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第三章 ふたりで歩む未来
3-1
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野間が好きだと自覚した日。
愛未は野間と結ばれた。
「大丈夫ですか?」
「はい」
笑って答えると、野間の唇が優しく愛未の額に触れる。
飯田との行為はあんなに苦痛だったのに、野間とは嫌悪感を覚えるどころか幸せだった。
なにが違うのかと思うが、心の底から愛している人とそうではない人との差なのだろう。
愛未を抱き締める、野間の腕の中は中は温かくて、人を殺した自分にこんな幸せがあっていいのかと少し不安になる。
「なにか、考えていますか?」
愛未の表情が僅かに曇ったのに気づいたのか、野間が心配そうに聞いてきた。
「あー……」
長く言葉を発し、少し考える。
飯田のことは忘れると決めたのだ。
なら、これは考えてはいけない。
「野間さんが好きな人を殺したい理由ってなんですか」
代わりに、別の質問を口にした。
どのみちこれも、ずっと疑問に思っていたことだ。
「そう、ですね」
野間は笑ったが、それは淋しそうだった。
「……僕の母は、僕が小さい頃に家を出ていきました」
語り出した野間の空気が急に変わる。
ここには愛未はいないような、そんな空気。
初めてこの部屋に来たときに感じた、空虚さ。
そんなものを野間は纏っていた。
「母は自分が〝女〟としてではなく、〝母親〟として扱われるのを酷く嫌っていました。
僕にもお母さんとは決して呼ばせず、名前で呼ぶように強要しました」
野間は自分の経験をまるで俯瞰で見ているかのように語っている。
愛未はなにも言えず、ただ黙ってそれを聞いた。
「当然、母親らしいことはなにもしてもらっていません。
いわゆる、ネグレクトだったんだと思います。
それでも僕は美しい母を愛していました。
ええ、愛していたんです」
まるで母親がそこにいるかのように、眼鏡の奥で野間の目がうっとりと細められる。
「でも、母は自分を女として扱ってくれる男を見つけ、出ていきました」
一瞬前とは違い、つらそうに彼の目が伏せられ、愛未まで泣きたくなった。
「愛未は優しいですね。
僕のために悲しんでくれるなんて」
野間の唇が愛未の額に触れる。
淋しげに小さく笑ったあと、ふぅとひと息落として彼は再び語りはじめた。
「母がいなくなり、僕が淋しかろうと父が小鳥を買ってくれました。
僕はその小鳥を可愛がっていたんですが、ある日逃げたんです」
「……にげ、た」
野間は淡々と語っているだけなのに、嫌な予感がするのはなんでだろう。
「慌てて捕まえたんですが、幼い僕には力加減が難しかった。
……殺して、しまいました」
「……ころ、した」
ぐるぐるとその四文字が頭の中を回る。
きっとこれが、野間の原点。
「そのとき、気づいたんですよね。
母もこうやって殺せばよかったんだ、って。
殺せばもう、僕から逃げられなくなる」
うっとりと野間の手が愛未の首にかかる。
けれど愛未は、少しも恐怖を感じていなかった。
「それから、何度も何度も心の中で母を殺しました。
何度も繰り返し。
こうして僕の心は歪んでいきました」
野間の目が、狂気を孕んで歪む。
それが、美しいとすら思った。
「……そう、なんですね」
飯田を殺した日。
死体を雑に扱っていた彼は、どこかおかしいのではないかと思った。
それは、こういうわけだったのだと納得した。
愛未は野間と結ばれた。
「大丈夫ですか?」
「はい」
笑って答えると、野間の唇が優しく愛未の額に触れる。
飯田との行為はあんなに苦痛だったのに、野間とは嫌悪感を覚えるどころか幸せだった。
なにが違うのかと思うが、心の底から愛している人とそうではない人との差なのだろう。
愛未を抱き締める、野間の腕の中は中は温かくて、人を殺した自分にこんな幸せがあっていいのかと少し不安になる。
「なにか、考えていますか?」
愛未の表情が僅かに曇ったのに気づいたのか、野間が心配そうに聞いてきた。
「あー……」
長く言葉を発し、少し考える。
飯田のことは忘れると決めたのだ。
なら、これは考えてはいけない。
「野間さんが好きな人を殺したい理由ってなんですか」
代わりに、別の質問を口にした。
どのみちこれも、ずっと疑問に思っていたことだ。
「そう、ですね」
野間は笑ったが、それは淋しそうだった。
「……僕の母は、僕が小さい頃に家を出ていきました」
語り出した野間の空気が急に変わる。
ここには愛未はいないような、そんな空気。
初めてこの部屋に来たときに感じた、空虚さ。
そんなものを野間は纏っていた。
「母は自分が〝女〟としてではなく、〝母親〟として扱われるのを酷く嫌っていました。
僕にもお母さんとは決して呼ばせず、名前で呼ぶように強要しました」
野間は自分の経験をまるで俯瞰で見ているかのように語っている。
愛未はなにも言えず、ただ黙ってそれを聞いた。
「当然、母親らしいことはなにもしてもらっていません。
いわゆる、ネグレクトだったんだと思います。
それでも僕は美しい母を愛していました。
ええ、愛していたんです」
まるで母親がそこにいるかのように、眼鏡の奥で野間の目がうっとりと細められる。
「でも、母は自分を女として扱ってくれる男を見つけ、出ていきました」
一瞬前とは違い、つらそうに彼の目が伏せられ、愛未まで泣きたくなった。
「愛未は優しいですね。
僕のために悲しんでくれるなんて」
野間の唇が愛未の額に触れる。
淋しげに小さく笑ったあと、ふぅとひと息落として彼は再び語りはじめた。
「母がいなくなり、僕が淋しかろうと父が小鳥を買ってくれました。
僕はその小鳥を可愛がっていたんですが、ある日逃げたんです」
「……にげ、た」
野間は淡々と語っているだけなのに、嫌な予感がするのはなんでだろう。
「慌てて捕まえたんですが、幼い僕には力加減が難しかった。
……殺して、しまいました」
「……ころ、した」
ぐるぐるとその四文字が頭の中を回る。
きっとこれが、野間の原点。
「そのとき、気づいたんですよね。
母もこうやって殺せばよかったんだ、って。
殺せばもう、僕から逃げられなくなる」
うっとりと野間の手が愛未の首にかかる。
けれど愛未は、少しも恐怖を感じていなかった。
「それから、何度も何度も心の中で母を殺しました。
何度も繰り返し。
こうして僕の心は歪んでいきました」
野間の目が、狂気を孕んで歪む。
それが、美しいとすら思った。
「……そう、なんですね」
飯田を殺した日。
死体を雑に扱っていた彼は、どこかおかしいのではないかと思った。
それは、こういうわけだったのだと納得した。
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