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第四章 それがあなたの愛だと知っていますから
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それから、野間が浮かない顔をしている日は増えていった。
それでも、無理をして愛未に笑いかける顔は痛々しくて、愛未のほうが泣きたくなる。
野間を、楽にしてやりたい。
それは同時に自分の死を意味するが、それでもかまわないと愛未は考えていた。
「今日、本部の社員さんが来て」
いつもどおりふたりで食べているはずなのに、どこか味気ない。
野間は黙々と箸を動かしている。
それでも愛未は少しでも彼の気が晴れるように、努めて明るく振る舞った。
「それが、真人さんに負けず劣らず、イケメンなんですよ。
世の中には真人さんの他にもこんなイケメンがいるんだなーって感心しました」
「……へぇ、そう」
野間の相槌は恐ろしく冷ややかだ。
おかげで瞬間、愛未の手が止まる。
「あ、でも!
私にとって真人さんが一番のイケメンですから!
真人さん以上のイケメンなんていません!」
「……ごちそう、さま」
怒らせたと悟りフォローしようと試みるが、野間は話を遮断するかのようにパチン!と大きな音を立てて箸を置き、椅子から立ち上がった。
「真人さん……!」
声をかけたものの、野間はそのまま部屋から出ていった。
「……はぁーっ」
ひとりになり、ため息が出る。
テーブルの上、野間の食事はまだ大半が残っていた。
失敗した。
そこに恋愛感情など皆無でも、他の男の話を喜々としてされるのが嫌だったに違いない。
「どうしたら、いいのかな……」
野間の感心が別のなにかに移ればいいといろいろやってみているが、どれも不発に終わっている。
それどころか、悪化させている気さえした。
一時は野間も愛未と一緒に生きる未来を考えてくれて、喜んでいた。
なのに今の野間は愛未への殺意へと傾いている。
もともと、野間はそういう性質の人間だし、そのつもりで愛未に近づいた。
ならば今まで続いた穏やかで幸せな時間が奇跡だったのかもしれない。
野間に殺されるのに異存はない。
わかっていて、結婚した。
もう時間がないのだと気づいた愛未は、身辺整理をはじめた。
夜、愛未は顔の上に落ちてくる水滴に気づき、目が覚めた。
瞼を開けると馬乗りになった野間が、自分の首に手をかけている。
「真人、さん……?」
愛未が起きたと気づき、野間は怯えるように大きく身体を震わせた。
「……殺したく、ないんです」
苦しそうに、野間の口から言葉が絞り出される。
「愛未が外で、多くの人と関わりを持つのはいいことだってわかっているんです。
でも、楽しそうに他の人との話をする愛未を見ていたら、愛未は僕のものなのにと激しく嫉妬しました」
野間の顔がその感情を表すかのように醜く歪む。
職場などの話をしているときに、彼が無表情になっていた理由を知った。
これは持ってはいけない感情だと、必死に隠していたに違いない。
「愛未が僕以外の誰かのものになるのではないかと、怖くなりました。
わかっているんです、愛未はどこにも行ったりしない、母のように僕を置いていなくならない。
わかっているけれど、怖くて怖くて仕方ないんです……」
ぽつ、ぽつ、と野間の涙が顔の上に落ちてくる。
愛未の首にかかる手は、震えていた。
殺したい、殺したくない。
せめぎ合う、野間の心。
どんなに言葉を尽くそうと、自分は彼の心の闇を払拭することはできなかった。
それは悲しいけれど、今はこんなに苦しんでいる野間を楽にしてやりたい。
「……殺して、いいんですよ」
野間の手にそっと、自分の手を重ねる。
彼は驚いたかのように、目を一瞬、大きく見開いた。
「私はそれが、真人さんの愛だと知っていますから」
促すように軽く、野間の手を押す。
「愛未……」
そのあとは野間自身が、自分の手に力を込めていった。
最後まで彼の顔を見ていたが、それは彼の心理的負担になるだけだと静かに目を閉じる。
息が、苦しい。
頭への酸素の供給が止まり、熱くなっていく。
無意識に暴れそうになる身体を、愛未は強靱な精神力で止めた。
野間に、苦しむ姿を見せたくない。
少しでも、野間の心が楽になるように。
「愛未……愛未……愛してる……愛してる……殺したく、ないんだ……」
泣きながら野間は、愛未の首を絞め続ける。
泣かなくていいんですよ。
私は、真人さんに殺されて、幸せなんですから。
しかしもう、声は出ない。
次第に、野間の声が遠くなっていく。
「愛未……ずっと一緒だよ……」
その声を最後に、愛未は事切れた。
それでも、無理をして愛未に笑いかける顔は痛々しくて、愛未のほうが泣きたくなる。
野間を、楽にしてやりたい。
それは同時に自分の死を意味するが、それでもかまわないと愛未は考えていた。
「今日、本部の社員さんが来て」
いつもどおりふたりで食べているはずなのに、どこか味気ない。
野間は黙々と箸を動かしている。
それでも愛未は少しでも彼の気が晴れるように、努めて明るく振る舞った。
「それが、真人さんに負けず劣らず、イケメンなんですよ。
世の中には真人さんの他にもこんなイケメンがいるんだなーって感心しました」
「……へぇ、そう」
野間の相槌は恐ろしく冷ややかだ。
おかげで瞬間、愛未の手が止まる。
「あ、でも!
私にとって真人さんが一番のイケメンですから!
真人さん以上のイケメンなんていません!」
「……ごちそう、さま」
怒らせたと悟りフォローしようと試みるが、野間は話を遮断するかのようにパチン!と大きな音を立てて箸を置き、椅子から立ち上がった。
「真人さん……!」
声をかけたものの、野間はそのまま部屋から出ていった。
「……はぁーっ」
ひとりになり、ため息が出る。
テーブルの上、野間の食事はまだ大半が残っていた。
失敗した。
そこに恋愛感情など皆無でも、他の男の話を喜々としてされるのが嫌だったに違いない。
「どうしたら、いいのかな……」
野間の感心が別のなにかに移ればいいといろいろやってみているが、どれも不発に終わっている。
それどころか、悪化させている気さえした。
一時は野間も愛未と一緒に生きる未来を考えてくれて、喜んでいた。
なのに今の野間は愛未への殺意へと傾いている。
もともと、野間はそういう性質の人間だし、そのつもりで愛未に近づいた。
ならば今まで続いた穏やかで幸せな時間が奇跡だったのかもしれない。
野間に殺されるのに異存はない。
わかっていて、結婚した。
もう時間がないのだと気づいた愛未は、身辺整理をはじめた。
夜、愛未は顔の上に落ちてくる水滴に気づき、目が覚めた。
瞼を開けると馬乗りになった野間が、自分の首に手をかけている。
「真人、さん……?」
愛未が起きたと気づき、野間は怯えるように大きく身体を震わせた。
「……殺したく、ないんです」
苦しそうに、野間の口から言葉が絞り出される。
「愛未が外で、多くの人と関わりを持つのはいいことだってわかっているんです。
でも、楽しそうに他の人との話をする愛未を見ていたら、愛未は僕のものなのにと激しく嫉妬しました」
野間の顔がその感情を表すかのように醜く歪む。
職場などの話をしているときに、彼が無表情になっていた理由を知った。
これは持ってはいけない感情だと、必死に隠していたに違いない。
「愛未が僕以外の誰かのものになるのではないかと、怖くなりました。
わかっているんです、愛未はどこにも行ったりしない、母のように僕を置いていなくならない。
わかっているけれど、怖くて怖くて仕方ないんです……」
ぽつ、ぽつ、と野間の涙が顔の上に落ちてくる。
愛未の首にかかる手は、震えていた。
殺したい、殺したくない。
せめぎ合う、野間の心。
どんなに言葉を尽くそうと、自分は彼の心の闇を払拭することはできなかった。
それは悲しいけれど、今はこんなに苦しんでいる野間を楽にしてやりたい。
「……殺して、いいんですよ」
野間の手にそっと、自分の手を重ねる。
彼は驚いたかのように、目を一瞬、大きく見開いた。
「私はそれが、真人さんの愛だと知っていますから」
促すように軽く、野間の手を押す。
「愛未……」
そのあとは野間自身が、自分の手に力を込めていった。
最後まで彼の顔を見ていたが、それは彼の心理的負担になるだけだと静かに目を閉じる。
息が、苦しい。
頭への酸素の供給が止まり、熱くなっていく。
無意識に暴れそうになる身体を、愛未は強靱な精神力で止めた。
野間に、苦しむ姿を見せたくない。
少しでも、野間の心が楽になるように。
「愛未……愛未……愛してる……愛してる……殺したく、ないんだ……」
泣きながら野間は、愛未の首を絞め続ける。
泣かなくていいんですよ。
私は、真人さんに殺されて、幸せなんですから。
しかしもう、声は出ない。
次第に、野間の声が遠くなっていく。
「愛未……ずっと一緒だよ……」
その声を最後に、愛未は事切れた。
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