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第弐帖・デッサン
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幼い頃から、お前には許婚――結婚相手が決まっているんだよと言われて育ってきた。高等部を卒業したら結婚だと言われてはいたが、今までに1度もその許婚の顔を見たことがなかった。思いがけない形で顔を合わせることになるのだと、佳奈は冷静に状況を見つめている。
「久遠家も代替わりをしたと聞いた。佳奈、お前は新しく当主になられた馨さんの妻に、御内儀さんになるんだよ」
「顔合わせは卒業してからと思ったが、いやはや、1年ばかり早くなりましたね」
祖父と父の会話に、ずっと黙っていた祖母と母も頷いている。夕食後に連絡すると言って、祖父が箸を進め始めた。それを合図に弟を除く他の家族も食事を始めたが、佳奈はスマホの件と許婚の件で頭が混乱していた。顔も知らない人間と結婚なんて冗談じゃない、時代錯誤だと今まで反発もしてきたが、遂にその謎の許婚と顔を合わせることになる。しかもこちらが依頼人という形で。
混乱し、味もよく判らぬままに夕食を終える。さっそく祖父は久遠家とやらに連絡を入れ、今度の週末に祖父と共に福井県へ赴くことが決定してしまった。この事をみゆきや宏美には、内緒にしておこうと決める。言えば、許婚のことなどを根掘り葉掘り聞かれて鬱陶しいことになる。
「じいちゃん、何か土産を買ってきてよ」
呑気に我が道を行く康平を、少しだけ羨ましく思った。弟は将来こそ宮大工と決められているが、伴侶は自由に選んで良い。自分は生まれたときから結婚相手が決まっている。せめて恋をしてみたかったと、溜息が思わずこぼれた。
「久遠馨さん、か……」
自分の顔も知らぬ許婚。久遠家は、平安時代に一時代を築いた大陰陽師の流れを汲む、退魔師と聞く。応仁の乱で京の都が焼け野原になったとき、大陰陽師の子孫は当時の若狭国に逃げ、難を逃れた。その末裔が今も陰陽道を彼の地に残しているという。
しかし肝心の久遠家は、応仁の乱以前に分家した家の、更に分家筋にあたるらしく、本家との関係は限りなく遠く、ほぼ無関係と言ってもよいくらいだ。それでも、久遠家は独自に長い年月をかけて政財界に強い影響力を持ち、彼らの霊的アドバイザーを務める旧家だという。円城寺家とは遡れば明治初期からの付き合いらしく、許婚の馨は自分より五歳上だと聞いた。佳奈が幼稚舎からずっと吉柳女子学院に通わされているのは、許婚が居る身で他の男に目移りしないようにという、家族の思惑が強く働いていた。
「どんな人なんだろう、久遠馨さんって」
あれほど時代錯誤だ横暴だと抵抗したが、実際に会うことが決まると好奇心の方が強い。
不気味なスマホは、風呂に入る前に電源を切った。明日も学校だが、英語の課題をすませていなかったことを思い出し、机に向かう。課題を済ませ、音楽を聴いているうちに日付が変わってしまった。そろそろ寝ようと思うのだが、妙に目が冴えている。それでもいい加減に寝ないと授業に支障が出てしまう。部屋の灯りを消して立ち上がったと同時に午前2時になった。
瞬間、机の上に置いていたスマホが勝手に起動し、またあの待ち受けが復活した。
大写しになる素描画の少女と、画面を埋め尽くしていく許さないの文字。いきなり起動したスマホに声も出ないまま、待ち受けの少女と目が合ってしまった。
「ちょっと、やめてよね!」
おもわず裏返しにして見えないようにするも、机の上でガタガタと動き出す。まるでひっくり返って自分を見ろと言わんばかりに、上下左右に激しく振動する。
「もう何なのよ、いい加減にしてよ!」
枕の下に伏せた状態で隠すと、強引に頭を乗せ目を閉じた。相変わらず振動が伝わってくるが、無視を決め込む。心の中で祖母が毎朝唱えるうちに覚えてしまった般若心経を唱えると、深い眠りへと引きずり込まれていった。
「久遠家も代替わりをしたと聞いた。佳奈、お前は新しく当主になられた馨さんの妻に、御内儀さんになるんだよ」
「顔合わせは卒業してからと思ったが、いやはや、1年ばかり早くなりましたね」
祖父と父の会話に、ずっと黙っていた祖母と母も頷いている。夕食後に連絡すると言って、祖父が箸を進め始めた。それを合図に弟を除く他の家族も食事を始めたが、佳奈はスマホの件と許婚の件で頭が混乱していた。顔も知らない人間と結婚なんて冗談じゃない、時代錯誤だと今まで反発もしてきたが、遂にその謎の許婚と顔を合わせることになる。しかもこちらが依頼人という形で。
混乱し、味もよく判らぬままに夕食を終える。さっそく祖父は久遠家とやらに連絡を入れ、今度の週末に祖父と共に福井県へ赴くことが決定してしまった。この事をみゆきや宏美には、内緒にしておこうと決める。言えば、許婚のことなどを根掘り葉掘り聞かれて鬱陶しいことになる。
「じいちゃん、何か土産を買ってきてよ」
呑気に我が道を行く康平を、少しだけ羨ましく思った。弟は将来こそ宮大工と決められているが、伴侶は自由に選んで良い。自分は生まれたときから結婚相手が決まっている。せめて恋をしてみたかったと、溜息が思わずこぼれた。
「久遠馨さん、か……」
自分の顔も知らぬ許婚。久遠家は、平安時代に一時代を築いた大陰陽師の流れを汲む、退魔師と聞く。応仁の乱で京の都が焼け野原になったとき、大陰陽師の子孫は当時の若狭国に逃げ、難を逃れた。その末裔が今も陰陽道を彼の地に残しているという。
しかし肝心の久遠家は、応仁の乱以前に分家した家の、更に分家筋にあたるらしく、本家との関係は限りなく遠く、ほぼ無関係と言ってもよいくらいだ。それでも、久遠家は独自に長い年月をかけて政財界に強い影響力を持ち、彼らの霊的アドバイザーを務める旧家だという。円城寺家とは遡れば明治初期からの付き合いらしく、許婚の馨は自分より五歳上だと聞いた。佳奈が幼稚舎からずっと吉柳女子学院に通わされているのは、許婚が居る身で他の男に目移りしないようにという、家族の思惑が強く働いていた。
「どんな人なんだろう、久遠馨さんって」
あれほど時代錯誤だ横暴だと抵抗したが、実際に会うことが決まると好奇心の方が強い。
不気味なスマホは、風呂に入る前に電源を切った。明日も学校だが、英語の課題をすませていなかったことを思い出し、机に向かう。課題を済ませ、音楽を聴いているうちに日付が変わってしまった。そろそろ寝ようと思うのだが、妙に目が冴えている。それでもいい加減に寝ないと授業に支障が出てしまう。部屋の灯りを消して立ち上がったと同時に午前2時になった。
瞬間、机の上に置いていたスマホが勝手に起動し、またあの待ち受けが復活した。
大写しになる素描画の少女と、画面を埋め尽くしていく許さないの文字。いきなり起動したスマホに声も出ないまま、待ち受けの少女と目が合ってしまった。
「ちょっと、やめてよね!」
おもわず裏返しにして見えないようにするも、机の上でガタガタと動き出す。まるでひっくり返って自分を見ろと言わんばかりに、上下左右に激しく振動する。
「もう何なのよ、いい加減にしてよ!」
枕の下に伏せた状態で隠すと、強引に頭を乗せ目を閉じた。相変わらず振動が伝わってくるが、無視を決め込む。心の中で祖母が毎朝唱えるうちに覚えてしまった般若心経を唱えると、深い眠りへと引きずり込まれていった。
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