叩いても真実の愛は出てきません

有沢楓花

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愛される義妹と、使用人のような姉

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「お義姉様はこう叩かれるのがお好きなのよ」

 薄く開いた扉の向こうから小さな笑い声が聞こえて、ジニア・サザーランドは足を止めた。
 銀のトレイに乗った茶器が、動揺でカタカタと小刻みに揺れる。

 義理の妹、ミリアムの新しい青いデイドレスの腕が振られているのがちらりと見えた。それから手入れの行き届いている金色の長い髪に結ばれたリボン。
 華やかな顔立ち、誰に対しても自信ありげな態度、伸びた背筋。

 その彼女がふと目線をこちらにやったので、ジニアは何事もなかったように扉の前に立って声を掛けた。

「お茶をお持ちしました」

 ミリアムは来ることが分かっていたように扉を開くと、姉の頭の先からつま先までを眺める。
 烏のような黒髪をきつく結い上げ、義母から押しつけられた黒く辛うじてドレスと呼べる型の服、黒いブーツ。黒ずくめで色と呼べる色は、目の青しかない。

「あらお義姉様、使用人のような格好をなさって」

 ミリアムの眉が不愉快そうに潜められる。

「これは……その」
「せっかくの避暑地なのだから、羽目を外してもっと華やかなドレスでも着ればいいのに。先日、私のお古を差し上げたばかりでしょう?」
「……」
「それにお茶菓子もないのね。どうせお茶も冷めているんでしょうから、私が用意させるわ。お義姉様のお願いは、誰も気にかけないんだもの」

 そこでミリアムは室内を振り返った。

「それではわたくしは失礼いたしますわ。どうぞごゆっくり、ノーマン様――あ、先ほどのお約束、くれぐれも忘れないでくださいね」

 ジニアからは見えなくても分かる。満面の笑顔を浮かべたのだろう、彼女は美しく一礼をして、ジニアの横を抜けていく。
 メイドを連れて、子爵家の磨かれた廊下に靴の音と、ジニアだけに聞こえる声を残して。

「……さっさと出ていけばいいのに」

 颯爽と歩き去る姿をジニアは伏し目がちに、少しの間眺める。
 幼い頃は共に野原や森に出かけて花を摘んだのに、今では全く正反対だ。
 華やかで、服も菓子も好きなだけねだり、捨てて、我が儘だと噂されようが、いつだって堂々としたひとつ下の義理の妹。まるでふたりの実母の行く末のように。

 ジニアの実母は、体の弱い人だった。父であるサザーランド子爵とは政略結婚だった。
 だからジニアがまだ幼い頃病で去ってから、すぐに――そう、すぐにやってきたのがミリアムの母親の男爵令嬢で娘まで連れてきても、子爵家の人々は迎え入れて、次第にジニアから興味を失った。
 だって、「真実の愛」を貫いた二人だというのだ。そして息子を産む可能性があったのだから。

 義母はそれでも、ジニアが目障りだったらしい。
 幼い頃はマシだったが、最低限の食事と教育を与えた後は放置していた。タイミング悪く家族の輪に加われないことも増えた。
 子爵は忙しくて顧みる余裕もない――ジニアが自分の処遇について、尋ねたことはない。
 館の女主人が軽視すれば、彼女が連れてきた侍女らも軽視する。

 結局弟が生まれることなく婿取りをするしかないと決まってからますます疎まれるようになったジニアは、いつの間にか使用人のまねごとまで頼まれるようになっていた。

「……どうしたんだよ、ジニア。お茶を淹れてくれないのか」

 低めの声に突然名を呼ばれて、びくり、と背筋を震わせる。
 おずおずと顔を上げると、寝室と続きになった小さな書斎の椅子の上に幼馴染みの姿があった。
 同じ黒でもジニアと違う、艶のある黒檀のような髪と瞳。
 襟元を少し着崩していて、シャツのラフな服装でも元々の姿勢と育ちが良いのか、やはりミリアムのように貴族――貴公子然として見える。
 甘い顔立ちは社交に出ればそつのない笑顔で、それなりに女性の視線を集めていた。婿入り先を探す貴族としては及第点だ。

「ノーマン様」
「お前はちっとも打ち解けてくれなくなったな」
「ミリアムとはすっかり打ち解けられているようで、何よりです」

 ノーマン・クリフトン。
 クリフトン伯爵家の次男で、サザーランド家の客人だ。
 サザーランドとは領地も毎年夏の避暑の別荘も近く、そして年齢も近かった縁で、いつしか互いの別荘や家を行き来するようになった仲だ。
 というよりそれを狙って父親と義母が、別荘に招いていた貴族の子息達の一人だった。
 義母は彼がお気に入りで、婿に迎えようと娘を売り込んでいた――勿論、ミリアムのことだ。この国では男性しか爵位を継げない。

「あれを打ち解けてと言えるんなら、一方的にって補足しなきゃな。お前に関しては打ち解けて『くれなくなった』って言ったんだよ、ジニア。
 幼馴染みなんだし、学校も同じ美化委員会で。あの頃は先輩なんて言ってもうちょっと可愛げがあっただろ……」

 ノーマンのため息に、書斎机にお茶を淹れるジニアの胸がつきりと痛み、眉が下がった。
 その表情を見て彼はほんの少し慌てたように付け加える。

「もちろん、学生時代と成人した今じゃ、立場が違うことは分かってるけどな」
「その通りです」

 見てくれが最低限整っていれば、学校内では自由に過ごせた。友人や彼と会話することだって。美化委員を選んだのは放課後の仕事があって、家に遅く帰ってもいいからだ。
 社交界だって監視付きではあったが、参加することはできた。

 できなくなったのは、学校を卒業して一年ほどして、両親がジニアの縁談を探し始めてからだ。
 その頃にはノーマンはしばしば用がなくとも家を訪れるようになっていて、ミリアムに手紙やプレゼントを寄越し、ついでにジニアにもとくれた。
 彼を婿にできると思った両親は、家に小姑が残っているのでは邪魔だし、妹が先に結婚するのは外聞が悪いと判断したのだ。

「婚約者が決まるまでは、男性のお客様とはなるべく話をしないようにと言われております」
「それで使用人のまねごとを?」

 ジニアは困ったように微笑を浮かべた。しおれた花のようだと義母からはよく言われるから、笑うのはあまり好きではない。

「お発ちになるのは今夜でいらっしゃいますね」
「ああ。一ヶ月も世話になったな」

 ノーマンはこの一ヶ月、仕事の都合でサザーランド家の別荘に滞在していた。いや、本来は実家の別荘にいるはずだったのだが、ミリアムがねだり、彼女に甘い両親が乗り気だったから。

「……いえ、私は何も」
「それで最後にミリアムが俺に――あ、これは水だな、もう」

 お茶に口を付けたノーマンは、顔をしかめる。もう一脚のティーカップは当然ジニアでなくミリアムのためのものだったが、恥をかかせる方を誰かが――義母の息が掛かった誰かが選んだらしい。
 ジニアは仕方なくもう一方のカップにも注いで口を付ける。確かに、香りも何もしない色つきの水に近いものだった。

「申し訳ありません。ミリアムがまた新しいお茶を用意すると思いますが……」
「お茶はいいよ。それより、ミリアムがわざわざくれた服は着ないのか?」

 ジニアは眉根を寄せる。妹がどこまで彼に話したのか。
 気にはなったが、首を振る。あの服は似合わないだろう、と思っていた。思っていたが――、次の一言でほんの少し後悔した。

「じゃあ、その服でお茶を出すってことは、もうちょっと“メイドごっこ”をしたいってことだよな」
「……え?」
「実はまだ荷物の整理が終わってないんだ。大事な捜し物があるんだ。手伝え」

 ジニアは一瞬考えたが、頷いた。
 ノーマンの前からは、すぐに下がるようにと義母に口うるさく言われている。従わなければ何を言われるか分からないが、かといって彼の不興を買うのも許されないだろう。

「お手伝いいたします。お捜し物は何か伺っても宜しいでしょうか」

 彼女は控えめに、部屋の中に目を走らせる。
 来たときと同じだけのトランクが書斎机の前に置いてあり、本棚にも暖炉のマントルピースにもサイドテーブルにも、周囲には彼の私物は何も無いように見えた。

「――『真実の愛』」
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