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16 野犬狩り3
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船は約十五分、半鐘の半分の時間で落陽門に到着した。
橇の御者さんに聞いたとおり、障害物の無い場所を真っ直ぐに走って行く感じなので早い。
船から降りる前に、船頭さんに聞いて朝の定期便の出発場所を確認しておいた。
泥舟亭は、大きな素焼きの鍋を看板の上に飾った目立つ店で、川魚を食べさせて貰える珍しい店だと、船頭さんが教えてくれた。
落陽門から真っ直ぐに伸びる街道を行くと、渡場がある大きな川沿いの宿場町に着き当たる。
その町の名物が川魚の土鍋で、その鍋が食べられるこの町唯一の店なのだそうだ。
看板の絵を見る限り、泥鰌や川海老や沢蟹を野菜や茸と煮込んである料理の様で、物凄く美味しそうだった。
「兄ちゃん、風呂だよ、風呂が先だよ」
看板の絵に見とれていたら、明美にガシガシと足を蹴られてしまった。
僕は全然臭いと思わないのだが、女性陣からのプレッシャーが大きいので、公衆浴場へ向かうことにした。
公衆浴場は開店休業状態だった。
まあ、雪の中を歩いて、雪の積もった露天の風呂に入りに来る変わり者も少ないだろう。
「あんた達が今日の最初のお客だよ。はい、泡立ち草」
踏み跡も無い雪の積もった広い川原の光景は美しかったが、どう考えても入浴に適した状況じゃない。
ハルさん達も雪が降ったので、昨日から風呂に入っていない。
でも、考え込んでいる。
「兄ちゃん、先に入って」
「タケミチ、臭いのはおまえだけだからな。先に入れよ」
僕を先に入らせて様子を見ることにしたらしい。
「ユウ、おまえも臭いから一緒な」
「俺は臭くないぞ。こら、止めろ、近寄るな、臭い。おい、止めろタケミチ」
ユウを抱えて川へ向かう、取敢えずユウは道連れにすることにした。
裸にひん剥いてユウを川に放り投げる。
逃げ出さない様に、ユウの服を先に洗濯する。
「タケミチ、この野郎」
僕も服を脱いで、服と旗と白布を洗濯する。
確かに何となく犬臭い様に感じる。
寒いと言うより痛いという感覚で、意外に我慢ができる。
川に入る前に身体を洗って臭いを落したのだが、身体が濡れると物凄く寒さを感じる様になった。
川に入って、湯の噴き出している場所を捜す。
雪の積もっていない岩の上に服と旗を広げ、湯の噴き出している場所の上に腰を下ろす、うん、極楽。
「ユウ、膝の上に乗るか」
「ふざけるな、この野郎」
明美達が様子を見に来た。
「兄ちゃん、大丈夫」
「気持ちいいぞ、明美もどうだ」
「ハル姉、大丈夫だって」
女性陣が雪の上で服を脱ぎ始めた。
ハルさんも含め、全員背が少し伸びた様な気がする。
明美は少し女性らしい体格に、ハルさんは全身が引き締まった感じか。
勿論魔素の目で見たモノトーンなのだが、じっくり観察したことが無かった。
女性陣は、勿論こちらに気を配る余裕はない。
ユウも物凄く嬉しそうだ。
服を先に洗い終わると、明美達が川に飛び込んで来た。
明美は直ぐに僕の膝の上に乗って来た。
頭の中は、あんまり成長していないようだ。
「姉ちゃん」
「こら!ユウ」
ユウもあまり成長していない。
じっくり暖まってから、大急ぎで身体を拭いて着替える。
明美達の儀式服は保温性抜群なので暖かさを保持できているが、僕とハルさんは直ぐに寒くなって来る。
愛の女神の旗を二人で羽織ってみたら、結構暖かかった。
「えー!肉が無いの」
「ええ、捌き方が良く解らないから持ち帰らなかったんです、ごめんなさい。後で教えて下さい」
なんかメアリーさんが物凄くがっかりしている。
「ハルちゃん、タケミチみたいな事言っちゃだめよ、馬鹿がうつるわよ。犬が無いと教えられないでしょ」
「あっ、そうか」
久々の肉の無い救済粥は手強かった。
粥を食いに来た近所の貧乏人達も、肩を落としていた。
ーーーーー
翌朝、手強い救済粥をなんとか完食してから落陽門へと向かう。
落陽門前の狭い広場は、帆船でごった返していた。
落陽門は二艘が行き交うのがやっとの幅なので、門の出入りで大渋滞が発生している。
幸い、僕達は門を通過しないので渋滞には巻き込まれない。
泥舟亭の前を三鐘に出発する定期船は繁盛している様で、泥舟亭の前に行列が出来ていた。
農家のおばちゃん達で、食材を工房区の食堂に卸した帰りらしい。
「あんたら、芋喰うかい」
「ありがとおばちゃん」
「あんたら何処へ行くんだい。これに乗っても、何にも無い所へ行っちゃうよ」
「これでも俺達冒険者なんだぜ、おばちゃん。野犬狩りに行くんだ」
「ふーん、それは偉いね。危ないから門の外に出ちゃ駄目だよ」
「本当なんだぜ」
「はい、はい。帰りの船は昼まで無いから気を付けてね」
船が泥舟亭の前に横付けになる。
船からギギギと階段が降りてきたので順番に昇る。
船は昨日乗って帰って来た船より二回り大きい。
おばちゃん達は慣れた様子で船尾に場所を確保すると、御座を広げ横になって寛いでいる。
何故かハルさんがおばちゃん達に連れて行かれてしまった。
帆には鮮やかな風妖精の絵が描かれている。
極彩色の花の周りを飛び回っている様子が描いてあり、確かに良く目立つ。
行き交う船が多い時間帯なので、昨日より時間が掛り、半鐘ほどで組合前に到着した。
「ハルさん、何を話していたの」
「農家に来てくれるお嫁さんが少ないんですって、独身の男性が一杯余っているから、こんど遊びに来ないかって誘われてたの」
どこの世界の農家も状況は同じらしい。
「良い魔道具が普及したから、昔ほど農作業は大変じゃないんだって」
裏門を出て、昨日指示された場所へと向かう。
指示された場所の柵の向こう側は、裏門近辺と違って農家が数件集まっていた。
森からの野犬のトンネルは、柵の下を潜った後、幾本にも分岐して農家の直ぐ脇にまで伸びていた。
昨日同様に、森の中の野犬のトンネルの入口近くにテントを張って、野犬を待ち構える。
今日は、明美とユウ相手にウォーミングアップしてからスタンバイした。
木に登って周囲を見渡すと、昨日に比べて野犬の影が濃い。
見える範囲で三匹ほどうろついている。
一匹がこちらに気が付いて近づいて来る。
相変わらず、足元ばかりを気にしている様で、頭上がお留守になっている。
息を殺して、野犬が真下に来るのを待ち受ける。
昨日の経験を生かして、気配を殺して静かに木の枝から最小限の動作で飛び降りる。
衝撃で旗が硬くならない様に優しく包み込み、一瞬のタイミングで前足と後ろ足の動きを封じる。
そして、テントから皆が飛び出して来るのを待つ。
この日は十一匹の野犬を狩ることが出来た。
ーーーーー
橇に積んだ野犬が途中何度も崩れて苦労した。
たぶん今日は全員犬臭い筈だ。
なんとか農業組合に辿り着いて、野犬の討伐数を確認して貰った。
「ありがとうございます。これで地区長に、ちゃんと説明ができます」
「あの地区には、犬の作ったトンネルが納屋や家の近くに一杯ありましたから、夜は気を付けた方が良いですよ」
なにか僕は変なことを言ったのだろうか、ケントルさんが唖然とした顔で固まっている。
「どこから野犬が侵入するのか、解らなくて頭を抱えていたんです。あの地区は今、夜通し若者が寝ないで見回りをしてるんですよ。もし解るのであれば、今から場所を教えて下さい」
野犬を運ぶ作業に手間取ったので、もう直ぐ船が出る時間だ。
「あのー、最終の船が出ちゃうから、明日の朝でもいいですか」
「駄目です、寝る場所も食事も用意します。だから一緒に付いて来て下さい」
「戻らないと教会のシスターが、野犬に喰われたのかと思って物凄く心配します」
「フクロウ便で知らせれば大丈夫です。人の命が関わってるんです」
”今日は農業組合に泊まります。タケミチ”
小さな木札に小さな字を書いて、小さなフクロウの首からぶら下げる。
「慈悲の救済教会のメアリーさん」
”クー”
フクロウに向かって小さく囁くと、フクロウは小さく頷ずき飛んで行った。
これでメアリーさんに木札を届けてくれるそうなのだが、何かとても心配だったので、返信用の木札も持たせて確認することにした。
「さあ、行きましょう。タケミチさん」
周囲はすっかり暗くなっていた。
光石で前方を照らしながら、大鹿に曳かせた橇で移動する。
夜は危ないので、船は使わないそうだ。
半鐘の半分ほどで、あの地区、アワノ地区に到着した。
篝火が煌々と炊かれ、棒を持った若者たちが何人も巡回していた。
橇から降りて、一番近い場所にある野犬の侵入穴に案内した。
物置脇の不用品が積まれた場所の下にその穴は開いていた。
周囲の雪が微かに崩れているので、そこから出入りする時は、積まれた物を元に戻しているのだろう、うん、野犬はけっこう賢い。
その穴の近辺にはさらに四ヵ所穴が開いていた。
何れの場所も、僕の魔素を見る目がなければ気が付かないように隠してあり、しかも互いに見通しの利かない場所に掘られている。
五つの穴は何れも地下で繋がっており、地上の人の気配を探ってから、人のいない場所を選んで出入りしていたのだろう。
同じような場所が六ヶ所、合計三十箇所の穴がこの地区に掘られていた。
「こら!おまえらの目は節穴か。三十個も穴が開いていて、なんで気が付かないんだ」
巡視の若者達が地区長に怒鳴られている。
「ケントル、助かった。これで安眠できる。この子達、飯はまだなんだろ」
「組合の宿所に用意させてます。今日は泊まってもらう積もりです」
「そうか、なら後でうちの地区から何か届させよう」
組合の宿所は、刈入れの時期に出稼ぎ農民を泊まらせる施設で、二百人くらいは十分に泊まれそうな大きな建物だった。
大きな風呂場が屋内にあり、今日は震えながら雪の中で風呂に入らないで済んだ。
男女順番に入浴する積もりだったのだが、結局明美達が乱入して来て、いつもどおり全員で入浴した。
うん、ハルさんも諦めた様に、後からおずおずと入って来た。
「この風の魔道具便利よね」
「うん、一瞬だもんね」
「コウやタカより役に立つわ」
孝太と隆文と比較するのは可愛そうだが、リコとメイとリンは、脱衣場に備え付けてあった風の衣類乾燥機がすっかり気に入ったようだ。
単なる木箱に見えるのだが、中に濡れた服を入れて蓋を閉めて起動すると、一瞬で服を乾燥してくれる。
洗濯機もと、期待して周囲を見回したのだが、それは無かった。
さっぱりとした服を着て宿所の広い食堂へ行くと、アワノ地区のおばちゃん達が食事の用意をしてくれていた。
バターやチーズなどの乳製品を使った料理に混じって、なぜか野菜と茸の天麩羅や、豆腐の様な懐かしい食べ物も混じっていた。
「あらあんた達、本当に冒険者だったんだね」
朝船で一緒だったおばちゃん達が混じっていた。
「この辺の農家はね、召喚者の入植から始まった家が多いんだよ。家ごとに代々ちょっと変わった料理を継承しているの。口に合うかしら」
「美味しいです、涙が出るくらい懐かしいです」
「ありがとう、良かったわ。アワノへ嫁に来れば、毎日食べられるわよ」
宿所の部屋は三階の東端、二段ベットが五個部屋の中央に並んでおり、壁際に人数分の机とロッカーが並んでいる。
久々のベットだ。
ふかふかの敷布団と掛布団も用意してくれている。
木に床の上で薄い毛布を纏って雑魚寝するのが日常になり、自分の部屋でベットに寝ていたことが、遠い昔の様に思えて来る。
北側のベランダで夜の森の動物の動きを眺めていたら、フクロウが飛んで来て頭を突いた。
メアリーさんへの伝言を持たせたフクロウだ。
無事配達してくれたらしく、首に返信用の木札をぶら下げている。
木札を外し乾燥肉を食べさせてやると、フクロウは農業組合の建物の方向へと飛んで行った。
木札を確認したら、一言”肉”とメアリーさんの字が書いてあった。
橇の御者さんに聞いたとおり、障害物の無い場所を真っ直ぐに走って行く感じなので早い。
船から降りる前に、船頭さんに聞いて朝の定期便の出発場所を確認しておいた。
泥舟亭は、大きな素焼きの鍋を看板の上に飾った目立つ店で、川魚を食べさせて貰える珍しい店だと、船頭さんが教えてくれた。
落陽門から真っ直ぐに伸びる街道を行くと、渡場がある大きな川沿いの宿場町に着き当たる。
その町の名物が川魚の土鍋で、その鍋が食べられるこの町唯一の店なのだそうだ。
看板の絵を見る限り、泥鰌や川海老や沢蟹を野菜や茸と煮込んである料理の様で、物凄く美味しそうだった。
「兄ちゃん、風呂だよ、風呂が先だよ」
看板の絵に見とれていたら、明美にガシガシと足を蹴られてしまった。
僕は全然臭いと思わないのだが、女性陣からのプレッシャーが大きいので、公衆浴場へ向かうことにした。
公衆浴場は開店休業状態だった。
まあ、雪の中を歩いて、雪の積もった露天の風呂に入りに来る変わり者も少ないだろう。
「あんた達が今日の最初のお客だよ。はい、泡立ち草」
踏み跡も無い雪の積もった広い川原の光景は美しかったが、どう考えても入浴に適した状況じゃない。
ハルさん達も雪が降ったので、昨日から風呂に入っていない。
でも、考え込んでいる。
「兄ちゃん、先に入って」
「タケミチ、臭いのはおまえだけだからな。先に入れよ」
僕を先に入らせて様子を見ることにしたらしい。
「ユウ、おまえも臭いから一緒な」
「俺は臭くないぞ。こら、止めろ、近寄るな、臭い。おい、止めろタケミチ」
ユウを抱えて川へ向かう、取敢えずユウは道連れにすることにした。
裸にひん剥いてユウを川に放り投げる。
逃げ出さない様に、ユウの服を先に洗濯する。
「タケミチ、この野郎」
僕も服を脱いで、服と旗と白布を洗濯する。
確かに何となく犬臭い様に感じる。
寒いと言うより痛いという感覚で、意外に我慢ができる。
川に入る前に身体を洗って臭いを落したのだが、身体が濡れると物凄く寒さを感じる様になった。
川に入って、湯の噴き出している場所を捜す。
雪の積もっていない岩の上に服と旗を広げ、湯の噴き出している場所の上に腰を下ろす、うん、極楽。
「ユウ、膝の上に乗るか」
「ふざけるな、この野郎」
明美達が様子を見に来た。
「兄ちゃん、大丈夫」
「気持ちいいぞ、明美もどうだ」
「ハル姉、大丈夫だって」
女性陣が雪の上で服を脱ぎ始めた。
ハルさんも含め、全員背が少し伸びた様な気がする。
明美は少し女性らしい体格に、ハルさんは全身が引き締まった感じか。
勿論魔素の目で見たモノトーンなのだが、じっくり観察したことが無かった。
女性陣は、勿論こちらに気を配る余裕はない。
ユウも物凄く嬉しそうだ。
服を先に洗い終わると、明美達が川に飛び込んで来た。
明美は直ぐに僕の膝の上に乗って来た。
頭の中は、あんまり成長していないようだ。
「姉ちゃん」
「こら!ユウ」
ユウもあまり成長していない。
じっくり暖まってから、大急ぎで身体を拭いて着替える。
明美達の儀式服は保温性抜群なので暖かさを保持できているが、僕とハルさんは直ぐに寒くなって来る。
愛の女神の旗を二人で羽織ってみたら、結構暖かかった。
「えー!肉が無いの」
「ええ、捌き方が良く解らないから持ち帰らなかったんです、ごめんなさい。後で教えて下さい」
なんかメアリーさんが物凄くがっかりしている。
「ハルちゃん、タケミチみたいな事言っちゃだめよ、馬鹿がうつるわよ。犬が無いと教えられないでしょ」
「あっ、そうか」
久々の肉の無い救済粥は手強かった。
粥を食いに来た近所の貧乏人達も、肩を落としていた。
ーーーーー
翌朝、手強い救済粥をなんとか完食してから落陽門へと向かう。
落陽門前の狭い広場は、帆船でごった返していた。
落陽門は二艘が行き交うのがやっとの幅なので、門の出入りで大渋滞が発生している。
幸い、僕達は門を通過しないので渋滞には巻き込まれない。
泥舟亭の前を三鐘に出発する定期船は繁盛している様で、泥舟亭の前に行列が出来ていた。
農家のおばちゃん達で、食材を工房区の食堂に卸した帰りらしい。
「あんたら、芋喰うかい」
「ありがとおばちゃん」
「あんたら何処へ行くんだい。これに乗っても、何にも無い所へ行っちゃうよ」
「これでも俺達冒険者なんだぜ、おばちゃん。野犬狩りに行くんだ」
「ふーん、それは偉いね。危ないから門の外に出ちゃ駄目だよ」
「本当なんだぜ」
「はい、はい。帰りの船は昼まで無いから気を付けてね」
船が泥舟亭の前に横付けになる。
船からギギギと階段が降りてきたので順番に昇る。
船は昨日乗って帰って来た船より二回り大きい。
おばちゃん達は慣れた様子で船尾に場所を確保すると、御座を広げ横になって寛いでいる。
何故かハルさんがおばちゃん達に連れて行かれてしまった。
帆には鮮やかな風妖精の絵が描かれている。
極彩色の花の周りを飛び回っている様子が描いてあり、確かに良く目立つ。
行き交う船が多い時間帯なので、昨日より時間が掛り、半鐘ほどで組合前に到着した。
「ハルさん、何を話していたの」
「農家に来てくれるお嫁さんが少ないんですって、独身の男性が一杯余っているから、こんど遊びに来ないかって誘われてたの」
どこの世界の農家も状況は同じらしい。
「良い魔道具が普及したから、昔ほど農作業は大変じゃないんだって」
裏門を出て、昨日指示された場所へと向かう。
指示された場所の柵の向こう側は、裏門近辺と違って農家が数件集まっていた。
森からの野犬のトンネルは、柵の下を潜った後、幾本にも分岐して農家の直ぐ脇にまで伸びていた。
昨日同様に、森の中の野犬のトンネルの入口近くにテントを張って、野犬を待ち構える。
今日は、明美とユウ相手にウォーミングアップしてからスタンバイした。
木に登って周囲を見渡すと、昨日に比べて野犬の影が濃い。
見える範囲で三匹ほどうろついている。
一匹がこちらに気が付いて近づいて来る。
相変わらず、足元ばかりを気にしている様で、頭上がお留守になっている。
息を殺して、野犬が真下に来るのを待ち受ける。
昨日の経験を生かして、気配を殺して静かに木の枝から最小限の動作で飛び降りる。
衝撃で旗が硬くならない様に優しく包み込み、一瞬のタイミングで前足と後ろ足の動きを封じる。
そして、テントから皆が飛び出して来るのを待つ。
この日は十一匹の野犬を狩ることが出来た。
ーーーーー
橇に積んだ野犬が途中何度も崩れて苦労した。
たぶん今日は全員犬臭い筈だ。
なんとか農業組合に辿り着いて、野犬の討伐数を確認して貰った。
「ありがとうございます。これで地区長に、ちゃんと説明ができます」
「あの地区には、犬の作ったトンネルが納屋や家の近くに一杯ありましたから、夜は気を付けた方が良いですよ」
なにか僕は変なことを言ったのだろうか、ケントルさんが唖然とした顔で固まっている。
「どこから野犬が侵入するのか、解らなくて頭を抱えていたんです。あの地区は今、夜通し若者が寝ないで見回りをしてるんですよ。もし解るのであれば、今から場所を教えて下さい」
野犬を運ぶ作業に手間取ったので、もう直ぐ船が出る時間だ。
「あのー、最終の船が出ちゃうから、明日の朝でもいいですか」
「駄目です、寝る場所も食事も用意します。だから一緒に付いて来て下さい」
「戻らないと教会のシスターが、野犬に喰われたのかと思って物凄く心配します」
「フクロウ便で知らせれば大丈夫です。人の命が関わってるんです」
”今日は農業組合に泊まります。タケミチ”
小さな木札に小さな字を書いて、小さなフクロウの首からぶら下げる。
「慈悲の救済教会のメアリーさん」
”クー”
フクロウに向かって小さく囁くと、フクロウは小さく頷ずき飛んで行った。
これでメアリーさんに木札を届けてくれるそうなのだが、何かとても心配だったので、返信用の木札も持たせて確認することにした。
「さあ、行きましょう。タケミチさん」
周囲はすっかり暗くなっていた。
光石で前方を照らしながら、大鹿に曳かせた橇で移動する。
夜は危ないので、船は使わないそうだ。
半鐘の半分ほどで、あの地区、アワノ地区に到着した。
篝火が煌々と炊かれ、棒を持った若者たちが何人も巡回していた。
橇から降りて、一番近い場所にある野犬の侵入穴に案内した。
物置脇の不用品が積まれた場所の下にその穴は開いていた。
周囲の雪が微かに崩れているので、そこから出入りする時は、積まれた物を元に戻しているのだろう、うん、野犬はけっこう賢い。
その穴の近辺にはさらに四ヵ所穴が開いていた。
何れの場所も、僕の魔素を見る目がなければ気が付かないように隠してあり、しかも互いに見通しの利かない場所に掘られている。
五つの穴は何れも地下で繋がっており、地上の人の気配を探ってから、人のいない場所を選んで出入りしていたのだろう。
同じような場所が六ヶ所、合計三十箇所の穴がこの地区に掘られていた。
「こら!おまえらの目は節穴か。三十個も穴が開いていて、なんで気が付かないんだ」
巡視の若者達が地区長に怒鳴られている。
「ケントル、助かった。これで安眠できる。この子達、飯はまだなんだろ」
「組合の宿所に用意させてます。今日は泊まってもらう積もりです」
「そうか、なら後でうちの地区から何か届させよう」
組合の宿所は、刈入れの時期に出稼ぎ農民を泊まらせる施設で、二百人くらいは十分に泊まれそうな大きな建物だった。
大きな風呂場が屋内にあり、今日は震えながら雪の中で風呂に入らないで済んだ。
男女順番に入浴する積もりだったのだが、結局明美達が乱入して来て、いつもどおり全員で入浴した。
うん、ハルさんも諦めた様に、後からおずおずと入って来た。
「この風の魔道具便利よね」
「うん、一瞬だもんね」
「コウやタカより役に立つわ」
孝太と隆文と比較するのは可愛そうだが、リコとメイとリンは、脱衣場に備え付けてあった風の衣類乾燥機がすっかり気に入ったようだ。
単なる木箱に見えるのだが、中に濡れた服を入れて蓋を閉めて起動すると、一瞬で服を乾燥してくれる。
洗濯機もと、期待して周囲を見回したのだが、それは無かった。
さっぱりとした服を着て宿所の広い食堂へ行くと、アワノ地区のおばちゃん達が食事の用意をしてくれていた。
バターやチーズなどの乳製品を使った料理に混じって、なぜか野菜と茸の天麩羅や、豆腐の様な懐かしい食べ物も混じっていた。
「あらあんた達、本当に冒険者だったんだね」
朝船で一緒だったおばちゃん達が混じっていた。
「この辺の農家はね、召喚者の入植から始まった家が多いんだよ。家ごとに代々ちょっと変わった料理を継承しているの。口に合うかしら」
「美味しいです、涙が出るくらい懐かしいです」
「ありがとう、良かったわ。アワノへ嫁に来れば、毎日食べられるわよ」
宿所の部屋は三階の東端、二段ベットが五個部屋の中央に並んでおり、壁際に人数分の机とロッカーが並んでいる。
久々のベットだ。
ふかふかの敷布団と掛布団も用意してくれている。
木に床の上で薄い毛布を纏って雑魚寝するのが日常になり、自分の部屋でベットに寝ていたことが、遠い昔の様に思えて来る。
北側のベランダで夜の森の動物の動きを眺めていたら、フクロウが飛んで来て頭を突いた。
メアリーさんへの伝言を持たせたフクロウだ。
無事配達してくれたらしく、首に返信用の木札をぶら下げている。
木札を外し乾燥肉を食べさせてやると、フクロウは農業組合の建物の方向へと飛んで行った。
木札を確認したら、一言”肉”とメアリーさんの字が書いてあった。
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