天才魔導師と秀才魔法剣士を(いろんな意味で)癒すのがお仕事です

うづきなな

文字の大きさ
8 / 52

お知り合い

しおりを挟む
 マリアンヌとウォルフガングから逃れた三人は、主にシエルとゼリンダが朝市を堪能した。カイはふたりに言われるがままに付いて行って、腹を満たすために黙々と食べ歩きをしていた。ゼリンダの馴染みのパン屋も出店していたので好きなパンをいくつか購入し、市場から近い公園へ移動した。
 朝の公園は閑散としていた。週に一回の朝市に人が集中しているせいもあるだろう。ゼリンダを真ん中に挟む形で三人並んで大きな樹の下のベンチに腰掛ける。昨日会ったばかりなのに、とても自然で、長い間一緒にいるような安心感がゼリンダにあった。両隣のふたりも同じように感じてくれていると嬉しいと思ったが、彼らの表情を確かめる勇気はまだなかった。
 カイは食に強い興味がない。何でも胃に入れば同じだと思っている。要は生命維持のために必要な行為というだけだ。
「おいしい~」
 しかしゼリンダが隣で幸せそうな顔をしてパンを頬張っている姿を見ていると、自然に頬が緩んだ。ゼリンダが好きだと言うクロワッサンに、普段の食事より味を感じた。サクサクした食感と、甘みと、バターの香り。これがおいしいということかと少し理解できた気がした。
「……なるほど」
 カイが小さく独りごちた声がゼリンダの鼓膜をかすめた。
「どうかした?」
 ゼリンダは小さく首を傾げ、ふしぎそうな表情を浮かべてカイを見る。目が合ったカイはフッと笑った。
「美味いな」
 カイの言葉にゼリンダはパッと咲いた黄色のガーベラのような笑顔を見せる。カイはその笑顔にどきりとしたが、彼女の口元にパン屑が付いていることに気づいた。カイはそれをぺろりと舐め取る。
「こっちの方が美味い」
 カイはいたずらっ子のように笑うが、ゼリンダは驚きで硬直した。
「カイ……」
 シエルが深いため息とともに、地を這うような声でカイを諌める。
「シエルも、ゼリンダに付いたパンを食べたいならもらえば」
 特に表情や声のトーンを変えることなく、カイはさらりと提案する。
「こんな人目のある中ですることじゃないだろ」
「美味いのに」
 シエルは根気強く外でいちゃつくのは止めろとカイに言い聞かせる必要があると悟って大きなため息をついてうなだれた。
 ゼリンダはシエルの苦労を偲びながらも、彼らに聞きたいことがあった。
「さっきの方、お知り合い?」
「ウォルフガング・ジルバーナーゲル」
 カイが先程の人物の名前を教えてくれたが、ゼリンダが聞きたいのはそこではなかった。シエルが優しく微笑んで補足してくれる。
「同業者だね。ウォルフガングさんは現代最強の魔法剣士って言われてる。ジルバーナーゲル家は代々強い魔法剣士を輩出してることで有名で、武力でのし上がったって悪く言う人もいるけど大貴族。俺たちとは別の討伐依頼をこの近くで請けてたんじゃないかな。最近、いろんな場所で魔物の出没が増えてるから」
 魔物の出没地点はなぜか都会より田舎が多い。しかし王都に優秀な人材が集まるため、討伐依頼を出さなければならない状況があった。
 シエルの説明にゼリンダはポンと手のひらを打った。カイとシエルでも十分強いのに、さらに上がいるとは、世界は広い。
「道理で、あの方からとても強い魔力を感じたわけですね」
 うなずくゼリンダの言葉にカイがピクリと反応する。
「ゼリンダ、魔力感知したのか?」
「なんか、すごく魔力を感じたけど……だめだった?」
「あいつ、ゼリンダを試した」
 カイはむっとしたようで、かすかに頬を膨らませた。
「ゼリンダには俺が結界張ってるからあいつからゼリンダの魔力や能力は測れないけど、ゼリンダがあいつの魔力の大きさに気づいたことはわかってる」
「そんなことができるの!?」
「俺もできる」
「戦闘に魔法を使う人間は作戦のひとつで本当の魔力を悟られないようにコントロールしている人が多いんだ。高度なコントロールができれば狙った相手にわざと開示することもできる」
 シエルの説明に相槌を打ちながらゼリンダは真剣に聞いていた。手の内を明かさないということなのだろう。
「魔獣もこちらの魔力を測ってくるからね」
 彼らはとても危険な仕事をしているのだと、ゼリンダは改めて思い知った。
「そんなに急いで逃げなくてもいいじゃん~」
 おどけた口調のウォルフガングが正面から姿勢よくのんびり歩いてきた。どうしてここにいるのがわかったのだろうとゼリンダは目を丸くする。ウォルフガングの力をもってすれば、ゼリンダとシエルから漏れ出る魔力の微かな残滓を追って居場所を突き止めることなど造作もなかった。
 カイはもぐもぐとパンを頬張っており、ウォルフガングに全く興味がない。ちらりと視線を寄越す素振りもない。必然的にシエルが対応する。
「ゼリンダさんに危害を加えられそうでしたから」
「ああ、あの子ね。俺は何にもしないよぅ」
 拗ねたように唇をとがらせるウォルフガングのかわいこぶった口調に対してカイは特に反応はないが、シエルは苦笑いを浮かべる。
「はじめまして、ゼリンダさん。俺はウォルフガング・ジルバーナーゲルてす。よろしく」
 握手を求めてウォルフガングは笑顔でゼリンダに手を差し出す。ゼリンダはなぜか強い圧を感じて、シュッと立ち上がりおずおずとウォルフガングの大きな手を握った。
「はじめまして。よろしくお願いします」
 ゼリンダは小さく会釈しながらウォルフガングと握手をする。
「よろしく~」
 軽い力だが、握手をしたままゼリンダはウォルフガングに腕をぶんぶん振り回された。
「カイくんがシエルくん以外に仲間を迎えるなんて思ってなかったからさー。どんな子なのか気になっちゃって」
 単純にいい先輩なのか、何か探りを入れているのかゼリンダにはわからずシエルに助けを求める視線を送る。それに気づいたウォルフガングは値踏みするような視線をゼリンダへ向けた。
「さっきの子はゼリンダさんは何もできないって言ってたけど、俺にはそう思えないんだよね」
 マリアンヌが知りうるゼリンダの個人情報をべらべら喋ったらしい。おそらくそこに付随する悪口の方が長かっただろうと思うと辟易する。もっとも、彼女とは付き合いがないので、彼女の持つゼリンダの個人情報など大したことはないと思っている。正しいのは名前と住んでいるところ、天涯孤独ということが関の山だろう。
「まあ……間違ってはいません」
 俯くゼリンダにウォルフガングは探るような視線を送る。地面を見つめるゼリンダは、絶対に変わると強く決意した。澱の浄化はカイとシエルのためにしか使わないが、今より回復魔法を使えるようになる予感がしていた。しかしそれをウォルフガングに宣言するつもりはない。
「そうかな? ゼリンダさんは間違いなく、俺の魔力の量や流れを感じていた。ゼリンダさんのはカイくんの魔法に邪魔されてた。カイくんとシエルくんは昨日ここへ来たばかりだろう? 王都でゼリンダさんの存在がちらついたらローズブレイド家やシエルくんのファンたちが騒ぐと思うから、君たちは昨日知り合ったばかりのはずだ」
「ウォルフガングさんはいつこちらへいらしたんですか?」
 話を逸らそうとシエルは穏やかにウォルフガングに問いかける。
「昨日の夜だよ。ホント、最近魔物の動きが活発だよね~。困っちゃう」
 キャピキャピしているウォルフガングはあまり困っていないように見えた。麗しい容姿とのギャップにゼリンダの頭は理解が追いつかない。
「ふたりの兄貴分としては、唐突に仲間が増えてたからちょっと心配になっただけ」
「あんたに心配される筋合いはない」
 食事に夢中で何も聞いていないと思っていたカイが、きちんと会話に参加した。
「カイくんは本当につれないなぁ。まあ確かに興味もあるよ? 稀代の天才魔導師が仲間に引き入れるほど気に入った才能ってどんなだろうってね」
「カイはゼリンダさんの将来性に期待してるので、まだ未知数ですよ」
 シエルはウォルフガングにこれ以上の追求をさせるつもりはなかった。ウォルフガングがゼリンダの能力を知ったからといって、カイとシエルからゼリンダを奪い取ろうと画策するとはシエルは思っていない。ウォルフガングはひとりであらゆることができる真の天才だ。攻撃魔法と剣の扱いはもちろん回復魔法も、澱の処理も全てひとりで最高のものが扱える。ウォルフガングは神の領域に達していると皆、口を揃える。その上、彼は慈悲深い。彼の持つ全てを惜しみなく人々に捧げる。カイとシエルも特別講師として学院にやって来たウォルフガングに剣術を教えてもらった。そんな風にウォルフガングと触れ合った者の中には、彼を神と崇めている人間もいる。むしろウォルフガングに対してカイのような態度を取る者が稀だ。
 だからウォルフガングがゼリンダの澱の浄化の能力を知り、それは澱の対応に困っている魔法使いたちにも分け与えるべきと考えたら。シエルは背筋が寒くなった。カイとシエル以外の人間にゼリンダがモノのように扱われ、弄ばれるのは嫌だった。
 ただ、こちらの魔法の神の愛し子はウォルフガングにそのような要求をされたところではねつけるだろう。
 ゼリンダが白魔法の修行をしていたことはウォルフガングにヒントを与えているかもしれない。現人神がカイほど魔導研究に熱心でないことを祈るしかなかった。
 シエルの口角の上げ具合まで計算し尽くしたような整った笑顔に、ウォルフガングはここで粘っても得るものはないと悟った。
「ゼリンダさんはふたりと一緒にいるために王都へ拠点を移すの?」
「は、はい!」
「じゃあ、また会うことがあったらよろしく」
 パチンと音を立てそうなウインクを披露してウォルフガングは去っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

俺が悪役令嬢になって汚名を返上するまで (旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

南野海風
ファンタジー
気がついたら、俺は乙女ゲーの悪役令嬢になってました。 こいつは悪役令嬢らしく皆に嫌われ、周囲に味方はほぼいません。 完全没落まで一年という短い期間しか残っていません。 この無理ゲーの攻略方法を、誰か教えてください。 ライトオタクを自認する高校生男子・弓原陽が辿る、悪役令嬢としての一年間。 彼は令嬢の身体を得て、この世界で何を考え、何を為すのか……彼の乙女ゲーム攻略が始まる。 ※書籍化に伴いダイジェスト化しております。ご了承ください。(旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。

処理中です...