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37 辺境伯邸 その2
しおりを挟む来客の出迎えらしきことが終わると、舞踏会場入口の大扉が閉じられた。
年配の大男が婦人の手を取って大扉の前に立つと、大男が僕を引き摺ってその後ろに並ぶ。
両脇に甲冑を着た兵士がずらりと並んだ。
先頭にいた大きな兵士が振り向いて、近づいて来た。
屈み込んで、僕の耳元で囁く。
「嬢ちゃん、命が惜しかったら、中で一言もしゃべるんじゃねーぞ。坊ちゃんの脇で微笑んで相槌だけを打ってろ。逃げたら、これだぞ。判ってるよな」
ウィルが、総隊長と呼んでいた男の声だ、剣の柄に手をかけて、チラリと剣の刃を光らせた。
面貌の奥で、恐ろし気な目が光る。
僕は一生懸命頷くしか無かった。
ーーーーー
時間は少し遡る。
夜明け前のトリデニア辺境伯邸の使用人口から、三人の侍女が裏門へと向かった。
「お嬢様のお菓子の買い出しへ行ってきます」
「うむご苦労。また癇癪を起したのか。朝から大変だな、良し通れ」
裏門を抜けた侍女達は、暫く歩いた後、周囲を見回してから脇道へ駆け込む。
そこには、数人の騎馬兵に囲まれた馬車が待っていた。
馬車は、まだ薄暗い貴族街の中をゆっくりと走り出す。
「お嬢様、宜しかったのですか。結納金も受け取られておりますし、お父上のお立場が悪くなりますよ」
「いいのよ、だってあんな大猿なんて聞いて無いもん。幾ら私が行き遅れてるからって酷過ぎるわ。それにあの婆も気に食わないし」
「・・・・辺境伯様は、今日のお披露目を広く周知されていましたよ。お嬢様が居なくなったと知れたら」
「ふん、いい気味よ、田舎者には良い勉強になったでしょ。そう、授業よ、授業。感謝して欲しいぐらいだわ」
「・・・」
「結納金は、授業料として貰っておきましょ。ちょうど、欲しいネックレスがあるの」
「・・・」
ーーーーー
大扉が開き、兵士達と一緒に年配の大男が歩き出した。
遅れたら、剣でバッサリ切られると思い、僕も必死に後を付いて行く。
万雷の拍手の中、正面の少し高くなっている場所へ、ゆっくりと向かう。
豪華な椅子が四脚並べられており、その一番左端に座らされた。
年配の大男が立ち上がり、両手を大きく広げる。
すると、会場内が静まり返った。
「勝利の女神アプローゼに感謝を。皆の衆、よくぞ我が家の祝宴に集まってくれた、礼を言う。先の文にも書いたが、此度の戦の女神エンペローブが祝福し良き日に、我が愚息が伴侶を得た。他国の令嬢故、まだ我が国の言葉には拙い。礼を欠くと思うが勘弁してくれ。今日は、目出度き日だ、皆も存分に楽しんで欲しい」
『おー』
会場を揺るがす様な鬨の声が上がり、宴が始まった。
薄々感じていたのだが、やっぱり年配の大男が辺境伯で、大男が息子だったらしい。
何故そうなったか判らないが、僕は大男の嫁という立場らしい。
もし僕が男と判ったら、あの総隊長さんに首をちょん切られてしまう。
客人達が挨拶に来るので、暫く引き攣った笑顔を浮かべて、飛蝗の様に頭を下げる。
それが終わると、息子が僕の手を引いて会場を巡り始めた。
逃げるチャンスを伺ったが、大きな手で僕の腕をしっかり握られているし、しかもあの総隊長さんが後ろをしっかりと付いてくる。
息子の友人達なのだろうか、ごつい顔の大男達に囲まれた。
大男達の肉壁に囲まれると、威圧感が半端無い。
僕に言葉が通じないと思っているのだろうか、欲望にギラギラ光る眼を僕に向けながら、物凄く卑猥な話をして、息子の肩を叩きながら馬鹿笑いをしている。
そう、山賊の中に放り込まれた感じだ、女性達が敬遠するのも頷ける。
舞踏会に参加した女性達とメイド達が、この集団を恐々と見ている。
楽団が音楽を奏で初め、やっと解放された。
複数ある扉の前には、しっかり兵士が配備されている。
僕の動きを見ながら、総隊長さんが退路を塞ぐ位置に移動している。
息子とダンスを踊りながらチャンスを伺ったが、隙がなかった。
取り敢えず逃走は諦め、ダンスに専念することにした。
息子の歩幅が広いので、間にリズムを入れて二歩動かなければならなかった。
それでも息子は武術で鍛えているのだろうかの、一つ一つの動きに切れがある。
折角タナスに教わったダンスなので、楽しんでみることにした。
会場の注目を浴びている、注目を浴びるのは好きなので、複雑なステップを踏んでみる。
踊り終わったら、万雷の拍手を浴びた。
息子はずっと僕の手を放さなかった。
ダンスの誘いに来た男を威嚇して追い返すので、結局、息子と十曲以上踊ることになった。
アリスが、殺気の籠った目で僕をずっと睨んでいた。
客を見送り宴が終わっても、総隊長さんは隙を見せなかった。
そのままずるずると辺境伯家の私室へ連れて行かれ、一緒に食事をさせられた。
美味しい食事が終わり、お茶をゆっくりと楽しんでいたら、アリスが突然口を開いた。
「この女は、兄さまに相応しいとは思えません。顔に騙されては駄目です」
両親の前では、アリスの口調が変わるらしい。
僕もアリスの意見には大賛成だ。
「あら、あの馬鹿女よりは全然良いわよ。ダンスには日頃の心構えが現れるものよ。あの女は、一つ一つの動作がだらしなかった、居なくなって清々したわ」
「ならば、屋敷を一週間囲む程度で勘弁してやるか」
ギャング?暴力団?
「ライアスもこの子の方が良いでしょ」
息子は、ライアスと言う名前らしい、初めて知った。
「ああ、此奴となら、上手くやって行けそうな気がする」
それはきっと勘違いだ。
「なら決まりね。ええと、お名前は」
急いで振り向いて、後ろの総隊長を確認する。
首を縦に振っている、しゃべって良いと言うことらしい。
「フィラです」
ーーーーー
ライアスは僕を小脇に抱えて寝室に直行した。
ベットの上に僕を投げ出すと、伸し掛って来た。
目が血走っておっかない。
ファラ師匠の薄い本だと、このまま痔になりそうな展開になるのだが、今は男とばれた時点で、ライアスの大きな手で首を捥がれるだろう。
でも総隊長が扉の外で控えている、やっと巡って来たチャンスだ。
布団を捲ってライアスの視界を塞ぎ、身体を滑らせ股間を潜る。
そのまま、足にオーラを纏って、首の後ろを蹴り上げる。
念のため、顔を布団に押し付け、オーラを纏った手刀を二発ほど入れておく。
完全に沈黙した。
僕はドレスのスカートの裏側に縫い付けてあった風符を起動すると、旋風を足に纏い、窓を開けて庭園の木に飛び移り、そのまま木々を伝って逃走した。
次の日の明け方、やつれた顔のウィルが僕の部屋を訪れた。
「すまんユーリ、フィラの居場所を教えてくれ」
後ろには、殺気だった男が三人立っていた。
ウィルと同じような顔をしているので、たぶん兄さん達なのだろう。
思っていたよりも、僕の逃走に気が付くのが遅かったようだ。
四人を部屋の中に招き入れる。
「お茶でも飲む」
「いい、早く教えろ」
「フィラは昨夜の最終便で旅に出たよ」
「えっ、何処へ行った」
「何か、トリデニアが気に入ったみたいで、トリデニアに行ってみるって言ってたよ。好きな人でも出来たのかな、昨日舞踏会で何かあったの」
ウィルの兄さん達の顔が急に明るくなった。
同じ嘘なら、人を明るい気持ちにさせる方が良い。
「あっ、でも彼女、エルファデア国のお嬢様でエルフの血を引いてるから気まぐれなんだ。心当たりの人が居たら、急いで追い駆けた方が良いって言っといて」
ーーーーー
この日、学院内は何故かざわついていた。
その理由は、昼飯時に判明した。
「今日の明け方、ライアス様、あっ、トリデニア辺境伯の御子息よ、五千の騎兵と一緒に血相を変えて屋敷を発たれたらしいの。この情報がタリテニア国にも伝わって、必死で兵を国境に集めているらしいし、もちろん、ヤカタニアも動き始めてるわ。だから、食料と治癒符の値段が、もう朝の倍になってるんだって」
うん、僕の所為じゃない、絶対に僕の所為じゃない。
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