欠陥品なんです、あなた達は・・・ネズミ捕りから始める異世界生活。

切粉立方体

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3 下水道

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 教会には地下室が設けてあり、そこから下水道へ向かう階段があった。
 地下室の扉を開けると幅が二メート程の広い階段が十段程あり、その下に二メートル四方の踊場があった。
 下水道への降り口は、その踊場から更に右側の階段を四段下った先にあり、降り口には鍵の掛かった木の格子扉が嵌めてある。
 
「下水道は、竜が町を襲って来た時の避難場所にもなっているんですよ」

 何気なく、とんでもなく物騒なことを言いながら、メアリーさんが開錠してくれた。
 格子の間隔は十センチくらいある。
 鼠の侵入防止用としては少々開き過ぎだと、その時は思った。

 武器として渡されたものは薪。
 普通はガスコンロの様な火の魔道具で煮炊きをするそうなのだが、魔石を買う余裕が無い教会では、未だに薪を使って煮炊きしているらしい。
 左腕の袖に一本入れて盾替わり、右手に持った薪が攻撃用だ。

 メアリーさんが魔法で松明に火を灯してくれた。
 思わず歓声を上げてしまった。
 そこまでは、メアリーさんが指先を光らせて案内してくれたのだが、松明の灯で急に周囲が明るくなった気がした。
 
「それでは気を付けて」

 メアリーさんが階段を登って行った。
 足音が遠ざかって行き、取り残された様な気分になる。

「それじゃ頑張るか」
「ああ」

 空元気を出してから、最初に大人達が下水道へと降りる。
 子供達は、松明を持って大人の後ろから付いてくる。
 僕とハルさんは勿論大人組に混じっている。

 下水道は岩を掘り抜いた感じの高さ三メートルくらいの馬蹄形だった。
 風が流れており、想像していたよりも臭くはない。
 底を濁水が流れており、水位は膝より少し上くらいまである。
 流速も結構速い。
 壁には所々直径二十センチくらいの穴が開いており、そこらから水が勢い良く流れ落ちている。
 左右には一定間隔で木の格子扉が延々と並んでいる。

 大人は全員が強度の近視なので、猫背になって足元を睨みながら慎重に歩く。
 それでも足元が良く見えないので、何度も足を滑らせて派手に”ザブン”と転んで流された。

「あっ」

 一時間程歩いただろうか、先頭を歩いていた弁護士が転んで少し流された。
 立ち上がろうとした様子までは見えたのだが、”あっ”と一言残して弁護士の姿が突然消えた。
 最初ただ単に転んでいるだけと思ったのだが、本当に消えてしまったのだ。
 僕達は一瞬何が起こったのか解らず、動きを止めて静まり返った。

「ぶわっ」

 数十秒後、弁護士が凄い勢いで水中から浮かび上がって来た。
 どうやら、そこから物凄い深さに変っていて溺れかけていたらしい。
 それだけなら良かったのだが、全身に黒っぽい塊を一杯ぶら下げていた。

「ギャー、痛い」
「うわっ、鼠だ。ぎゃ、痛い」
「きゃっ、足に。いっ、痛い」
「うわー、逃げろ」

 突然何かが襲って来た。
 僕も両足に鋭い痛みを感じた。
 どうやら、水中を潜って、鼠が襲って来ているらしい。
 濁った水の中だから、鼠の姿が全然見えない。
 大人達が一斉に逃げ出した。
 水中の相手じゃ戦い様が無い、僕も慌てて逃げ出した。

 松明を持った子供達が後ろで立ち尽くしていた。
 水は子供達の腿から腰の深さまである。
 これじゃ、子供達は上手く走れないだろう。

「俺に掴まれ」

 もう無我夢中で背中に明美とその脇にいた女の子を背負い上げ、両腕で他の女の子を一人づつ抱き込むように拾って走り出した。
 視界の隅では、最初に転んだ弁護士に鼠が群がっていた。
 弱々しくもがいているが、僕には助けてる余裕は無い。
 
 ハルさんも目の前を一生懸命走っている。
 意外に足が速く、水を切って膝が良く上がっている。
 僕と同様に、背中にユウ、両脇に男の子を一人づつ抱えている。
 松明は、ユウがしっかりと消さないように握り締めている。

 鼠に噛み付かれている両足が物凄く痛い。
 教会の中へ逃げ帰りたいのだが、同じような木の格子扉が一杯並んでいるので、どこが教会の階段か良く解らない。
 先に逃げ出した大人達五人は、遥か先を走っている。

 ハルさんの右脇に抱えている男の子が、右斜め前の木の格子扉を指差して何かを叫んだ。
 その子はさっと飛び降り、木の格子扉を手前に引くと、その木の格子扉が開いた。
 ハルさんが飛び込み、僕もその後に続いた。

 踊場に身体を投げ出すと、明美達が飛び降りた。
 僕は両足に噛み付いている鼠を必死に薪で叩き落した。
 明美も含めた女の子達が、ワーワーギャーギャーと叫びながら叩き落した鼠を追い回してくれた。
 ハルさんに噛み付いていた鼠も、男の子達が大騒ぎで追い駆けている。
 僕とハルさんは役立たずだった。
 足が痛くて立ち上がれないこともあったのだが、近くに来ても、鼠の動きが目で全然追えないのだ。
 眼鏡が無いことが、これほど酷いとは思っていなかった。
 これでは戦闘力が無いと判断されても仕方が無い。
 
 なんとか、鼠六匹を子供達が叩き伏せた。
 ハルさんに二匹、僕は四匹の鼠に足を噛み付かれていたのだ。
 全員がゼーゼーと肩で息をして座り込んでいる。
 改めて自分達の傷を確認したら、僕もハルさんも骨が見える程の傷を脛に負っており、血がドクドクと流れ出ている。
 痛くて立ち上がることが出来なかった。

「兄ちゃんごめん」
「姉ちゃんごめん」

 明美とユウが泣き出した。

「メアリーさんを呼んで来てくれ」

 女の子三人が、階段を駆け昇って行った。

ーーーーー
「クルタポルテヌンスヤヤ。慈悲の女神様、不本意でしょうが、この不信心で馬鹿な男の傷を癒したまえ」
「うわー痛て痛て痛て痛て」

 ありがたいことに、みるみる傷が塞がって行く。
 だが傷口に指を突っ込まれて掻き混ぜられているように物凄く痛い。
 ハルさんの時と呪文が少し違うし、ハルさんは全然痛がってなかった気がする。

 逃げて行った大人達はまだ戻ってこない。
 明美によると、僕等がここへ逃げ込んだ後、下水道の中を、水面が黒く波立ほどの数の鼠が追い駆けて行ったそうだ。

「運良く開いている格子扉が見付かれば良いのですがね。皆さんで祈りましょう」

「でも孝太、良くここが教会の格子って解ったな」
「ええ、孝太君が教えてくれなければ、私達死んでたわ」

 孝太とはハルさんが右脇に抱えていた小さな男の子だ。
 ハルさんにここが教会へ入る木の格子だと教えてくれたのだ。
 偉い事に、格子の数をちゃんと数えてくれていたのだ。

 むずむずするような感触はあるが、骨まで達していた傷が完全に治っている。
 初級の治癒魔法とメアリーさんは言っていたが、やっぱり魔法の威力は凄い。
 魔力や魔法の能力が無いと、欠陥品と言われる理由が、便利さを知って少し実感できた。

 全員で今日の獲物を抱えて階段を登った。
 改めて見るこの世界の鼠はずっしりと重く、そして大きい。
 ハムスター程度の大きさを想像していたのだが、猫や小型犬並みの大きさは十分にある。
 ちなみに治療費として、一人ニカッパ請求された。
 
 メアリーさんが呼んでくれた肉屋のプクさんが鼠を鑑定してくれた。
 肉はメアリーさんの説明どおり一匹五カッパだったが、撲殺なので毛皮に傷が無いとの理由で、毛皮は一匹七カッパで引き取って貰えた。
 そしてプクさんが念のためと言って、魔石の有無を魔道具で調べてくれた。

「兄ちゃん達、物凄く運が良いぜ。普通千匹狩って一匹混じってればたいしたもんなんだけど、これ半分が魔石持ちだぜ。シスター、貧乏神様も捨てたもんじゃないね」
「こっほん、失礼ですよ」
「貧乏神ってなんなんですか」
「へっ?知らないで信徒になったのかい。慈悲の女神様の信徒になると運が悪くなるって言われてるんだぜ。ダンジョンに入れば金にならない奴ばっかり襲ってくるし、死ぬことは無いんだが、金の掛る怪我が多くなるし、高い装備ばかりぶっ壊れるしで大変らしいぜ。普通起こらない金にならない厄介なイベントを引き起こすこともあるらしいぜ。酷い連中なんか、慈悲の女神様のことを疫病神って呼んでるくらいだ」
「あくまでも根も葉も無い噂話ですよ。気にしないで下さい。ほら、今日だって魔石が三個も手に入ってたじゃないですか。それに、半分以上生き残ってるし」
「良かったじゃねーかシスター。去年なんか三十人もいたのに、初日で全滅だったもんな」
「えー!」
「しー!」

 ちなみに一回信徒になると、十年間改宗はできないとのことだった。
 
 プクさんから手渡されたのは銀貨三枚と銅貨七十二枚、三シルバー七十二カッパだ。
 銅貨百枚が銀貨一枚になるそうだ。
 治療費四カッパを引いて、三シルバー六十八カッパが今日の収入だった。
 一日救済粥を二杯食い、礼拝堂で一泊すると一日三シルバーが必要になる。
 女性の数が多く、しかも臭いがする下水道が仕事場なので公衆浴場での入浴は必須だ。
 これには泡立ち草が付いて一人二カッパが必要。
 合計五カッパが、最低限一人一日に必要なお金と見積もっている。
 九人だから一日四十五カッパ。
 必要な物を買い揃えた後でも、何日かは暮らせるだろう。
 なんか少し気が楽になった。

 全員で公衆浴場へ向かう。
 教会から徒歩十分程の場所なのだが、川原を塀で囲んだようなオープンな場所だった。
 入り口で一人ニカッパ払い、泡立ち草を受け取って中に入ると、中は本当に川原だった。
 川の中にお湯が沸いているだけで、脱衣所も男女の仕切りもなんにも存在しない。
 
 周囲は薄暗くなり始めており、僕もハルさんも石につまづかないように、足元を見るので必死だった。
 だから、男女に別れるとか考える余裕も無く、気が付いたら子供達が川の近くで服を脱ぎ始めていた。
 子供達から離れるのも心配なので、僕も服を脱ぎ始める。
 撲の後ろで、ハルさんも服を脱ぎ始めた。

「兄ちゃん」

 明美が跳び付いて来た。

「こら危ない、はしゃぐな明美」

 転ばない様に、明美を抱止めてやった。

「姉ちゃん」

 ユウがハルさんに抱き付いた。

「調子に乗るんじゃないよ、ユウ」

 可哀そうに、ユウが拳固で殴り倒されている。
 
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