悪役令嬢の中身は、定年退職した元教師でした 〜絶世の美女に転生したので、悪評を更生指導で一掃します〜

恋せよ恋

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Sクラス「共闘」のファンファーレ

  期末試験の喧騒が嘘のように静まり返った午後のSクラス。
 教室の主役であるはずのエドワード殿下と、その側近三名は、生徒会の公務だか自分たちのプライドの修復だかで不在だった。

 だが、私にとってはこれ以上ない絶好の機会だ。

「――というわけで、エドワード殿下たちが不在の間に、我がクラスの陣容を固めてしまいましょう」

 私が淀みのない動作で教壇に立ち、黒板へ「Sクラス・『スフィアチェイス』勝利計画」とチョークを走らせると、クラスメイトたちは一様に、ぽかんと呆気に取られた顔をした。

 男子生徒の多くは、『スフィアチェイス』という競技そのものは知っている経験者だ。対して女子生徒は、平民特待生であるリリアとアンネの二人を除けば、競技の経験など皆無。そもそも「令嬢が庭を走り回る」という発想自体、彼女たちの辞書にはない。

「ヤスミンとビビアン、あなたたちはどうする? やっぱり、応援組かしら?」

 私が二人に問いかけると、教室内が静まり返った。
 子爵令嬢であるヤスミンと、慎み深い伯爵令嬢のビビアン。彼女たちが「嫌だわ、そんな野蛮なこと」と一蹴すれば、この計画は男子だけのものになる。

 だが、二人は顔を見合わせ、それから不敵に微笑んだ。

「いいえ、エスメラルダ。私はやってみたいわ。誰かに守られるだけなんて、もう退屈なんですもの」

 ヤスミンが凛とした声で言えば、ビビアンも深く頷く。

「ええ。私も、競技に参加してみたい。……あなたと一緒に走るなら、きっと楽しいと思うから」

「そうでなくっちゃ! じゃあ、女子生徒は、リリアさんとアンネさん、私を入れて五人の参加ね!」

 私の宣言に、男子生徒たちが「えええっ!?」と一斉に腰を浮かした。

「本気かよ、エスメラルダ様……。女子が混じって、怪我でもしたら公爵家に何を言われるか……」

「そうだよ、危ない! せめて僕らが守りながら――」

「守る必要なんてありませんわ!」

 私は彼らの言葉を遮り、鋭い眼差しで教室を見渡した。

「これは『競技』です。身分も性別も関係ない、勝利のために最適な配置を考える。それが指揮官としての私の仕事です。男子はパワーとスピードを、女子は小回りと正確なパス回しを。――さあ、皆さん! やるからには優勝を狙いましょう! 早速、放課後から練習ですわよ!」

 男子生徒たちは、信じられないものを見るような目――しかし、どこか眩しいものを見るような目で笑顔を浮かべ、最後には力強く頷いた。
 
 これまで、Sクラスは「個」の集まりだった。優秀な家柄の人間が、優秀な成績を競うだけの場所。
 何かに向かって、クラスが一つになる。誰かのために足を動かし、パスを繋ぐ。そんな経験は、彼らにとって初めての、新鮮な熱狂だった。

 そしてその熱は、Sクラスという境界を超え、学園全体の雰囲気に緩やかな、しかし確実な変化をもたらし始めていた。


 その日の夜、ミッテラン公爵邸の晩餐。
 いつものように銀食器が触れ合う静かな音の中に、父の少し呆れたような声が響いた。

「エスメラルダ、君、また何か妙なことを始めたらしいね」

「あら、お父様。それは、どこの情報ですの? 私、何もしておりませんわよ」

 私はしらばくれて、スープを一口運ぶ。

「ふむ。『クラス対抗の競技会』とやらを開催するそうじゃないか。王宮でも、学園の生徒たちが随分と盛り上がっていると噂になっているよ。各国の使節団との交渉であんなに活躍した君が、今度は生徒を泥まみれにするのかと、陛下も苦笑されていた」

「まあ。王宮は随分とお暇なのですわね。国家の重大事よりも、学園のレクリエーションが気になるなんて」

「……コホンッ。ん、まあ……幸い平和ではあるね。でも、無理もないだろう。王宮にいる官僚、閣僚たちのほとんどが学園の卒業生であり、現役の学園生を子に持つ親たちだ。我が子がかつてないほど活き活きと、あるいは必死に練習に励んでいる様子を聞けば、嬉しくもあり、羨ましくもあるんだろう」

 お父様の目が、ふっと遠くを見つめる。

「お父様もですの?」

「ん? ……そうだね、羨ましいかな。私の現役時代にそんな催しがあれば、ぜひ、参加していただろうと思うよ。若いうちにしかできない熱狂というのは、後から買い直せるものではないからね」

「ふふふ。それなら、なおのこと、優勝を目指しますわね。お父様の分の情熱も背負って」

「ああ、ぜひ、優勝しておくれ。とはいえ、実際に戦うのは体力のある男子生徒だろうけれどね。君は安全な場所で応援かな?」

 お父様の当然の推測に、私はニヤリと笑みを深めた。

「いいえ。わたくしも競技者の一員ですわ。うちのクラスは女子生徒も五名、正規メンバーとして参加いたします。殿下や側近たちをベンチに追いやってでも、全員で、優勝を勝ち取ってみせますわ!」

 その瞬間、お父様がむせた。
 隣で静かに聞いていた兄のリュカが、噴き出すのを堪えるように口元を押さえ、お母様は「まあまあ」と困ったように微笑んでいる。

「……おいおい、あまり、無茶はしないでくれよ。公爵令嬢が泥だらけでボールを追いかける姿なんて、想像するだけで心臓に悪い」

「心配ご無用ですわ、お父様。わたくし、教えるのも得意ですが、実技体育もそれなりにこなしてきましたの」

「実技……? 学園のダンスの授業のことかな?」

「いいえ、もっとサバイバルな……いえ、何でもありませんわ」

 前世の運動会で、ジャージ姿でリレーに飛び入り参加し、生徒たちをぶっちぎった過去は墓まで持っていくことにしよう。
 
 窓の外には、明日への期待を孕んだ星空が広がっている。
 エドワード殿下たちが戻ってきた時、彼らは自分のクラスが「一つの軍隊」のように統率され、しかもその中心に私がいることに、腰を抜かすほど驚くに違いない。

 公爵邸の夕食の席に流れる、穏やかで温かな時間。
 私はその幸せを噛み締めながら、心の中でホイッスルを鳴らした。
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