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第五章 私は道具
5-4
みんなひたすら飲みたくもない酒を飲む。
ソフトドリンクでも頼もうものなら本当に左遷させられかねない、恐怖の飲み会だ。
「な、右田。
可愛がってる部下の結婚は嬉しいよなぁ」
「はい、嬉しいです」
一士本部長から注がれた酒を右田課長が真面目な顔で飲み干す。
ちなみに右田課長は日本酒派だ。
一士本部長の攻撃が右田課長に集中しているうちに、申し訳ないが食べ物を胃に詰め込ませてもらう。
空きっ腹で大量のアルコールで悪酔いは少しでも避けたい。
「しかも自分が大切に育てていた部下を掻っ攫われるのはどうよ?」
「……へ?」
せっせとポテトを口に運んでいた手が止まる。
幸い、私の変な声は聞こえていないみたいだ。
「昇進できたら告白するって決めてたのにな。
海星なんかに持ってかれるなんて可哀想に」
わざとらしく一士本部長がため息をつく。
勘違いかと思ったが、どうも話の主役は私で間違いないようだ。
……右田課長が私を好きだった?
突然降って湧いた話に頭が混乱する。
しかもこんなふうに知ってしまうとどう反応していいのかわからない。
それに右田課長も気の毒だ。
でも、右田課長はなんでなにも言わないんだろう。
ここで私に聞かせるようにこんな話をされるのは嫌なはずだ。
いや、今だけじゃない。
彼はいつも一士本部長の言いなりだ。
それは誠実な彼としては違和感があって、ずっと謎だった。
「だいたい、あんな地味女がいきなり結婚するとか思わないよな」
ちらりと一士本部長の視線がこちらを向く。
地味で悪かったなと心の中で反論した。
でもそんな私がいいと右田課長は思っていてくれたんだ。
それは少し、嬉しい。
「ん?
待てよ。
コイツ、付き合ってる男がいなかったか?」
背後の私を一士本部長が親指で指す。
さすがにコイツ呼ばわりはムッとした。
「なー、オマエ、付き合ってた男はどうしたんだよ?」
一士本部長がこちらを向くので慌ててジョッキを掴んだ。
食べているところなど見せてご機嫌斜めにしては面倒なことになる。
「えっ、あっ、……別れました、が」
きょときょとと視線を泳がせながら曖昧に答える。
だいたい、海星さんと結婚したんだから、別れた以外になにがあるんだろうか。
「海星に付き合ってる女がいるとか聞いたことなかったし。
で、結婚相手が彼氏持ちのオマエ。
おかしくないか?」
「お、おかしくないですが」
などと答えながら声は震えるし視線も逸れる。
「あれか。
海星に金積まれて乗り換えたのか」
それは半分ノーで半分イエスなだけにどう答えていいか困った。
海星さんの子供を産むと決めたのは高志から捨てられたあとなので乗り換えたわけではない。
しかし借金の肩代わりの条件で決めたから、金を積まれてというのは当たっている。
「それしかねーよなー、海星のいいところなんて金持ってるしかねぇもん」
ぐいっと一士本部長がジョッキの中身を飲み干し、すかさず新しいジョッキが彼の前に置かれた。
酒が途切れると機嫌が悪くなるのと、とにかく早く酔い潰れさせて飲み会をお開きにしたいのでわんこそば状態でお酒が出てくるシステムになっている。
「海星さんは優しいです。
私を大事にしてくれます」
飲めと目で命令され、しぶしぶ目の前におかれた新しいジョッキに口をつけた。
顔も性格もあなたなんかよりもずっと上です、なんて言葉は飲み込んだ。
海星さんはほとんどの人間がイケメンというだろうが、えらの張った顔に細い目、分厚い唇の一士本部長がイケメンだという人は悪いがあまりいないだろう。
「アイツが優しい?
気が弱いの間違いだろ。
なあ、右田?」
下品にがはがは笑い、一士本部長が右田課長に同意を求める。
右田課長はイエスともノーともいわず、曖昧な笑顔を浮かべた。
酔っているのか、頭がぐらぐらする。
怒鳴りそうな自分を抑えようと、まだかなり入っているビールをごくごくと一息に全部飲んだ。
そのままガツッと大きな音を立ててジョッキをテーブルに叩きつける。
「……許せない」
「あ?」
その音で興を削がれたのか、一士本部長は笑うのをやめて、高圧的に私を睨みつけた。
「海星さんを笑うなんて許せない。
海星さんはあなたなんかと違って、たくさんいろいろ人のことを考えているのに!」
酔いに任せて一気に捲したてる。
誰でもない、海星さんに一番迷惑をかけている一士本部長が彼を嘲笑うのがどうしても許せなかった。
「なんだとぅ?」
一気に一士本部長が不機嫌になっていく。
「せっかくオレは優しいから、言わずにおいてやったのによ」
ジョッキを掴み、彼は中身をぐいっと飲んだ。
「どうせオマエなんて、アイツが子供を産ませるだけの道具だろうがよ」
けっと吐き捨て、一士本部長がジョッキを呷る。
ひゅっと自分の喉が、息を呑むのがわかった。
彼の大きな声で、その場はしんと静まりかえる。
「なにオマエら黙ってるんだよ。
俺は事実を言ってやっただけだろ」
ぷはーっと酒臭い息を吐き、新たに置かれたジョッキを一士本部長は掴んだ。
ばくばくと心臓が激しく鼓動し、目の前が真っ白になった。
「先に子供を作ったほうに社長の座を譲ってやるって親父が言ったんだよ。
こんなに急にアイツが結婚したのって、それしか理由がねぇだろよ」
立ち上がった一士本部長は、勢いよくビールを飲み干していく。
自分でも海星さんに私は道具だと言った。
自覚していても、人から指摘されるのはショックが大きかった。
「ああっ?
なんか言えよ、なんか」
「……そこまでだ」
一士本部長が次のジョッキを掴もうとしたところで制止が入った。
ジョッキを押さえた手の先を辿っていくと海星さんの顔が見える。
「飲み過ぎだ、一士」
「ああっ!?
兄貴面するなよ、半分しか血が繋がってねぇくせに!」
一士本部長は海星さんからジョッキを奪い取り、一気に喉へと流し込んだ。
げふっと上がってきた炭酸を吐き、じろりと周囲を一士本部長が睨めつける。
「だいたいテメーらだって愛人の息子なんかより、正統派の跡継ぎの俺が社長になったほうがいいって思ってんだろ!」
誰もなにも言わない。
言えるわけがない。
「ほら、みんなそう思ってるから黙ってるんだろ。
テメーはオレの下で、オレのために働けばいいんだよ」
一士本部長が海星さんの額を突く。
おかしくもないのにゲラゲラ笑ったかと思ったら、一士本部長はそのまま後ろ向きにばたりと倒れ込んだ。
「……寝た」
「……寝たな」
おそるおそる、数人が警戒しながら一士本部長をつついて確認するが、大いびきを掻いていて起きそうになかった。
「みんなすまんな、迷惑をかけて」
海星さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「いいですよ、盛重本部長が悪いわけじゃないので」
代表するように右田課長が応え、ほとんどの人が同意なのか頷いた。
「ここの払いは俺がしておくからみんな帰れ。
あと」
財布からお札を数枚抜き、近くにいる人に海星さんが渡す。
「これでみんな、タクシー使え」
「えっ、そこまでいいですよ!」
一瞬、受け取りかけた彼は海星さんへと押し戻した。
「いいから。
迷惑料だ。
それにみんなかなり酔ってるから危ないしな」
海星さんが笑い、その場のみんなもようやく笑った。
ソフトドリンクでも頼もうものなら本当に左遷させられかねない、恐怖の飲み会だ。
「な、右田。
可愛がってる部下の結婚は嬉しいよなぁ」
「はい、嬉しいです」
一士本部長から注がれた酒を右田課長が真面目な顔で飲み干す。
ちなみに右田課長は日本酒派だ。
一士本部長の攻撃が右田課長に集中しているうちに、申し訳ないが食べ物を胃に詰め込ませてもらう。
空きっ腹で大量のアルコールで悪酔いは少しでも避けたい。
「しかも自分が大切に育てていた部下を掻っ攫われるのはどうよ?」
「……へ?」
せっせとポテトを口に運んでいた手が止まる。
幸い、私の変な声は聞こえていないみたいだ。
「昇進できたら告白するって決めてたのにな。
海星なんかに持ってかれるなんて可哀想に」
わざとらしく一士本部長がため息をつく。
勘違いかと思ったが、どうも話の主役は私で間違いないようだ。
……右田課長が私を好きだった?
突然降って湧いた話に頭が混乱する。
しかもこんなふうに知ってしまうとどう反応していいのかわからない。
それに右田課長も気の毒だ。
でも、右田課長はなんでなにも言わないんだろう。
ここで私に聞かせるようにこんな話をされるのは嫌なはずだ。
いや、今だけじゃない。
彼はいつも一士本部長の言いなりだ。
それは誠実な彼としては違和感があって、ずっと謎だった。
「だいたい、あんな地味女がいきなり結婚するとか思わないよな」
ちらりと一士本部長の視線がこちらを向く。
地味で悪かったなと心の中で反論した。
でもそんな私がいいと右田課長は思っていてくれたんだ。
それは少し、嬉しい。
「ん?
待てよ。
コイツ、付き合ってる男がいなかったか?」
背後の私を一士本部長が親指で指す。
さすがにコイツ呼ばわりはムッとした。
「なー、オマエ、付き合ってた男はどうしたんだよ?」
一士本部長がこちらを向くので慌ててジョッキを掴んだ。
食べているところなど見せてご機嫌斜めにしては面倒なことになる。
「えっ、あっ、……別れました、が」
きょときょとと視線を泳がせながら曖昧に答える。
だいたい、海星さんと結婚したんだから、別れた以外になにがあるんだろうか。
「海星に付き合ってる女がいるとか聞いたことなかったし。
で、結婚相手が彼氏持ちのオマエ。
おかしくないか?」
「お、おかしくないですが」
などと答えながら声は震えるし視線も逸れる。
「あれか。
海星に金積まれて乗り換えたのか」
それは半分ノーで半分イエスなだけにどう答えていいか困った。
海星さんの子供を産むと決めたのは高志から捨てられたあとなので乗り換えたわけではない。
しかし借金の肩代わりの条件で決めたから、金を積まれてというのは当たっている。
「それしかねーよなー、海星のいいところなんて金持ってるしかねぇもん」
ぐいっと一士本部長がジョッキの中身を飲み干し、すかさず新しいジョッキが彼の前に置かれた。
酒が途切れると機嫌が悪くなるのと、とにかく早く酔い潰れさせて飲み会をお開きにしたいのでわんこそば状態でお酒が出てくるシステムになっている。
「海星さんは優しいです。
私を大事にしてくれます」
飲めと目で命令され、しぶしぶ目の前におかれた新しいジョッキに口をつけた。
顔も性格もあなたなんかよりもずっと上です、なんて言葉は飲み込んだ。
海星さんはほとんどの人間がイケメンというだろうが、えらの張った顔に細い目、分厚い唇の一士本部長がイケメンだという人は悪いがあまりいないだろう。
「アイツが優しい?
気が弱いの間違いだろ。
なあ、右田?」
下品にがはがは笑い、一士本部長が右田課長に同意を求める。
右田課長はイエスともノーともいわず、曖昧な笑顔を浮かべた。
酔っているのか、頭がぐらぐらする。
怒鳴りそうな自分を抑えようと、まだかなり入っているビールをごくごくと一息に全部飲んだ。
そのままガツッと大きな音を立ててジョッキをテーブルに叩きつける。
「……許せない」
「あ?」
その音で興を削がれたのか、一士本部長は笑うのをやめて、高圧的に私を睨みつけた。
「海星さんを笑うなんて許せない。
海星さんはあなたなんかと違って、たくさんいろいろ人のことを考えているのに!」
酔いに任せて一気に捲したてる。
誰でもない、海星さんに一番迷惑をかけている一士本部長が彼を嘲笑うのがどうしても許せなかった。
「なんだとぅ?」
一気に一士本部長が不機嫌になっていく。
「せっかくオレは優しいから、言わずにおいてやったのによ」
ジョッキを掴み、彼は中身をぐいっと飲んだ。
「どうせオマエなんて、アイツが子供を産ませるだけの道具だろうがよ」
けっと吐き捨て、一士本部長がジョッキを呷る。
ひゅっと自分の喉が、息を呑むのがわかった。
彼の大きな声で、その場はしんと静まりかえる。
「なにオマエら黙ってるんだよ。
俺は事実を言ってやっただけだろ」
ぷはーっと酒臭い息を吐き、新たに置かれたジョッキを一士本部長は掴んだ。
ばくばくと心臓が激しく鼓動し、目の前が真っ白になった。
「先に子供を作ったほうに社長の座を譲ってやるって親父が言ったんだよ。
こんなに急にアイツが結婚したのって、それしか理由がねぇだろよ」
立ち上がった一士本部長は、勢いよくビールを飲み干していく。
自分でも海星さんに私は道具だと言った。
自覚していても、人から指摘されるのはショックが大きかった。
「ああっ?
なんか言えよ、なんか」
「……そこまでだ」
一士本部長が次のジョッキを掴もうとしたところで制止が入った。
ジョッキを押さえた手の先を辿っていくと海星さんの顔が見える。
「飲み過ぎだ、一士」
「ああっ!?
兄貴面するなよ、半分しか血が繋がってねぇくせに!」
一士本部長は海星さんからジョッキを奪い取り、一気に喉へと流し込んだ。
げふっと上がってきた炭酸を吐き、じろりと周囲を一士本部長が睨めつける。
「だいたいテメーらだって愛人の息子なんかより、正統派の跡継ぎの俺が社長になったほうがいいって思ってんだろ!」
誰もなにも言わない。
言えるわけがない。
「ほら、みんなそう思ってるから黙ってるんだろ。
テメーはオレの下で、オレのために働けばいいんだよ」
一士本部長が海星さんの額を突く。
おかしくもないのにゲラゲラ笑ったかと思ったら、一士本部長はそのまま後ろ向きにばたりと倒れ込んだ。
「……寝た」
「……寝たな」
おそるおそる、数人が警戒しながら一士本部長をつついて確認するが、大いびきを掻いていて起きそうになかった。
「みんなすまんな、迷惑をかけて」
海星さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「いいですよ、盛重本部長が悪いわけじゃないので」
代表するように右田課長が応え、ほとんどの人が同意なのか頷いた。
「ここの払いは俺がしておくからみんな帰れ。
あと」
財布からお札を数枚抜き、近くにいる人に海星さんが渡す。
「これでみんな、タクシー使え」
「えっ、そこまでいいですよ!」
一瞬、受け取りかけた彼は海星さんへと押し戻した。
「いいから。
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