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1 暗闇の中から
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真っ暗闇の中を落ち続け、背中に衝撃を感じた。
暫く息が詰まっていたが直ぐに息が出来る様になり、特に怪我も無いようだった。
「兄ちゃん、大丈夫」
「ああ大丈夫だ、明美は」
「兄ちゃんがクッションになってくれたから大丈夫」
墨を流した様な漆黒の暗闇の中、腕の中の明美の感触だけが唯一確かな存在だ。
妹の明美をベットの上に押し倒したら、そのままベットの中へ身体が沈み込んで、闇の中へ落ちたのだ。
パニックになりかけたが、暗闇の中、落下する感触は有ったので、そのまま無意識に明美を護ろうと抱き締めていた。
なにも妹に疚しい事をしようとした訳じゃない。
僕がコンビニで買ってきたコミックを、明美が無断で先に読んでいたので取り返そうとしただけだ。
第一、明美はまだ小学六年生の餓鬼だ。
髪の毛を短く刈り揃えたサッカー少女で、良く男子に間違われている。
「兄ちゃんが僕にエッチな事しようとしたから罰が当たったのかな」
「こら、人聞きの悪い事言うんじゃない」
「誰かいるんですか」
「おう、今スマホで・・・。駄目だスイッチが」
「私も駄目だ」
「俺もだ、電源が入らない」
「僕もだ。ここは何処なんだ」
「知るか」
真っ暗闇の中、周囲から人の声が聞こえて来る。
「兄ちゃん、誰かいるっぽいよ」
「ああ、そうだな」
”ガガガガガガガ”
重い石同士が擦れ合う様な音がして、薄明りが差し込んで来た。
周囲の光景が薄明りに浮かび上がり、見渡すと、ここは八角形をした天井の高い大きな部屋で、学校の体育館の半分程の広さがある。
魔法陣の様な装飾を施した太い八本の石柱に囲まれていた。
明美の様な子供も含め、百人程の人間が周囲に立っている。
重い石の擦れる音の正体は、大きな石扉が開かれる音だった様で、その扉の明りの中から大勢人が駆け込んで来た。
マントを羽織り、ガスマスクの様なお面で顔を覆っている。
手に持っている棒は槍に見えるし、マントの下には甲冑を装備している様に見える。
槍を持った中世ヨーロッパの兵士の様な気もする・・・たぶん目の錯覚だろう。
「○×△■××○○」
「何だてめーら、何かの余興か、ふざけるんじゃねーぞ。えっ?、うわっ、えっ!ギャー、痛!」
「きゃー」
背広を着た男が蹲っている。
その周囲に居た女性達が悲鳴を上げている。
「兄ちゃん、あの人槍で足刺されたよ。血がどばーって出てるよ」
「明美、俺の後ろに隠れてろ」
「あははは、問答無用かよ。何なんだあいつ等」
「何か変よ、逆らわない方が良さそうね」
脇に立っている髪の毛を銀と赤に染め分けた、パンクなアベックが顔を引き攣らせている。
僕達は槍で脅かされながら八角形の部屋の外へと誘導された。
外にはLED電球の様な物が天井に一杯並べられた明るい通路があり、その通路の中央に並んでいる、三列の紫色に光る水晶のアーチの中を潜らされた。
アーチを潜ると頭の中心が痺れるような感覚があり、立ち眩みの様な感じがして一瞬ふらつく。
床に落とした視線を元に戻すと、周囲の兵士達の鮮明な言葉が、急に頭の中へと飛び込んで来た。
「消毒をする。正面の部屋に入って、服と身に付けている物をすべて脱いで籠に入れろ」
「兄ちゃん、急にあいつらの言葉が解る様になったよ」
「ああ、信じられないが、あのアーチに何か仕掛けがあるんだろうな」
「ねえねえ、ここ異世界かな。兄ちゃん」
「・・・たぶんな」
返事はしたものの、まだ現実味がまるでない。
指示された通り、通路の正面にある扉を潜った。
通路と同質の灯りに照らされた明るい部屋で、学校の教室程の広さはあるが窓は一切無かった。
服を脱げと聞こえたので、中は男女別に分かれているものと思っていたが、部屋の中に大きな籠が数個並んでいるだけで、カーテンも衝立も仕切りも何も無い。
部屋の右端には小さな鉄の扉が並んでいた。
「服は下着も含めて全部脱げ。身に着けている物を全て籠に入れろ。ぐずぐずするな」
周囲にいる人の半数が若い女性だ、恥ずかしくて服を脱げる訳が無い。
「嫌、絶対に嫌!」
突然会社員風の女性がヒステリックな金切り声を上げた。
兵士達が説得に手古摺り、状況が改善される物と思ったのだが甘かった。
兵士達が無言でわらわらと群がって抑え付けると、瞬く間にマッパに剥いてしまった。
足を槍で刺された男が気を失い、倒れて動けなくなってしまった。
血はまだ足から流れ続けている。
兵士達が数人近寄って行ったので、何か傷の手当をするのだろうと眺めていたら、男を乱暴に籠へ放り込んだ。
兵士達が籠を右端の小さな鉄の扉の前へと引き摺って行き、扉を開けた。
部屋に熱風が吹き込み、扉の中にはオレンジ色の炎が揺らめいている。
たぶん下は焼却炉なのだろう、一瞬部屋の中の人々の顔が凍りついた。
兵士達が男の入った籠を扉の中へ無造作に蹴り込むと、籠はあっと言う間に下へ落ちて行った。
人々の口から言葉にならない悲鳴が上がった様な気がした。
「兄ちゃん」
「ああ、急いで脱ごう」
それまで逡巡していた人々が、慌てて一斉に服を脱ぎ始めた。
指示通り、腕時計も眼鏡も籠に入れる。
僕は強度の近視なので、世界が急に霞が掛った様にぼやけてしまった。
「アキ」
後ろから声を掛けられ、明美が振り向く。
明美と同い年くらいの男の子と女性が立っていた。
「ユウ!お前もここへ落ちて来てたのか。ハル姉も一緒か」
「明美、知り合いか」
「うん、サッカーのチームメート。練習場の近くに住んでるから、練習終わった後遊びに行ってるんだ」
「柏葉と申します。妹が何時もお世話になっております」
互いに全裸だし、物凄く場違いな気がしたが、取敢えず挨拶しておく。
「これはご丁寧に、新里と申します」
互いに、お辞儀を交わす。
薄ぼんやりとだが、胸はそれなりに有る感じだ。
「えっ!妹さん」
ハル姉とやらが、半テンポ遅れて反応した。
おもむろに眉間に皺を寄せて明美の股間に顔を近付ける。
この人も度の強い近視らしい。
「ハル姉、ハズいから止めてよ」
「あっ、ごめん。アキ君てっきり男の子だと思っていたから」
「うわー、酷いな。僕四年の時から遊びに行ってるのに」
「仕方ねーよ姉ちゃん。アキ胸無いしさ」
「なんだとユウ、ほら、少しはあるぞ」
「それ筋肉じゃん」
「なんだとこら」
「こら、明美、止めろ」
「そこ、グズグズするな。さっさと奥の通路へと進め」
「あっ、はい。従いましょう、ほら明美行くぞ」
「あのー、アキ君のお兄さん」
「はい、何でしょう」
「恥ずかしいから、先を歩いて下さい」
「あっ、すいません」
「ハル姉、兄ちゃん眼鏡無いと土竜と一緒だから大丈夫だよ」
「へー、お兄さんもなの」
「さっさと歩け、グズグズするな」
両手で胸を覆って、声を押し殺して泣きながら歩いている女性もいる。
薄ぼんやりと見えるだけだが、前を歩く女性の細いウエストから丸いお尻のラインが何となく色っぽい。
「兄ちゃん、ちんちん」
「あっ、すまん」
色即是空、空即是色。
僕は一生懸命数学の公式を頭に思い描いた。
部屋の奥の通路へと誘導された。
通路の奥から水の落ちる音が聞こえる。
「兄ちゃん、シャワーがあるよ」
明美はぴったりと僕に身体を密着させている。
夕立のように降り注ぐ冷たいシャワーの下を五十メートル程歩く。
身体が冷えて来たら、今度は大きな湯船があって、お湯の中を潜らされた。
小麦粉とかパン粉が次に用意されていたら、逃げようと考えていたのだがそれは大丈夫だった。
高窓の有る明るい部屋へ誘導された。
外から明るい陽の光が差し込んでおり、外は良い天気の様だ。
タオルとサイズ別に分けた服と靴が長机の上に並べられていた。
ここを警備している兵士達はマスクで顔を覆っていない。
肌の色は白から小麦色、髪の色はバラバラで、赤、金、茶、白、銀、青、緑、紫と、黒以外の殆どの色が揃っているが、目の色と顔付までは良く見えない。
タオルで身体を拭いてから、自分に合う服と靴を捜す。
靴は竹細工の直ぐに壊れそうな感じで、大雑把なサイズしか無かった。
服は作務衣の様な服で、色はオレンジ色、男も女も同じデザインだった。
下着はトランクス型のパンツか褌で、女性用の下着はブラジャーも含めて無かった。
「まあ、明美には関係ないか」
「何、兄ちゃん」
「あっ、独り言だ」
「パンツがクイッとしてないから、なんか落ち着かないな」
「へー、そんな物なのか」
「うん、そんなもんだよ」
「なら褌にしたらどうだ」
「絶対にやだ」
着替え終わった者から順番に次の部屋へ誘導され、体重計の様な板の上に立たされた。
板の上に立つと、ふわっとした感触が足元から脳天へと駆け上って行き、チッチッチと板から小さな金属札が吐き出された。
金属札を兵士が拾い上げ、事務員らしき女性に手渡す。
女性は金属板を見て、そこに刻まれた記号か何かを木の板を紐で繋げた木簡の様な物に筆で書き写してから、金属札を紐と一緒に手渡してくれた。
「これは認識票と言ってあなた自信を証明する物です。あなたの身分証になりますから無くさないで下さいね。部屋の出口にいる兵士に認識票を見せて、指示に従って下さい」
「はい」
部屋の出口の扉前で兵士に認識票を見せる。
扉の外は廊下になっており、右側には上へ昇る階段が見えており、左側には廊下が真っ直ぐ伸びている。
正面には大きな窓があり、この建物自体が高い場所にあるのか、眼下に大きな森が広がっている。
兵士は左側を指差した。
「この廊下を真っ直ぐに行くと出口がある。そこへ向かえ」
殆どの人達は右方向にある階段へ向かっている。
明美も左側を指示されたのでほっとした。
ハルさんもユウも左側を指示された。
長い廊下を延々と歩く。
右側の窓の下には相変わらず森が広がっている。
左側には、最初兵士の控室や食堂が並んでいたが、次第に埃の積もった物置が多くなった。
そしてやっと正面に小さな木の扉が見えて来た。
初老の兵士が扉の前に立っており、僕達の認識票を確認してから扉を開けてくれた。
涼しい風が吹き込み、上空には蒼穹が広がっていた。
その蒼穹の下には、雪を被ったぼんやりした白い山脈らしきもの空に浮いて見える。
扉の外は小さな木々に囲まれた草地になっており、右側は切り立った崖で眼下に大きな森が広がっている。
左側には建物の石壁と壁沿いの小さな踏み跡のある草地が延々と伸びている。
草地にはオレンジ色の服を着た大人の男性が三名、女性が三名、明美より少し年下の男の子が二名、女の子が三名、そして黒と白のシンプルな洗いざらした神官服らしき服を着た若い女性が、手に錫杖を握って待っていた。
暫く息が詰まっていたが直ぐに息が出来る様になり、特に怪我も無いようだった。
「兄ちゃん、大丈夫」
「ああ大丈夫だ、明美は」
「兄ちゃんがクッションになってくれたから大丈夫」
墨を流した様な漆黒の暗闇の中、腕の中の明美の感触だけが唯一確かな存在だ。
妹の明美をベットの上に押し倒したら、そのままベットの中へ身体が沈み込んで、闇の中へ落ちたのだ。
パニックになりかけたが、暗闇の中、落下する感触は有ったので、そのまま無意識に明美を護ろうと抱き締めていた。
なにも妹に疚しい事をしようとした訳じゃない。
僕がコンビニで買ってきたコミックを、明美が無断で先に読んでいたので取り返そうとしただけだ。
第一、明美はまだ小学六年生の餓鬼だ。
髪の毛を短く刈り揃えたサッカー少女で、良く男子に間違われている。
「兄ちゃんが僕にエッチな事しようとしたから罰が当たったのかな」
「こら、人聞きの悪い事言うんじゃない」
「誰かいるんですか」
「おう、今スマホで・・・。駄目だスイッチが」
「私も駄目だ」
「俺もだ、電源が入らない」
「僕もだ。ここは何処なんだ」
「知るか」
真っ暗闇の中、周囲から人の声が聞こえて来る。
「兄ちゃん、誰かいるっぽいよ」
「ああ、そうだな」
”ガガガガガガガ”
重い石同士が擦れ合う様な音がして、薄明りが差し込んで来た。
周囲の光景が薄明りに浮かび上がり、見渡すと、ここは八角形をした天井の高い大きな部屋で、学校の体育館の半分程の広さがある。
魔法陣の様な装飾を施した太い八本の石柱に囲まれていた。
明美の様な子供も含め、百人程の人間が周囲に立っている。
重い石の擦れる音の正体は、大きな石扉が開かれる音だった様で、その扉の明りの中から大勢人が駆け込んで来た。
マントを羽織り、ガスマスクの様なお面で顔を覆っている。
手に持っている棒は槍に見えるし、マントの下には甲冑を装備している様に見える。
槍を持った中世ヨーロッパの兵士の様な気もする・・・たぶん目の錯覚だろう。
「○×△■××○○」
「何だてめーら、何かの余興か、ふざけるんじゃねーぞ。えっ?、うわっ、えっ!ギャー、痛!」
「きゃー」
背広を着た男が蹲っている。
その周囲に居た女性達が悲鳴を上げている。
「兄ちゃん、あの人槍で足刺されたよ。血がどばーって出てるよ」
「明美、俺の後ろに隠れてろ」
「あははは、問答無用かよ。何なんだあいつ等」
「何か変よ、逆らわない方が良さそうね」
脇に立っている髪の毛を銀と赤に染め分けた、パンクなアベックが顔を引き攣らせている。
僕達は槍で脅かされながら八角形の部屋の外へと誘導された。
外にはLED電球の様な物が天井に一杯並べられた明るい通路があり、その通路の中央に並んでいる、三列の紫色に光る水晶のアーチの中を潜らされた。
アーチを潜ると頭の中心が痺れるような感覚があり、立ち眩みの様な感じがして一瞬ふらつく。
床に落とした視線を元に戻すと、周囲の兵士達の鮮明な言葉が、急に頭の中へと飛び込んで来た。
「消毒をする。正面の部屋に入って、服と身に付けている物をすべて脱いで籠に入れろ」
「兄ちゃん、急にあいつらの言葉が解る様になったよ」
「ああ、信じられないが、あのアーチに何か仕掛けがあるんだろうな」
「ねえねえ、ここ異世界かな。兄ちゃん」
「・・・たぶんな」
返事はしたものの、まだ現実味がまるでない。
指示された通り、通路の正面にある扉を潜った。
通路と同質の灯りに照らされた明るい部屋で、学校の教室程の広さはあるが窓は一切無かった。
服を脱げと聞こえたので、中は男女別に分かれているものと思っていたが、部屋の中に大きな籠が数個並んでいるだけで、カーテンも衝立も仕切りも何も無い。
部屋の右端には小さな鉄の扉が並んでいた。
「服は下着も含めて全部脱げ。身に着けている物を全て籠に入れろ。ぐずぐずするな」
周囲にいる人の半数が若い女性だ、恥ずかしくて服を脱げる訳が無い。
「嫌、絶対に嫌!」
突然会社員風の女性がヒステリックな金切り声を上げた。
兵士達が説得に手古摺り、状況が改善される物と思ったのだが甘かった。
兵士達が無言でわらわらと群がって抑え付けると、瞬く間にマッパに剥いてしまった。
足を槍で刺された男が気を失い、倒れて動けなくなってしまった。
血はまだ足から流れ続けている。
兵士達が数人近寄って行ったので、何か傷の手当をするのだろうと眺めていたら、男を乱暴に籠へ放り込んだ。
兵士達が籠を右端の小さな鉄の扉の前へと引き摺って行き、扉を開けた。
部屋に熱風が吹き込み、扉の中にはオレンジ色の炎が揺らめいている。
たぶん下は焼却炉なのだろう、一瞬部屋の中の人々の顔が凍りついた。
兵士達が男の入った籠を扉の中へ無造作に蹴り込むと、籠はあっと言う間に下へ落ちて行った。
人々の口から言葉にならない悲鳴が上がった様な気がした。
「兄ちゃん」
「ああ、急いで脱ごう」
それまで逡巡していた人々が、慌てて一斉に服を脱ぎ始めた。
指示通り、腕時計も眼鏡も籠に入れる。
僕は強度の近視なので、世界が急に霞が掛った様にぼやけてしまった。
「アキ」
後ろから声を掛けられ、明美が振り向く。
明美と同い年くらいの男の子と女性が立っていた。
「ユウ!お前もここへ落ちて来てたのか。ハル姉も一緒か」
「明美、知り合いか」
「うん、サッカーのチームメート。練習場の近くに住んでるから、練習終わった後遊びに行ってるんだ」
「柏葉と申します。妹が何時もお世話になっております」
互いに全裸だし、物凄く場違いな気がしたが、取敢えず挨拶しておく。
「これはご丁寧に、新里と申します」
互いに、お辞儀を交わす。
薄ぼんやりとだが、胸はそれなりに有る感じだ。
「えっ!妹さん」
ハル姉とやらが、半テンポ遅れて反応した。
おもむろに眉間に皺を寄せて明美の股間に顔を近付ける。
この人も度の強い近視らしい。
「ハル姉、ハズいから止めてよ」
「あっ、ごめん。アキ君てっきり男の子だと思っていたから」
「うわー、酷いな。僕四年の時から遊びに行ってるのに」
「仕方ねーよ姉ちゃん。アキ胸無いしさ」
「なんだとユウ、ほら、少しはあるぞ」
「それ筋肉じゃん」
「なんだとこら」
「こら、明美、止めろ」
「そこ、グズグズするな。さっさと奥の通路へと進め」
「あっ、はい。従いましょう、ほら明美行くぞ」
「あのー、アキ君のお兄さん」
「はい、何でしょう」
「恥ずかしいから、先を歩いて下さい」
「あっ、すいません」
「ハル姉、兄ちゃん眼鏡無いと土竜と一緒だから大丈夫だよ」
「へー、お兄さんもなの」
「さっさと歩け、グズグズするな」
両手で胸を覆って、声を押し殺して泣きながら歩いている女性もいる。
薄ぼんやりと見えるだけだが、前を歩く女性の細いウエストから丸いお尻のラインが何となく色っぽい。
「兄ちゃん、ちんちん」
「あっ、すまん」
色即是空、空即是色。
僕は一生懸命数学の公式を頭に思い描いた。
部屋の奥の通路へと誘導された。
通路の奥から水の落ちる音が聞こえる。
「兄ちゃん、シャワーがあるよ」
明美はぴったりと僕に身体を密着させている。
夕立のように降り注ぐ冷たいシャワーの下を五十メートル程歩く。
身体が冷えて来たら、今度は大きな湯船があって、お湯の中を潜らされた。
小麦粉とかパン粉が次に用意されていたら、逃げようと考えていたのだがそれは大丈夫だった。
高窓の有る明るい部屋へ誘導された。
外から明るい陽の光が差し込んでおり、外は良い天気の様だ。
タオルとサイズ別に分けた服と靴が長机の上に並べられていた。
ここを警備している兵士達はマスクで顔を覆っていない。
肌の色は白から小麦色、髪の色はバラバラで、赤、金、茶、白、銀、青、緑、紫と、黒以外の殆どの色が揃っているが、目の色と顔付までは良く見えない。
タオルで身体を拭いてから、自分に合う服と靴を捜す。
靴は竹細工の直ぐに壊れそうな感じで、大雑把なサイズしか無かった。
服は作務衣の様な服で、色はオレンジ色、男も女も同じデザインだった。
下着はトランクス型のパンツか褌で、女性用の下着はブラジャーも含めて無かった。
「まあ、明美には関係ないか」
「何、兄ちゃん」
「あっ、独り言だ」
「パンツがクイッとしてないから、なんか落ち着かないな」
「へー、そんな物なのか」
「うん、そんなもんだよ」
「なら褌にしたらどうだ」
「絶対にやだ」
着替え終わった者から順番に次の部屋へ誘導され、体重計の様な板の上に立たされた。
板の上に立つと、ふわっとした感触が足元から脳天へと駆け上って行き、チッチッチと板から小さな金属札が吐き出された。
金属札を兵士が拾い上げ、事務員らしき女性に手渡す。
女性は金属板を見て、そこに刻まれた記号か何かを木の板を紐で繋げた木簡の様な物に筆で書き写してから、金属札を紐と一緒に手渡してくれた。
「これは認識票と言ってあなた自信を証明する物です。あなたの身分証になりますから無くさないで下さいね。部屋の出口にいる兵士に認識票を見せて、指示に従って下さい」
「はい」
部屋の出口の扉前で兵士に認識票を見せる。
扉の外は廊下になっており、右側には上へ昇る階段が見えており、左側には廊下が真っ直ぐ伸びている。
正面には大きな窓があり、この建物自体が高い場所にあるのか、眼下に大きな森が広がっている。
兵士は左側を指差した。
「この廊下を真っ直ぐに行くと出口がある。そこへ向かえ」
殆どの人達は右方向にある階段へ向かっている。
明美も左側を指示されたのでほっとした。
ハルさんもユウも左側を指示された。
長い廊下を延々と歩く。
右側の窓の下には相変わらず森が広がっている。
左側には、最初兵士の控室や食堂が並んでいたが、次第に埃の積もった物置が多くなった。
そしてやっと正面に小さな木の扉が見えて来た。
初老の兵士が扉の前に立っており、僕達の認識票を確認してから扉を開けてくれた。
涼しい風が吹き込み、上空には蒼穹が広がっていた。
その蒼穹の下には、雪を被ったぼんやりした白い山脈らしきもの空に浮いて見える。
扉の外は小さな木々に囲まれた草地になっており、右側は切り立った崖で眼下に大きな森が広がっている。
左側には建物の石壁と壁沿いの小さな踏み跡のある草地が延々と伸びている。
草地にはオレンジ色の服を着た大人の男性が三名、女性が三名、明美より少し年下の男の子が二名、女の子が三名、そして黒と白のシンプルな洗いざらした神官服らしき服を着た若い女性が、手に錫杖を握って待っていた。
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