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14 野犬狩り1
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翌朝、冒険者ギルドへ出向いて野犬討伐の依頼を確認した。
野犬討伐の依頼は結構豊富に有り、一番数が多いのは有力商会や陸運業者から出されている街道沿いの森に棲む野犬の群の掃討依頼だった。
依頼札の脇にエントリーを書き込む札もぶら下がっており、ランク制限は無いものの、書き込んであるパーティー名とランクを見る限り、ベテラン向けの依頼のようだった。
その次に多いのが、革加工工房や有名料理店などからの依頼で、報奨金も高く、指定された数の野犬を依頼主に渡せば良いシンプルな条件だったが、納品期限や犬種や年齢が細かく指定されており、犬の専門家向けの依頼の様な感じだった。
僕達でも可能な依頼が農業組合から出されていた。
害獣駆除という名目で、野犬に限らず、町の外から侵入して畜舎を荒らす野獣が対象だった。
倒した相手によって報酬が変り、基本報酬額は一覧表の形で細かく示されており、当然ながら野犬が一番安かった。
ケルべロスとかオーガとかミノタウロスとか物騒な名前も並んでいたので、ぎょっとして受付で確認したが、この百年は町近くでの目撃情報も無いと聞いて、胸を撫で下ろした。
依頼の期限の設定は無く、倒した獲物を農業組合事務所に持ち込んで確認すれば良い。
街中で売るよりも安くなるが、肉と毛皮の買い取りもして貰える。
討伐報酬はギルドでも農業組合でも受け取れ、討伐ポイントはギルドで纏めて登録する。
討伐数に応じた割増し報酬の制度も有り、討伐数が減る雪が積もった時期は高くなるとのことだった。
昨日情報収集して検討した結果、リスクが一番少ないと思われる相手は裏門の外の森で単独行動している野犬だ。
他の依頼に比べて野犬一匹当たりの報酬額は一番安いが、僕等の力量を考えて農業組合の依頼を受けることにした。
農業組合からの依頼手続きを終え、大荷物を担いで正門の停車場から裏門近くの農業組合に向かう乗合の橇に乗る。
表通りは雪が無い石畳なので心配したが、橇の四隅に設置した風の魔道具で、車体を浮かせる仕組みになっていた。
料金は大人一人二十カッパで子供一人が十カッパ、これに持ち込み荷物代が十カッパ加算される。
歩いても良かったのだが、片道五鐘、五時間は掛ると聞いて、子供達が悲しそうな顔をしたので乗ることにした。
速度はゆっくり走る自動車くらいで、大きな荷台に木のベンチが縦方向に四列並んでおり、荷物を背負った商人らしき人達が四十人ほど乗っていた。
大きな馬をさらに一回り大きくしたような鹿が二頭、軽々と橇を曳いて、町の大通りを走り始めた。
店の立ち並ぶ表通りを三十分程走り、橇は立派な門を潜って石作りの大きな建物が建ち並ぶ教区に入った。
女神像が屋根の上に乱立しており、僕等を見下ろしている。
皆さん露出度が高く、しかもボリュームのある方が多い。
「うん、女神様はやっぱり胸だよな」
「ユウ、ちょっと止めてくれ。慈悲の女神様が怒っている」
ほとんどの乗客が降り、残っているのは僕等だけになった。
子供達が橇の前方に移動し、御者が鹿を動かす様子を熱心に眺めている。
道が急に細くなり、雪道となった。
御者が風の魔道具を止めて、本来の橇として雪の上を走る。
ログハウスの住宅地の様な場所を抜けると、人気のない雪を被った果樹園の中へと入って行った。
急に雪が深くなった感じで、水平に剪定された枝近くまで雪に埋もれている。
しかも枝も幹も真っ白に変っており、木も雪に擬態したかのようだった。
魔素を見る目で果樹を眺めてみると、一見枯れ枝の様に見える果樹の枝も、中を通る魔素は薄く輝いている。
クリスマスのイルミネーションにも似た、不思議な光景だった。
果樹園を抜けると光景が大きく変わった。
普段は麦畑の様な穀物の畑なのだろうが、雪に覆われた見渡す限りの雪原に変わっている。
驚いた事に、その雪原の上をヨットや帆船が何艘も走っていた。
帆に動物や植物の文様が鮮やかな色彩で描かれている。
白いキャンバスの上に描かれた絵札のパレードの様で、白い色に退屈していた僕等の目を楽しませてくれた。
ただ、僕に見えるのは、薄ぼんやりした絵の色彩とモノトーンのはっきりと描かれた絵のどちらかだった。
「うわー、綺麗」
「風船さ、嬢ちゃん達驚いたかい。雪精霊の季祭りが近いだろ、近隣の村から祭りの売り物を運び込んでるのさ。普段の荷も船の方が速いから、雪精霊の季節はこっちの畑地ルートが荷運びの中心になるのさ」
喜んでいるリコ達を見て、顔をほころばせながら御者のおっちゃんが説明してくれた。
「なんで帆に文様が描いてあるんですか」
「ああ、あれかい。吹雪いた時に互いの船が少しでも相手の船から解る様にさ。まっそれでも衝突事故は多いがな」
「あの船何処へ行くの」
「左から右向かってるのは、落陽門から入って倉庫街へ荷を運ぶ船さ、右から左へ向かってるのは、昇陽門から入って落陽門近くの工房街へ荷を運ぶ船と、そのまま落陽門の外に荷を運ぶ船だな。そんな事を聞くんじゃ、兄ちゃん達街の子だな、どこに住んでるんだい」
「下町の慈悲の救済教会です」
「ほう、貧乏神教会でしぶとく生き残ってる異世界の子供達って、あんた達のことかい。なら、農業組合の討伐依頼でも受けに行くのかい。だったら、この橇使うより落陽門から出てる風船を使った方が安くて全然速いぜ。朝なら泥舟亭の前を三鐘に出発する定期船があるぜ。帆に風の妖精が描いてある船だから直ぐに解るよ」
ハルさんも一緒に風船を眺めて燥いでいる。
数日前、遂に光魔法の制御に成功したので、帆の絵が鮮明に見えているのだ。
発想の転換で、目の前に作っていた魔法の眼鏡を、目の中に作ってみたら一緒に移動できる様になったのだそうだ。
リコ達の身体に施した再生の魔法が持ち運べていることから想を得て、試してみたら成功したらしい。
魔法の維持に必要な魔法力も少なくて済み、一石二鳥だと喜んでいた。
次のレベルアップで僕も光魔法を覚えることにした。
やはり、モノトーンじゃなくて色付きのはっきした世界を見たい。
橇が終点である農業組合の大きなログハウス前に到着した。
組合の建物が停車場と待合室を兼ねて居る様で、大きく張り出した組合の建物の軒の下には、木のベンチが一杯並んでおり、多くの人が腰を下ろして橇や船を待っている。
僕達が降りると、大きな荷物を持った年寄が大勢乗り込んで来たので、それなりにこの便も繁盛しているらしい。
裏門は直ぐに解った。
農業組合の建物の裏に広がる、見晴らしの良い何も無い雪原の中にあった。
左右には見渡す限り延々と先端を尖らせた背の高い丸太杭の木柵が伸びており、鐘塔付きの門の脇には、小さなログハウスの門番の詰所が設けてある。
詰所で認識票と依頼札を示し、扉を開けて貰った。
「犬が入り込むんで、普段扉は閉めてある。戻ったら扉の脇の紐を引いてくれ、詰所の中の呼び鈴が鳴る仕組みになっている」
そして扉が開き、僕等は扉の外へと出た。
この世界に来てから始めて見る町の外側だ。
背後で扉が閉まる音がする。
左右には真っ白に変わった深い針葉樹の森が広がり、目の前にはその森に吸い込まれて消えて行く細い道が見える。
僕達は弱い、だから僕の魔素が見える能力を使って、極力犬と正面から戦わない方法を考えなければならない。
森の中で犬を狩る方法は色々と考えて来たが、頭の中で考えた事と実際はたぶん大違いだろう。
今から一つ一つ、ぶっつけ本番で検証しなくてはならない。
まず最初に野犬の通り道を捜す。
昨日聞いた限りでは、野犬は用心深い習性で、同じ場所を歩きたがるらしい。
少しでもその場所に普段と違う気配を感じたら、念入りにその場所を確認するそうで、罠には絶対掛らないらしい。
野犬が町を囲う柵に近付く目的ははっきりしている。
柵の内側に侵入して、農家の家畜を襲うためだ。
だから、通り道は必ず森から柵の中への侵入路に向かっている筈だ。
柵は直径二十五センチ程の丸太杭を地面に打ち込んで作られている。
高さ三メートル程で、風抜けの十センチ程の隙間を残してびっしりと打ち込まれている。
だから地上部には野犬が町に入り込む隙間なんて無い。
野犬に木登りが可能どうかは解らないが、柵からの距離が十メートル内の木は伐採しており、木を伝って町に侵入するルートもない。
そうなると、残りは地中、柵の下に穴を掘って入るしかない。
風が雪を舞い上げて足跡を消してしまうので、柵沿いに残された足跡から進入路を捜すのは難しい。
だが、僕には魔素を見る目があるので、雪の下も、二メートル近く打ち込んである木杭の先端も見える。
柵沿いを歩いて丹念に穴を捜す。
そして三十分程歩いてやっと発見した。
柵の直ぐ脇を穿って穴を掘り、そこから侵入するものと思っていたのだが大間違いだった。
良く考えれば、そもそもそんな侵入路では、柵沿いを巡回した時に直ぐに発見されてしまう。
驚いた事に、森の奥から地下五メートル程の深さにトンネルが掘ってあり、柵の向こう側で何本にも分岐して、複数の侵入ルートが造ってあった。
取り敢えず手近な木に攀じ登って森の中を確認する。
このところ粗食で体重が減っているのか、なんか身体が軽い。
適当な高さまで登って森の奥を見渡してみる。
勿論、普通に見た限りでは森は濃く見通しが利かないので、魔素を見る目に切り替えてみる。
雪の積もった針葉樹の中を抜ける魔素は、地面よりも強い光を放っている、
それでも目を凝らせば、一キロ程離れた場所を歩いている野犬の強い光が辛うじて確認できる。
静まり返ったように見える森も命で満ちている。
木の洞の中のリスやむささび、鼬や鼠、木の皮の下に中に入り込んでいる虫などが強い光を放っており、思っていたよりも見通しは利かない。
それでも動きのある光は追い易い。
鼬が野鼠を追い駆け、野犬が兎を追っている。
森の奥を鹿の親子が駆け抜けて行き、猪が雪を掘っている。
木の洞で栗鼠が丸くなり、むささびの様な動物が梢を滑降する。
アライグマが鼠を咥えて走って行く。
危険な生き物はいない。
僕達は穴の入り口向かって森の中へ入って行った。
野犬のトンネルの入り口を確認して、十メートルほど離れた木の下にテントを張る。
撲以外は、テントの中でお茶でも飲んでぬくぬくと過ごして貰う。
鼠の時はハルさんと僕が囮になったが、今度は僕を除く全員が囮だ。
無防備な人間の子供が八匹、犬から見れば、美味しい食事が供えてあるように見えるだろう。
僕はテントの上の木の枝に登り、愛の女神の旗と白布を身体に巻いて、周囲を見渡して待ち構える。
愛の女神の旗は、薄い生地なのに保温性抜群で風も遮ってくれる。
万が一、複数の野犬が近づいてきたら、全員が木の上に避難する段取りだ。
そのための縄も垂らしてある。
野犬が一匹、兎に逃げられた後、こちらに気付いた様だ。
距離は一キロくらい、ゆっくり近づいてくる。
ハルさんに合図を送る。
ハルさんが頷いて、テントの入り口を閉じて身構える。
野犬が肉眼で見える範囲に近付いて来た。
野犬が白くなって雪と見分けが付かなくなるとは聞いていたが、魔素が見える目が無かったら全く見分けが付かない程完璧な擬態だった。
恐らくすぐ目の前に野犬が来ても、解らなかっただろう。
狼やハスキー犬の様な犬を想像していたのだが、魔素の目で見た野犬は耳が垂れており、少し足の短いゴールデン・レトリバーの様な感じだった。
長い穴の中を潜って進むには、こちらの体型の方が都合が良いのだろう。
自分の擬態に過信しているのだろうか、足元の雪の臭いを嗅いで罠を警戒しているが、僕の潜んでいる枝の上には注意を払っていない。
作戦は立ててきた。
基本は、テント中のハルさん達を見付けて舌なめずりして近寄って来た野犬を狙い、木の上で待ち伏せした僕が襲い掛かるのだ。
僕が一撃で倒せれば恰好良いのだが、残念ながら僕にそんな技量はない。
だから真下に来たタイミングで、枝の上から飛び掛かった僕が馬乗りになって抑え付け、身動きできない状態にしてからみんなで袋叩きにしてもらう。
爪で引っ掻かれない様に、愛の女神の旗で包み込む。
急な衝撃には硬くなる材質なので、旗を切り裂かれて怪我をする心配はない。
逆に、全身を包んで上から野犬を叩いても衝撃が通じないので、野犬の頭だけは旗の外に出す。
雪の中では野犬の頭が良く見え無いので、僕が赤いクムの果汁を口に含んで、野犬の頭に吹き付けて目印にする。
前足は両腕で抱き抱えて動きを封じ、後足は足を跳ね上げる様に絡めて宙に浮かせた状態にする。
身体は僕の方が大きいし、体重も倍近くあるので十分に勝算はあると思った。
野犬が枝の真下に来た。
僕には全然気が付いていない。
僕は幸運を祈りながら、愛の女神の旗を広げて飛び降りた。
・・・・逃げられた。
旗で包み込むまでは成功したのだが、野犬を両腕で抱えた途端、後ろの方へ物凄い勢いで跳ねられ、スポッと抜けてしまったのだ。
物凄く驚いた様で、キャンキャン言いながら、一目散に逃げて行った。
後ろ足の動きを封じるタイミングが、コンマ何秒か遅かったのだろう。
釣り上げたと思った魚に逃げられたらこんな気分なのだろうか。
まだ野犬を抱きかかえた感触が両腕に残っているだけに物凄く悔しい。
「兄ちゃん、無理なんじゃないの」
「いや、全然大丈夫だ。今度は失敗しない」
・・・・二匹目も失敗した。
今度は上に逃げられた。
野犬の後足に足を絡めて、腰を押し付けて抑え付ける万全の体勢になったと思ったのだが、前足で足掻かれたらズルズルと抜けてしまったのだ。
両腕で抑え付けるタイミングが悪かったのだろう。
野犬はパニックになっていたようで、テントに三回ぶつかってから逃げて行った。
まあ、テントの中へ飛び込まれなくて良かった。
それにしても惜しい、物凄く惜しい。
「あー驚いた。兄ちゃん、やっぱり失敗じゃん」
「いや、今のは物凄く惜しかった、絶対大丈夫だ。そーだ明美、ちょっと練習させてくれ」
「えっ」
雪の上に旗を敷いて、その上に明美が四つん這いになる。
枝の上からだと危ないので、立った位置から白布を広げた僕が飛び乗って押え付ける。
要は、足と手のタイミングだと思う。
白布で包み込もうとしたら、明美が逃げ出した。
「明美!」
「兄ちゃん!犬だって食われたく無いんだよ。真剣にやらないと駄目じゃん」
「そうだぞ、タケミチ。真面目にやれよ」
くそー、外野が煩い。
「良し、そんなら今度は本気で行くぞ。ユウも手伝え」
「えー」
二人共すばしっこくて中々抑え付けられなかった。
上へ下へとすり抜けて行くのだ。
良く考えたら二人共脚力を強化しているから手強い筈だ。
それでもリーダーとして、兄としての沽券にかかわる。
僕も本気で抑えに掛った。
やはり重要なのは手足の微妙なタイミングだった。
きちんと嵌れば、力を入れなくてもガシっと決って動けなくなる。
「兄ちゃんギブ、ギブ」
「よーし」
なんとか二人を確実に抑え付けられるようになった。
やれやれ、兄としての面目が復活した、あれ?
「いいなー、アキちゃん。ハグして貰って」
「うん、なんか楽しそう」
「お兄ちゃんがユウを抑え付けている図は、なんか萌えるよね」
「コウも羨ましいんでしょ」
「うん」
「イテッ、姉ちゃん、なんで頭叩くんだよ」
「なんでもない」
野犬討伐の依頼は結構豊富に有り、一番数が多いのは有力商会や陸運業者から出されている街道沿いの森に棲む野犬の群の掃討依頼だった。
依頼札の脇にエントリーを書き込む札もぶら下がっており、ランク制限は無いものの、書き込んであるパーティー名とランクを見る限り、ベテラン向けの依頼のようだった。
その次に多いのが、革加工工房や有名料理店などからの依頼で、報奨金も高く、指定された数の野犬を依頼主に渡せば良いシンプルな条件だったが、納品期限や犬種や年齢が細かく指定されており、犬の専門家向けの依頼の様な感じだった。
僕達でも可能な依頼が農業組合から出されていた。
害獣駆除という名目で、野犬に限らず、町の外から侵入して畜舎を荒らす野獣が対象だった。
倒した相手によって報酬が変り、基本報酬額は一覧表の形で細かく示されており、当然ながら野犬が一番安かった。
ケルべロスとかオーガとかミノタウロスとか物騒な名前も並んでいたので、ぎょっとして受付で確認したが、この百年は町近くでの目撃情報も無いと聞いて、胸を撫で下ろした。
依頼の期限の設定は無く、倒した獲物を農業組合事務所に持ち込んで確認すれば良い。
街中で売るよりも安くなるが、肉と毛皮の買い取りもして貰える。
討伐報酬はギルドでも農業組合でも受け取れ、討伐ポイントはギルドで纏めて登録する。
討伐数に応じた割増し報酬の制度も有り、討伐数が減る雪が積もった時期は高くなるとのことだった。
昨日情報収集して検討した結果、リスクが一番少ないと思われる相手は裏門の外の森で単独行動している野犬だ。
他の依頼に比べて野犬一匹当たりの報酬額は一番安いが、僕等の力量を考えて農業組合の依頼を受けることにした。
農業組合からの依頼手続きを終え、大荷物を担いで正門の停車場から裏門近くの農業組合に向かう乗合の橇に乗る。
表通りは雪が無い石畳なので心配したが、橇の四隅に設置した風の魔道具で、車体を浮かせる仕組みになっていた。
料金は大人一人二十カッパで子供一人が十カッパ、これに持ち込み荷物代が十カッパ加算される。
歩いても良かったのだが、片道五鐘、五時間は掛ると聞いて、子供達が悲しそうな顔をしたので乗ることにした。
速度はゆっくり走る自動車くらいで、大きな荷台に木のベンチが縦方向に四列並んでおり、荷物を背負った商人らしき人達が四十人ほど乗っていた。
大きな馬をさらに一回り大きくしたような鹿が二頭、軽々と橇を曳いて、町の大通りを走り始めた。
店の立ち並ぶ表通りを三十分程走り、橇は立派な門を潜って石作りの大きな建物が建ち並ぶ教区に入った。
女神像が屋根の上に乱立しており、僕等を見下ろしている。
皆さん露出度が高く、しかもボリュームのある方が多い。
「うん、女神様はやっぱり胸だよな」
「ユウ、ちょっと止めてくれ。慈悲の女神様が怒っている」
ほとんどの乗客が降り、残っているのは僕等だけになった。
子供達が橇の前方に移動し、御者が鹿を動かす様子を熱心に眺めている。
道が急に細くなり、雪道となった。
御者が風の魔道具を止めて、本来の橇として雪の上を走る。
ログハウスの住宅地の様な場所を抜けると、人気のない雪を被った果樹園の中へと入って行った。
急に雪が深くなった感じで、水平に剪定された枝近くまで雪に埋もれている。
しかも枝も幹も真っ白に変っており、木も雪に擬態したかのようだった。
魔素を見る目で果樹を眺めてみると、一見枯れ枝の様に見える果樹の枝も、中を通る魔素は薄く輝いている。
クリスマスのイルミネーションにも似た、不思議な光景だった。
果樹園を抜けると光景が大きく変わった。
普段は麦畑の様な穀物の畑なのだろうが、雪に覆われた見渡す限りの雪原に変わっている。
驚いた事に、その雪原の上をヨットや帆船が何艘も走っていた。
帆に動物や植物の文様が鮮やかな色彩で描かれている。
白いキャンバスの上に描かれた絵札のパレードの様で、白い色に退屈していた僕等の目を楽しませてくれた。
ただ、僕に見えるのは、薄ぼんやりした絵の色彩とモノトーンのはっきりと描かれた絵のどちらかだった。
「うわー、綺麗」
「風船さ、嬢ちゃん達驚いたかい。雪精霊の季祭りが近いだろ、近隣の村から祭りの売り物を運び込んでるのさ。普段の荷も船の方が速いから、雪精霊の季節はこっちの畑地ルートが荷運びの中心になるのさ」
喜んでいるリコ達を見て、顔をほころばせながら御者のおっちゃんが説明してくれた。
「なんで帆に文様が描いてあるんですか」
「ああ、あれかい。吹雪いた時に互いの船が少しでも相手の船から解る様にさ。まっそれでも衝突事故は多いがな」
「あの船何処へ行くの」
「左から右向かってるのは、落陽門から入って倉庫街へ荷を運ぶ船さ、右から左へ向かってるのは、昇陽門から入って落陽門近くの工房街へ荷を運ぶ船と、そのまま落陽門の外に荷を運ぶ船だな。そんな事を聞くんじゃ、兄ちゃん達街の子だな、どこに住んでるんだい」
「下町の慈悲の救済教会です」
「ほう、貧乏神教会でしぶとく生き残ってる異世界の子供達って、あんた達のことかい。なら、農業組合の討伐依頼でも受けに行くのかい。だったら、この橇使うより落陽門から出てる風船を使った方が安くて全然速いぜ。朝なら泥舟亭の前を三鐘に出発する定期船があるぜ。帆に風の妖精が描いてある船だから直ぐに解るよ」
ハルさんも一緒に風船を眺めて燥いでいる。
数日前、遂に光魔法の制御に成功したので、帆の絵が鮮明に見えているのだ。
発想の転換で、目の前に作っていた魔法の眼鏡を、目の中に作ってみたら一緒に移動できる様になったのだそうだ。
リコ達の身体に施した再生の魔法が持ち運べていることから想を得て、試してみたら成功したらしい。
魔法の維持に必要な魔法力も少なくて済み、一石二鳥だと喜んでいた。
次のレベルアップで僕も光魔法を覚えることにした。
やはり、モノトーンじゃなくて色付きのはっきした世界を見たい。
橇が終点である農業組合の大きなログハウス前に到着した。
組合の建物が停車場と待合室を兼ねて居る様で、大きく張り出した組合の建物の軒の下には、木のベンチが一杯並んでおり、多くの人が腰を下ろして橇や船を待っている。
僕達が降りると、大きな荷物を持った年寄が大勢乗り込んで来たので、それなりにこの便も繁盛しているらしい。
裏門は直ぐに解った。
農業組合の建物の裏に広がる、見晴らしの良い何も無い雪原の中にあった。
左右には見渡す限り延々と先端を尖らせた背の高い丸太杭の木柵が伸びており、鐘塔付きの門の脇には、小さなログハウスの門番の詰所が設けてある。
詰所で認識票と依頼札を示し、扉を開けて貰った。
「犬が入り込むんで、普段扉は閉めてある。戻ったら扉の脇の紐を引いてくれ、詰所の中の呼び鈴が鳴る仕組みになっている」
そして扉が開き、僕等は扉の外へと出た。
この世界に来てから始めて見る町の外側だ。
背後で扉が閉まる音がする。
左右には真っ白に変わった深い針葉樹の森が広がり、目の前にはその森に吸い込まれて消えて行く細い道が見える。
僕達は弱い、だから僕の魔素が見える能力を使って、極力犬と正面から戦わない方法を考えなければならない。
森の中で犬を狩る方法は色々と考えて来たが、頭の中で考えた事と実際はたぶん大違いだろう。
今から一つ一つ、ぶっつけ本番で検証しなくてはならない。
まず最初に野犬の通り道を捜す。
昨日聞いた限りでは、野犬は用心深い習性で、同じ場所を歩きたがるらしい。
少しでもその場所に普段と違う気配を感じたら、念入りにその場所を確認するそうで、罠には絶対掛らないらしい。
野犬が町を囲う柵に近付く目的ははっきりしている。
柵の内側に侵入して、農家の家畜を襲うためだ。
だから、通り道は必ず森から柵の中への侵入路に向かっている筈だ。
柵は直径二十五センチ程の丸太杭を地面に打ち込んで作られている。
高さ三メートル程で、風抜けの十センチ程の隙間を残してびっしりと打ち込まれている。
だから地上部には野犬が町に入り込む隙間なんて無い。
野犬に木登りが可能どうかは解らないが、柵からの距離が十メートル内の木は伐採しており、木を伝って町に侵入するルートもない。
そうなると、残りは地中、柵の下に穴を掘って入るしかない。
風が雪を舞い上げて足跡を消してしまうので、柵沿いに残された足跡から進入路を捜すのは難しい。
だが、僕には魔素を見る目があるので、雪の下も、二メートル近く打ち込んである木杭の先端も見える。
柵沿いを歩いて丹念に穴を捜す。
そして三十分程歩いてやっと発見した。
柵の直ぐ脇を穿って穴を掘り、そこから侵入するものと思っていたのだが大間違いだった。
良く考えれば、そもそもそんな侵入路では、柵沿いを巡回した時に直ぐに発見されてしまう。
驚いた事に、森の奥から地下五メートル程の深さにトンネルが掘ってあり、柵の向こう側で何本にも分岐して、複数の侵入ルートが造ってあった。
取り敢えず手近な木に攀じ登って森の中を確認する。
このところ粗食で体重が減っているのか、なんか身体が軽い。
適当な高さまで登って森の奥を見渡してみる。
勿論、普通に見た限りでは森は濃く見通しが利かないので、魔素を見る目に切り替えてみる。
雪の積もった針葉樹の中を抜ける魔素は、地面よりも強い光を放っている、
それでも目を凝らせば、一キロ程離れた場所を歩いている野犬の強い光が辛うじて確認できる。
静まり返ったように見える森も命で満ちている。
木の洞の中のリスやむささび、鼬や鼠、木の皮の下に中に入り込んでいる虫などが強い光を放っており、思っていたよりも見通しは利かない。
それでも動きのある光は追い易い。
鼬が野鼠を追い駆け、野犬が兎を追っている。
森の奥を鹿の親子が駆け抜けて行き、猪が雪を掘っている。
木の洞で栗鼠が丸くなり、むささびの様な動物が梢を滑降する。
アライグマが鼠を咥えて走って行く。
危険な生き物はいない。
僕達は穴の入り口向かって森の中へ入って行った。
野犬のトンネルの入り口を確認して、十メートルほど離れた木の下にテントを張る。
撲以外は、テントの中でお茶でも飲んでぬくぬくと過ごして貰う。
鼠の時はハルさんと僕が囮になったが、今度は僕を除く全員が囮だ。
無防備な人間の子供が八匹、犬から見れば、美味しい食事が供えてあるように見えるだろう。
僕はテントの上の木の枝に登り、愛の女神の旗と白布を身体に巻いて、周囲を見渡して待ち構える。
愛の女神の旗は、薄い生地なのに保温性抜群で風も遮ってくれる。
万が一、複数の野犬が近づいてきたら、全員が木の上に避難する段取りだ。
そのための縄も垂らしてある。
野犬が一匹、兎に逃げられた後、こちらに気付いた様だ。
距離は一キロくらい、ゆっくり近づいてくる。
ハルさんに合図を送る。
ハルさんが頷いて、テントの入り口を閉じて身構える。
野犬が肉眼で見える範囲に近付いて来た。
野犬が白くなって雪と見分けが付かなくなるとは聞いていたが、魔素が見える目が無かったら全く見分けが付かない程完璧な擬態だった。
恐らくすぐ目の前に野犬が来ても、解らなかっただろう。
狼やハスキー犬の様な犬を想像していたのだが、魔素の目で見た野犬は耳が垂れており、少し足の短いゴールデン・レトリバーの様な感じだった。
長い穴の中を潜って進むには、こちらの体型の方が都合が良いのだろう。
自分の擬態に過信しているのだろうか、足元の雪の臭いを嗅いで罠を警戒しているが、僕の潜んでいる枝の上には注意を払っていない。
作戦は立ててきた。
基本は、テント中のハルさん達を見付けて舌なめずりして近寄って来た野犬を狙い、木の上で待ち伏せした僕が襲い掛かるのだ。
僕が一撃で倒せれば恰好良いのだが、残念ながら僕にそんな技量はない。
だから真下に来たタイミングで、枝の上から飛び掛かった僕が馬乗りになって抑え付け、身動きできない状態にしてからみんなで袋叩きにしてもらう。
爪で引っ掻かれない様に、愛の女神の旗で包み込む。
急な衝撃には硬くなる材質なので、旗を切り裂かれて怪我をする心配はない。
逆に、全身を包んで上から野犬を叩いても衝撃が通じないので、野犬の頭だけは旗の外に出す。
雪の中では野犬の頭が良く見え無いので、僕が赤いクムの果汁を口に含んで、野犬の頭に吹き付けて目印にする。
前足は両腕で抱き抱えて動きを封じ、後足は足を跳ね上げる様に絡めて宙に浮かせた状態にする。
身体は僕の方が大きいし、体重も倍近くあるので十分に勝算はあると思った。
野犬が枝の真下に来た。
僕には全然気が付いていない。
僕は幸運を祈りながら、愛の女神の旗を広げて飛び降りた。
・・・・逃げられた。
旗で包み込むまでは成功したのだが、野犬を両腕で抱えた途端、後ろの方へ物凄い勢いで跳ねられ、スポッと抜けてしまったのだ。
物凄く驚いた様で、キャンキャン言いながら、一目散に逃げて行った。
後ろ足の動きを封じるタイミングが、コンマ何秒か遅かったのだろう。
釣り上げたと思った魚に逃げられたらこんな気分なのだろうか。
まだ野犬を抱きかかえた感触が両腕に残っているだけに物凄く悔しい。
「兄ちゃん、無理なんじゃないの」
「いや、全然大丈夫だ。今度は失敗しない」
・・・・二匹目も失敗した。
今度は上に逃げられた。
野犬の後足に足を絡めて、腰を押し付けて抑え付ける万全の体勢になったと思ったのだが、前足で足掻かれたらズルズルと抜けてしまったのだ。
両腕で抑え付けるタイミングが悪かったのだろう。
野犬はパニックになっていたようで、テントに三回ぶつかってから逃げて行った。
まあ、テントの中へ飛び込まれなくて良かった。
それにしても惜しい、物凄く惜しい。
「あー驚いた。兄ちゃん、やっぱり失敗じゃん」
「いや、今のは物凄く惜しかった、絶対大丈夫だ。そーだ明美、ちょっと練習させてくれ」
「えっ」
雪の上に旗を敷いて、その上に明美が四つん這いになる。
枝の上からだと危ないので、立った位置から白布を広げた僕が飛び乗って押え付ける。
要は、足と手のタイミングだと思う。
白布で包み込もうとしたら、明美が逃げ出した。
「明美!」
「兄ちゃん!犬だって食われたく無いんだよ。真剣にやらないと駄目じゃん」
「そうだぞ、タケミチ。真面目にやれよ」
くそー、外野が煩い。
「良し、そんなら今度は本気で行くぞ。ユウも手伝え」
「えー」
二人共すばしっこくて中々抑え付けられなかった。
上へ下へとすり抜けて行くのだ。
良く考えたら二人共脚力を強化しているから手強い筈だ。
それでもリーダーとして、兄としての沽券にかかわる。
僕も本気で抑えに掛った。
やはり重要なのは手足の微妙なタイミングだった。
きちんと嵌れば、力を入れなくてもガシっと決って動けなくなる。
「兄ちゃんギブ、ギブ」
「よーし」
なんとか二人を確実に抑え付けられるようになった。
やれやれ、兄としての面目が復活した、あれ?
「いいなー、アキちゃん。ハグして貰って」
「うん、なんか楽しそう」
「お兄ちゃんがユウを抑え付けている図は、なんか萌えるよね」
「コウも羨ましいんでしょ」
「うん」
「イテッ、姉ちゃん、なんで頭叩くんだよ」
「なんでもない」
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