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最終話 契約書は婚姻届

5.幸せになって欲しい

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「お義父さんにお願いがあります」

尚恭に面会を申し込むと、あっさり本宅ではなく本邸に通された。
現在、尚恭は主のいなくなった本邸の管理をしているらしい。

「ああ、すみません。
ここも整理しないといけないもので」

本邸はばたばたしていた。
達之助は保釈されたものの、自子共々地方の別邸に引っ込んでいる。

「尚一郎が跡は継がずに押部の家はこのまま途絶えさせるというものですから」

笑う尚恭はどこか淋しそうで、朋香の胸を波立たせた。

家を途絶えさせるなど、達之助にしてみれば屈辱的なことだろう。
あんなに尚一郎を嫌がりながらも、跡取りには拘っていた。
押部家の歴史など、家自慢の本だってあったくらいだ。

それが、途絶えるなどと。

だからこそこれは、尚一郎の復讐なのだ。

「それで。
お願い、でしたか。
朋香さんにまだ、お義父さんなどと呼んでもらえ、頼ってもらえるなんて嬉しいことです。
なんだって聞きましょう」

「これにサインをもらいたいんです」

用意してきた婚姻届を出すと、尚恭の顔色が一瞬、険しくなった。

「これは……。
まさか、夫の欄に、ではないですよね」

悪戯っぽく笑った尚恭に、一気に頬へ熱が上がっていく。

「……いえ。
保証人の欄にお願いします」

「いいのですか、本当に?
当主のくびきから解放されたとはいえ、会社の現状は理解しているでしょう?
きっと、つらいことばかりですよ」

「わかってます。
それでも私は、尚一郎さんと一緒にいたいんです」

力強い朋香の声にペンを取ると、尚恭はサインしていく。
終わると、朋香に渡してくれた。

「……私はね。
本当は、尚一郎に修羅の道を歩ませてしまったのを後悔していたのです」

静かに話す尚恭の声が、穏やかな午後の室内に染みていく。

「だからこそ、朋香さんと結婚して、幸せそうな尚一郎が嬉しかった。
朋香さんを守るために当主に対して毅然とした態度を取る尚一郎に、復讐などやめてもいいと思っていた」

ずっ、カップを持って尚一郎がコーヒーを飲む音が妙に大きく響いた。

「朋香さんと別れ、感情を捨てた尚一郎に胸が裂ける思いでした。
……自分がそう、仕向けたのにね。
だからこそ、朋香さん」

顔を上げた尚恭が、眼鏡の奥から真っ直ぐに見つめてくる。

「どうか尚一郎を、よろしくお願いします」

「はい。
絶対に尚一郎さんを、幸せにして見せます」

ぎゅっと朋香の手を握る尚恭の手を、力強く握り返した。

尚恭はすべてが片付くとカーテの元に旅立った。
朋香に尚一郎を託して肩の荷が下り、最愛の女性と一緒に暮らす気になったらしい。
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