退魔師・久遠馨の心霊事件帖

三田村優希

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第壱帖・白藤の情念

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――式を挙げる前に、祖母に会いに行こう。

 そう言って笑った亘の顔が、後ろへ流れていく景色と共に浮かんでは消える。車内で3人は無言であった。ローカル局の番組を流すカーラジオ。陽気なパーソナリティの声だけが、辛うじて車内を明るくしている。

「……あの、私の知る限りでは」

 沈黙に耐えかねたのか、それともいきなり帰れと言ったことを少しは悪いと思ったのか、清水は重い口を開いて白藤の現状を話しはじめた。絞り出すように話すその様子は、車内には3人しかいないというのに誰かの耳目を憚っているようだ。

「あの白藤は、冬でも花が咲いています。不気味だと思いませんか? ずっと散りもしないで、雪が降っても咲いているんですよ花房が!」

 心なしか清水の声が震えている。彼女は大きく息を吐くと続ける。

「駐車場の隅に、よく見ないと判らない所に細い道があります。そこをずっと奥に行くと白藤があるんですよ」
「季節を問わず、咲いている白藤」

 茉莉も雪が降っても萎れない白藤に不気味なものを感じ、微かに震えている。馨は、目を閉じて話を聞いている。霊視で見えた雪と白藤。それは今の話を暗示していたのか、それとも。

「清水さん。つかぬ事を伺いますが、今年の3月上旬に雪はまだありましたか?」
「この辺りは県内でも有名な豪雪地帯です。最近は暖冬だと言っていますが、それでもねぇ」
「そうですか、ありがとうございます」
「さぁ、もうすぐ着きますよ。ははは耳も頭はしっかりしているから、遠慮せずに質問してくださいね」

 雪深い地域の屋根は三角のように鋭く、瓦も雪が滑りやすいよう組まれている。前庭だけでも、車が3台ほど駐めることが出来る。バリアフリーとなっている玄関は、昔ながらの引き戸だ。重々しそうな見た目に反して軽々と動く。玄関の左半分は三和土たたきから上がりかまちにかけてスロープになっており、車椅子生活になってしまったという、松子刀自を気遣っての設計になっていた。

ははが足を折ってしまったから、こんな風にリフォームしたんです。私たち夫婦も、いつ歩けなくなるか判りませんからね。子供たちは県外から帰って来ませんし。こっちを通れば段差がないから、膝が痛くなくて快適ですよ」

 ささ、遠慮せずにお上がりくださいと言われ、お邪魔しますと声をかけて上がる。こちらですと奥の部屋に案内され中に入るとソファに座り、部屋のテレビを見ていた小柄な老女がいた。嫁の呼びかけに振り向き、目が合った。90歳を過ぎているとは思えないほど、肌はつやつやとしていた。総白髪ではあるがまだ豊かで、皺も年齢の割には殆どなく人の良さそうな笑みを浮かべている。

「あらあら、なんて可愛らしいお嬢さんと男前さんが揃っていらしたの。さあ、入ってくださいな。遠慮せずにどうぞ入ってくださいな。あ、正座なんかしなくていいんですよ。足を楽にくずしてくださいね」

 慌ただしく清水が用意してくれた座布団に座り、しばらくたわいもない雑談に興じていたが、焦れた茉莉が、あの、と水を向けると松子刀自は目を細めテレビを消す。と同時にお茶が運ばれてきて、清水はごゆっくりと言い置き部屋を出ていった。3人でのんびりと茶の時間を過ごした後に。

「では、始めましょうか」

 松子刀自は少し目を伏せて、ようやく語り部としての顔つきになった。

「人待ち白藤のことを聞きたいんでしたね。長くなりますが、かまいませんか?」

 二人が頷くと、松子刀自は余所者たちに語り始めた。人目を避けるかのように佇む、白藤にまつわる伝説。それは悲劇の伝説であった。
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