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その数日後、飛田は律儀にもこの結婚における契約書を作ってきた。
内容は概ね、このあいだ話した内容だ。

よく読めとは言われたが、本物のように難解な言葉で書いてあり斜め読みで済ませてサインをする。

「こういうとこ、ほんと真面目だよね」

なんかおかしくてくすくすと笑ってしまう。

「大事だろ、こういうのは」

私に控えを渡し、飛田はサインを確認してファイルに書類をしまった。

「両親に都合のいい日を聞いておけよ。
どこかレストラン、予約するし」

「了解」

いちいち互いの両親に挨拶に行くのは面倒なので、顔合わせで一度に済ませることにした。
何事も合理主義なのだ、飛田は。

「じゃあ新居、見にいくか」

「そーだね」

カフェラテを飲み干し、飛田と一緒に席を立つ。
飛田はいま、取り損ねた代休と有休の消化で長期休暇中だ。
しかし寮の退去日まであと二週間もないからぐずぐずしていられない。

その後は速攻で新居を契約し、両家の顔合わせを済ませた。
飛田のご両親はごく普通のいい人そうだった。
きっと飛田からもうちの両親はそう見えていただろう。
どちらの両親も私たちの結婚を喜んでいて良心が痛む。
急な結婚を若干、訝しがられたが、飛田が寮を出るので食事に困るからと説明すれば納得してくれた。



飛田と結婚を決めて半月後の今日、新居に引っ越すと同時に婚姻届を提出した。
式は挙げないというので親には納得してもらっている。

「今日から私は飛田さんの奥さんですか」

「そうだな。
俺も今日からイチコの旦那だ」

なんだかおかしくて、役所を出ると同時に一緒に笑っていた。

「結婚指環、どうする?
欲しいなら買うが」

「いや、それはガチ結婚するときの奥さんに買って」

私たちは契約結婚なのだ、指環など必要ないだろう。

「そうか。
じゃあせめて、外食してお祝いするか」

「あー、それは賛成」

段ボール箱の積み上がった新居を思いだして苦笑い。
今日くらい外食で済ませてもバチは当たるまい。

適当に感じのいいレストランで食事をして帰る。
ふたりでワインのボトル一本空けていい感じに酔っていた。

「おら、酔っ払い。
真っ直ぐ歩かないと危ないぞ」

ふらふらと車道に出そうな私の手を引っ張って飛田が止める。
そのまま手は離してくれず、繋いだまま歩いた。

「私ねー、飛田さんと結婚してよかったと思うんだ」

飛田に恋愛感情などない……と、思う。
でも。

「飛田さんが病気や怪我で苦しむ人たちが少しでも楽になるようにって真剣に研究している姿、格好いいし尊敬してたから」

飛田はいつも言っていた、俺の研究は全部病気や怪我で苦しむ人のためだって。
けれどあの会社は金儲け主義だったから、飛田とあわなかったのはわかる。

「そういう飛田さんを支えられるの、ちょっと嬉しい」

酔っているからとはいえなんてことを告白しているんだ、と恥ずかしい。
ちらりと見上げると飛田の顔も真っ赤になっていた。

「俺もイチコと結婚できてよかったと思う」

「そっか」

愛のない契約結婚だけれど、こんな形の夫婦があってもいい。
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