもね”

“そっくりそのままお返しします”

少し開いた間に、奴がくすくすおかしそうに笑っているのが容易に想像できる。
ムカつく、ほんと。

“とにかく。
本でも読んで待ってるから。
君は気にしないでさっさと仕事を片づけなさい”

“云われなくてもそうします”

既読がついたことを確認して、画面を閉じる。

……なーんですぐ、あんなことを云ってくるかな。
返す私も私だけど。

思わずくすりと声が漏れて、自分が笑っていることに気がついた。

……笑うんなんて久しぶり、だな。


蔵田課長を少しでも待たせたくなくて、お手洗いに立つ間も惜しんで仕事をした。
やっぱり終わったのはかなり遅かったけれど、それでもいつもよりは早く終わらせることができた。

指定のコーヒーショップに行くと、蔵田課長は宣言通り、本を読んでいた。

――細い銀縁の、ハーフリムの眼鏡。
オールバックにしている黒髪は、時間が遅いせいか、少し乱れてる。
本に注がれる、真っ直ぐな視線。

間違いなく、いい男なんだと思う。
部下のメンタルケアも仕事のうちだって、私に毎月息抜きさせてくれるくらい、気遣いもうまいし。

「お待たせしました」

「ああ、うん」
顔を上げた蔵田課長がにっこり笑って、頬に熱が昇ってくる。
だってまるで、ずっと待ってた愛しい人がきた、みたいな顔だったから。

「どうかしたの?」

「……いえ」

云える訳ない。
蔵田課長の笑顔に、ドキドキしました、なんて。

「今日はなに食べる?
もう遅いから、そんなに選べないけど。
……そうだ。
魚のおいしい居酒屋知ってるんだけど、そこでいい?」

「……待っていただいてたのに、申し訳ないんですけど。
今日はもう、帰ります」

「どうしたの?
魚が不満?
君がいつも莫迦のひとつ覚えみたいに云う、肉の方がいい?」

珍しく、心配そうに蔵田課長が私の顔をのぞき込む。

……けど。

「食欲、ないんです。
夜になったらもしかしたら、おなか空くかもって思ったんですけど。
やっぱりダメ、みたいです」

「……」

笑って誤魔化してみたら、蔵田課長は黙り込んでしまってる。

……ほんとは。

仕事が忙しいから、じゃなくて。
食欲がないからって、断るつもりだった。

でも、どこかで蔵田課長と食事をするこの日を、心待ちにしてる自分がいて。
もしかして、蔵田課長との食事だったら、おなかが空くんじゃないかって期待もした。

けど、全然ダメだった。

「おいで」

突然立ち上がった蔵田課長は、私の手を掴むと歩き出した。

「いや、だから、帰りますって!」

「いいからおいで」

振り払おうとするんだけど、やっぱり相手は男で振り払えない。
そのままタクシーに押し込められ、ついた先はマンションで。

……はい?
マンション?

「だから!
そういうのはセクハラ! ですって!」

「うるさい!」

ベッドに突き飛ばされ、両方の手首を縫い止められた。
上からじっと私を見つめる、蔵田課長の瞳。
なんか怖くなってぎゅっと目をつぶったら……耳に、湿った吐息。

「……いいから黙って寝ろ。
それとも、なにもかも忘れるくらい、抱いた方がいいか」

甘い重低音で、しかもいつもと違う口調でそんなことを云われ。
あたまからしゅーしゅーと音を立てて湯気が出る。

そんな私に顔を離すと、蔵田課長はニヤリと笑った。

「傍にいてやるから、安心して寝ろ。
携帯も没収。
いいな?」

「……はい」

勝手に人の鞄を探って、携帯を取り出す蔵田課長を黙ってみてた。

……と、いうか。
あれはいったい、誰ですか?

枕元に座った蔵田か課長の手が、私の顔から眼鏡を引き抜くと、ゆっくりと髪を撫でてくる。
気持ちよくて、安心できて。
ずいぶん久しぶりに私は、夢も見ない深い眠りへと落ちていった。
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