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第一章 新しい生活の始まり

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 リンさんが帰ってからしばらくして、ノエルさんがやって来た。

「アシュリー」

「こんばんは、ノエルさん。コーヒーですか?」

 ううん、と答えて首を横に振る。

「週に一度はアシュリーのごはんが食べたいから、無理を言って出て来た」

 そう言ってノエルさんはふふふ、と笑うけど、何となく嫌な予感と言うのか、何と言うのか。
 でも、ちゃんとごはんを食べて欲しいとも思うし、難しいなぁ……。

「用意しますね」

「うん」

 ノエルさんはフルールを抱き上げると、膝の上にのせてフルールのおなかに顔を埋めたり、抱きしめたり、頬擦りしている。……大分、お疲れみたい。
 疲れた時にフルールの柔らかい身体に癒されるのは、何となく分かる。

 ノエルさん以外にもお風呂上がりの人がやって来て、ごはんを頼まれたので、あらかじめ用意してあるパンを石窯の中に入れて焼き始める。
 フライパンに油を落として温めている間に、保温しておいたスープをカップに注いで、ノエルさんや、他の人に出す。

「んー……しみる」

 スープをひと口飲んだノエルさんが、しみじみと言う。

「五臓六腑に染み渡るよ、アシュリー」

「嬉しいですけど、褒め過ぎです、ノエルさん」

 温まったフライパンに端肉のパン粉をまぶしたものを入れていく。端肉そのものはもう火が通っているものだから、中のネギもあらかじめ火を通してある。表面のパン粉がカリッと焼ければ大丈夫。
 皿を並べて二種類の酢漬けをのせていく。

「アシュリーも、手慣れてきたね」

「来たばかりと比べると、大分慣れたかなって思います。
ラズロさんは料理して、話をしながら食堂内の状況を把握してるので、本当凄いと思います」

 ラズロさんはとても器用だと思う。

「アイツは比較的何でも出来るんだけど、何をやってもつまらなさそうなんだよね。だから長く続かない」

 つまらなさそう?
 あんまりそうは見えないけど、内心はそう思ってるのかな?

「でも今の仕事は長く続いてる」

 そんなような事、ラズロさんも言ってたなぁ。
 砂時計が落ちたのを見て、外の石窯から焼き上がったパンをバスケットに入れて戻る。
 ノエルさんが不思議そうにしながら砂時計を見ていた。

「アシュリー、これ何?」

「砂時計です」

「スナドケイ?」

 完全に砂が落ちきってしまったので、上下を逆さまにする。サラサラと砂が下に溢れ落ちていく。
 ノエルさんはそっと手を伸ばして砂時計を持つ。

「上の砂が下に完全に落ちるのに、その砂時計だと5分かかります」

 魔女はこの砂時計をいっぱい持ってて、時間を正確に測ってた。
 この前届いた荷物の中に、魔女からもらった砂時計が入ってて、嬉しかった。あるのとないのとだと、目安が変わってくるから。

「時間の経過を目視出来るなんて、凄い……」

「多分、それは村に頼んでも商品にするのは難しいと思います」

「どうして?」

「魔女しか作れないからです。頼んでも作ってくれない事がほとんどでした。僕は魔女の手伝いをよくしていたので、そのご褒美にいくつか作ってもらえましたけど」

 そうなんだ、とがっかりした顔をするノエルさんに、出来上がった料理ののった皿を差し出す。

「ありがとー」

 砂時計をカウンターに戻すと、ノエルさんは皿を受け取ってパンを口に入れた。

「んん、あったかい。あったかくてフワフワする。でも周りがカリッとしてる」

 ノエルさんはちぎったパンを、隣の椅子に座るフルールにあげる。フルールはもくもくとパンを食べ始めた。

「冬に温かい食事を口に出来るだけで、病気が縁遠くなる気がするよ」

「冷えは万病の元ですからね」

「初めて聞く言葉」

「魔女がよく言ってましたよ。身体を冷やすな、って」

 ノエルさんの横に僕も座って、一緒にごはんを食べる。
 フルールはぴょこぴょこと上下しながら僕の隣に移動して来た。
 多めに焼いたパンを渡すと、両手で持って、食べ始める。

「身体を冷やすと病気になるの?」

「えっと、身体の中にある、病気と闘う力が、冷えてると弱まる、みたいな事を言ってました」

「抵抗力の事かな?」

「あ、それです」

 スープを飲む。スープの熱でおなかが内側から温まってくる。

「アシュリーの村の魔女に、会っておけば良かった」

「魔女とノエルさんが会ったら、ノエルさんは王都に帰れなかったかも」

 なんで? とノエルさんが聞き返す。

「魔女は、カッコいい人が大好きなんです。多分会った瞬間にプロポーズされます」

「なにそれ凄いね?!」

 今思い出しても、魔女は不思議な人だった、うん。

「気分屋さんな所もありましたけど、優しくて物知りで強くて、僕は大好きです」

「アシュリーがそこまで言うんだから、良い人なんだろうね」

「良い人ですよ。怒らせると怖いです。酒場の女将さんより何倍も怖いです」

「なるほどね?」

「お酒が大好きで、毎日のように二日酔いになってて、僕、その所為でパンがゆ作りが得意になりました」

 毎日パンがゆを作らされてたから。

 ノエルさんに頭を撫でられた。

「ラズロには作らなくて良いからね」

 その言葉に思わず笑った。
 ノエルさんはラズロさんにちょっと厳しい。
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