愛している、だから殺した。

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第五章 妻を、殺しました

5-1

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野間が気がついたときには、愛未はもう息をしていなかった。

「愛未!
愛未……!」

自分で手にかけたにもかかわらず、引き戻そうとその身体を激しく揺らし、声をかける。
しかし彼女は人形のようにぐらぐらと揺れるばかりだった。

「ごめん、愛未。
本当に、ごめん……」

物言わぬ彼女の身体を抱き締める。
とうとう、愛未を殺してしまった。
激しい後悔が押し寄せる。
けれど同時に、これで彼女は自分のものだと安堵しているのはなんでだろう?

しばらくは愛未を抱き締め、呆然としていた。
少し経って気持ちも落ち着き、洗面器にお湯を張ってタオルと一緒に持ってくる。

「今、綺麗にしてあげますからね」

タオルを濡らし、愛未の身体を拭いていく。
もう、彼女がタオルが冷たいだの文句を言わないのはわかっていた。
それでも、気持ちよくしてやりたい。

愛未の身体を清め終わり、服を着替えさせる。
結婚記念の写真を撮った日、着ていた水色のワンピーススーツを着せた。
あの日の愛未は最高に綺麗だったな、などと思いだしてまた涙が浮いてくる。
しかし今は、感傷に浸っている暇などないのだ。

着替えさせたあとは汚れたシーツを替え、そこに愛未を横たわらせた。

「愛未……」

花でも飾ってやりたいが、まだ店など開いていない時刻。
そもそも、そんな時間はない。

「愛してる」

その冷たい唇に口付けを落とし、そっと手を握った。
もう、愛未は野間の手を握り返してはこない。
愛未と結婚してから、自分の感情はコントロールできていた。
殺意は心の奥底にしまい込み、忘れる。
少し前まで、病死か事故死か老衰か、それ以外に愛未との別れなどないとまで思っていた。
それが、……この結果だ。

「すみません、苦しかったですよね」

いくら声をかけようと、愛未は野間の声に答えてくれない。
きっと、苦しかったはずだ。
飯田のときは意識がないにもかかわらず、あれほど暴れた。
なのに、愛未はただ目を閉じ、じっと野間に殺された。
自分の負担にならないように、気遣ってくれたのだと思う。
そういう愛未の優しさに、胸が張り裂けそうになった。
愛未が好きだ。
愛している。
ならば殺さなければいいだけの問題なのだが、野間にはそうはできなかった。

愛未は母と違う。
愛未は自分との約束を違えず、死ぬまで一緒にいてくれる。
頭ではわかっていた。
けれど、感情がはそうではない。
愛未が他人の話題を出すたび、自分よりもその人がいいのではないか、その人とどこかへ行ってしまうのではないかと激しく恐れた。
恐れる心は奥底にしまい込んだ闇を引きずり出す。
他の人と関わりを持つのはいいことだ、こんな感情を持つのは間違っていると自分の心をねじ伏せたのが、さらに拍車をかけた。
少しずつ心は病みに浸食されていく。
愛未の口から他の男の話が出た今夜。
とうとう、リミッターが外れた。

愛未が愛しているのは自分だけだとわかっている。
もし、万が一にもその男から好意を寄せられても、愛未ならきっぱり断るだろうと理解していた。
それでも、楽しそうに他の男の話をする愛未を見て、激しい怒りが湧いた。
愛未が、自分から離れようとしている。
それは、自分の醜い嫉妬だとわかっていた。
けれど積み重なってきた不安が野間を突き動かす。
そしてとうとう野間は愛未を――手に、かけた。

「いつまでもこうしていたいですが、そういうわけにはいきません」

名残惜しいが立ち上がり、愛未の傍から離れる。
書斎に行き、スケジュール帳にペンを走らせた。
洗面所へ寄ってタオルを数本掴み、また愛未の元へ戻ってくる。

「すぐに私も、そちらへ逝きます。
待っていてくださいね」

愛未と、最後の口付けを野間はかわした。
タオルを結んで輪にし、ドアノブに固定する。
その中に首を入れ、携帯を手に取った。
電話をかけると、すぐに相手が出る。

「妻を、殺しました」

相手はなにかいろいろ言ってくるが、かまわずに場所の詳細を伝え、一方的に通話を終えた。

「愛未。
今、僕も逝きます」

目をつぶり、勢いよく身体を滑らせる。
タオルで首が絞まり、苦しい。
けれど、愛未はもっと苦しかったはずだ。
意識が遠のいていく。
そのとき、野間の視界に笑顔の愛未が立っていた。

「真人さん」

「めぐ、み……」

どうにか身体を動かし、差し出される手に自分の手をのせる。
微笑み返した瞬間、野間の手がばたりと落ちた。
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