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前編

『好きなんでしょ?』

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 花宮とりんは、日を追うごとにますます仲良くなっていった。俺はりんを連日学校へ連れていき、雄介も含めて3人+1霊体で一緒に行動した。雄介だけがりんの存在を認知しない状況で、学校帰りにファミレスで話をしたりゲーセンでゲームをしたりした。

 俺はゲーセンで例のバスケのゲームを自分自身でやってみたが、60秒間で7ゴールという信じられないロースコアを叩き出してしまった。ゲーム中、隣のりんからは『ちょっとナオ! 本気出しなさいよ!』と怒られ、雄介は「どういうこと?」と呆れていた。事情を理解していた花宮だけが、ニコニコと笑いながら見ていた。

 花宮が俺のアパートに来る回数も、徐々に増えていった。そしてある日、花宮はりんに「料理を教えて欲しい」と言い出した。

 今まで花宮は家で料理をほとんどしていなかったらしいのだが、俺がりんから料理を教えてもらっていると知ると、「私も教えて欲しい」という流れになった。

 週末の昼間に俺とりんが材料を買い出しに行って、夕方から花宮が俺のアパートへやって来る。そしてりんから料理を教えてもらうというパターンが続いた。本当は花宮と一緒に買い物に行ければよかったのだが、万が一学校の連中に見つかったら大変なことになる。「あいつら、同棲してる?」とか、噂になりかねない。

 花宮が料理するときは、りんが横についていろいろと指示を出したり、たまに花宮に憑依して包丁を使ったりする。感覚共有ができるので、花宮はりんの包丁使いが体感できて凄く参考になるそうだ。

 俺の部屋のキッチンで料理をするエプロン姿の花宮は、とにかくめちゃくちゃ可愛かった。俺がその後ろ姿を凝視していると「琴ちゃん、気をつけてね。琴ちゃんのエプロン姿に欲情したナオが、襲ってくるかも」と、りんが注意喚起していた。

 花宮の料理が完成すると、俺たちはそのまま早めの夕食としていただいた。りんは俺か花宮に憑依して、3人で味わった。花宮が作ってくれた料理は、どれも美味しかった。『まあ教える先生がいいからね』と、りんも自慢げだった。

 花宮とりんは、とにかく仲がよかった。親友、あるいは姉妹かと思えるほど、どこへ行くにもお互い一緒に行動したがった。二人が一緒にいるときは、自動的に俺もいることになる。だから俺たち3人は、一緒にいる時間がとても長くなった。

 後期の中間試験が終わって12月に入ると、急に気温が下がり始めた。ついこの間までは汗ばむくらいの陽気だったのに、今日は冬型の気圧配置らしく朝方は吐く息も白くなるぐらい冷え込んだ。

『そろそろおでんのシーズンだねぇ』

 学校帰りのスーパーからの帰り道、りんはしみじみと言った。今日のメニューは豚のしょうが焼きと茶碗蒸しの予定だ。

「ああ、もうコンビニで売ってるぞ」

『そうじゃなくって作るんだよ。おでんの具を買ってきて、鍋で煮てさ』

「うわー、面倒くさそうだな」

 俺はおでんといえばコンビニのレジ横で買うものだと思っていたので、自分で作るという発想はなかった。それが今では多分自分でもおでんぐらいは作れるようになっている。もっとも作る時、りんのアドバイスが必要だが。

 りんと出会って、もう8ヶ月か……俺はふと4月からのことを思い出す。最近のりんは、今までで一番楽しそうに見える。花宮という親友ができて、毎日充実しているからだろう。

 その一方で、りんに小さな変化が現れている。本人は認識していないかもしれないが……りんの霊力が、低下してきているのだ。

 少しづつではあるが、その姿が以前と比べて薄くなってきている。念話も少し弱いし、以前よりは憑依するときにも時間がかかるようになった。

 そしてこれは……りんの成仏が近いかもしれないことを意味している。生前にやり残したことを充足した地縛霊は徐々に霊力が弱くなり、姿も見えなくなって最後はきれいに成仏していく。俺はそんな霊体をいくつも見てきた。

 りんの成仏も近いかもしれない。俺はそんな近い将来を考えると、正直とても寂しい気持ちになる。霊能者失格かもしれないが、そこまで気持ちをコントロールできるほど俺は大人じゃない。

 俺は……りんに対して、どういう感情を持っているんだろう。

 りんは俺が行くところには、いつも一緒にいた。ほぼ毎日、買い物や料理のアドバイスもしてくれている。食事もよく一緒に食べるし、毎日一緒にテレビも見る。

 俺が落ち込んだときは、いつも下ネタや冗談をいいながら励ましてくれるし、アパートでも学校でも居眠りしそうなときは『ナオ、起きなよ!』と起こしてくれる。りんはもう、俺の生活の中で欠かせない「相棒」のような存在になっているんだ。

 もし……りんが霊体じゃなくて「体」があったなら……俺はりんのことを好きになっていたかもしれない。それこそ「同棲中の彼女」になっていたかもしれない。そんな無意味な仮定を思い浮かべても、仕方ないことなのだが。

『どうしたの、ナオ? 急に静かになっちゃって』

「ん? ああ、なんでもない」

『巨乳女教師の胸で窒息させられて、白衣ナースに人工呼吸してもらう妄想でもしてたの?』

「どんだけ特殊なシチュエーションなんだよ」

『……ねえ、ところでさ』

「なんだ?」

『ナオは……琴ちゃんに、きちんと気持ちを伝えたの?』

「えっ?」

『好きなんでしょ? 琴ちゃんのこと』

 俺は不意を突かれて、とっさに返す言葉が見つからない。

 俺は……多分花宮のことが好きだ。あれだけ可憐で可愛い子が、連日のように俺のアパートへ遊びに来てくれる。りんに会うのがメインとはいえ、俺にも最高の笑顔を向けてくれる。このあいだりんが憑依して俺に悪戯を仕掛けたとき、うつろな瞳で俺のことを上目遣いに見上げた花宮の姿に、俺の思考は完全に停止した。

 この感情を表現するのに「好き」以外の言葉が見つからない。

『ちゃんと気持ちを伝えないとだめだよ。だって……』

 りんが俺と顔を合わせるように、正面にまわった。

『ナオだって……ひょっとしたら、明日死んじゃうかもしれないんだよ』

「……」

『死んじゃったらさ、もう気持ちを伝えられないんだよ』

 りんのその言葉は重みを持っていて、俺の心の深いところに突き刺さった。それと同時に……俺は不意に花宮が言っていた言葉を思い出していた。

「やっぱり……りんちゃん、城之内君のこと好きだと思うな」

 もしそれが本当だったら……ひょっとしたら、りんが傷つくことになるかもしれない。それは仕方のないことなのかもしれないが……俺はりんの傷ついた泣き顔なんて、見たくなかった。勝手な言い分かもしれない。でも成仏が近いかもしれないりんにとって、それはあまりにも酷い仕打ちじゃないのか?

「ああ、そうだな。心に留めておくよ」

『うん。後悔しないようにね』

 俺たちの会話はここで終わり、しばらく無言で歩いた。そして次に二人で話した話題は「茶碗蒸しのダシはどうするのか」についてだった。
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