想告 ー オモツゲ ー

【第三話】面影

　蒼井はその日から少女の事を時折気にするようになった。彼女の名前は、榊原 楓(サカキバラカエデ)。
　蒼井の1つ下の後輩だ。見た目はいつも黒のパーカーにスカート、小柄で黒のセミロング姿だ。週に2回ほど通っているようだが、いつも窓際の方で退屈そうに外の景色を眺めている。
　蒼井は、そんな彼女を見て前の自分と照らし合うものを感じていた。

蒼井(僕も、あんな風に見えていたのかな…。)

　そう思いながら視線を向けていると、不意に彼女がこちらを見て、お互いに目が合う。
蒼井は、平然を装うようにして、視線を逸らした。

　
―2021年7月28日(水曜日)―

　夏休みが始まった頃、蒼井達は夏祭りの予定を立てていた。
　蒼井は電車の都合上、一足先に待ち合わせ場所のフードコートへ到着する。当然、まだ友人達は誰も来ておらず、空いてる席がないか店内を見渡す。
　蒼井は思わず目を見開いた。
店内の席に、あの少女が座っているのを。
　動揺を隠しきれない蒼井。それと同時に、前の記憶が呼び起こされる。蒼井は少女を見つめながら、過去の自分に問いただす。
　何をされたら嬉しかったのかを。

　蒼井は考えるよりも先に、彼女の方へ足を運ぶ。
彼女を目の前にした時、より一層に鼓動が早くなる。
　緊張で喉が乾き、溜まった唾を飲み込む。
蒼井は、勇気を振り絞って声をかけた。

蒼井「…っ、あの。」

楓「…。」

蒼井「…っ、あのぉ。」

　蒼井は軽く少女の肩をポンポンと叩く。すると彼女は、肩を叩かれた事に気づいた瞬間、驚いた様子で蒼井の方に顔を向ける。その拍子で蒼井も反射的に驚いた。

蒼井「…！」
楓「…！」

　2人はまるで、時が止まったかのように見つめ合う。
そして、蒼井は慌てふためながら話しかける。

蒼井「あっ…！、ごっごめん…急に話しかけて…！」

楓「いやっ…！、だっ大丈夫…ですよ…！」

    蒼井は額に汗をかきながら赤らめた頬を必死に隠そうと、そっぽを向いていると、

楓「…、もしかして蒼井先輩ですか…？」

蒼井「あぁ…そう！。 …え？」

    まだ名前を知らない彼女が教えてなどいない自分の名前を呼んだことに驚き、ゆっくりと目を合わせる蒼井。

蒼井「どうして、僕の名前を…？」

楓「いや…！ その…色んな友達？、の人達が蒼井先輩の   
　   ことをそう呼んでたので…！」

蒼井「あー…！、そっそう言う事かぁ…！」

楓「あの…。」

　楓が何か言いたげに話しかけようとした時、後ろから蒼井を呼ぶ友人達の声が聞こえてくる。

蘭「ねぇもう着いてたの！、着いたなら言ってよー！」

蒼井「あっ、あ～ごめんごめん！」

優美「蒼井先輩と会うの久しぶりな気がします！」

凛「よぉ蒼井～。元気にしてっかぁ。」

斗貴「ねぇねぇ、早く行きましょーよぉ…！」

優美「斗貴、まぁ落ち着いて…！。」

蘭「全く…、斗貴は早く屋台に行きたいだけでしょ…。    
　 って…あれ？、もしかしてこの間転校してきた子？」

    蒼井は蘭の問いかけに対して返答しながら楓の方を振り向くと、楓は焦った様にリュックに物をしまおうとしていた。
この時、蒼井は咄嗟に彼女を引き留めようと、口を開こうとした時、上書きするように蘭が楓に話しかける。

蘭「せっかくなら一緒に夏祭り行こーよ！」

優美「そうですね！、人数が多い方が楽しいですし！」

凛「まぁ、そうだなぁ。でも、いきなりだな。」

蘭「いいじゃん！、あ…！、帰りとか大丈夫そ…！？」

    蘭の声かけに対して、楓は思わず手が止まった。
今まで相手からの遊びの誘いを受けてこなかった彼女にとって、まさかの展開に驚きと嬉しさがふつふつと込み上げる。

楓「え…、いっ、良いんですか…？」

    楓は蘭達の方をゆっくり見渡しながらよそよそしく返答する。

蘭「良いよー！、行こ行こー！。」

斗貴「よーし！、行きますかぁ～！」

優美「はぁ…、斗貴くんったら…。」

凛「また1人、増えたな。」

    楓は嬉しさのあまりに涙が溢れ出しそうになるのを必死に抑える。そして、ゆっくりと蒼井の方を向いた。

蒼井「うん。一緒に行こ！、皆で夏祭りに。」

優美「あ！、そういえばお名前は…！？」

蘭「ウチは蘭って言うよ！こいつは凛ねー！」

凛「おい…、なんで言うんだ…。」

斗貴「僕は斗貴～！、お腹出てるけど気にしないで！」

優美「あのねぇ…斗貴くん。(イライラ)」

楓は、再び皆の方を見て答える。

楓「榊原 楓って言います…！。」

　第三話【面影】―終了―