つかぬことを伺いますが ~伯爵令嬢には当て馬されてる時間はない~

有沢楓花

文字の大きさ
6 / 7

第6話 決着と「仕返し」

しおりを挟む
 麗らかな春の日、人々でにぎわう魔法学院の美しい庭園――が良く見える、人気のない図書館塔の最上階にて。


「――よって、ヘクター・オールドリッチがフランシス・ブロードベントに対しつきまとい行為を――」


 作成に3日ほど要した書類の束を、フランシスは読み上げていた。
 キャロラインも一緒にいたのは想定外だったが、いてもらっても構わないだろうと判断した。

 ヘクターは訴状めいた文章と、フランシスが張り切って集めた付きまといその他迷惑行為の証拠を突き付けられ、青い顔をしていた。
 足跡のできた順番、指紋の上下での時系列の整理、落としていった土埃の成分から事前にいた場所がヘクターが取った講義で屋外実習があった場所だと証明したり……。

「そっちがストーカーじゃないのか!?」
「証明できるというなら、どうぞ訴えてくださって結構ですよ」

 フランシスが強気な態度で臨む。
 キャロラインは困ったように、ヘクターを見上げた。

「無理だと思いますよ、ヘクター様。付きまといかになるかは良く分からないですけど、ヘクター様が最近フランシス先輩に迷惑かけてたのは本当ですし……」
「……俺のことを嫌いになるだろうか」
「ならないですよ。好きです。でもまだ恋人って訳でもないので……だって先輩、婚約も解消しないし、私にちゃんと告白してくれたことないじゃないですか」

 絶句するヘクター。だけでなく、フランシスも驚いて固まる。
 バカップルというにはヘクターが必死だなぁと思うところはあったが、ハナからカップル成立してなかったのか、と。
 それはそうだ、彼女の言っていることが正しい……自分も解消してないのに結婚してくれとか言ってしまったけれど。

 ヘクターよりも早く正気に戻ったフランシスは、幼馴染をほんの少しだけ可哀そうに思ったが、今までされたことを思い出して手を緩めずに追い打ちをかける。

「……それで決めてくれました? 婚約を破棄するって書類を書くって」
「わ、分かった。俺が……どうやら君に甘えすぎていたようだ。婚約は解消する。ちゃんと俺の有責で……」
「口約束は困りますので、書類もお願いします。……あ、周囲に証言してくれる人もいますし、口約束も法律上で効力が発生するそうですよ。録音もしてます」

 フランシスは、手のひらに収まるくらいの綺麗な石の魔道具を掲げて見せた。レコーダー機能があり、買えばかなり高価な品である――これは自作で安かろう悪かろうなのだが、短時間の再生は問題ない。

「書類はこちらに。気の変わらないうちに取りあえずサインをお願いします」

 手際がいいことに、あとはサインするだけの書類を持ってきていた。
 バインダーとペンを手渡せば、ヘクターはふらふらと引き寄せられるように婚約解消にサインする。
 キャロラインの告白にショックを受けて判断能力が鈍っていたとか後で言われないかな、とはちらと思ったが、隣でレイモンドが頷いたので良しとした。

「確かにいただきました。ありがとうございます。別に高額な慰謝料を請求しようとは思ってないから大丈夫ですよ。幼馴染のよしみです」
「済まない……」
「……それも最後にしてほしいけどね」

 ふらふらとショックを受けているヘクターに対し、口を挟んだのはレイモンドだった。

「お前は?」
「関係ないだろと言いたいところだけど、せっかくだから証人になってもらおうかな。逃げられても困るから」

 狐につままれた顔をしているヘクターを放置して、レイモンドはフランシスに向き直った。

「さて、これで婚約も解消したって訳だね。おめでとう……ああこれは僕にとってもだね」

 レイモンドは跪くと、今度は別の驚きで固まっているフランシスの手を恭しく取った。
 そこで更に彼女の頭は、普段はそっけないのに紳士然とした振る舞いができるのだ、と混乱する。

「ミス・フランシス・ブロードベント。僕と結婚していただけませんか」
「……え。え?」
「我が家に財産は全くありませんが、将来にわたって研究を続けられる環境は必ずお守りしますし、必要ならばいつでもできる限りのお手伝いをします」

 ――仕返しだ!

 この前レイモンドが言っていた言葉が脳裏をよぎり、フランシスはひっと息を呑んだ。
 先に言い出したのは彼女だったから、逆に言い出されてもおかしくはない。おかしくはないが、勿論それはまともな状況で本気で申し出ていたらの話であって。
 あの時は、結婚してしまえば有責でも婚約破棄できるからという切羽詰まった頭で考えたもの。そんなこと知っているはずなのに。

「え、ええっと、ええとですね……」

 そして、なんといえば法律上承諾とか、今後厄介なことにならないのかを必死で考える。
 何を言っても言質を取られるのではないかと思うと少し怖かった。

「――行きましょう、ヘクター様。私たちはお呼びでないですよ」

 キャロラインが、展開の速さに呆然としているヘクターの背中を押して部屋を出て行った。
 扉が閉まる。
 1、2、3……たっぷり10秒程経ってから、何とか口を動かしてフランシスは問い返した。

「ストウ様は私のことをお好きではないでしょう? ヘクターの前であんな冗談を言って追い詰めるのはやりすぎでは」

 その言葉に、レイモンドは立ち上がるとフランシスの手を離す。
 顔には先ほど浮かべていた紳士のような表情は夢のように消え去っていたが、声には懐かしさを含んだ親しみがあった。

「前から焦がれてたよ、王子様……いや、お姫様に。ブロードベント式指紋採取法の開発者にね」
「……あ」

 フランシスは思い出した。レイモンドが初めて会ったときに、唯一彼女に興味を示したものを。

「あの方法が採用されたおかげで、真犯人の指紋が発見された。そして祖父の指紋もまた、事件発生時刻より前に着いたことが証明できた。
 だから僕と祖父、家族にとって君は救世主なんだよ。
 開発者にずっと会いたかった……本当は君のお父上かと思ってたんだけどね」
「まあ……そうですね。父にも一部協力を仰いで共同名義だったので、私の名を覚えている人はごく少数です」

 研究に興味があったんだ――とフランシスは冷静さを取り戻した頭でこくりと頷き、それから顔を少し反らしたレイモンドの横顔を見つめる。
 少しだけ頬が赤いような気がするが、それこそ気のせいかもしれない。

「それが理由で協力してくださったんですね。ありがとうございます」
「その君の研究の成果と真摯な努力を、あんなつまらない理由で邪魔させるわけにはいかない。あいつは君が優しいのをいいことにだいぶ甘えていただろう。釘を刺しておこうと思って。
 それに、多分、これから現れる他の男も君を理解して援助したりしないだろう。……というのが利点じゃ駄目だろうか」
「……ええと?」

 どういう意味に捉えていいのか測りかねている彼女に、レイモンドはそれ以上説明しなかった。

「そうだな、君は研究以外には察しが悪いんだった。……まあいいや、結局君の図書館に通えば、僕の指紋がペタペタ付くことになるだろうからね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

モブなので思いっきり場外で暴れてみました

雪那 由多
恋愛
やっと卒業だと言うのに婚約破棄だとかそう言うのはもっと人の目のないところでお三方だけでやってくださいませ。 そしてよろしければ私を巻き来ないようにご注意くださいませ。 一応自衛はさせていただきますが悪しからず? そんなささやかな防衛をして何か問題ありましょうか? ※衝動的に書いたのであげてみました四話完結です。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

殿下は婚約破棄した私を“横領犯”として追放しましたが、私が“王国の財布”だとご存じなかったのですか?

なかすあき
恋愛
王太子の婚約者であるレティシアは、愛ではなく“王国の財布”に選ばれた内政官だった。 干ばつ救済基金を管理し、徴税と支出の流れを整え、国が崩れないように回してきたはずなのに。 舞踏会の夜。 聖女セシルの涙と王太子の言葉が、レティシアを一瞬で“横領犯”に仕立て上げる。 反論しても届かない。空気が判決を下す場所で、レティシアは追放された。 落とされた先は、干ばつに喘ぐ辺境。 水のない井戸、荒れた配給所、怒りの列。 レティシアは泣く代わりに、配給と水路と記録を整えた。奇跡ではなく、段取りで。 やがて王都は、レティシアがいなくなった穴から静かに壊れ始める。 支払いは止まり、責任は溶け、聖女の“物語”だけが空回りする。 呼び戻しの使者が来ても、レティシアは従わない。戻る条件はひとつ。 ――公開監査。 記録水晶が映し出すのは、涙では隠せない日付と署名、そして“誰が何を決めたか”という事実。 この逃げ場のない復讐劇の先に残るのは、王都の再起ではなく、辺境の明日だった。 これは、道具として捨てられた内政官が、二度と道具に戻らず、“責任を固定する”ことで国を救い、自分の居場所を選び直す物語。

氷の公爵の婚姻試験

潮海璃月
恋愛
ある日、若き氷の公爵レオンハルトからある宣言がなされた――「私のことを最もよく知る女性を、妻となるべき者として迎える。その出自、身分その他一切を問わない。」。公爵家の一員となる一世一代のチャンスに王国中が沸き、そして「公爵レオンハルトを最もよく知る女性」の選抜試験が行われた。

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

頭頂部に薔薇の棘が刺さりまして

犬野きらり
恋愛
第二王子のお茶会に参加して、どうにかアピールをしようと、王子の近くの場所を確保しようとして、転倒。 王家の薔薇に突っ込んで転んでしまった。髪の毛に引っ掛かる薔薇の枝に棘。 失態の恥ずかしさと熱と痛みで、私が寝込めば、初めましての小さき者の姿が見えるようになり… この薔薇を育てた人は!?

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

やさしい・悪役令嬢

きぬがやあきら
恋愛
「そのようなところに立っていると、ずぶ濡れになりますわよ」 と、親切に忠告してあげただけだった。 それなのに、ずぶ濡れになったマリアナに”嫌がらせを指示した張本人はオデットだ”と、誤解を受ける。 友人もなく、気の毒な転入生を気にかけただけなのに。 あろうことか、オデットの婚約者ルシアンにまで言いつけられる始末だ。 美貌に、教養、権力、果ては将来の王太子妃の座まで持ち、何不自由なく育った箱入り娘のオデットと、庶民上がりのたくましい子爵令嬢マリアナの、静かな戦いの火蓋が切って落とされた。

処理中です...