退魔師・久遠馨の心霊事件帖

三田村優希

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第壱帖・白藤の情念

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「池園さん、話を聞くだけですよ? そこから先は、決して首を突っ込んではいけません。人的作為だろうと霊的な干渉が絡んでいようと、僕は、貴女を守ることまでは手が回りませんよ」

 釘を刺しておくものの、意味がないんだろうなと半ば諦めていた。彼女の祖母と、先代当主である薫の制止を振り切ったのだ。必ず最後まで見届けると言うに決まっている。

(昨日の『頑張ってね』は、こういうことかよ母さん!)

 一度は同情したが、やはり茉莉の身勝手さに怒りが再燃した。同時に厄介ごとを息子に押しつけた母への怒りは、凄まじく膨れ上がる。しかし来てしまったからには、今さら追い返すわけにはいかない。今後、こういった厄介な依頼人には幾度となくお目にかかるだろう。場数を踏むしかないと、すっかりぬるくなってしまったコーヒーを喉に流し込む。早く土曜日にならないかなと、口の中で呟きながら。

 そして土曜日。約束の時間ピッタリに、ロビーに白髪交じりの60代後半と思しき女性が現れた。

「失礼ですが、清水さんでしょうか」

 馨が問えば、女性は、はっとした表情になり頭を下げた。

「初めまして、清水です。ははに白藤のことを聞きたいそうですね」

 ホテル内で急遽用意した福井銘菓である羽二重餅はぶたえもちを馨が、大野市銘菓である芋きんつばを茉莉が、つまらないものですがと渡す。

「あらまぁ、気を遣わないでくださいね」

 お世話になるから、と手渡そうとする。本当にお構いなくと断る攻防が続き、3回目でようやく受け取ってもらえた。清水は心なしか余所者の馨たちを、警戒するような目で見ている。農村にありがちな排他的な気質からかと思ったが、彼女の次のひと言で誤解だと判った。

「あなたがたは、あの白藤に何があるのか知らないから呑気なことが言えるんですよ。悪いことは言いませんから、早く帰った方がいいですよ」
「どういうことですか?」

 茉莉は歓迎されていないことを敏感に感じ取り、食ってかかる。そんな彼女を制し、馨は出来るだけ穏やかに問うた。

「白藤にかかわると、ろくな事がないと?」
「あなたがた他所の人たちは知らないかもしれませんが、あの白藤は呪われています。そうでなかったら、あんな」

 そこまで言うと、これ以上は口にするのもおぞましいとばかりに閉ざし、無言のまま車に案内する。車で揺られること40分ほど。どんどん山奥に進むにつれ、新緑の美しさが目に眩しくなってきた。視界には件の九頭竜ダム湖も見えてきて、茉莉は膝の上で重ねていた両手に力が入った。

「亘さん」

 蚊の鳴くような小さな声は震えていた。いよいよ失踪してしまった婚約者の手掛かりが、そのきっかけとなる話が聞けるのだと思うと、全身に気力が湧いてくるのを感じた。

 婚約者の祖母がもう一度見たいと言っていた、九頭竜ダム湖の底に眠る村。穏やかな湖水を湛えるこのダム湖の下に、かつて村があったなど想像も出来ない。だが、確かにそこで生活していた人々は居たのだ。もう叶わない望郷の念を抱きつつ――否、そんな念を抱いていたことすら忘れてしまった哀れな老女は、家族の面会も殆どない施設の中で暮らしている。
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