お兄ちゃん、馬鹿な事言わないでよ -妹付き異世界漫遊記ー

切粉立方体

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18 人間は日々成長するもんだ

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怖かった、礼儀作法の先生は暗視の蜘蛛よりずっと怖かった。
鞭は、打たれ強い俺が悶絶するくらい痛かった。
それでも不思議なことに俺は出来の良い生徒だったらしく、直ぐに鞭打たれることも少なくなった。

礼に始まり礼で終わる、剣道で礼儀の基礎は出来ていたらしい。
それに礼儀作法の訓練と言ってもベースは筋力と体力だ。
大木槌を持って走り回っていた俺は両方備えている。

身分に応じたカリキュラムが用意されているようで、俺は執事育成コースの様な感じで訓練を受けた。
作法一般やダンスは勿論だが、調理や女性の口説き方などの面白い内容も有った。
四年で訓練を終え、名残を惜しみながら先生に頭を下げてその世界から退出した。

「良し、離せ」

勿論、お茶はまだ暖かった。
理不尽な扱いに、目の前の餓鬼に殴り掛かりたい衝動に駆られたが、気持ちを落ち着けて優雅にお茶を頂いた。
先生に教えて頂いた常識で、王族を殴ったら打ち首であることは十分に理解している。

「それではカラスお嬢様、私はこれでおいとまさせて頂きます。私の様な粗野な者にこのような貴重な体験をさせて頂けたこと、深く感謝いたします」
「そーじゃろー、貴様良く判っておる。これは貴重でありがたい体験なのじゃからな感謝されて当然だ」

片膝を突いてふんぞり返っているカラスちゃんの右手を取って軽く唇を寄せて感謝と恭順の意を示す。
そしてその右手を軽く、脇のテーブルの上の魔道書に添えた。
そう、先生がカラスちゃんに会いたがっていた。
出来の悪い生徒だったらしく、先生が心配されていたのだ。

深く頭を下げてからゆうがな足取りで部屋を出る。
そして一目散に逃げ出した。
背後から廊下を伝って怒号が響き渡って来た。

宿に帰る、帰ると言っても俺は荷物を置いたっきり、十日間一度もここには泊まっていない。

「ただいまー」

ミーナが怖い顔をしている、何か怒っているようだ。
十日も放置されたことに怒っているのだろうか。
せっかく得たスキルだ、多少活用してみるか。

「ミーナ、そんな顔したらイリス湖の水面に映る月の女神ニーナの様な綺麗な顔が台無しだよ、笑ってごらん。僕だってニーナ様が月輪を駆って夜の星空をお通りになる度に君のことを思い浮かべて涙でカルスの大海を作っていたんだ。会いたかったよミーナ、さあ笑ってごらん、君の笑顔はケルタナスの花園に咲くアマリリアの花より美しいんだから」

”ゴガン”

拳が飛んできた。

「お兄ちゃん、馬鹿な事言わないでよ。大変だったんだから。恥ずかしい台詞並べて気色悪い。脳味噌オーガに食べられちゃったの」
「そうじゃわい、もっともその腐った脳味噌食ったらオーガが腹壊すがな。お前、峠の事、私等に何も言わなかっただろ。大変だったんだぞ、訳の分からん内に泣きながら礼を言う奴に囲まれて」
「みんな勝手にお金を置いていくわ、物を置いて行くわで変な宗教の勧誘か詐欺かと思って心配したんだからね」

うん、部屋の中に何か荷物が増えている。

「じゃ、出発するぞ」

えっ、俺まだ部屋の中三歩歩いただけなんですが。

「お前が助けた連中の中にな、宰相のご両親が居たんじゃよ。あれから毎日礼を言いにここへいらっしゃってる。申し訳ないからこれからお伺いするぞ」

通りで辻そりを雇う。
商店街から住宅街に入り、やがて大きな家が増えて来る。
門の前に守衛が立っている屋敷が増え始め、立派な門の前でそりが止まった。
婆さんが守衛に何か指示している、門が開かれそりが中に入る。
うん、中にお城みたいな建物が立っている。
玄関までずいぶん遠い気がする、ここは本当に王都の中なのだろうか。

大勢の執事さんやメイドさんが並んで頭を下げている。
うん、今なら判る、この人たちのお辞儀はスキルが高い。
婆さんは落ち着いているが、ミーナはびびりまくっている。

広い応接間に通された、ここはこの屋敷の最上の応接間なのだろう、壁に掛かった絵や天井や壁の装飾も見事だし、絨毯や家具も品の良い高級品揃いだ。
重厚なソファーに腰を下ろす。
王の執務室のソファーと良い勝負だ。
うん、今ならそれぞれの価値がしっかりと判る。
婆さんは落ち着いているが、ミーナは泣きそうだ。

お茶が出された、給仕も完璧だ、一瞬の隙も無い。
お湯加減も完璧で茶の香りを最大限に引き出している。
香りを楽しみながら一口、口に含む。
うん上品で良いお茶だ。
一握りで金貨一枚くらいだろう。

婆さんが俺を唖然として見ている。

「ミノス、電撃で頭の螺子ねじが壊れたか」

失敬な、人間は日々成長するもんだ。
ミーナはお茶を飲んで少し落ち着いたようだ。

老夫婦が部屋に入って来た。
後ろにメイドと執事が数人付いて来ている。
俺達も椅子から立ち上がる。

俺達の前で老夫婦は深々と頭を下げた。

「こちらからお伺いしなければなりませんところを、わざわざお出で頂きまして感謝いたします。改めて御礼させて頂ます。危ういところ、命をお救い下さいましてありがとうございます」
「こちらこそ突然お伺いいたしまして申し訳ありません。私ミノスと申します、お初にお目に掛かります。わたくし当然のことを致しただけですので、お気に成さらないで下さい」
「ありがとうございます、どうかお掛けになっておくつろぎ下さい」

メイド達がお茶を素早く入れ替えた、優雅で完璧な動きだった。

「それではお言葉に甘えて、腰を下ろさせて頂きます」

俺も負けてられない、優雅に隙の無い様に腰を下ろす。
うん、これにも腹筋と脚力が必要だ。

ん、脇で婆さんとミーナが固まっている。

うん、この夫婦の事は覚えている、雪の中で固く抱き合って気を失っていた、旦那さんが奥さんを守る様に。

俺達は知らなかったが、あの日王都への街道が閉鎖されるとの噂が流れたらしいのだ。
それで無理して夜に峠まで登って来たキャラバンが多かったらしいのだ。
それでお忍びの旅行を楽しんでいたこの夫婦は慌てて戻ろうとしたらしい。

「沿岸部での敵船団の噂も聞こえ始めてね。正確な情報が知りたくて急いだんだが杞憂に終わって良かったよ。後一月手間取っていたら沿岸部は攻め込まれただろうからね」
「ねえ貴方、来週祝宴があるのでしょ」
「ああ、森の端の国の力を見せると張り切っているそうだ」
「名目の主催はカラスちゃんなんでしょ」
「ああ、当事者だからな。それにあの娘は冷静だし優秀だから適任だ」
「でも何か今日取り乱したらしいわよ」
「へー、珍しいな。理由はなんだ」
「それが判らないのよ。でも”打ち首、打ち首”って叫んでたらしいわよ」

俺は口に含んだお茶を吹き出しそうになった。
一刻も早くクッスラに帰ろう。
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