神楽坂学院高等部祓通科

切粉立方体

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Ⅰ 第一学年

36 そして夏休み3

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「紅葉、コーヒー入れてくれないか」
「いいよ、雷君はモカの濃い目だったよね」
「うん、多目に頼む」

ええ、あの旅行以来名前で呼ばれてます、みんなとの距離も少し近くなった様で安心してます。

母さんから、”夏休みは家に戻らないで働け”って言われた時は、アルバイトの経験なんて無いのでビックリしました。
でもアルバイト先が雷君の事務所と聞いた時、家が私に何を期待しているのか薄々理解しました。
一族が集まった時に良く出る話題だったんです、雷族の男子名簿を持って来るおじさんがいるくらい熱心でした。
給仕の間に姉さんがその名簿を借りて来て、台所脇の休憩室で広げて親戚の女の子達と盛り上がっていました。

才能の無かった私は、自分には無関係と思って見に行きませんでした。
でも母さんに即されて好奇心だけで覗こんだその名簿には、雷君の名前は無かった気がします。

「はい、コーヒー。残りはここに置いとくね」
「ああ、ありがとう」

火見さんと水見さんと風見さんの視線が少々痛いです。
最初にこの事務所へ来る前、生徒会室に呼ばれて顔合わせがありました。
会長は勿論、他の御二方も初等部から学院に通われている優秀な方だったので驚きました。
互いに妨害しない事の申し合わせがありました、そして一族としてのスタンスを聞かれたのですが、何も聞いてないのでお答えできませんでした。
皆さん、ベストは婿に引き入れる事、次善として血を一族に持ち帰る事と明言されてました、ええ、火見さんの言い方はもっと露骨でしたが。
皆さん一族との連絡はきちんと取られているようでした、たぶん私は一族から期待されていないのだと思います。
勿論姉妹なので姉さんからは毎日メールが来ます、でもそれは一方的に雷君の情報が欲しいという個人的なメールです。

今回の事は、後のリアクションが物凄く恐ろしいので、姉さんにも母さんにもまだ報告してません。
それに私としては物凄く珍しい事なのですが、後半の記憶が曖昧なんです。
本家の娘として一族の会合が有る都度給仕役を務めていたので、小学生の頃からお酒を嗜んできました、なので自信が有ったのですが。
互いに口移しでお酒を飲み合うなんて、何で平気で出来たのか自分でも不思議です、あー、恥ずかしい。
でもファーストキッスが日本酒の味なんて、酷いと思います。

ーーーーー

明美と香は蟲取ができる様になったので、単独で都内を回って貰っている。
雷子にも実習生と言う身分で少し仕事を分担して貰っている。
お蔭で僕の負担が随分軽くなって時間の余裕が出来た。

「夏休みなんだからどっか遊びに行きたいわ」
「そう言えば水着一回しか着てないわね」
「温泉も良いですわね、のんびりと骨休めで」
「初級試験は何時だっけ」
「今週の土日よ」

我事務所では火見さんと雷子が受験する。

「じゃっ、来週は盆休みの会社も多いから一週間お休みにするか、家には帰らなく良いの」
「誰かさんの所為で帰り難いから、旅行に行きましょうよ」

地方への出張はその後も何回か行っている。
二回目の出張の時、一回目に行きはぐったメンバーが再度の籤引きを断固拒否したので、固定メンバーが交代で同行する様な形になっている。

部屋は何故か毎回全員同室、せっかく事前に部屋を確保しても、毎回直前にキャンセルされているのだ。
それでも何故か間違いは一切起こらない、どちらのメンバーでも部屋で口移しの酒盛りが始まるまでは一緒なのだが、A組メンバーは潰れて直ぐに大口開けて眠ってしまうし、D組メンバーは半分気絶状態になるまで飲んで眠ってしまうので、そんな色っぽい雰囲気が起こらないのだ。

「じゃっ、月曜日に郡山で一件仕事が入ってるから、その足でスパリゾートに何日か泊まるか」
「飛行機でハワイに飛んでも良いけど、そこも面白そうね」
「うん、良いわよ」
「雷夢君と一緒ならどこでもいいわよ」

「迷子、手配できそうか」
「お父さんから頼んで貰えば大丈夫だと思う」

今日は日曜、羽田空港から武道館へと急ぐ、火見さんと雷子の初級試験の応援に行きたかったのだが、盆休み前で仕事が集中して行けなかった。
だからせめて結果発表は見たいと思ったのだ。
二次試験通過まではメールで貰っている。

迷子達出張に同行したメンバーと一緒に急いで東西線に乗り換える、九段坂で降りて武道館へと向かい、結果発表の掲示板の前で大神宮さん、水見さん、風見さんの三人と合流する。
二人とも無事三次試験通過だった、ハグしてやったら雷子が涙ぐんで喜んでいた、強気のメールを送って寄越して来ていたのだが、内心は心細かったらしい。

僕の時と違って、形だけの四次試験は無事終わり、結果発表と免許証の交付があった。
雷子は怖い顔の顔写真で写っていた。
これで雷子に正規職員として仕事を頼めるし、時々舞い込んで来る普通の祓いは火見さんに頼める。

事務所に戻って祝宴を挙げる、酒のおつまみは弁当屋にオードブルを注文し、酒は何時もの懇意にしている酒屋さんにお願いした。

「それじゃ、二人の合格を祝して乾杯」

”カチン、カチン、カチン”

「明日から旅行なんだから飲み過ぎないようにな」
「はい」
「へーい」

「あのね、雷君、雷子合格のご褒美が欲しい」
「いいよ、なにが欲しい」
「キスして欲しい」
「へっ?」
「お酒の口移しじゃなくて、ちゃんとキスして欲しい」

うっ、”いいよ”と先に言ってしまった、うん、男に二言は無い。
何度も唇を重ねているのに、素面だと物凄く緊張する。
目を閉じた雷子の頭を抱き寄せて唇を重ねる、引き寄せた時の手が震えてしまった。
普段からの癖でディープなキスになってしまった。

”ぷはっ”

「ありがとう、雷君」

雷子が僕の胸に顔を埋める。

「雷夢君、灯もご褒美が欲しい」

火見さんが目を閉じて唇を付き出している、おし!、受けて立とう。
頭を引き寄せ唇を重ねる、何か我ながらこの動作に凄く慣れている。

”ぷはっ”

「そう言えば、雷人にちゃんとキスして貰った事無かったわね、迷子は」
「私も無いよ」
「僕は一回有るよ、お風呂場で」
「雷人、可笑しいでしょ、舞だけ」

そして酒宴が荒れた。

”ちゅん、ちゅん、ちゅん”

窓の外で雀が鳴いている、カーテンを開けたら今日も良い天気だった。
事務所を見回したら、何とか大量殺人事件みたいに人が一杯転がっている。

「起きろー、朝だぞー。まだ旅行の準備してないだろ、早く起きろー」

全員を事務所から追い出し、迷子と舞を連れて寮に戻る、少なくとも撲だけは郡山で仕事をしなければ。
今日の仕事の再確認をするためにパソコンを開く。

「マスター、泊まるならちゃんとメール下さい」
「すまん、ハル」

新幹線の中でうたた寝していたら、”無料送迎バスで直接行く”とのメールが送られて来た。
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