サラリーマン、竜を拾う

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ビールを買う

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よろよろと電車を降り、迷うことなく、しかしおぼつかない足取りで自宅であるマンションへと歩いていくこのサラリーマンは田代という。28歳、独身。彼女歴、なし。目は虚ろ、無気力感にみちた後ろ姿。言うところの、社畜である。

今日も怒鳴る上司を疲れ切った笑顔でいなしながら「転職」の文字を頭に浮かべ、しかし痩せていく同僚と後輩を見捨てられず、鞄の中の退職届を出さずに帰路に向かう始末。

まったく、自分の意志の弱さを恨む。

「・・・たまにはいいだろ・・」

ぽつりとこぼしたあと、田代はマンションまであと数十メートルというところでコンビニへと入っていった。

明日は土曜日だ。ブラック会社に務める以上、ほぼ人権はないと言っていいのだが、田代は土日の休みの日に会社に行ったことはない。どんな嫌がらせをされようと怒鳴られようと唾を吐かれようと、彼にとって2日間の休みは死守するべきものなのだ。

今日は上司のことを忘れて、お気に入りの値上がりしたビールを味わってから、テレビを見ながら寝落ち。昼ごろまで寝てから昼飯を作り、まったりしながら一日を過ごす。最高のプランだ。

迷うことなく酒飲料売り場に進み、ビールとつまみ、納豆、もやし、値引きされたハムをかごに入れる。コンビニの賞味期限間近の商品は、たまにスーパーより安い時があるのだ。駅前のスーパーより10円ほど安いな、と思い出したようにネギも入れて列に並んだ。レジを待っているときにいい匂いがしたものだから、うっかりチキンも買う。

「・・・買いすぎたか?」
Lサイズのビニール袋にはいった食材たちを重く感じながら、まあいいだろうとまた歩き出す。こうなると田代の足取りは軽いのだ。もうすぐ家につく。

しかし、コンビニから出て数分後、男は気づく。マンションへは十字路を曲がればすぐなのに、これっぽっちも見えてこない。
本来あるはずのない柳の木が恐ろしく感じ、田代は背筋が冷えた。人も通らないし、風を切る音がいやに耳にはいって、小心者の田代は震え上がった。

ガサッ、と背後から葉の音がして、田代は思わず振り返った。
目に映ったのは小さなヘビだ。なんでヘビ?と、田代は首をかしげた。真っ白い鱗を持つ蛇だ。目は真っ赤で、なんだか昔の祖母の言葉を思い出した。

「白い蛇は神様のお使いだから、とても縁起がいいのよ。みつけても追いかけ回したり、傷つけてはいけないわ」
祖母は信心深く、祖母思いだった田代はそんな話をよく聞いていたので、自然と恐怖は消えた。
しかし蛇は逃げもせずにじっと田代のことを見つめていた。さすがにこちらに向かってきて噛まれても嫌なので、一歩後退りをした。

「こんばんわ」
「ひッ!?」
背後から聞こえた声に上ずった声を上げて、田代は尻餅をついた。すぐ耳元で聞こえた声にもかかわらず、後ろにぶつかった感触はなく、かわりに、クスクス、と上品な笑い声が聞こえる。
「ここに迷い込むのに、私の声には怖がるなんて、面白い人ねぇ」
ガタガタと震えながら振り返ると、大きな帽子を被った女性が立っていた。顔よりも大きのではないだろうか。そのせいで顔は見えないが、若い声色とは裏腹に、話し方はどこかのんびり、童話に出てくるような老婆を彷彿とさせた。その矛盾に、田代は余計混乱する。

「あ、あんたは、だれ、だ!?」
どうにかして声を出したものの、女は笑うばかりで返答しようとしなかった。すると、後ろから蛇がしゅるりと女の腕へ絡みつき、舌を出した。女も顔を傾けて近づける。まるで会話をしているようだ。
そんなわけあるか。

どうやら話し終わったらしい女は頬に手をあてて、こつ、こつ、とヒールで一歩ずつ進み、田代を見定めるように覗き込んだ。

「私は、魔女」

ようやく見えた顔は、とびきり恐ろしいのだろう、という予想に反して、とびきり美しかった。
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