愛を知らない高嶺の花は孤高の騎士に身請けされて毎晩愛される

かべうち右近

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1巻

1-3

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 二度目以降はずいぶん時間をかけてまぐわっていたものの、夕方すぐから行為が始まったからまだまだ夜更けというには早い。その証拠に、近くの部屋からはまだ別の娼婦の嬌声やベッドを揺らす音がかすかに漏れ聞こえてくる。これからさらに情事を重ねても問題ないだろう。

(昨日もあんなにシて、今日もシてるのに……エーギル様は本当にお元気だわ)

 くすくすと笑いながらアルヤはエーギルの男根に指を沿わせて、先端をくちゅくちゅと弄る。そこは先走りなのか先ほど吐き出した白濁の残滓なのか、あるいはアルヤの蜜なのかわからないものでとろとろだ。ぴくぴくと身体を震わせながら快感に喘いだのか、エーギルは眉間にわずかに皺を寄せる。

(……気持ちよさそう)
「アルヤ」
「今度はわたくしが上に乗っても?」
「っ……いや」

 息を呑んだエーギルは、一瞬唇を噛んでから、そっとアルヤの手を押しとどめる。

「昨夜も今日も、少し……貴女をむさぼりすぎた。今夜はここまでにしておこう」
(こんなにお元気なのに、わたくしを気遣ってくださるなんて。優しい方だわ)
「……わかりましたわ、エーギル様。では、またわたくしに会いに、ここへ来てくださいますか?」

 エーギルの肉棒を弄っていた手を彼の胸に当てて、アルヤはねだる。それは言葉だけ捉えれば娼婦としてのいつも通りのセリフにすぎない。だが。

(どうしてかしら。わたくし、エーギル様に期待しているわ)

 アルヤとエーギルは所詮、娼婦と客の関係でしかない。昨夜も今夜も、無茶な横入りをしている彼は、きっともう金がないに違いない。なのに、あるいは、と思ってしまうのだ。

(昨日会ったばかりなのに)

 もっと会いたいと願っている。
 その気持ちを、娼婦らしくないと思いながらもアルヤは口にした。けれど、対する答えは残酷だ。

「いや。もう、ここには来ない」
「……あ」

 思わず小さく声をあげて、アルヤはすぐに次の言葉を探した。

「そう……です、か。寂しいですわ」

 わかっていたはずの答えが、やけに胸に刺さる。

(娼婦相手なんだから、嘘を言ってくださってもいいのに。エーギル様は、真面目な方なのね)

 溢れそうになった涙をこらえて、アルヤはかろうじて微笑んでみせる。

「ああ。それで、貴女がよければなんだが」
「……」
「俺に身請けされてくれないか」

 真摯に見つめる赤い瞳が、嘘を言っているようには見えない。だというのに、アルヤはぽかんとしてその言葉を反芻し、顔を歪めた。

「……いくらなんでも、それは酷い冗談ですわ」
(わたくしを、身請けできるはずないのに)

 彼女の身にかけられた身代金は、一生かかっても払いきれないほどの大金だ。アルヤの客はほとんどが貴族だが、どんな高位の貴族が来たときだって、冗談でもこんなことを言い出さなかった。身請けだなんて非現実的なことを言い出すのは、互いにリップサービスだとわかる間柄だけだろう。
 そう。きっとエーギルも、リップサービスを言っているのだ。昨日の言葉は嘘じゃなかったが、今日はそうじゃなかった。

(……だめね。わたくし)

 笑って受け流せばいいのだろう。『迎えに来てくださるのを待っていますわ』と嬉しそうに微笑めばいいのだと頭ではわかっている。けれども今のアルヤにはそれができなかった。

(なんでこんなに胸が痛いのかしら)
「冗談ではない」

 赤い瞳を見つめていられなくて視線を逸らしたアルヤに、きっぱりとした否定が返ってきた。

「貴女が了承するなら構わないと、もう話をつけてある。金のことなら問題ない」

 弾かれたように顔をあげたアルヤと彼の視線が再び交わる。エーギルは、変わらずまっすぐに彼女を見つめていた。
 昨日出会ってから今まで、エーギルはずっと歯に衣着せぬ物言いしかしない。アルヤはこの娼婦の暮らしを続けてきて、男の嘘はなんとなくわかるようになった。だが、今のエーギルは嘘をついているようには見えない。加えて店に入ってきてからアルヤの部屋に来るまでに時間がかかったのは、その話をしていたからなのだと言われれば、納得もできよう。
 身請けなんてありえないとわかっているのに、彼の言葉も態度も、全てが嘘ではないとアルヤに訴えかけてくる。

「……本当、なのですね……?」
「ああ。……どうだろうか。貴女は、俺なんかに身請けされるのは、嫌か?」

 するりとエーギルがアルヤの頬を撫でた。懇願するように細められた彼の目に、先ほどとは違った意味で胸が痛くなる。

(これが、一晩の夢でも、いいわ)

 目を伏せたアルヤは、ふるふると首を振って、微笑んだ。

「嬉しいです、エーギル様」

 そっとエーギルの手に自らのものを重ね合わせて、アルヤは心からそう返事をした。


   ***


 翌朝目覚めたアルヤは、寝る直前のエーギルの話がリップサービスなどではないことを実感することになった。どうやらアルヤが寝入ったあとに、彼女の返事を店の者にエーギルが伝えたらしく、下女によってすっかり旅支度が整えられていたのだ。と言っても、数日分の着替えや最低限の必需品のみを鞄に詰めただけのものである。これは客から贈られた数々のドレス全てを持って移動するのは現実的ではなく、ほとんどを娼館に残すためだ。
 いつも身の回りの世話を担当している下女に最後の身支度を手伝ってもらったアルヤは、娼館の店主に会いに行った。そうして、アルヤが真実、エーギルに身請けされるのだと説明を受ける。店主の部屋から出たアルヤを待っていたのは、エーギルだった。彼女が部屋から出てきたのを見て、エスコートのためか、そっと身体を屈めて手を差し出してくる。

(……この娼館から自由になる日はないと思っていたけれど……)

 店主の部屋を振り返らず、アルヤは一歩踏み出してエーギルの手を取る。

「アルヤ。貴女に謝らねばならないことがある」

 エスコートで歩き始めたエーギルが、ごく真剣な声音で言い出した。

「どうかなさいまして?」
「すまない。これから貴女には俺とともに馬に乗って移動してもらいたいんだ。俺が馬車で来ていればよかったんだが……ここに来るときは誰かを連れて帰る予定なんてなかったから」

 あけすけに『ただ娼婦を抱きに来ただけだった』と告白されてアルヤはくすくすと笑ってしまう。それは裏を返すと、たった一晩でアルヤをどんな手を使ってでも手に入れたいと熱をあげてくれたという意味だろう。そう思えば、アルヤは胸のあたりがフワフワとするような気がした。

「……気を悪くしたか?」
「いいえ。そんなはずありませんわ。わたくし、ずっと乗馬というのをしてみたかったんですの」
「そうか……」

 アルヤの言葉にあからさまにほっとした様子のエーギルに、彼女はまたもくすくすと笑う。そんな会話を交わしながら歩いて、あと一歩踏み出した先は、娼館の外だ。これまで何度もこの建物の外には出たことがあるが、今日のその一歩は、今までと全く意味が違う。

「馬に乗っていけるなんて嬉しいですわ」

 そっと一歩を踏み出せば、明るい朝日に満ちた通りに出る。その日光の眩しさに目を細めて、アルヤは自然と口元を笑ませた。じわじわと現実感を伴ってきてはいるものの、アルヤは未だ夢の中にいるような気持ちだ。

「ならよかった」

 短く答えたエーギルもまた、穏やかな笑みで答える。そうして外を見たエーギルは、何かに気づいたように視線を向けた。

「ああ、もう馬に荷物を積んでくれたのか」

 娼館を出てすぐのところで、一頭の馬を連れている店の男に声をかける。

(……まあ!)

 その馬を目にしたアルヤは目をみはった。
 つやつやとした毛並みは全て黒く、大きな筋肉の浮いた立派な身体は、これまで目にしたどの馬よりも大きい。その馬にアルヤの荷物と思しき鞄が括りつけられているが、その小さくはないはずの鞄が小さく見えるほどに、馬は大きかった。

「立派な馬ですね!」
「ああ。軍馬の中でも品種の違う馬でな。俺を乗せるのに普通の馬では小さすぎる」
「そうなんですのね。あの……不躾かとは思うんですが、触れてみてもよろしいですか?」
「……怖くないのか?」

 驚いたようなエーギルに、アルヤが首を傾げると、彼はまた穏やかに笑んでエスコートの手を離した。

「いや、なんでもない。ぜひ触ってやってくれ。首のあたりを撫でてやると喜ぶ」
「わかりました。お名前は?」
「スヴァルトだ」
「ありがとうございます」

 アルヤが近づけば、黒馬は彼女を品定めするように鼻先を近づけてきた。アルヤが「はじめまして」と声をかけると、スヴァルトはひくひくと鼻を動かしたあとに、彼女の肩あたりに頭をこすりつけた。甘えたようなその動作に驚きながらも、アルヤはスヴァルトの首筋を撫でてやる。

「わたくしは重いかもしれないけれど、これからお世話になりますわ、スヴァルト」
「貴女は羽のように軽いだろう」

 笑いを含んだ声に振り向こうとしたときには、アルヤの身体は宙に浮いている。ふわっと抱えあげられて、降ろされたかと思えば、もうそこは馬上だ。

「ほら、軽い」
「エーギル様」

 急に持ち上げるなんて、と言おうとしたアルヤは、はた、とその視線の高さに気づいた。スヴァルトの背に横座りの形で乗せられていると、さすがにエーギルよりも目線が高い。その彼の肩越しに、店主やアルヤつきの下女が見送りのために出てきているのが目に入った。彼女の視線が動いたのにつられたらしいエーギルが後ろを振り返って、「ああ」と声をあげる。

「では店主、世話になった」

 店主が無言で頭を下げたのを見ると、エーギルはひらりと馬にまたがって、アルヤを背中から支えた。先ほど部屋を出るときに挨拶を済ませているからか、下女からも店主からも二人に対して特に言葉はない。目が合った下女は、目に涙を浮かべているものの微笑んでいて、いつもアルヤのことを気遣ってくれた彼女らしい見送りである。
 この店主は娼館の経営者に雇われているにすぎないが、金にがめつい彼はいつだって娼婦たちに効率よく稼がせようとしていた。アルヤはこの店で一番の稼ぎ手だったため、彼女目当てにここにやってきて、それが叶わず他の娼婦と夜を過ごす男も少なくなかったはずだ。彼女はいるだけでこの娼館に金を産んでいたのである。そんなアルヤがいなくなるのは相当な痛手だろう。
 だというのに、アルヤはエーギルの元への身請けが決まったのだ。先ほど店主と話したときもまだ信じがたかったが、むっつりと黙りこんで不機嫌そうな店主の顔や、泣きそうな下女の顔、旅支度の整ったこの状況全てが、夢などではないことをじわじわとアルヤに思い知らせる。

(わたくし……本当に、エーギル様に身請けされるんだわ)

 手綱を持ったエーギルの腕の間に挟まれて、アルヤは下女に微笑んでみせた。ここを離れることになって、アルヤの世話をしてくれていた下女のことは少し心配だったが、荷物に詰め切れなかったドレスや装飾品類については、彼女に下げ渡すことを伝えてある。高級品ばかりなので、下女にとっては大いに助けになるだろう。

「アルヤ……いいか?」

 その確認は、『出発してもいいか』という問いであるのだろうし、きっと『アルヤを身請けしても本当にいいか』という問いでもあるのだろう。

「ええ」

 短く答えてから、アルヤはきゅ、とエーギルの服をつまむ。

「わたくしを、連れていってください」
「……ああ」

 頭を預けたアルヤに、エーギルはこたえて馬を歩かせ始める。馬が進むにつれ、彼女の視界から見慣れた娼館がやがて遠ざかってゆき、店主が店に入っていくのが目に入る。下女は小さくなりゆくアルヤたちをいつまでも見送っていた。

(見たことのない、街)

 スヴァルトの足は止まることなく進み、やがて娼館の影すらも見えない、アルヤが足を踏み入れたことのない場所へと彼女を運んでいく。
 そうしてこの日、アルヤは何年も過ごした娼館をあとにしたのであった。




   二章:二人きりの旅路


 アルヤたちが娼館を発って半日後、夜更け近くになってようやく隣の街へとたどり着いた彼らは、宿屋で泊まる部屋に困っているところだった。比較的大きな街だから宿屋は多いはずだが、それだけ宿泊客も多いのだろう。夜ともなればほとんどが埋まっていて、今は寝床を求めて三件目だった。路銀を持たないアルヤの代わりに、宿の交渉をしているのはエーギルである。その彼は今、店主と話しながら難しい顔をしていたが、やがて頷いた。

「……わかった。それで頼む」

 前払いで清算を済ませると、エーギルは後ろで待っていたアルヤを振り返る。

「待たせてすまない」
「とんでもありませんわ」

 夕飯をすでに軽く済ませていた彼らは、もうベッドに潜りこんで眠るだけだ。今夜は湯あみができていないが、もともと旅路の中では濡らした手拭いで身体を拭き清める程度なのが普通である。今日に限っては出かける前に湯あみをしているから、夜が遅いこともあり、手ぬぐいでの拭き清めも省略することを先にエーギルから謝られていた。
 店主から鍵とランプを受け取ったエーギルは、荷物を持ってアルヤを先導する。

(悩んでらっしゃる様子だったけれど、どうされたのかしら?)

 階段をついてあがりながら、内心首を傾げたアルヤだったが、客室に入ってすぐにエーギルの苦悩の理由がわかった。部屋の中はいたって簡素だ。通りに面した窓があって、机もなく、家具は椅子とベッドだけである。問題はそれが一台だけで、どう見ても一人用のサイズだということだろう。
 荷物とランプをベッドの傍に下ろしながら、エーギルはアルヤを振り返る。

「ベッドが一つの部屋しか空いてなかったから、貴女がベッドで寝てくれ」
「エーギル様はどうなさるんです?」
「俺は椅子か、床ででも」
「だめです」

 エーギルの言葉を遮ったアルヤは、ベッドに近づく。それは成人男性が横になるには充分なサイズだろうが、二人で寝るにはいささか狭い。

(だから迷ってらしたのね。でも)
「エーギル様は今日一日ずっとスヴァルトの手綱を操ってらしたもの。明日もでしょう? きちんとベッドで休まれませんと。床か椅子に寝るべきなのはわたくしですわ」
「そんなのはだめだ!」

 慌てたように反論されて、アルヤはそこでほんのりと微笑んだ。

(本当に、優しい方ね)

 エーギルの反応がわかっていたアルヤは、内心でくすくすと笑いながら、次の提案をする。

「では、わたくしと一緒にベッドで寝ましょう?」
「だが俺が一緒だと狭いだろう。それでは貴女が」
「エーギル様」

 そっと彼に身体を寄せて、首を傾げながらアルヤは彼を見上げる。

「わたくしと添い寝するのはおいやですか?」

 その視線に、エーギルは息を呑んでぎゅっと眉間に皺を寄せた。だが、すぐに諦めたように息を吐くと、彼女の肩にそっと触れて苦く笑ってみせる。

「いやじゃないから困るんだろう」
「それはよかったです」

 ふふふ、と笑ってアルヤはベッドに腰かけた。

「どちらも床で寝るのは承知できないんですもの。一緒にベッドで寝たほうがいいに決まっています」
「それでは貴女が休まらないと思うが……」
「押し問答は終わりです。さあ、エーギル様もこちらにいらして?」

 アルヤが手を伸ばせば、エーギルはやっと諦めたように外套を脱いで椅子へと放り、ベッドへと座った。彼が靴紐をほどき始めたのを見て、アルヤもならい外套と靴を脱ぐ。彼は旅先では寝間着に着替える習慣はないらしい。上着を脱いだ軽装になると、エーギルはそのまま布団を剥いでベッドに寝そべった。その隣で、アルヤはまだ横にならないでドレスのリボンに手をかけ始める。

「……どうして脱いでいる?」
「? 寝るのですから脱ぎますでしょう?」

 きょとんとして答えてから、アルヤはすぐに思い至った。

「ああ。こちらでは違いましたね。わたくしの故郷では、寝るときには服を身に着けないのです」

 ほんのりと笑ってアルヤはそのままドレスのリボンを解いてしまう。彼女の言葉は嘘ではない。アルヤの故郷では寝間着を着る習慣はなかった。それにドレスを着たままベッドに横になるのでは皺になってしまう。付け加えれば、彼女は娼婦であったがゆえに、今まで眠るときの服など必要なかったのだ。
 だがそれらの全てを伝える必要などない。

「アルヤ、それだと」

 エーギルが焦っている間に、アルヤは手早く服を脱いでしまい、裸になる。加えて、娼婦である彼女の身に着けるものはほとんど全て客から贈られたものだ。コルセットも足を隠すドロワーズも彼女は持っていないから、ドレスの下は裸体である。ランプの薄いあかりに照らされた彼女の肢体に、エーギルはさっと目を逸らした。

(昨日もされたのに、まるで初めて女の裸を見られるような反応ね。そういえば……)

 不意にアルヤは今日の道程でのことを思い出す。
 エーギルに後ろから抱きかかえられるようにして馬に乗っていたアルヤが、ふと彼を見上げたとき、情事でもないのにエーギルの顔が近かった。その近さにエーギルは戸惑ったように赤い瞳を揺らしてから、遠慮がちに軽く口づけしてきていた。あれではまるで、女を抱いたことのない男のようだ。

(明るいところで口づけたのは初めてだったけれど……エーギル様は本当に可愛い方だわ)

 昼間のエーギルを思い浮かべながらくすくすと笑ってベッドに乗り上げると、エーギルが「どうした」と声をかけてくる。その目線はどことなく彼女の裸体からは逸らされているようだった。

あかりを消すのを忘れていましたわ」

 そう言ってアルヤがランプの火を消せば、部屋の中は一瞬真っ暗になる。だが、窓から差しこむうっすらとした月明かりで、すぐに目は慣れた。彼女がベッドにもう一度乗り上げると、エーギルは彼女に場所を譲るように壁際に身体を寄せて、横向きになった。

「失礼いたします」

 エーギルと向かい合わせになるようにアルヤは寝そべったところで、またくすくすと笑う。

「もう少し近寄りますね?」

 身体の大きいエーギルと一緒に横たわると、予想はしていたものの、やはり狭かった。ぴったりと寄り添って寝ないとベッドから落ちてしまうかもしれない。

「アルヤ」

 抱き着くように身体を寄せたアルヤに対して、エーギルが明らかに動揺したような声を出す。彼女の胸が押しつけられるような形になっていたから仕方ないだろう。たとえ昨日も一昨日も、その柔らかな乳房を彼が存分に揉みしだき、散々に虐めていたのだとしても。

「すまないが、背中を向けてくれるか。その……目のやり場に困る」
「ふふ、仕方ありませんね」

 目のやり場も何も、全裸だって見ているし、昨日だって秘部を舐めていたというのに。

(いつまでも意地悪をしていてもいけないものね)

 柔らかに笑いながらもアルヤはくるりと身体を反転させて、背中を向ける。だがベッドに余裕はないから、彼の胸に背中をぴったりくっつける形だ。

「すまない……」
「わたくしこそごめんなさい。エーギル様があんまり可愛くて。少しからかいすぎました」
「貴女という人は……」

 はあ、と息を吐いたエーギルは、アルヤのつむじに埋めるように顔を寄せて、後ろから彼女の身体を抱き締めてきた。

(あら。情事をしないために接触を最低限にされようとしているのかと思ったのに)
「そんなに俺を煽らないでくれ」
「ふふ、ごめんなさい」

 彼がベッドをともにしたくないという態度を見せたのも、裸体から目を逸らそうとしていたのも、昼間に顔の近さに戸惑っていたのだって、全て欲情してはいけない場面で己を律するためなのだろう。それがわかっていてアルヤは彼をからかっていたのだ。今は宿屋の中ではあるが、壁の薄そうな安宿で盛るわけにもいかないし、明日も早いのだから早く寝るに越したことはない。
 だというのに、アルヤはエーギルの反応が楽しくて、同衾できるようにことを運んだのだ。もちろん、ベッドで横にならなければ彼の疲れがとれないだろうという心配も本音ではあったが。

「もう寝よう」
「はい、おやすみなさい。エーギル様」
「おやすみ、アルヤ」

 そう言葉を交わして、アルヤはエーギルの腕にそっと自分の腕を絡め、目を閉じる。温かく大きなエーギルの身体に包まれて、心地よさにアルヤはとろとろと意識が落ちていく。
 スムーズな就寝かのように思われた。しかし、こんな状況ですんなりと眠れるわけがなかったのである。
 しばらくして、うとうとしながら半分眠りかけていたアルヤは、寝返りを打ちかけてそれが叶わないことに一瞬驚いた。

(やっぱり疲れていたのかしら。すぐに寝落ちてしまいそう……)

 エーギルの腕の中で安心して寝そうになっている。男の腕の中で眠ること自体は彼女にとってさほど珍しいことでもないが、こんなにも早く意識が落ちそうになるのがなんだか新鮮だった。

(エーギル様はもう眠られたかしら?)

 彼と向き合うようにもぞもぞと身体を動かそうとしたが、エーギルの腕が重くてそれが叶わない。だが、その動作でとある違和感に気づいた。太もものあたりに、何やら熱いものが当たっている。

「エーギル様……?」

 小さい声で呼びかけると、頭上で小さくため息が吐かれる。

「……あまり動かないでくれ。その……わかるだろう」

 押し殺した低い声が響いて、アルヤの口元が自然と緩む。

(ずっと我慢していらしたのかしら)

 二人がベッドに入ってから、どのくらいの時間が経過したのか、アルヤにはわからない。とはいえ、声をかけてすぐに返事があったということは、恐らくエーギルはずっとこの生殺し状態で眠れもせずに過ごしていたのだろう。アルヤが呑気に寝息をたて始めた間もだ。
 彼の精力が旺盛なのはたった二日でわかりきっているものの、昼間は密着していても耐えられたのだから、今も大丈夫だろうとたかを括っていたのだ。だが実際には興奮して我慢を強いられている彼に、アルヤはむずむずとしてしまう。

(嬉しい、なんて思ったら失礼なのかもしれないけれど)
「エーギル様。お顔を見せてください」

 柔らかにねだれば、エーギルは腕を緩めてくれる。動いてほしくないと思っていても、彼女の意志を尊重してくれているのだ。もぞもぞと寝返りを打って、腕に抱きこまれたまま見たエーギルは、眉尻を下げて辛そうな顔だった。だが、薄暗い部屋の中でもわかるほどに、彼が欲情の色をたたえているのも見てとれる。そんな彼の両頬をそっと包んで、アルヤは軽く口づけた。

「このままじゃ寝れませんでしょう? わたくしが鎮めさせていただきますわ」

 すり、と太ももを彼に押し当てれば、ズボンを押し上げた熱源が酷く硬くなっているのがわかる。あのでかぶつがズボンの中に押しこめられている状態は、さぞ辛かろう。

「アルヤ、そんなことしなくていい」
「わたくしのせいですもの。責任をとらせてくださいませ」

 そう言ってもう一度口づけると、アルヤはするりと布団の中に潜りこむ。

「何を……くっ」

 きゅっとアルヤの手がエーギルのものを握りこむ。その刺激にエーギルは抗議の声を噛み殺したようだ。布団の中でアルヤはエーギルの腰のベルトを解くと、ごそごそとズボンを弄る。股部分のボタンを外してくつろがせただけで、むわっとした雄の香りが広がった。同時に、がちがちに硬くなった肉棒が勢いよく現れて、アルヤの手にべちんと当たる。

(今日もお元気ね)


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