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第四章 離
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翌日、官邸に向かう車の中で緊張していた。昨日はきっとニコは会ってくれると自信満々だったが、いざとなるともし会ってくれなかったらどうしようと弱気な心が持ち上がる。
……いや。絶対にニコは会ってくれるはずだ。
そう、ずっと自分に言い聞かせていた。
「誰も取り次ぐなということです」
しかしそんな俺の希望的観測は、無残に打ち砕かれる。
「俺が、レン・ウォルターが来たと伝えたのか!」
取り次ぎに出た、セドリードに食ってかかっていた。
「どなたであろうとお会いにならない、そう仰っています」
確認すら取らず、彼は無表情に断ってくる。それにカッと、腹の底に火がついた。
「ニコに直接聞く。そこをどけ!」
「いくらスティングナー様の幼馴染みでも、できません」
セドリードを押し退けようとするが、びくともしない。冷たい目で俺を見る彼を、怒りを込めて睨みつけた。
「それはキサマがそう言っているだけだろ! ニコに直接確認するまでは諦めないからな」
俺があまりにしつこいからか、セドリードははぁっと面倒臭そうなため息をついた。
「……聞いてまいりますから、少々お待ちください」
あきらかに嫌々とわかる様子で彼が屋敷の中へと入っていく。
「なんだよ」
待っているあいだ、親指の爪を囓りながら、苛々とその場を歩き回る。もしかして聞きに行くといいながら放置されているのではないだろうか、などと考えはじめた頃、ようやくセドリードが戻ってきた。
「お会いになるそうです」
「そうだろうな」
やはり会いたくないなどセドリードが勝手に言っていたことなのだ。ニコは絶対に、俺に会いたいに決まっている。このときの俺は得意満面だったと思う。
通されたのは執務室だった。
「ニコ!」
半ば駆け込んだ俺を一瞥だけし、ニコがふぁーっと大きな欠伸をする。
「なんの用、ウォルター中佐?」
眠たげに目を擦り、ニコは興味なさげに机に頬杖をついて俺から目を逸らした。パジャマ姿でないのが不思議なくらい、ニコはまだ半分、目が覚めていないようだった。俺の訪問で慌てて着替えたのか、シャツのボタンは上ふたつが止まっていない。
「おい、しっかりしろよ。だらしない」
そんな姿につい、口をついて小言が出ていた。俺が早朝に押しかけたというのなら仕方ないが、太陽は高く昇り、人々は昼食の準備をしようかという時刻。休日ならわかるが、平日にこんな時間まで寝ていたなんて信じられない。
「君に関係ないだろ」
またニコが、大きな欠伸をする。
「関係ないって、最近は議会にすら出ていないと聞くし、どうしたんだ?」
忠告しながら眼鏡の下で眉間に力が入る。
「……君には関係ないよ」
目を逸らし、同じような台詞を繰り返すニコに苛ついた。
「関係ないってどう関係ないんだよ!」
思わず、机を思いっきり叩いていた。バン! と大きな音がし、手のひらがじんじんと痺れる。部屋の中を静寂が支配した。
「……じゃあ、言うけどさ」
じろりとニコが俺を睨み上げる。それは先程までと打って変わり、憎しみに満ちていた。
「僕があんなに傍にいてほしいって頼んだのに、捨てたのはレンでしょ? いまさらどの面下げて僕に会いに来たの?」
皮肉るように唇を歪め、ニコが笑う。それは事実なだけになにも言い返せなかった。
「間違っている僕を正さないといけないって正義感? それとも僕をこんなふうにしてしまったって罪悪感?」
黙ってしまった俺にさらにニコが続ける。
「そんなの、よけいなお世話だよ。レンは僕を見捨てた。なら、僕にレンは必要ない」
俺を見るニコの目は決して溶けない氷河のように、冷たい。
「……軍を、辞める」
震える唇でどうにか紡ぐ。
「軍を辞めて、お前の傍にいてやる。もう、セドリードに頼らないで、いい。俺が傍にいて、お前を支えてやる」
ニコからの返事はない。沈黙が酷く重く、逃げ出したくなった。それでもじっと、ニコがなんと言うか待つ。
「……遅いんだよ」
しばらくして、ぽつりと消え入りそうな声でニコが呟く。
「僕はもう、レンを忘れたんだ」
その淋しそうな声が、ナイフとなって俺の胸に刺さる。それでようやく、俺は取り返しのつかないことをしてしまったのだと悟った。
「どうしても会いたいっていうから会ってあげたけど、そんなくだらない話をするためだったの? 昨晩もリドが激しくて寝たのは明け方だったんだ。起こさないでくれるかな」
ニコが眠そうに欠伸をし、空気が緩む。それと反対に、強く噛みしめた奥歯が軋んだ。リドとはきっと、ニコがつけたセドリードの愛称だろう。朝まで寝られないほど、求めあっていただと? よく見ればシャツから覗くニコの鎖骨には赤い痕がある。
「話はそれだけ? 〝ウォルター中佐〟?」
ことさら姓と階級を強調し、ニコが俺を呼ぶ。完全に拒絶された、もうあの頃には戻れない。
「リド、リドー」
「はい、ただいま」
ニコが呼ぶとすぐに、セドリードが姿を現す。
「もうちょっと寝るから、ベッドへ連れていって」
せがむように彼に向かってニコが両手を上げる。
「でも、よろしいのですか?」
ちらりとセドリードの視線が、俺へと向かう。それはまるで勝ち誇っているようで、腹の底が熱くなった。
「まだいたんだ?」
けだるそうに俺へ視線を向けながら、引き寄せたセドリードの唇へニコが口付けをする。
「それとも、リドが僕を可愛がってくれるところを見たいの?」
皮肉るようにニコは口端を持ち上げた。それを見て一気に顔が熱を持つ。
「勝手にしろ!」
吐き捨てるように言い、執務室を逃げ出した。屋敷を出て待たせてあった車に乗る。
「出せ」
ドアを乱暴に閉めると同時に運転手へ命じた。ニコのヤツ、なにを考えているのだ。あんなヤツとあんな関係になるなんて。……いや。それもこれも俺のせい、か。苛々と煙草を咥え、火をつける。思いっきり吸い込み、大きく吐き出すと気持ちは幾分か落ち着いた。
……どうすればよかったのだろう。
なんと言葉をかければ、どう言えばニコは満足したのだろう。俺が悪かったと泣いて許しを請えばよかったのか。それで許してくれるのなら、いくらでもやってやる。しかしニコが求めているものは、それではない気がする。どうすればよかったのか、いくら考えても思いつかなかった。
……いや。絶対にニコは会ってくれるはずだ。
そう、ずっと自分に言い聞かせていた。
「誰も取り次ぐなということです」
しかしそんな俺の希望的観測は、無残に打ち砕かれる。
「俺が、レン・ウォルターが来たと伝えたのか!」
取り次ぎに出た、セドリードに食ってかかっていた。
「どなたであろうとお会いにならない、そう仰っています」
確認すら取らず、彼は無表情に断ってくる。それにカッと、腹の底に火がついた。
「ニコに直接聞く。そこをどけ!」
「いくらスティングナー様の幼馴染みでも、できません」
セドリードを押し退けようとするが、びくともしない。冷たい目で俺を見る彼を、怒りを込めて睨みつけた。
「それはキサマがそう言っているだけだろ! ニコに直接確認するまでは諦めないからな」
俺があまりにしつこいからか、セドリードははぁっと面倒臭そうなため息をついた。
「……聞いてまいりますから、少々お待ちください」
あきらかに嫌々とわかる様子で彼が屋敷の中へと入っていく。
「なんだよ」
待っているあいだ、親指の爪を囓りながら、苛々とその場を歩き回る。もしかして聞きに行くといいながら放置されているのではないだろうか、などと考えはじめた頃、ようやくセドリードが戻ってきた。
「お会いになるそうです」
「そうだろうな」
やはり会いたくないなどセドリードが勝手に言っていたことなのだ。ニコは絶対に、俺に会いたいに決まっている。このときの俺は得意満面だったと思う。
通されたのは執務室だった。
「ニコ!」
半ば駆け込んだ俺を一瞥だけし、ニコがふぁーっと大きな欠伸をする。
「なんの用、ウォルター中佐?」
眠たげに目を擦り、ニコは興味なさげに机に頬杖をついて俺から目を逸らした。パジャマ姿でないのが不思議なくらい、ニコはまだ半分、目が覚めていないようだった。俺の訪問で慌てて着替えたのか、シャツのボタンは上ふたつが止まっていない。
「おい、しっかりしろよ。だらしない」
そんな姿につい、口をついて小言が出ていた。俺が早朝に押しかけたというのなら仕方ないが、太陽は高く昇り、人々は昼食の準備をしようかという時刻。休日ならわかるが、平日にこんな時間まで寝ていたなんて信じられない。
「君に関係ないだろ」
またニコが、大きな欠伸をする。
「関係ないって、最近は議会にすら出ていないと聞くし、どうしたんだ?」
忠告しながら眼鏡の下で眉間に力が入る。
「……君には関係ないよ」
目を逸らし、同じような台詞を繰り返すニコに苛ついた。
「関係ないってどう関係ないんだよ!」
思わず、机を思いっきり叩いていた。バン! と大きな音がし、手のひらがじんじんと痺れる。部屋の中を静寂が支配した。
「……じゃあ、言うけどさ」
じろりとニコが俺を睨み上げる。それは先程までと打って変わり、憎しみに満ちていた。
「僕があんなに傍にいてほしいって頼んだのに、捨てたのはレンでしょ? いまさらどの面下げて僕に会いに来たの?」
皮肉るように唇を歪め、ニコが笑う。それは事実なだけになにも言い返せなかった。
「間違っている僕を正さないといけないって正義感? それとも僕をこんなふうにしてしまったって罪悪感?」
黙ってしまった俺にさらにニコが続ける。
「そんなの、よけいなお世話だよ。レンは僕を見捨てた。なら、僕にレンは必要ない」
俺を見るニコの目は決して溶けない氷河のように、冷たい。
「……軍を、辞める」
震える唇でどうにか紡ぐ。
「軍を辞めて、お前の傍にいてやる。もう、セドリードに頼らないで、いい。俺が傍にいて、お前を支えてやる」
ニコからの返事はない。沈黙が酷く重く、逃げ出したくなった。それでもじっと、ニコがなんと言うか待つ。
「……遅いんだよ」
しばらくして、ぽつりと消え入りそうな声でニコが呟く。
「僕はもう、レンを忘れたんだ」
その淋しそうな声が、ナイフとなって俺の胸に刺さる。それでようやく、俺は取り返しのつかないことをしてしまったのだと悟った。
「どうしても会いたいっていうから会ってあげたけど、そんなくだらない話をするためだったの? 昨晩もリドが激しくて寝たのは明け方だったんだ。起こさないでくれるかな」
ニコが眠そうに欠伸をし、空気が緩む。それと反対に、強く噛みしめた奥歯が軋んだ。リドとはきっと、ニコがつけたセドリードの愛称だろう。朝まで寝られないほど、求めあっていただと? よく見ればシャツから覗くニコの鎖骨には赤い痕がある。
「話はそれだけ? 〝ウォルター中佐〟?」
ことさら姓と階級を強調し、ニコが俺を呼ぶ。完全に拒絶された、もうあの頃には戻れない。
「リド、リドー」
「はい、ただいま」
ニコが呼ぶとすぐに、セドリードが姿を現す。
「もうちょっと寝るから、ベッドへ連れていって」
せがむように彼に向かってニコが両手を上げる。
「でも、よろしいのですか?」
ちらりとセドリードの視線が、俺へと向かう。それはまるで勝ち誇っているようで、腹の底が熱くなった。
「まだいたんだ?」
けだるそうに俺へ視線を向けながら、引き寄せたセドリードの唇へニコが口付けをする。
「それとも、リドが僕を可愛がってくれるところを見たいの?」
皮肉るようにニコは口端を持ち上げた。それを見て一気に顔が熱を持つ。
「勝手にしろ!」
吐き捨てるように言い、執務室を逃げ出した。屋敷を出て待たせてあった車に乗る。
「出せ」
ドアを乱暴に閉めると同時に運転手へ命じた。ニコのヤツ、なにを考えているのだ。あんなヤツとあんな関係になるなんて。……いや。それもこれも俺のせい、か。苛々と煙草を咥え、火をつける。思いっきり吸い込み、大きく吐き出すと気持ちは幾分か落ち着いた。
……どうすればよかったのだろう。
なんと言葉をかければ、どう言えばニコは満足したのだろう。俺が悪かったと泣いて許しを請えばよかったのか。それで許してくれるのなら、いくらでもやってやる。しかしニコが求めているものは、それではない気がする。どうすればよかったのか、いくら考えても思いつかなかった。
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