契約結婚に初夜は必要ですか?

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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マンションへ帰り、飛田が私をベッドまで連れていってくれる。

「もう風呂は明日にしろ」

「そーするー。
おやすみー」

「はいはい、おやすみ」

飛田が私の部屋を出ていき、ベッドを出る。
このまま寝たいところだが、化粧を落としてパジャマに着替えたい。
メイク落としシートでさっぱりし、着替えを済ませてあらためてベッドへ入る。
うとうとしはじめたところでドアが開いた気がして目を開けた。

「飛田さん?
どうかした?」

無言で入ってきた飛田がベッドへ上がってくる。

「へ?」

覆い被さられたところでいっぺんに目が覚めた。
これは襲われるところでは?

「ねえ。
これはどういう状況なのか説明もらえる?」

「初夜だろ?」

「えっ、あっ、……ん」

困惑している私を無視して、飛田が唇を重ねてくる。
間抜けにも開いていた唇の隙間からすぐにぬるりと舌が侵入してきた。
押しのけようとした手は容易くベッドへ縫い留められる。
飛田が唇の角度を変えるたびに漏れる熱い吐息は彼のものか私のものかわからない。
それくらい、気持ちよかった。

「……はぁ」

唇が離れ、ため息ともつかない息を吐きだす。
私の手を押さえたまま、飛田が眼鏡の向こうから私を見ていた。
その瞳はきっとレンズがなければ火傷するほどに、熱い。

「……契約、違反」

どきどきと落ち着かない鼓動を感じながら、かろうじてそれだけを絞り出す。

「それが違反じゃないんだな、これが」

「ん」

飛田が耳もとへ口付けを落とし、甘い声が漏れる。

「本気になったときはその限りではないと書いてあったはずだ」

「そんな、の、しら、ない」

飛田の唇が触れるたび、身体に甘い喜びが広がっていく。

「だからちゃんと読めと言っただろ?」

「ん、あっ」

あっというまに衣服を取り去り、飛田が私を翻弄する。
おかげでどういう意味なのか考えようとするがあたまは回らない。

「イチコ」

眼鏡を外した飛田が無造作に髪を掻き上げ、ドキッとした。
私を見つめる欲に濡れた黒い瞳。
飛田って、こんなに色っぽかったっけ……?

「好きだ」

「あ、ああーっ!」

飛田に貫かれ、ガツガツと身体を揺らされる。
飛んでいきそうな意識の中で、ずっと自分は飛田とこうなるのを望んでいたのだと気づいた。

「飛田、好き……!」

一瞬、目を大きく見開いた飛田が嬉しそうに笑う。
噛みつくみたいに唇が重なり、ふたり一緒に絶頂を迎えた。

「イチコ」

「ありがと」

差しだされる水のペットボトルを受け取る。
蓋はすでに緩めてあった。

「最初から好きだから結婚しようって言ってくれればよかったのに」

枕元に座った飛田が、ちゅっと額に口付けてくる。

「言ったらイチコ、俺と結婚したのかよ?」

「うっ」

それはきっと、なに冗談言ってんので終わらせただろう。

「イチコが辞めたのに気づいてないとか嘘。
いままで会社に行きさえすればイチコに会えていたのに、会えなくなってイチコが辞めたとか現実じゃないとは思ったけど」

私の手からペットボトルを取り、飛田がひとくち飲む。

「だからあの日、イチコと再会できて、二度とイチコを失わないためにどうしたらいいか考えた結果、結婚を思いついた。
なんか騙したみたいですまない」

真摯に飛田があたまを下げる。
まさか詫びられるなんて思っていなくて焦ってしまった。

「えっ、あっ、いいよ。
もっと早く言ってくれたら、っていうのはあるけど」

飛田との結婚にもこうなってしまったことにも後悔はない。
むしろ、よかったとすら思っている。

「でも、飛田さんが私を好きってなんか意外だった、っていうか」

研究しか見ていないから、私どころか誰も見ていないんだと思っていた。

「あー、イチコは俺がスイッチ入ってブツブツはじめても黙って待っててくれるだろ?
そういうところが好き」

ぽりぽりと照れくさそうに飛田が頬を掻く。
そういうのは私も恥ずかしくなってくる。

「だってあれは、飛田さんが真剣に考えているときだから邪魔しちゃ悪いな、って」

「イチコみたいな人はあんまりいないの。
いっつも文句言われたり中断させられたりだからさ」

そうなんだ。
私はシンキングタイム中の飛田は目がキラキラしていて好きなのだけれど、他の人はそうじゃないらしい。

「あと、人のために頑張っている会社の人を尊敬しているけど、私にできることは思いつかないからとりあえず献血行ってきました、……なんて呟くイチコは可愛い」

聞いた途端に火を噴いたかのように顔が一気に熱を持つ。
ええ、確かに呟いたけれど!

「だいたい、なんで私のアカウント……!」

「んー、たまたま?
たまに流れてくる絵と偶然見えたイチコのTwitter画面の絵、一緒だったからさ。
イチコの好きな絵師なら俺もフォローするかーってしたら、すぐに内容でイチコだってわかった」

「うっ」

そんなわかりやすい呟きをしていたなんて! これからはもっと、気をつけよう。

「俺からしたら、イチコは可愛くて仕方ないの。
イチコを手に入れるためならなんだってする。
こんな、卑怯な手でも」

飛田の手が痛いくらいに私の手を握る。
苦しそうな顔を見て、あの自信満々な彼でも不安なことがあるんだと知った。

「んー、私、飛田さんと結婚してよかったって言ったでしょ?」

俯く飛田の顔をのぞき込み、にぱっと笑う。

「それに自覚がないだけで、飛田さんが好きだったと思うし」

だから好きな人がいないと言う飛田に安心したし、他に好きな人ができたら離婚と聞いてつらかった。

「だから後悔なんてないよ」

ちゅっ、と唇を重ねて離れる。
みるみるうちに飛田の顔が輝き、ぎゅーっと抱き締められた。

「イチコ……!」

顔中に口付けを降らされながら、飛田ってこんなに熱烈な人間だったんだってはじめて知った。
それも、嫌じゃない。

「なあ、もう一回シテいい?」

「……え?」

レンズの向こうで飛田の瞳が蠱惑的に光った。



あのあと契約書を確認してみたら、本文の四分の一くらいのサイズの文字で【互いに、もしくはどちらかが本気になった場合は、この限りではない】と身体の関係についての項目に小さく但し書きがしてあった。
こんなの、絶対に見落とすって。
でもそこまでして私を手に入れたかったんだって、おかしかったし嬉しかった。

「飛田さん、お弁当!」

「だーかーらー、イチコも飛田さんだろ?」

私から弁当を受け取りながら、飛田の唇が重なる。

「あー、えっと。
……うん。研太郎けんたろう、いってらっしゃい」

「いってきます」

これはまた別だと飛田――研太郎は私に口付けを落とし、手を振りながら出ていった。
その左手薬指には指環が光っている。
もちろん、私も。
ガチの結婚相手に買えって言っただろ、とあのあと少し怒って照れる研太郎と買いにいった。

「やっぱり、名前で呼ぶのは慣れないなー」

もう私も飛田なんだから、とは思うけれど、結婚生活もひと月を超えようとしているのにまだ上手く呼べない。

「でもさ。
そろそろ慣れないとね」

私の手には妊娠検査キット。
早い、とは思うけれどなんかそんな予感がある。
家族が増えるって聞いたらどんな顔をするんだろう?
早く子供が欲しいと言っていたし、喜んでくれるよね。
いまから、帰ってくるのが楽しみだ。


【終】
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