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お買い物 3
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ミアに紹介してもらった下着屋は、商店の立ち並ぶ通りではなく住宅街にあった。書いてもらった地図の場所へカイとシエルに連れてきてもらったが、どう見ても普通のアパートメントだった。
ミアの話によると、紹介されていない人間からの仕事は受けない店らしい。ミアが先に連絡を入れてくれて、念のため紹介状も持たせてくれた。今日は先方のスケジュールに余裕があるのですぐに訪ねても問題ないそうだ。男連れも構わないと伝えられた。エリアスもミアと一緒に何度か訪ねているらしい。
「ごめんください」
ゼリンダが挨拶をしながら扉を開くと、チリンチリンと控えめな鈴の音が鳴った。
「いらっしゃいませ。ルカ様からご紹介のゼリンダ様ですね?」
奥から出てきて応対してくれたのは、メガネをかけたおっとりした雰囲気の女性だった。緩く結わえたハチミツ色の長い髪が全体的にぽってりしている彼女のキュートな雰囲気を一層かわいらしく魅せる。
「ルカ様?」
知らない名前にゼリンダはきょとんとなる。
「ミアの昔の芸名」
カイが教えてくれたが、ゼリンダはまだピンときていなかった。首を傾げて考えるが何もつながらない。
「ムーサイ歌劇団って知ってる?」
シエルの質問にゼリンダはうなずく。
「女性だけの歌劇団、ですよね?」
実際の舞台を観たことはないが、ゼリンダも歌劇団の存在は知っていた。五十年以上存続しているという歴史ある女性だけの歌劇団で、王都に専用劇場を持っていてとても人気が高い。チケットは毎回争奪戦が繰り広げられる。
劇団員になりたい人が受ける入団テストがとても厳しく、容姿はもちろん、演技力と歌唱力、ダンスの才能まで求められる。また試験に受かって研究生になれてもとても稽古が辛いとツキフジ村にいたムーサイ歌劇団大好きなご近所さんから聞いたことがある。だからムーサイ歌劇団の舞台に立てる人は本当にすごいと教えてもらった。
ゼリンダの目の前にいるおっとりかわいらしい女性がカッと目を見開く。拳を握ってメラメラと燃えたぎる炎が彼女の背後に見えた気がした。
「ルカ様は、その中でもトップオブトップ! 伝説のトップスターです!」
ミアのあの空気はそういうことだったのかとゼリンダは納得する。熱弁を振るう女性はハッと我に返った。
「申し訳ございません! 私は店主のハンナ・ベルクです」
初対面の人に熱く推しを語りそうになったが、ハンナは彼らはお客だったと思い出し、何度もペコペコと頭を下げる。
「ゼリンダ・メルランです。よろしくお願いいたします」
ゼリンダは本日三度目のお辞儀を深々とする。
「どうぞ」
ハンナに案内され、ゼリンダを先頭にカイとシエルも店内の中央へ移動する。いくつも並んだトルソーが、熱帯魚のようなひらひらときれいな肌着をそれぞれの身にまとっていた。
「カイ、歌劇団を知ってるんだ?」
カイが歌劇団を知っていたことをゼリンダは意外に思っていた。魔法にしか興味がなく、芸能のことはゼリンダと同レベルだと勝手に思っていた。
「母親が歌劇団に異常な愛情を持ってて出資もしてる。ミアとエリアスが結婚したのも、母親がお見合いさせたから」
「その節はお世話になりました」
なぜかハンナがカイに深々と頭を下げる。カイがミアのことを知っている理由がゼリンダの想像を軽々と飛び越えていく。
「当店はセミオーダーです。一点一点手作りしておりますので完成までお時間を頂戴いたします」
ハンナに渡された冊子にはゼリンダが見たことのない、まるでドレスのような、たっぷりのレースやリボンがあしらわれた美しいデザインの肌着がいくつも記されていた。ブラジャーとショーツにキャミソールやスリップといったランジェリー、ガーターベルト。全てが華麗に調和している。
「生地と色はお選びいただけます。同じデザインでも生地や色によって質感や雰囲気が変化します。お値段も変わります」
トルソーの着ているサンプルを例に、ハンナが説明してくれる。
「代表的な生地といえば絹ですが、使用すると高額になります。肌触りは格別です。レーヨンなら安価でドレープが美しく表現され、扱いも絹ほど気を使いません。その他の生地にも、それぞれに良いところがありますからゆっくり見比べてください」
宝石箱に触れるように、ゼリンダはどきどきしながらページをめくり、目の前のトルソーと見比べる。どれも素敵で迷ってしまう。
「全部、ハンナさんがお作りになるんですか?」
「はい。デザインは全て私が行って、お針子は私を含めて三名で行っています」
「すごいですね……」
ゼリンダは感嘆の吐息をもらす。どれにすればいいのか決められずページを行ったり来たりしていたゼリンダだが、ふとあることに気がついた。これはちょっとセクシーな雰囲気の一式を選べばカイとシエルが喜んでくれる可能性がある。ちらりとシエルとカイを盗み見た。ふたりともゼリンダの視線に気づき、密着してきた。
「ゼリンダの好きなものを選べば良いと思うよ」
「中身がゼリンダならそれで良い」
カイとシエルの優しさと艶のある視線にゼリンダは頬を染めてコクリとうなずく。美男美女の親密な空気を、ハンナは心の中で歓喜の涙を流して拝んだ。
ミアの話によると、紹介されていない人間からの仕事は受けない店らしい。ミアが先に連絡を入れてくれて、念のため紹介状も持たせてくれた。今日は先方のスケジュールに余裕があるのですぐに訪ねても問題ないそうだ。男連れも構わないと伝えられた。エリアスもミアと一緒に何度か訪ねているらしい。
「ごめんください」
ゼリンダが挨拶をしながら扉を開くと、チリンチリンと控えめな鈴の音が鳴った。
「いらっしゃいませ。ルカ様からご紹介のゼリンダ様ですね?」
奥から出てきて応対してくれたのは、メガネをかけたおっとりした雰囲気の女性だった。緩く結わえたハチミツ色の長い髪が全体的にぽってりしている彼女のキュートな雰囲気を一層かわいらしく魅せる。
「ルカ様?」
知らない名前にゼリンダはきょとんとなる。
「ミアの昔の芸名」
カイが教えてくれたが、ゼリンダはまだピンときていなかった。首を傾げて考えるが何もつながらない。
「ムーサイ歌劇団って知ってる?」
シエルの質問にゼリンダはうなずく。
「女性だけの歌劇団、ですよね?」
実際の舞台を観たことはないが、ゼリンダも歌劇団の存在は知っていた。五十年以上存続しているという歴史ある女性だけの歌劇団で、王都に専用劇場を持っていてとても人気が高い。チケットは毎回争奪戦が繰り広げられる。
劇団員になりたい人が受ける入団テストがとても厳しく、容姿はもちろん、演技力と歌唱力、ダンスの才能まで求められる。また試験に受かって研究生になれてもとても稽古が辛いとツキフジ村にいたムーサイ歌劇団大好きなご近所さんから聞いたことがある。だからムーサイ歌劇団の舞台に立てる人は本当にすごいと教えてもらった。
ゼリンダの目の前にいるおっとりかわいらしい女性がカッと目を見開く。拳を握ってメラメラと燃えたぎる炎が彼女の背後に見えた気がした。
「ルカ様は、その中でもトップオブトップ! 伝説のトップスターです!」
ミアのあの空気はそういうことだったのかとゼリンダは納得する。熱弁を振るう女性はハッと我に返った。
「申し訳ございません! 私は店主のハンナ・ベルクです」
初対面の人に熱く推しを語りそうになったが、ハンナは彼らはお客だったと思い出し、何度もペコペコと頭を下げる。
「ゼリンダ・メルランです。よろしくお願いいたします」
ゼリンダは本日三度目のお辞儀を深々とする。
「どうぞ」
ハンナに案内され、ゼリンダを先頭にカイとシエルも店内の中央へ移動する。いくつも並んだトルソーが、熱帯魚のようなひらひらときれいな肌着をそれぞれの身にまとっていた。
「カイ、歌劇団を知ってるんだ?」
カイが歌劇団を知っていたことをゼリンダは意外に思っていた。魔法にしか興味がなく、芸能のことはゼリンダと同レベルだと勝手に思っていた。
「母親が歌劇団に異常な愛情を持ってて出資もしてる。ミアとエリアスが結婚したのも、母親がお見合いさせたから」
「その節はお世話になりました」
なぜかハンナがカイに深々と頭を下げる。カイがミアのことを知っている理由がゼリンダの想像を軽々と飛び越えていく。
「当店はセミオーダーです。一点一点手作りしておりますので完成までお時間を頂戴いたします」
ハンナに渡された冊子にはゼリンダが見たことのない、まるでドレスのような、たっぷりのレースやリボンがあしらわれた美しいデザインの肌着がいくつも記されていた。ブラジャーとショーツにキャミソールやスリップといったランジェリー、ガーターベルト。全てが華麗に調和している。
「生地と色はお選びいただけます。同じデザインでも生地や色によって質感や雰囲気が変化します。お値段も変わります」
トルソーの着ているサンプルを例に、ハンナが説明してくれる。
「代表的な生地といえば絹ですが、使用すると高額になります。肌触りは格別です。レーヨンなら安価でドレープが美しく表現され、扱いも絹ほど気を使いません。その他の生地にも、それぞれに良いところがありますからゆっくり見比べてください」
宝石箱に触れるように、ゼリンダはどきどきしながらページをめくり、目の前のトルソーと見比べる。どれも素敵で迷ってしまう。
「全部、ハンナさんがお作りになるんですか?」
「はい。デザインは全て私が行って、お針子は私を含めて三名で行っています」
「すごいですね……」
ゼリンダは感嘆の吐息をもらす。どれにすればいいのか決められずページを行ったり来たりしていたゼリンダだが、ふとあることに気がついた。これはちょっとセクシーな雰囲気の一式を選べばカイとシエルが喜んでくれる可能性がある。ちらりとシエルとカイを盗み見た。ふたりともゼリンダの視線に気づき、密着してきた。
「ゼリンダの好きなものを選べば良いと思うよ」
「中身がゼリンダならそれで良い」
カイとシエルの優しさと艶のある視線にゼリンダは頬を染めてコクリとうなずく。美男美女の親密な空気を、ハンナは心の中で歓喜の涙を流して拝んだ。
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