【完結】電を逐う如し(いなづまをおうごとし)――磯野丹波守員昌伝

糸冬

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(六)佐和山城主

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 賢政率いる浅井の軍勢が小谷城へと帰還するのを見送った後、員昌がまず手を着けたたのは、宮沢城に使者を送ることだった。

 思いがけない形とはいえ佐和山城を預かることになったうえは、美弥や員行ら自分の親族は、すぐには無理でも、出来るだけ近いうちに呼び寄せるつもりだった。

 今回の佐和山城の在番にあたり、在所の宮沢城を引き払う必要はない。そもそも員昌は浅井家に仕えてはいるが、宮沢の地は賢政から与えられたものではない。

 従って、賢政には問答無用で磯野家の所領を取り上げるだけの権限がない。

 員昌は依然として宮沢城の城主としての立場を維持しつつ、賢政から佐和山城の管理一切を任された形になる。

 とはいえ、佐和山城下の領民の慰撫をおろそかにはできない。

 単なる番将として駐留するのではなく、百々家に代わってこの地を治めるのだという姿勢を態度で示さねばならない、員昌はそう考えている。

(ただ、美弥はともかくとして、右近を連れてくるのは苦労するやも知れぬなあ)

 人前に出ることを極端に苦手とする嫡男の扱いを思うと、員昌としても頭が痛い。

 なるべく他者と接する機会が少なくなるような一室を本丸御殿に確保せねばならない、と思う。

 本来であれば帰郷して、自ら員行を連れてきたいところだ。

 だが、いつなんどき六角が再度の侵攻を企てるか判らない現状にあっては、佐和山を離れる訳にはいかない。

 戻れるものなら、清水谷に暮らす老母にも一声かけておきたい。
 その他も、あれこれ心にかかることばかりあるが、しばらくの間は思うに任せず、現況を知らせる書状を送って済ませるより他はなかった。

 他にも配下の将や馬廻りなど、家臣団の家族をどの程度転居させるか、方針を考えるのも簡単ではない。

 なにより、城下に住まわせる屋敷を必要分確保できるのかすらも、よく判っていないのだ。

「人任せにはしておけぬ。この目で確かめておかねば」

 城内の片づけをひとまず終わらせた員昌は、状況を把握する必要を感じて、小堀正房と馬廻りを連れて城下周辺の巡検に出た。



「こうしてみると、つくづく見事な城構えよの。今は亡き、義祖父様も喜んでおられようか」

 城の東側に設けられた大手門から街道筋まで出たところで佐和山の山塊を見上げた員昌は、感に堪えぬ、といった口ぶりで呟く。

 もちろん、先日己が奪還したばかりの城である。

 しかし、これから自分が守る城となれば、なんとなく見え方まで違ってくる。

 磯野家の三代前の当主で、員昌の義祖父・磯野伊予守員吉もまた、永正年間の一時はこの佐和山城に在番した時期もあったとされる。

 員昌自身が生まれる前の時代であるから仔細は判りかねるのだが、因縁深い城を任されるのは悪い気はしない。

「殿の働きを御認めいただいたことは嬉しゅうはにござりまするが、これからのことを考えると、いささか頭が痛くもありますな」
 傍らの正房は厳しい面持ちで口を尖らせた。

 確かに、周辺に目線を下ろしてみれば、各所の傷み具合が嫌でも目に入る。

「このあたりは、本格的に手を入れ直さねばならぬなあ」
 員昌もため息まじりに応じる。

 佐和山城は、本丸部分を人間の頭に例えるならば、湖に背を向け、東山道に向けて両腕を伸ばしたような二本の尾根筋を活かした縄張りで築かれている。

 二つの山裾部分をつなぐように土塁が築かれており、尾根筋の間に挟まれた緩やかな斜面を持つ谷部には武家屋敷が立ち並ぶ。

 だが、員昌のみるところ、外郭の土塁の規模はいささか物足りないし、武家屋敷はあちこちが焼け落ちており、逃げ出した領民も多いのか、人影も少なく、閑散としている。

「急ぎ、本格的な修繕にかからねば」

「いや、単なる修繕では済まされませぬ。生半可な形で終わらせては、また攻め落とされることになりかねぬかと存じます」

「百々隠岐守殿がなぜ守り切れなんだのか、どのような最期を遂げたのか、百々家の遺臣に尋ねておかねばならんな」

 員昌と正房はそんなやりとりを交わしつつ、北側の山裾にある大手門から三の丸、二の丸を経て本丸まで登る。

 本丸御殿には兵火のかかった様子はなく、ほぼそのまま用いることが出来そうだった。

「やはり、見晴らしのよい場所よな」

 西を見やれば彦根山があり、遠くには六角家の居城である観音寺城と安土山が望見できる。

 北に目を転じれば、眼下には西の丸、湖越しには小谷山の姿も確認できた。南側の眼下には、太鼓丸、法華丸と呼ばれる大きめの曲輪が見えた。

「なんとしても、この地を守り抜かねばならぬ」
 決意を新たにする員昌である。



 こうして佐和山城の新たな城主となった員昌であるが、すべてが順調とはいかなかった。

 城の修復自体は正房と、いちはやく駆け付けた磯野員春の働きのおかげで速やかに進みはじめていたが、対照的に思うに任せないのが百々家の遺臣の扱いだった。

 員昌の前任として佐和山城を守っていた百々家は前年の野良田の合戦に続き、二年続けて当主が討死しただけでなく、同時に多くの血縁者と有力な家臣を喪った。

 賢政の判断で佐和山城の守りを外されたのも当然で、それどころか、家名を保つことさえ困難な状態に陥っている。

 そのため、残された家臣団は員昌を寄親とする寄子となることを余儀なくされた。

 員昌の家臣団に直接組み込まれるのではなく、浅井賢政の直臣である百々家の家臣として在地の統治権を有したまま、合戦場に限っては寄親である員昌の命令に従う、という理屈である。

 もっとも、「これは表向きの理屈であって、実態としては員昌に家臣として取り込まれる沙汰だ」と百々家の遺臣たちが理解しても、さほど不思議ではない。

 そのためか、員昌が佐和山城を預かってからしばらく経った後も、百々家の親族と遺臣の一部は、東山道を挟んで佐和山城の東にある百々家の在所にある百々屋敷に留まり、出仕していない。

「不埒な輩どもにござる。示しがつかぬゆえ、討ち果たしてくれましょうぞ」

 人手が足りぬ中、佐和山城の修復に奔走する員春などは目を怒らせて員昌に進言するが、員昌は苦い顔をして首を横に振る。

「そう焦るでないわ。彼らの心情を思えばやむを得ぬ仕儀であろう。無理強いはいたすまい」

 員昌としては、赴任して早々に味方を相手に兵を起こしていては、隙を伺う六角を喜ばせるだけだとの思いがある。可能ならば懐柔したいところだった。

「他の国衆に侮れられることにならねば、ようございますがな」
 不承不承といった口ぶりで引き下がる員春の後ろ姿に、ついため息を漏らす員昌である。



 美濃討ち入れが奏功せず、浅井家は再び六角家を相手の戦さを余儀なくされることになった。

 なお六角との闘いに、六角義賢から受けた偏諱を捨てて心機一転を計ろうとしたのか、この頃から浅井賢政は名を「長政」と改めている。

 南進に本腰を入れたい長政にとって、一番の障害は、依然として佐和山城から一里半ほど北側にある六角側の要衝・太尾城である。

 折しも、かつて太尾城を領していたこともある国衆・今井定清が六角方を離反して浅井方に通じ、かつての居城である箕浦城主への帰還を果たしていた。

 六角家に随身していた今井家は以前、浅井家への内通を疑われ、定清の実父・今井秀俊が自刃に追い込まれている。

 さらに今回、実際に浅井方に誼を通じたことにより、六角の人質として預けていた息子を見殺しにする形になっている。

 最早何があっても六角方には戻れず、浅井方に全力で味方をするしかない立場に追い込まれている。

 浅井方の領域に食い込んだ形で残る太尾城の攻略は、今井家にとってもまさに正念場といえた。



 六月下旬になって、太尾城攻めを行う今井勢の援軍として、員昌に出陣の命令が下った。

 員昌は兵二〇〇あまりを率いて、太尾城の南に進出した今井勢に合流した。

 本来であればもう少し手勢の数をそろえたいところだった。
 しかし、百々家の遺臣の取り込みに穏健な姿勢を示してきたことが仇となり、即座に動かせた兵の多くは宮沢城から連れてきた員昌の馬廻衆だった。

(とは申せ、いらぬ波風を立てるよりはマシであったと思うしかないわ)
 員昌は己の判断を悔いるつもりはない。

 佐和山城主に任じられてまだ半年足らず。
 仮に強権を振るって百々家の旧臣を討ち果たしたところで、他の国衆が恐れ入って帰服するか、却って不満を募らせるか、その結果をあらかじめ見極めるのは難しい。

 今井家の家紋が染め抜かれた幔幕を張り巡らせた本陣に顔を出した員昌は、まず兵の少なさを定清に詫びる。

「気になさることはございませぬ。我が手勢だけでも攻め落とすつもりでございましたからな」
 定清は員昌が小勢であることを責めることはなく、にこやかに応じる。

「これは頼もしきことにござる」

(かなり、入れ込んでおられるな)
 言葉とは裏腹に員昌は内心で定清を危ぶんだが、この城攻めに賭ける定清の思いの強さも判るだけに、わざわざ口にはしない。

「ところで、今井殿は如何なる攻め筋をお考えか」

「此度は、城内に忍びの者をいれておる。その者に火を放たせ、敵手が右往左往しておるところを夜討ち致す」

 員昌の問いかけに、定清がよくぞ聞いてくれたとばかり、身を乗り出すようにして策を開陳した。

「前もって手はずを整えられておるのであれば異論はございませぬが、兵を早めに休ませねばなりませぬな」

「あいや、下手に常ならぬ動きを見せれば、城兵に気取られる恐れがございますでな。なに、兵など早めに叩き起こすまでのこと」
 定清は乱暴なことを口にした。

 寝起き直後に合戦となっては身体も動かず、危険ではないかと員昌は感じた。

 しかし、援軍でありながら十分な兵数をそろえられなかった引け目もあり、ことさらに反論するのもためらわれた。

(下手に口出ししたところで、聞き入れてはもらえぬであろう)
 員昌は自らをそう納得させた。

 だが、この時の判断を、員昌は後々まで後悔することとなる。
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