つかぬことを伺いますが ~伯爵令嬢には当て馬されてる時間はない~

有沢楓花

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第7話 同意が成立する条件

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 それから一年ほど過ぎたある日のこと。
 ブロードベント家の図書館のサイドテーブルにティーカップを置きながら、フランシスは書籍を探すレイモンドの後頭部を見つめた。
 研究で忙しいのかたまに跳ねている黒髪は、今日は艶やかだ。

「レイモンド様は、お父様のことがお好きでしょう?」
「そうだね、とても気さくで良い方だよ」
「お父様も私よりレイモンド様のことを気に入ってるみたいで、最近少し複雑な気分です」

 フランシスは一人娘だから父親から可愛がってもらっている自覚はあったが、医学の道では方向性が違うとはいえ師弟のようなものである。
 法学を志しているレイモンドの方が、全く違った視点からの反応があって楽しいようなのだ。

「……ですがこの前の学会誌に載った論文は確かに、論理の展開が美しくて」
「お父上のおかげかな。フランシス嬢の方こそなかなか良かった。読んでいて楽しかったよ」

 レイモンドは本を置くと、ポットから二人分のお茶をカップに注いだ。
 なんだか彼の表情は柔らかくなっているような気がする、とフランシスは思う。ただ単に見慣れて読み取れるようになっただけなのかもしれないが。

「ありがとうございます」
「ところで話は変わるけど、そろそろ証拠も集まったと思うんだよね」
「証拠……ですか?」
「ここに良く通ってるし、本棚にも応接室にも僕の指紋はたまっているはずだ。おかげで他の男は寄り付いていない。
 君のお父上にも利用は勿論君と仲良くする許可をいただいたし――これは交際していると言ってもいいと思う」
「……え? そんな話聞いてませんよ」
「そう、同意は得てないから状況証拠だけだね」

 あっさり言うレイモンドの澄ました表情に、フランシスは何故か腹が立って眉尻を上げた。

「蔵書と論文と、私のお父様を手に入れるためにそこまでしたんですか?」
「君が最初に取引条件にしたんじゃないか」
「では交際していないことを証明するために、私全力で――」

 声が高くなるフランシスを、手を挙げてレイモンドは遮る。

「全力だと困るな、法廷でも勝てる気がしないよ。まあ裁判で君が勝訴という判決が出ようと、皆が納得するかは別だけど」
「……私のことどう思ってらっしゃるんですか」
「僕は人のことをどうこう言える立場じゃないけど、君の論文は大好きだよ」
「論文、論文って……」

 やっぱり、とフランシスは思う。
 一年の間に、以前より気安く言い合えるようにはなったが、それもたいていは学問の話をするときだけだ。

「じゃあ――外見や性格が好き、だったら納得できた? 君が人生をかけて挑もうとしている研究は君の一部ではない?」

 ……なのにその瞳が彼女を見つめると、何故か鼓動が早くなった気がしてしまうのだ。

「……そんなの、嬉しいに決まってるじゃないですか。勿論今までも協力していただいて、時間を取っていただいて感謝してます。
 雑事に煩わされないようにって、繁忙期は資料探しだけでなく買い物までしていただいて。でも……」
「それで全く好きでもない男を一年通わせて父親と二人で談笑させてたの?」

 フランシスはレイモンドをにらみつけたが、生憎迫力は全く足りていなかった――頬が紅潮していたから。

「こんな面倒な人だと分かっていたら最初から協力は頼まなかったのですが」
「君も大概だと思うね」
「分かってます」

 フランシスは紅茶を飲み干す。
 自分が持ってきたポットなのに、ちょうど良い好みの時間で注がれている。
 腹が立って、そしてまた最初出会った時のように切羽詰まっていて、やけくそな気分だった。

「さっきの続きを言わせていただきますね。私、付き合っていないことを証明します」
「……そう」
「ですから改めて。つかぬことを伺いますが、もし私に好意がおありなら、お付き合いいただけませんか?
 くつろがれるお部屋と書斎、それから我が家の図書館と論文――はあくまで成婚時のおまけで、私が本体ですが」

 ――そう言ったフランシスの目の前に急にレイモンドが近づいて。
 背中が不意に引かれ、抱きすくめられる。

「確かに、それなら今まで交際してないってことになるね」

 耳元で微笑が漏れて、彼女は頬をさらに赤く染めた。

「私、引っかかりました?」
「想定外の返しだった」
「良かった――あれ、良かったのかな。……ああ、ちょっと待ってください。言質をいただいてないです」
「そうだね。僕は君が好きだよ。でも君がどうか聞いてない」

 視線も声も、多分それは言質というには少しばかり甘かった。
 つい抱きしめ返してしまいそうになる衝動に彼女は耐えて、理性を働かせ。

「私は……私も好きです。でも、言葉だけでなく物証があった方が」

 ほんの一瞬だけ、挑戦的な瞳でレイモンドの恥ずかし気な表情をとらえたフランシスは、その薄い唇に自身のそれを寄せた。
 目を瞑れば、やわらかい感触が触れて離れる。

「――これで同意は成立ですよね?」
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