【完結】勝るともなお及ばず ――有馬法印則頼伝

糸冬

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(二十七)御伽衆

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 わずかな供廻りを連れて淡河城を出立した則頼であるが、秀吉が病に臥せっているとの風聞だけで見舞いに駆け付けるとなると、先触れを走らせる訳にもいかず、微行での登城とならざるを得ない。

 門前払いも覚悟しながら、大坂城の番卒に名乗り、来訪の旨のみを秀吉に伝えてもらいたいと告げる

 すると、相当に待たされはしたものの、登城を許された。

 出迎えにやってきた秀吉の近習に案内されて城内を進むにつれ、則頼の緊張も高まる。

(さて、噂は真であるか……)
 しかし、則頼が通されたのは書院だった。

 病で伏せているのであれば、秀吉がいるのは寝所であろう。

 嫌な予感が走る。
 案の定、書院の中にいた秀吉は寝込んでなどいなかった。

「よう来たのう」
 くだけた様子で座る秀吉が、にこやかに則頼を出迎える。

「や、や。はや本復なされましたのか」
 則頼がのけぞりながら縁側まで後ずさって大仰に驚いてみせる。

 居合わせる近臣が、醜態と言っても過言ではない則頼の慌てぶりに失笑を漏らす。

 しかし、則頼は忍び笑いなどに耳を貸さない。ただ、この後の立ち回りだけを懸命に考えている。

 ここまでくれば、噂を信じて踊らされた愚か者で終わるか、あくまでも秀吉の身体を案じる忠臣となるかは、この後の振る舞い次第。則頼は覚悟を決める。

 則頼の露骨な驚きぶりに、秀吉も胸を反らせて大笑いする。

「皆が騒ぎすぎなのじゃ。儂のような戦場往来の者は、こうやって城のなかにずっとおると、却って身体の調子が悪うなるわ」

「さすがは筑前様」
 恐れ入ったとばかりに則頼は平伏する。

 どうやら、秀吉が体調を崩したこと自体は事実ながら、病に倒れたというほど大事ではなかったのだろう。

「したが、なにゆえに有馬の坊主が儂が寝込んだと知った」
 則頼の頭上から、一転して険しくなった秀吉の声が降ってくる。

 無理もない反応である。
 当主の体調は御家の秘事に関わる。早々に外部に漏れては困るのである。

「当家には、耳聡き者がいささかおりますれば」
 伏せていた則頼はやや身体を起こして、そう応じる。

 当然、ここで葛屋の存在を馬鹿正直に口にはしない。

 しばし互いに無言となる。
 やがて、根負けしたように嘆息して首を振ってみせたのは秀吉のほうだった。

「……まあ、よいわ。今一度、家中を引き締めるよき機会と思うてやる。今少し後であれば、そうも言うておれなんだがな」
 険しい表情の秀吉が、じろりと則頼の顔をにらむ。

 だが、秀吉のいつもながらの放言の中に仕込まれた含意を、則頼は聞き逃さない。

 つまり、秀吉はまもなく何か事を起こすつもりなのだ。

「となりますれば、出陣が近いとの近いとのことですな」
 則頼の相槌に、秀吉は頬を緩めてにんまりとする。

「それよ、それ。やはり有馬の坊主は話が早くて良いわ。ここで仔細を話してやってもよいが、せっかく来たんじゃから、茶でも飲みながら話すと致そう。儂が点ててやろうほどにな」
 機嫌を直した秀吉は気ぜわしく、早くも腰を浮かせている。

「お待ちあれ。天下の羽柴様に茶を点てさせるためにやってきたなどと噂されれば、皆に妬かれてしまいます。ここはそれがしが」

「遠慮するな。それこそ、今に儂から茶を点ててもらえる機会などのうなってしまうぞ」
 則頼は秀吉に促されるまま、城内の茶室に場所を移す。

 なお、秀吉の事跡の代名詞の一つとなる「黄金の茶室」はこの年の末に作られるため、現時点では存在していない。



「先程のお言葉は、いかなる意味にございましょうや」
 茶室にて、主客の座を占める則頼が尋ねる。

 今は、あまり恐る恐るといった態度を取らないほうが秀吉の意に叶うと読み、いささか無礼な聞き方をした。

「うむ。儂は近々、関白の位につく」
 則頼の読み通り、秀吉は楽し気に笑いながら薄茶を点てて茶碗を差し出す。

「なんと」

「関白殿下の茶じゃぞ。よって、これよりは簡単には茶を点ててもらえると思うなよ」

「まことに持って、恐れ入りまする」
 則頼は掛け値なしの驚きをもって茶碗を受け取る。

「そこでじゃな。関白もええが、その前に懲らしめてやらねばならぬ相手がおる。儂が小牧・長久手で三河殿と対峙しておる間、紀伊では根来寺や雑賀党や太田党などの奴輩が背後を脅かしおったからな。ここらでいっちょう、思い知らせてやらねばならぬ」
 秀吉は目を怒らせて息巻いた。

 気弱な者であれば、その眼と声に籠った力に震えあがってしまうところである。

 しかし、ここは何食わぬ顔で泰然としている場面と則頼は見切る。

「此度は、殿の背中から射かける者などございませぬな」

「うむ。有馬の坊主殿も来るか」
 表情をくるりと明るく変えた秀吉が、まるで花見に誘うかのような口ぶりで問う。

「ありがたきお言葉。されど恐れながら、先年の戦さで損なった兵を補う目当てがついておりませぬ故、御力にはなれぬものかと存じまする」
 言葉を選びつつ、やんわりと則頼は断った。

 ただの逃げ口上ではない。
 長久手の戦いにおいて、則氏に従って最後まで戦った侍や足軽が少なからず失われたのは事実だった。

 特に、兵の進退に慣れた物頭が幾名か討たれているのが痛い。

 それらの主を喪った家に弟や息子などがいればよいが、いなければ養子を迎えるなりして継がせる必要がある。

 彼らがいっぱしの武者として働きを計算できるようになるまでには、相応の時がかかる。

 禄高が一万石しかない以上、主が討死した武家を容赦なく取り潰しでもしなければ、限られた石高で新たに牢人者を雇うにも限界があるのだ。

 則頼としても、あまり領民に対して過酷な役を課したくない。

 とはいえ、則頼の中に戦さに対する億劫さも確かにあった。

 戦ささえ無ければ、則氏は健在だった筈だとの思いは消えようがない。

「そうであったな。嫡男が討たれたのであれば、立て直しに苦労するのも致し方ない。まぁ、ええわ。坊主殿に頼らずとも、動かせる兵は充分にあるでな」
 秀吉はさして気にも留めない風な調子で応じ、則頼が参陣しないことを認めた。

 しかしその口ぶりとは裏腹に、則頼の心根を見抜き、有馬家をこれからはまともな武家として扱わないと決めたかのような、どこか不吉な空気があった。

「恐れ入りまする」
 則頼は内心の不安を隠し、何食わぬ顔で頭を下げる。

「それはそうと、何かある度にいちいち淡河くんだりからやってくるのも面倒であろう。城下に屋敷を与える故、そこに住むとええわ」

 思い付きのような軽い口ぶりで、秀吉は重大事を則頼に突きつける。

「有り難きお言葉なれど、こうみえても淡河一万石の大名ですからな。そうそう領地を離れてもおられませぬ」

 流石に面食らった則頼は、我ながら面白みに欠けると思いつつ、常識的な返事しかできない。

 案の定、秀吉はつまらなそうな顔になる。

「らしくもないわ。そうありきたりなことを申すな。なに、留守を任せられる家臣が、一人や二人はおろうが」
 秀吉は簡単に言ってくれるが、則頼としては頭の痛い問題である。

 留守中の所領を任せられそうな家臣と言われても、吉田大膳か有馬重頼ぐらいしか思い浮かばない。

 強いて加えれば淡河長範も合わせて三人。

 淡河城だけでなく、三津田城や萩原城の城番も置かねばならないことを考えれば、どうにも手が足りない。

 それこもれも、負け戦に巻き込まれた則氏が討たれたためなのだが、それを秀吉に愚痴る訳にもいかない。

 世継となる次男の玄蕃頭豊氏は依然として秀吉に近侍している。

 もちろん、秀吉に返してくれなどとこの場え則頼から談判できるはずもない。

「ただ、傍におれと申されましても。御役目という形でなければ、家中に示しがつきませぬ」

 渋る則頼の訴えに、秀吉が口をへの字に曲げる。

「役目のう。今更申すまでもないが、卑賤の生まれである儂には学がない。されど先も申したとおり、いずれ関白になる男としては、そうも言うておられぬ」

 そのため、各分野に通じた有識者を傍に置き、いわゆる耳学問により知識を深めたいのだ、と秀吉は腹案を語る。

 これは、若い近臣にはあまり聞かせたくない本音であろうと則頼は理解した。

「左様にお考えでございましたか。では、御伽衆おとぎしゅうという御役目になりましょうか」
 則頼は咄嗟に、思い浮かんだ「御伽衆」の呼び名を口にする。

「御伽衆か。聞いたことがあるな。亡き上様にもそのような者が仕えておった。うん、それで行こう」

 語感が気にいったのか。秀吉は何度か口の中で「御伽衆」と繰り返してにんまりと笑う。

「お気に召されたようで、何よりにござりまする」

「何を他人事のように澄ましておる。その方も御伽衆の一人じゃ。いや、最初の御伽衆と言うべきかな」

「真にござりまするか」
 則頼はやや面食らった。

 まさか現役の当主である自分が選ばれるなど全く想像していなかったからだ。

 このような役目は、町人であったり、武家であれば隠居した者が勤めるべきものであろう。

「まぁ、案ずるな。役目料を加増してつかわそう」
 そして、秀吉はあっさりと則頼の加増を決めた。

 加増分は一千石ほど。

 これにより、則頼の所領は淡河、三津田、戸田とあわせて一万千石となる。

「光栄にございます」

 断れる訳もなく、一も二もなく頭を下げる則頼であるが、果たして自分はなんの有識者として求められているのだろうか、と思わずにはいられない。

 秀吉は既に茶湯の造詣が深い。
 長らく堺や京の流行りから離れており、時代遅れ気味となっている則頼の茶湯を今更学びたい筈がない。

 であるならば、単に「」枠として則頼を求めているだけだ。

(どうやら、武家としての儂の出世は頭打ちらしい)
 則頼は漠然と、そんなほろ苦い思いを抱いた。



「これでは気楽なのだか、窮屈なのだか判らんな」
 秀吉の元から退去した後、近臣によって大坂城下の拝領屋敷を案内され、則頼は思わず苦笑いを浮かべた。

 周囲には同じような真新しい屋敷が幾つも建ち並んでおり、則頼のためにわざわざ建てられた訳ではないことは言われずとも見て取れた。

 何かと理屈をつけて、則頼のような小領主を地元から切り離して大坂城下に住まわせるのが、秀吉の目論見なのだろう。

 家名を守るためとはいえ、妙な成り行きになったものだと思った。

 若き頃の則頼であれば反発心を抱いたかも知れないが、もはや五十路となった今では現実を受け入れる気持ちになっている。

 則氏の討死は、依然として則頼の心に暗い影を落としていた。。



 なおこの後、秀吉は則頼をきっかけとして、元将軍である足利義昭や、主筋である信長の一門衆である織田有楽斎や織田信雄、また但馬の大名であった山名豊国など、落魄したかつての目上の者を、ある意味では情け容赦なく続々と御伽衆に加えていくことになる。

 自らが語った通り、一代の成り上がりである秀吉にとって、彼らの由緒正しき武家としての経験や知識はこれから欠かせないためだ。

 ただ、秀吉の御伽衆には、武士ばかりではなく、儒僧や茶人は言うに及ばず、曽呂利新左衛門なる軽口や頓智のみが己の武器という怪し気な人物までもが含まれていた。

 その数は、後世に名前が伝わるだけでも優に五十人前後になる。

 秀吉がそんな人数と毎日顔を合わせて話し込んでいれば、それだけで日が暮れてしまう。

 従って当然、御伽衆は毎日出仕する訳ではなく、秀吉の求めに応じて登城することになる。

 城下に屋敷が幾つも設けられているのはそのためなのだ。

 もっとも則頼にしても、自分のつぶやきが端緒となった御伽衆が、元将軍だの元一国の大名だのといった大物が集う大所帯になるなど、想像の範囲外であった。
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