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19 もう帰ってよいぞ、単に憂さを晴らしたかっただけじゃ
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急いでクッスラに逃げ帰る準備をするために宿に戻った。
橇を降りて御者に運賃を払い、宿の前の雪の階段を慎重に降りると、主人が入り口で俺の帰りを待っていた。
玄関ロビーに入ると、直ぐに主人は帳場の奥の事務室に飛んでいった。
帳場の前の応接セットで待つこと暫し、主人が恭しく黒い箱を捧げ持って来た。
主人がテーブルの上に箱を置く、蓋には金箔で竜の紋章が刻まれており、そう、王家の紋章、王家からの書類だった。
箱を開けると、花やら草やらの図柄が縁で踊っている飾り文字が書かれた厚手の紙が入っていた。
内容は祝宴への招待状だった、王様直々の。
これは不味い、物凄く不味い、この招待に応じないで逃げれば、平民の俺はたぶん打ち首だ。
カラスちゃんが騒いでいるのとレベルが違う。
逃げられない、膝から力が抜けてへたり込んでしまった。
「ミノスどうした」
婆さんが心配そうな顔を俺を覗きこんだ。
婆さんに経緯を白状した、ミーナも婆さんも呆れた顔で俺を見つめている。
「お婆ちゃん、私お兄ちゃんと縁切った方が良いかしら」
「まったく王族に喧嘩売るなんぞ、大馬鹿もいいところだ。だが運が良かったな、この招待状が有ればカラスの嬢ちゃんには首は切れん。それにお前は宰相の両親の命の恩人じゃ、宰相家に頼れば王族でも手は出せん。それだけ宰相家は強いんじゃ安心せい。運の良い奴じゃ、本来そんな真似をすれば打ち首じゃぞ」
「そーなんだ、あははは。お兄ちゃんさっきのは冗談だからね」
確かに魔道書の先生がカラスちゃんは出来の悪い生徒だとは言っていた、相当しごかれたらしい。
でも二度目の筈だからそれほど恨みを買うとは思っていなかった。
「あのなミノス、二度目は訓練内容もアップするって知ってたか」
げげ、なんか恨みの度合いが深そうだ。
顔を合わせない様にしよう、なんか気が重い。
「身から出た錆でしょお兄ちゃん、頑張ってね」
「ミーナ、悪いがこの招待状だがなペアでの招待じゃ。急いでミノスにダンスを教われ」
”ガツン”
「お兄ちゃんの馬鹿」
祝宴に向かうため、俺達は部屋で着替えている。
着る物を急いで誂えた、俺が峠で助けた人達の中に仕立ての職人が混じっていたので、大喜びで作ってくれた。
俺は青と白を基調とした薄手のシャツに海老茶のベスト、胴回りを絞って贅肉の無い若い身体を強調する。
軍服調のシンプルな黒い服の正面に、薄紅色の花びらが右肩から左脇に流れ散るように染め抜いてある。
うん、ミノスは見た目は良いのだ、性格が残念だっただけで。
だからなかなか似合っている。
ミーナは白のシンプルな裾の広がったドレス。
色とりどりの花びらが身体の周りで螺旋を描いて舞い散るように染め抜かれている。
紫の髪飾りが赤い髪に良く似合っている。
婆さんも一緒に同行する、青竜騎士団の招待者として潜り込んでくれた。
婆さんの格好は省略する、たぶん聞いても面白くないだろう。
橇を呼んで会場へ向かう。
会場は王宮に隣接して作られている舞踏広場だ。
屋外だが、光魔法の魔法隊が光球を夜空に浮かべ、火魔法の魔法隊が会場全体を暖めており、星空を見上げながら食事やダンスが楽しめる特上の贅沢な会場だ。
橇を降りて会場へ向かう、会場周辺の雪は全て溶かしており、執事が到着者の名前と招待主を入口でアナウンスし、客を皆の視線を浴びながら会場まで雪の階段を降りる趣向だった。
他国からの出席者の名が次々に紹介される。
会場から驚きの声が上がっている、大物の軍人が多いと婆さんが教えてくれた。
この国の疲弊状況でも調べに来たのだろうか。
貴族達の名も次々紹介されて行く。
「ミノス、ミーナご夫妻、王様ご招待」
うん、俺達夫婦だったんだ、後でミーナに良く言い聞かせねば。
当事者である騎士団長達の名が呼ばれ、最後にカラスちゃんと王様夫婦が会場に現れた。
カラスちゃんはフリルの一杯付いた真っ赤なドレスだった。
会場を見回し、俺と目が合うと、もの凄い邪悪な笑みを浮かべていた。
王の挨拶と乾杯が終わると椅子とテーブルと料理が運び込まれ、客は自由に歓談を始める。
シロップ、サクラ夫婦の元へ挨拶に行くと、ヒヤシンスさんとカスミさんも居た。
知った顔を見てミーナも安心したようだった。
「ミノスよ、幾ら私でも首と胴が離れたら直せないぞ。首半分くらいに負けて貰え」
噂は広がっている様だ、まだカラスちゃんは時々”打ち首”と呟いてニヤリと笑うらしい。
でも首半分も嫌です。
婆さんとヒヤシンスさんが噂話をしている。
「リンちゃん、カルケア国には竜が現れたそうよ。将軍さんがさっき話してたの。戦闘になる前に消えたんで助かったらしいの」
「そりゃ不気味な話じゃな。世界樹の異変じゃなきゃ良いがの」
俺が結界を張った森の最奥には巨大な世界樹と呼ばれる樹がある。
高さ数キロにも及び、天気の良い日には王都の高所から微かに遠望できる。
竜の巣があると言われている。
強力な魔獣が跋扈する地なので確かめた者はいないそうだ。
宰相の御両親も招かれていた。
ミーナと二人で挨拶に伺う。
ミーナも面識のある相手なので楽しそうに話している。
「おい打ち首、何故貴様がお婆さまと気安く話してるんだ」
背後に真っ赤なドレスをバサバサさせてカラスが立っていた。
「あらカラスちゃん、ご紹介するわ。こちらミノスさんとミーナさん。ミノスさんは私達の命の恩人なの」
カラスちゃんはしばらく唖然としていたが、徐々にもの凄く悔しそうな顔に変わって行く。
「お兄ちゃん、こちらがカラスさんなの」
「ああ、そうだ。カラス姫だ」
ミーナがカラスちゃんに何か耳打ちしている、俺の方をちらちら見ながら。
ミーナが一回頷くと。
”ゴチン”
脳天に激痛が走る。
「なるほど」
”ガチン”
こいつ何しやがる。
「ねっ、すっきりするでしょ」
「うむ、胸の遣えが降りた気がする」
”ガチン”
”ゴチン”
此奴等人の頭を面白がって。
なんとか振り切って逃げ出す。
腰を落ち着けて美しく飾り付けられた料理に手を出す、優雅に素早く人の目を意識しながら。
周囲の着飾った女性にユーモアを混ぜた賛辞を送って愛想を振りまく。
「君がミノスか」
背後から声を掛けられた、振り向くと女性を一杯引き連れた美男子、黒竜騎士団長ナリスだった。
白い長髪を無造作に後ろで束ね、全身黒い衣装に身を包んでいる。
長身で鍛えられて引き締まった身体が服の上からでも判る。
中性的な整った顔、うん、男の敵だ。
俺の周辺の女性達は目がハートになっている。
「はい」
「以外だな、粗野な大男を想像していた。大木槌を持って走り回っていたと聞いていたのでな」
「はははは、持って走ったのは魔法杭と梯子ですよ。皆さん人使いが荒くて」
「なるほど、重よりも軽が勝ったのだろうな。私も君を呼ぶべきだったよ。最初の戦闘で死者が結構出てね、それで引っ込みが付かなくなってしまった。君を呼んだ時点で犬死だったと言われてしまうからね。私は指揮官失格だよ。団の規律を保つ為と自分に言い聞かせて更に犠牲を出してしまった」
「結果論ですよ。時の女神が先見の鏡を貸してくれれば話は楽なのですがね。私が行っても同じ様な犠牲は出ていたかもしれませんし、時の女神の采配を我々人が伺い知ることは叶いません」
「ありがとう、少し気が楽になった。カラスのお気楽な様子を見て少し自責していたんだ。ところでさっきカラスと話していたようだが打ち首は大丈夫だったのかい」
「はい、代替えがすごく気に入られたようでして」
「それは良かった。ならば踊るか、俺と」
「えっ、男同士でですか」
ナリスが懐から髪の毛を束ねた物を取り出す。
色とりどりの髪が混じっている。
「遺髪だ、踊り方を知らないのか」
「いえ、知ってます」
「じゃあ踊ろう」
「了解です」
中央のダンススペースに入って行く。
多くの男女が楽しそうに踊りを楽しんでいる。
その中に分け入る俺達の姿を見て、手を叩いて喜んでいる娘が大勢いる。
会場に中央にナリスが遺髪を置く。
その遺髪を中に俺とナリスが向かい合って蹲踞の姿勢をとる。
俺達に気付いた者達が徐々にダンスを止めて行く。
俺達に気付いた楽団が音楽を中止し、会場が静まり返り全ての視線が俺達に集中する。
そして大太鼓が単調なリズムを刻み始めた。
太鼓のリズムに合わせて、両拳を天に振り上げ一気に立ち上がる。
戦いの場で死んだ者を弔う踊りである、俺はギルドの野犬討伐の時に経験している。
本来は薪で燃やす死者を中に置いて行われる。
踊りに誘われた時には絶対に断わってはいけない。
右手で力瘤を作り、左手で力瘤を作る。
両拳を天に突き上げ天を仰ぎ、拳を突き上げたまま地を覗き込む。
そして胸の前で拳を合わせて蹲踞の姿勢に戻る。
単純で粗野な、どんな男でも覚えられる簡単な踊りである、だが全身全霊を込めて踊らねばならない。
五回同じ動作を繰り返した後に王と青竜騎士団長が飛び込んで踊りに加わった。
更に五回、宰相と貴族院議長が加わり、次の五回目で赤竜騎士団副長と白竜騎士団隊長が加わる。
男の踊りである、カラスちゃんとサクラさんは遠巻きで悔しそうに見ている。
そして次々に踊りの輪が広がって行き、単純な太鼓の音が夜更けまで響き渡った。
翌日カラスちゃんに呼び出された。
”ガツン”
執務室に入るといきなり脳天を殴られた、この野郎、ん、女郎。
「くそ、ナリスに美味しいところ持って行かれた。あやつは計算ずくじゃ、なんで貴様が誘われたか判るか」
「いいえ、たまたまじゃ」
”ガツン”
「今回の一番の功労者は誰じゃ」
「はて?」
”ガツン”
「貴様に決まっておろうが、外国の連中も皆知っとる。じゃから誘ったんじゃ。王家じゃなくて貴様が功労者じゃとな」
”ガツン”
「しかも父上は誉めておった。あの踊りは弔いとともに戦う意志を表すそうじゃ。諸外国への牽制になるとな。あん畜生点数稼ぎおって」
”ガツン”
「もう帰ってよいぞ、単に憂さを晴らしたかっただけじゃ」
このやろう、思わず書棚の魔道書を探してしまった。
”ガツン”
「貴様、どこを見た、どこを」
やっと帰れることになった。
このところの結界の手伝いや峠で助けた人達からのお礼で懐は暖かい。
なので。
「ミーナ、温泉に寄ってから帰るか」
「うん、いいよ」
婆さんは留守にしていた治療院が心配な様子で、朝すぐに帰った。
久々のミーナと俺の二人きりだ、一週間くらい温泉でゆっくり過ごすつもりだ。
王都に近い古代遺跡の採掘場の中にお湯の湧き出る場所が有り、大きな温泉街となっているそうだ。
冬場のこの時期は、王都の貴族達の保養所となっているため、予約を取ることすら難しい。
だが、今年は魔獣騒ぎの余波で高級宿ですら空き室が相当残っていた。
「ミーナ、俺達夫婦だったよな」
「えーと、うん」
良し、良し、良し、俺は小さく拳を握った。
離れの、露天風呂付きの部屋を予約したのだ。
天気も良い、資材運搬の賑わいが戻った街道を橇に揺られて温泉街へと向かった。
橇を降りて御者に運賃を払い、宿の前の雪の階段を慎重に降りると、主人が入り口で俺の帰りを待っていた。
玄関ロビーに入ると、直ぐに主人は帳場の奥の事務室に飛んでいった。
帳場の前の応接セットで待つこと暫し、主人が恭しく黒い箱を捧げ持って来た。
主人がテーブルの上に箱を置く、蓋には金箔で竜の紋章が刻まれており、そう、王家の紋章、王家からの書類だった。
箱を開けると、花やら草やらの図柄が縁で踊っている飾り文字が書かれた厚手の紙が入っていた。
内容は祝宴への招待状だった、王様直々の。
これは不味い、物凄く不味い、この招待に応じないで逃げれば、平民の俺はたぶん打ち首だ。
カラスちゃんが騒いでいるのとレベルが違う。
逃げられない、膝から力が抜けてへたり込んでしまった。
「ミノスどうした」
婆さんが心配そうな顔を俺を覗きこんだ。
婆さんに経緯を白状した、ミーナも婆さんも呆れた顔で俺を見つめている。
「お婆ちゃん、私お兄ちゃんと縁切った方が良いかしら」
「まったく王族に喧嘩売るなんぞ、大馬鹿もいいところだ。だが運が良かったな、この招待状が有ればカラスの嬢ちゃんには首は切れん。それにお前は宰相の両親の命の恩人じゃ、宰相家に頼れば王族でも手は出せん。それだけ宰相家は強いんじゃ安心せい。運の良い奴じゃ、本来そんな真似をすれば打ち首じゃぞ」
「そーなんだ、あははは。お兄ちゃんさっきのは冗談だからね」
確かに魔道書の先生がカラスちゃんは出来の悪い生徒だとは言っていた、相当しごかれたらしい。
でも二度目の筈だからそれほど恨みを買うとは思っていなかった。
「あのなミノス、二度目は訓練内容もアップするって知ってたか」
げげ、なんか恨みの度合いが深そうだ。
顔を合わせない様にしよう、なんか気が重い。
「身から出た錆でしょお兄ちゃん、頑張ってね」
「ミーナ、悪いがこの招待状だがなペアでの招待じゃ。急いでミノスにダンスを教われ」
”ガツン”
「お兄ちゃんの馬鹿」
祝宴に向かうため、俺達は部屋で着替えている。
着る物を急いで誂えた、俺が峠で助けた人達の中に仕立ての職人が混じっていたので、大喜びで作ってくれた。
俺は青と白を基調とした薄手のシャツに海老茶のベスト、胴回りを絞って贅肉の無い若い身体を強調する。
軍服調のシンプルな黒い服の正面に、薄紅色の花びらが右肩から左脇に流れ散るように染め抜いてある。
うん、ミノスは見た目は良いのだ、性格が残念だっただけで。
だからなかなか似合っている。
ミーナは白のシンプルな裾の広がったドレス。
色とりどりの花びらが身体の周りで螺旋を描いて舞い散るように染め抜かれている。
紫の髪飾りが赤い髪に良く似合っている。
婆さんも一緒に同行する、青竜騎士団の招待者として潜り込んでくれた。
婆さんの格好は省略する、たぶん聞いても面白くないだろう。
橇を呼んで会場へ向かう。
会場は王宮に隣接して作られている舞踏広場だ。
屋外だが、光魔法の魔法隊が光球を夜空に浮かべ、火魔法の魔法隊が会場全体を暖めており、星空を見上げながら食事やダンスが楽しめる特上の贅沢な会場だ。
橇を降りて会場へ向かう、会場周辺の雪は全て溶かしており、執事が到着者の名前と招待主を入口でアナウンスし、客を皆の視線を浴びながら会場まで雪の階段を降りる趣向だった。
他国からの出席者の名が次々に紹介される。
会場から驚きの声が上がっている、大物の軍人が多いと婆さんが教えてくれた。
この国の疲弊状況でも調べに来たのだろうか。
貴族達の名も次々紹介されて行く。
「ミノス、ミーナご夫妻、王様ご招待」
うん、俺達夫婦だったんだ、後でミーナに良く言い聞かせねば。
当事者である騎士団長達の名が呼ばれ、最後にカラスちゃんと王様夫婦が会場に現れた。
カラスちゃんはフリルの一杯付いた真っ赤なドレスだった。
会場を見回し、俺と目が合うと、もの凄い邪悪な笑みを浮かべていた。
王の挨拶と乾杯が終わると椅子とテーブルと料理が運び込まれ、客は自由に歓談を始める。
シロップ、サクラ夫婦の元へ挨拶に行くと、ヒヤシンスさんとカスミさんも居た。
知った顔を見てミーナも安心したようだった。
「ミノスよ、幾ら私でも首と胴が離れたら直せないぞ。首半分くらいに負けて貰え」
噂は広がっている様だ、まだカラスちゃんは時々”打ち首”と呟いてニヤリと笑うらしい。
でも首半分も嫌です。
婆さんとヒヤシンスさんが噂話をしている。
「リンちゃん、カルケア国には竜が現れたそうよ。将軍さんがさっき話してたの。戦闘になる前に消えたんで助かったらしいの」
「そりゃ不気味な話じゃな。世界樹の異変じゃなきゃ良いがの」
俺が結界を張った森の最奥には巨大な世界樹と呼ばれる樹がある。
高さ数キロにも及び、天気の良い日には王都の高所から微かに遠望できる。
竜の巣があると言われている。
強力な魔獣が跋扈する地なので確かめた者はいないそうだ。
宰相の御両親も招かれていた。
ミーナと二人で挨拶に伺う。
ミーナも面識のある相手なので楽しそうに話している。
「おい打ち首、何故貴様がお婆さまと気安く話してるんだ」
背後に真っ赤なドレスをバサバサさせてカラスが立っていた。
「あらカラスちゃん、ご紹介するわ。こちらミノスさんとミーナさん。ミノスさんは私達の命の恩人なの」
カラスちゃんはしばらく唖然としていたが、徐々にもの凄く悔しそうな顔に変わって行く。
「お兄ちゃん、こちらがカラスさんなの」
「ああ、そうだ。カラス姫だ」
ミーナがカラスちゃんに何か耳打ちしている、俺の方をちらちら見ながら。
ミーナが一回頷くと。
”ゴチン”
脳天に激痛が走る。
「なるほど」
”ガチン”
こいつ何しやがる。
「ねっ、すっきりするでしょ」
「うむ、胸の遣えが降りた気がする」
”ガチン”
”ゴチン”
此奴等人の頭を面白がって。
なんとか振り切って逃げ出す。
腰を落ち着けて美しく飾り付けられた料理に手を出す、優雅に素早く人の目を意識しながら。
周囲の着飾った女性にユーモアを混ぜた賛辞を送って愛想を振りまく。
「君がミノスか」
背後から声を掛けられた、振り向くと女性を一杯引き連れた美男子、黒竜騎士団長ナリスだった。
白い長髪を無造作に後ろで束ね、全身黒い衣装に身を包んでいる。
長身で鍛えられて引き締まった身体が服の上からでも判る。
中性的な整った顔、うん、男の敵だ。
俺の周辺の女性達は目がハートになっている。
「はい」
「以外だな、粗野な大男を想像していた。大木槌を持って走り回っていたと聞いていたのでな」
「はははは、持って走ったのは魔法杭と梯子ですよ。皆さん人使いが荒くて」
「なるほど、重よりも軽が勝ったのだろうな。私も君を呼ぶべきだったよ。最初の戦闘で死者が結構出てね、それで引っ込みが付かなくなってしまった。君を呼んだ時点で犬死だったと言われてしまうからね。私は指揮官失格だよ。団の規律を保つ為と自分に言い聞かせて更に犠牲を出してしまった」
「結果論ですよ。時の女神が先見の鏡を貸してくれれば話は楽なのですがね。私が行っても同じ様な犠牲は出ていたかもしれませんし、時の女神の采配を我々人が伺い知ることは叶いません」
「ありがとう、少し気が楽になった。カラスのお気楽な様子を見て少し自責していたんだ。ところでさっきカラスと話していたようだが打ち首は大丈夫だったのかい」
「はい、代替えがすごく気に入られたようでして」
「それは良かった。ならば踊るか、俺と」
「えっ、男同士でですか」
ナリスが懐から髪の毛を束ねた物を取り出す。
色とりどりの髪が混じっている。
「遺髪だ、踊り方を知らないのか」
「いえ、知ってます」
「じゃあ踊ろう」
「了解です」
中央のダンススペースに入って行く。
多くの男女が楽しそうに踊りを楽しんでいる。
その中に分け入る俺達の姿を見て、手を叩いて喜んでいる娘が大勢いる。
会場に中央にナリスが遺髪を置く。
その遺髪を中に俺とナリスが向かい合って蹲踞の姿勢をとる。
俺達に気付いた者達が徐々にダンスを止めて行く。
俺達に気付いた楽団が音楽を中止し、会場が静まり返り全ての視線が俺達に集中する。
そして大太鼓が単調なリズムを刻み始めた。
太鼓のリズムに合わせて、両拳を天に振り上げ一気に立ち上がる。
戦いの場で死んだ者を弔う踊りである、俺はギルドの野犬討伐の時に経験している。
本来は薪で燃やす死者を中に置いて行われる。
踊りに誘われた時には絶対に断わってはいけない。
右手で力瘤を作り、左手で力瘤を作る。
両拳を天に突き上げ天を仰ぎ、拳を突き上げたまま地を覗き込む。
そして胸の前で拳を合わせて蹲踞の姿勢に戻る。
単純で粗野な、どんな男でも覚えられる簡単な踊りである、だが全身全霊を込めて踊らねばならない。
五回同じ動作を繰り返した後に王と青竜騎士団長が飛び込んで踊りに加わった。
更に五回、宰相と貴族院議長が加わり、次の五回目で赤竜騎士団副長と白竜騎士団隊長が加わる。
男の踊りである、カラスちゃんとサクラさんは遠巻きで悔しそうに見ている。
そして次々に踊りの輪が広がって行き、単純な太鼓の音が夜更けまで響き渡った。
翌日カラスちゃんに呼び出された。
”ガツン”
執務室に入るといきなり脳天を殴られた、この野郎、ん、女郎。
「くそ、ナリスに美味しいところ持って行かれた。あやつは計算ずくじゃ、なんで貴様が誘われたか判るか」
「いいえ、たまたまじゃ」
”ガツン”
「今回の一番の功労者は誰じゃ」
「はて?」
”ガツン”
「貴様に決まっておろうが、外国の連中も皆知っとる。じゃから誘ったんじゃ。王家じゃなくて貴様が功労者じゃとな」
”ガツン”
「しかも父上は誉めておった。あの踊りは弔いとともに戦う意志を表すそうじゃ。諸外国への牽制になるとな。あん畜生点数稼ぎおって」
”ガツン”
「もう帰ってよいぞ、単に憂さを晴らしたかっただけじゃ」
このやろう、思わず書棚の魔道書を探してしまった。
”ガツン”
「貴様、どこを見た、どこを」
やっと帰れることになった。
このところの結界の手伝いや峠で助けた人達からのお礼で懐は暖かい。
なので。
「ミーナ、温泉に寄ってから帰るか」
「うん、いいよ」
婆さんは留守にしていた治療院が心配な様子で、朝すぐに帰った。
久々のミーナと俺の二人きりだ、一週間くらい温泉でゆっくり過ごすつもりだ。
王都に近い古代遺跡の採掘場の中にお湯の湧き出る場所が有り、大きな温泉街となっているそうだ。
冬場のこの時期は、王都の貴族達の保養所となっているため、予約を取ることすら難しい。
だが、今年は魔獣騒ぎの余波で高級宿ですら空き室が相当残っていた。
「ミーナ、俺達夫婦だったよな」
「えーと、うん」
良し、良し、良し、俺は小さく拳を握った。
離れの、露天風呂付きの部屋を予約したのだ。
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