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28 亜竜
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追手の目を眩ませるために、僕は再び森の中を移動した。
途中で、人々が忙しく動き回っている村を発見したが、邪魔すると悪いので、素通りした。
人々は、”姫”とか”拉致”とか”人質”とか口々に叫んでいた。
ストロベリの町の周りの森は針葉樹だったが、この近辺の森は広葉樹が多い。
森の奥へ入ると、人の立ち入った気配が無くなり、蛇の姿が多くなった。
地上を移動している蛇も多いのだが、枝から枝へと飛び移って移動している姿も見かける様になる。
保護色で木の枝に化けている蛇もおり、僕に魔素の目が無かったら、直ぐに食われていただろう。
弱い敵ならば、蔓が簡単に倒してくれるのだが、十メートル近い大蛇となると少々手に余る。
眠っている時でも蔓の発する警鐘が解るようになり、何度も難を免れた。
互いの感情のシンクロも精度が上がり、戦うか逃げるかの判断もだいぶスムーズになった。
基本的に蔓は好戦的だが、僕は無駄な戦いは避けたいと考えている。
森の中に大きな岩が混じり始め、岩が小規模な岩峰に変って行く。
そして目の前を塞ぐ様に鋭く切り立った峰々が現れ、眼前に立ち塞がった。
普通ならば、とても攀じ登れないような岩壁が聳え立っている。
それでも注意深く、魔素の目も使って観察すると、手掛かりになりそうな突起は何ヵ所も発見できる。
岩壁を登り切る登攀ルートを確認して、蔓に意思を伝える。
蔓が手掛かりへ伸びて行き、僕は蔓を掴んで、岩壁を攀じ登って行く。
手掛かりが崩れても大丈夫なように、手掛かりは必ず二か所確保する。
その手掛かりへ辿り着いたら、次の手掛かりへ蔓が伸びて行く。
上を見上げてこの単純な作業を黙々と繰り返し、少し休める様な岩棚に辿り着いた。
背後を振り返ったら、眼が眩むような遥か下に森の木々の緑色の絨毯が広がり、その遥か彼方に、青いトリトネス河の河口と海が地平に向かって広がっていた。
その中に広がる白い胡麻粒の様な船の帆や微かに見える家々の屋根が、そこで暮らしている人々の息吹を伝えて来る。
魔素の目で眺めて見ると、その一角は夜の星座の様に、人々の放つ光が宝石の様に輝いていた。
岩壁の登り降りを繰り返し、剣の刃の様に痩せた尾根を恐々と這って進んで行くと、魔素の目が、峰々の奥に大きな生物が潜んでいるのを見付けた。
長さ二十メートル程の羽を持った、長さ十メートル程の蛇の様な生き物だった。
その大きな生き物の周りを、人型の光点が一杯囲んでおり、人とその生き物が争っている様だった。
そんな場所へは当然行きたくない。
だいぶ遠回りになるが、僕はその場所を迂回することにした。
五百メートル程一気に下って、六百メートル程の岩壁を攀じ登るハードなルートなのだが、他の選択肢が見当たらなかった。
一気に岩峰を下って、六百メートルの絶壁の登攀ルート捜している時だった。
蛇の様な化け物と争っている人達の光点の中から、小さな子供の様な光点が抜け出し、凄い勢いでこちらに向かって来た。
魔素の目で見ると、風魔法で旋風を身体の回りに作り、落下の勢いを殺しながら、小さな崖を次々に飛び降り続けている様子だった。
そして非常に不味い事に、蛇の様な化け物は、その子供を追い駆けて来て、僕の方へ近づいてくる。
隠れようと周囲の岩陰を捜していたら、子供が予想外のジャンプをして、物凄く迷惑なことに、僕を盾にして背後へ隠れた。
蛇の化け物の咢が、一瞬で迫って来る。
僕は必死で脇に転がって避けた。
習慣とは恐ろしい、子供が少女だったので、明美達の時と同様に、無意識で庇うように脇へ抱えていた。
蛇の化け物が頭から岩壁に突っ込み、その隙に僕は少女を抱えて少女が降りて来た方向、戦力が一番充実している方向の崖を駆け上がった。
勿論蔓のサポート付きだ。
誤算だった、兵士が百人に魔道士が五十人、確かに頭数は揃っていたが、戦力にはならなかった。
数人の治療師を除いて、死んではいないものの、ほぼ全員が半死半生状態で無力化されていた。
「姫!御無事で」
高そうな鎧を着た初老の男性が、辛うじて半身を起して叫ぶ。
「爺!」
これで僕の義務は立派に果たしたと思い、後は自己責任ということで、老人に少女を預けて、僕は岩壁に向かって逃げ出した。
柔らかくてジューシーで新鮮な食い物をちゃんと置いて来たのに、何故か悲しいことに蛇の化け物は不味そうな僕を追い駆けて来た。
蔓の意見も僕の意見も、逃げ出すことで完全に一致していた。
でも、崖を攀じ登っている最中に、背中から蛇にがぶりと噛付かれることも解り切っている。
僕は泣く泣く、足元に落ちている槍を拾い上げた。
僕の身体からは、十五本の蔓が伸びて、それぞれ周囲に落ちている剣や槍やらを拾い上げた。
そして蛇の化け物に向かって、一斉攻撃を開始した。
十五本の槍や剣が、蛇の化け物の羽や尻尾や腹や背中に突き刺さる。
でもこれはフェイントだ。
僕の身体から伸びる蔓の最大数は十六本だ。
最後の一本が蛇の首へ巻き付き、僕を首の上に運ぶ。
僕は手に持った槍を錐のように回転させながら、首の後ろの鱗の間に捻じ込んで行く。
蛇は勿論僕を振り落そうとするが、蔓が僕の身体をしっかり固定してくれているので、なんとか踏ん張れる。
他の蔓たちも攻撃を継続して蛇を攪乱する。
槍の穂先が徐々に沈んで行く、この数週間、女としていないなと思いながら、槍に力を込める。
魔素の目で穂先の方向を確認しながら、穂先が蛇の頚椎の繋ぎ目に突き刺さる。
激痛が走った様で、蛇が硬直する。
頚椎の繋ぎ目を徐々に削り取って行き、穂先がズブリと頚椎の間に入り込む。
そして蛇の化け物は、硬直した後崩れ落ちる様に動きを止めた。
やれやれだ、槍を握っていた手が強張って、なかなか槍から手が離れない。
僕は暫く、蛇の首の上で脱力していた。
そして僕の頭の中に、開花の音が流れた。
「勇者様!」
蛇の首から降りたら、少女が目をキラキラしながら抱き付いて来た。
「勇者殿、姫様をお救い頂き、真に感謝いたします。改めて王から感謝の意を伝えさせて頂きますので、我が国の王城へご同行願いたい」
「いやいや、俺は勇者じゃありませんから。遠慮させて下さい」
「御謙遜を、第三成体の亜竜を御一人で倒せるのは、勇者様以外ありえません。ご同行頂けないとなれば、この白髪首を王へ差し出さねばなりません。是非ともお願いいたします」
少女はフルティア王国の隣国、メトロノ王国の第二王女だった。
魔花の木を身体に宿しており、木の開花の為に、異世界人と同様に魔獣を倒し、魔花の木の成長に必要な栄養素を得る必要があるので、村々から討伐依頼が国に出されていた亜竜退治に出向いて来たらしい。
軍が亜竜を十分痛めつけてから、王女が止めを刺す予定で亜竜退治に出向いて来たそうなのだが、初成体の亜竜との情報が違っており、全滅の憂き目にあったらしい。
取り敢えず、勇者との感違いが解るまで、同行することにした。
討伐成功と人員追加の狼煙が打ち上げられ、山の麓で待機していた荷運びと近隣の村々の農夫達が登って来た。
討伐した亜竜を見て、村人達は大歓声を上げていた。
近隣の村々には相当被害が発生していたらしい。
王女の名前はマルカート、明美と同じ、この世界の十歳だった。
風の魔法に才があり、帰り道も風魔法を使って崖から飛び降りていた。
帰りのルートには、縄や梯子が整備されていたので、僕は兵隊達と同様に縄や梯子を使って降りた。
ーーーーー
メトロノ王国第二王女 マルカート
勇者様と出会いました。
「姫、お逃げ下さい」
爺と近衛隊が身を挺して時間を稼ごうとしましたが、亜竜の尻尾の一撃で、高々と宙に舞っているのが、逃げ出した私の視界の隅に映りました。
竜も亜竜も、魔法力の多い者を好んで食べると言われています、風魔法を駆使して逃げる私を亜竜が追って来ました。
翼渡しが五トール程度の初成体との情報でした、たぶん姉さまの取り巻きや弟のテヌートの取り巻きが誤報を流したのでしょう。
私の魔法力が突出しているので、私を無き者にしたかったのでしょう。
ストロベリに現れた私と同じ歳の勇者様の御噂を、父さまが私にお話になったのが引き金になったのでしょう。
翼渡しが十トールの第三成体、力も知恵も初成体と百倍以上違います。
全員が死を覚悟し、私が生き残ることのみに、望みを託してくれました。
でも三百トールを越える絶壁が目の前に迫った時には、皆の思いに答えられない悔しさに涙が出てしまいました。
その時、崖の前に立つ、リュトルを背負った吟遊詩人の少年の姿が目に入りました。
落ち着いた静かな凛々しい姿勢で立って、私を不思議な、安らぐような眼差しで見つめていました。
私は恋を知りませんが、せめて死ぬ前の最後の望みとして、一人寂しく死ぬのではなく、この少年と一緒に死にたいと思いました。
最後の力を振り絞って飛び、その少年の背中に抱き付き、顔を埋めて死の瞬間を待ちました。
広い背中に心が安らぎ、自分は今幸せだと思いました。
死の瞬間が訪れません、恐る恐る目を開けたら、その人は私を脇に抱えて崖を駆け上っていました。
不思議な魔法です、二十トールは有りそうな崖を、一気に飛び越えるのです。
風魔法の極意に飛翔の法があると聞きます、たぶんこんな魔法なのでしょう。
私を爺に預けると、亜竜を私達から遠ざけてくれました。
たぶん、私よりも優れた魔法力を持っているのでしょう。
勇者様が背負う光輪の様に、槍や剣が次々に宙へと浮かび上がりました。
幼い頃、乳母に読み聞かせて貰った勇者様の伝説が、そのまま目の前で再現されているようでした。
伝説どおりに竜の首に飛び乗り、槍を突き立てています。
伝説の絵のとおりに竜が崩れ落ち、勇者様が静かに佇んでいます。
勇者様です、本物の勇者様です。
そうです、私は幼い頃からずっと勇者様に恋して、ずっと待ち続けて来たのです。
初めて自分の心を理解しました。
「勇者様!」
私は勇者様の腕に飛び込みました。
勇者様の腕が、私を優しく包んでくれました。
私は今、最高に幸せです。
途中で、人々が忙しく動き回っている村を発見したが、邪魔すると悪いので、素通りした。
人々は、”姫”とか”拉致”とか”人質”とか口々に叫んでいた。
ストロベリの町の周りの森は針葉樹だったが、この近辺の森は広葉樹が多い。
森の奥へ入ると、人の立ち入った気配が無くなり、蛇の姿が多くなった。
地上を移動している蛇も多いのだが、枝から枝へと飛び移って移動している姿も見かける様になる。
保護色で木の枝に化けている蛇もおり、僕に魔素の目が無かったら、直ぐに食われていただろう。
弱い敵ならば、蔓が簡単に倒してくれるのだが、十メートル近い大蛇となると少々手に余る。
眠っている時でも蔓の発する警鐘が解るようになり、何度も難を免れた。
互いの感情のシンクロも精度が上がり、戦うか逃げるかの判断もだいぶスムーズになった。
基本的に蔓は好戦的だが、僕は無駄な戦いは避けたいと考えている。
森の中に大きな岩が混じり始め、岩が小規模な岩峰に変って行く。
そして目の前を塞ぐ様に鋭く切り立った峰々が現れ、眼前に立ち塞がった。
普通ならば、とても攀じ登れないような岩壁が聳え立っている。
それでも注意深く、魔素の目も使って観察すると、手掛かりになりそうな突起は何ヵ所も発見できる。
岩壁を登り切る登攀ルートを確認して、蔓に意思を伝える。
蔓が手掛かりへ伸びて行き、僕は蔓を掴んで、岩壁を攀じ登って行く。
手掛かりが崩れても大丈夫なように、手掛かりは必ず二か所確保する。
その手掛かりへ辿り着いたら、次の手掛かりへ蔓が伸びて行く。
上を見上げてこの単純な作業を黙々と繰り返し、少し休める様な岩棚に辿り着いた。
背後を振り返ったら、眼が眩むような遥か下に森の木々の緑色の絨毯が広がり、その遥か彼方に、青いトリトネス河の河口と海が地平に向かって広がっていた。
その中に広がる白い胡麻粒の様な船の帆や微かに見える家々の屋根が、そこで暮らしている人々の息吹を伝えて来る。
魔素の目で眺めて見ると、その一角は夜の星座の様に、人々の放つ光が宝石の様に輝いていた。
岩壁の登り降りを繰り返し、剣の刃の様に痩せた尾根を恐々と這って進んで行くと、魔素の目が、峰々の奥に大きな生物が潜んでいるのを見付けた。
長さ二十メートル程の羽を持った、長さ十メートル程の蛇の様な生き物だった。
その大きな生き物の周りを、人型の光点が一杯囲んでおり、人とその生き物が争っている様だった。
そんな場所へは当然行きたくない。
だいぶ遠回りになるが、僕はその場所を迂回することにした。
五百メートル程一気に下って、六百メートル程の岩壁を攀じ登るハードなルートなのだが、他の選択肢が見当たらなかった。
一気に岩峰を下って、六百メートルの絶壁の登攀ルート捜している時だった。
蛇の様な化け物と争っている人達の光点の中から、小さな子供の様な光点が抜け出し、凄い勢いでこちらに向かって来た。
魔素の目で見ると、風魔法で旋風を身体の回りに作り、落下の勢いを殺しながら、小さな崖を次々に飛び降り続けている様子だった。
そして非常に不味い事に、蛇の様な化け物は、その子供を追い駆けて来て、僕の方へ近づいてくる。
隠れようと周囲の岩陰を捜していたら、子供が予想外のジャンプをして、物凄く迷惑なことに、僕を盾にして背後へ隠れた。
蛇の化け物の咢が、一瞬で迫って来る。
僕は必死で脇に転がって避けた。
習慣とは恐ろしい、子供が少女だったので、明美達の時と同様に、無意識で庇うように脇へ抱えていた。
蛇の化け物が頭から岩壁に突っ込み、その隙に僕は少女を抱えて少女が降りて来た方向、戦力が一番充実している方向の崖を駆け上がった。
勿論蔓のサポート付きだ。
誤算だった、兵士が百人に魔道士が五十人、確かに頭数は揃っていたが、戦力にはならなかった。
数人の治療師を除いて、死んではいないものの、ほぼ全員が半死半生状態で無力化されていた。
「姫!御無事で」
高そうな鎧を着た初老の男性が、辛うじて半身を起して叫ぶ。
「爺!」
これで僕の義務は立派に果たしたと思い、後は自己責任ということで、老人に少女を預けて、僕は岩壁に向かって逃げ出した。
柔らかくてジューシーで新鮮な食い物をちゃんと置いて来たのに、何故か悲しいことに蛇の化け物は不味そうな僕を追い駆けて来た。
蔓の意見も僕の意見も、逃げ出すことで完全に一致していた。
でも、崖を攀じ登っている最中に、背中から蛇にがぶりと噛付かれることも解り切っている。
僕は泣く泣く、足元に落ちている槍を拾い上げた。
僕の身体からは、十五本の蔓が伸びて、それぞれ周囲に落ちている剣や槍やらを拾い上げた。
そして蛇の化け物に向かって、一斉攻撃を開始した。
十五本の槍や剣が、蛇の化け物の羽や尻尾や腹や背中に突き刺さる。
でもこれはフェイントだ。
僕の身体から伸びる蔓の最大数は十六本だ。
最後の一本が蛇の首へ巻き付き、僕を首の上に運ぶ。
僕は手に持った槍を錐のように回転させながら、首の後ろの鱗の間に捻じ込んで行く。
蛇は勿論僕を振り落そうとするが、蔓が僕の身体をしっかり固定してくれているので、なんとか踏ん張れる。
他の蔓たちも攻撃を継続して蛇を攪乱する。
槍の穂先が徐々に沈んで行く、この数週間、女としていないなと思いながら、槍に力を込める。
魔素の目で穂先の方向を確認しながら、穂先が蛇の頚椎の繋ぎ目に突き刺さる。
激痛が走った様で、蛇が硬直する。
頚椎の繋ぎ目を徐々に削り取って行き、穂先がズブリと頚椎の間に入り込む。
そして蛇の化け物は、硬直した後崩れ落ちる様に動きを止めた。
やれやれだ、槍を握っていた手が強張って、なかなか槍から手が離れない。
僕は暫く、蛇の首の上で脱力していた。
そして僕の頭の中に、開花の音が流れた。
「勇者様!」
蛇の首から降りたら、少女が目をキラキラしながら抱き付いて来た。
「勇者殿、姫様をお救い頂き、真に感謝いたします。改めて王から感謝の意を伝えさせて頂きますので、我が国の王城へご同行願いたい」
「いやいや、俺は勇者じゃありませんから。遠慮させて下さい」
「御謙遜を、第三成体の亜竜を御一人で倒せるのは、勇者様以外ありえません。ご同行頂けないとなれば、この白髪首を王へ差し出さねばなりません。是非ともお願いいたします」
少女はフルティア王国の隣国、メトロノ王国の第二王女だった。
魔花の木を身体に宿しており、木の開花の為に、異世界人と同様に魔獣を倒し、魔花の木の成長に必要な栄養素を得る必要があるので、村々から討伐依頼が国に出されていた亜竜退治に出向いて来たらしい。
軍が亜竜を十分痛めつけてから、王女が止めを刺す予定で亜竜退治に出向いて来たそうなのだが、初成体の亜竜との情報が違っており、全滅の憂き目にあったらしい。
取り敢えず、勇者との感違いが解るまで、同行することにした。
討伐成功と人員追加の狼煙が打ち上げられ、山の麓で待機していた荷運びと近隣の村々の農夫達が登って来た。
討伐した亜竜を見て、村人達は大歓声を上げていた。
近隣の村々には相当被害が発生していたらしい。
王女の名前はマルカート、明美と同じ、この世界の十歳だった。
風の魔法に才があり、帰り道も風魔法を使って崖から飛び降りていた。
帰りのルートには、縄や梯子が整備されていたので、僕は兵隊達と同様に縄や梯子を使って降りた。
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メトロノ王国第二王女 マルカート
勇者様と出会いました。
「姫、お逃げ下さい」
爺と近衛隊が身を挺して時間を稼ごうとしましたが、亜竜の尻尾の一撃で、高々と宙に舞っているのが、逃げ出した私の視界の隅に映りました。
竜も亜竜も、魔法力の多い者を好んで食べると言われています、風魔法を駆使して逃げる私を亜竜が追って来ました。
翼渡しが五トール程度の初成体との情報でした、たぶん姉さまの取り巻きや弟のテヌートの取り巻きが誤報を流したのでしょう。
私の魔法力が突出しているので、私を無き者にしたかったのでしょう。
ストロベリに現れた私と同じ歳の勇者様の御噂を、父さまが私にお話になったのが引き金になったのでしょう。
翼渡しが十トールの第三成体、力も知恵も初成体と百倍以上違います。
全員が死を覚悟し、私が生き残ることのみに、望みを託してくれました。
でも三百トールを越える絶壁が目の前に迫った時には、皆の思いに答えられない悔しさに涙が出てしまいました。
その時、崖の前に立つ、リュトルを背負った吟遊詩人の少年の姿が目に入りました。
落ち着いた静かな凛々しい姿勢で立って、私を不思議な、安らぐような眼差しで見つめていました。
私は恋を知りませんが、せめて死ぬ前の最後の望みとして、一人寂しく死ぬのではなく、この少年と一緒に死にたいと思いました。
最後の力を振り絞って飛び、その少年の背中に抱き付き、顔を埋めて死の瞬間を待ちました。
広い背中に心が安らぎ、自分は今幸せだと思いました。
死の瞬間が訪れません、恐る恐る目を開けたら、その人は私を脇に抱えて崖を駆け上っていました。
不思議な魔法です、二十トールは有りそうな崖を、一気に飛び越えるのです。
風魔法の極意に飛翔の法があると聞きます、たぶんこんな魔法なのでしょう。
私を爺に預けると、亜竜を私達から遠ざけてくれました。
たぶん、私よりも優れた魔法力を持っているのでしょう。
勇者様が背負う光輪の様に、槍や剣が次々に宙へと浮かび上がりました。
幼い頃、乳母に読み聞かせて貰った勇者様の伝説が、そのまま目の前で再現されているようでした。
伝説どおりに竜の首に飛び乗り、槍を突き立てています。
伝説の絵のとおりに竜が崩れ落ち、勇者様が静かに佇んでいます。
勇者様です、本物の勇者様です。
そうです、私は幼い頃からずっと勇者様に恋して、ずっと待ち続けて来たのです。
初めて自分の心を理解しました。
「勇者様!」
私は勇者様の腕に飛び込みました。
勇者様の腕が、私を優しく包んでくれました。
私は今、最高に幸せです。
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