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泥棒猫の算段、泥沼の共依存
王都の外れ、人目を忍ぶように佇む小劇場の裏手。
湿った夜気に包まれた馬車の中で、ヴィエナ伯爵家次男・ジョセフは、向かいに座るカタリナを冷徹な眼差しで射抜いていた。
かつては、その愛らしい容姿と、十七歳の学園生でありながら、大胆な奔放さに惹かれたこともあった。だが今の彼にとって、カタリナ・バトンという女は、己の野心を叶えるための「汚れた切符」に過ぎない。
「……ジョセフ様、そんなに怖い顔をなさらないで。私、体調が優れないのですわ」
カタリナは、わざとらしく胸元を押さえ、潤んだ瞳でジョセフを見上げた。だが、ジョセフは鼻で笑い、彼女の顎を強引に掴み上げる。
「見え透いた芝居はやめろ、カタリナ。ロマリオ閣下には通用しても、俺には無意味だ。……お前、腹の子の父親が誰か心当たりがあるのか?」
「なっ……! 何て破廉恥なことを……!」
「恥を知っている女が、婚約者のいる従兄と『練習』などと称して寝るものか。……答えろ。あの子は、本当にロマリオ卿の子か? ……それとも、俺の子か?」
カタリナの顔から、一気に血の気が引いていった。
彼女は不安の中にいた。ロマリオとの「練習」が本格化する直前、ジョセフとも幾度となく肌を重ねていたことを。計算高い彼女は、どちらの子であっても「侯爵家の嫡男」であるロマリオの子として育てるつもりだった。だが、ジョセフの執念は予想を超えていた。
「……どちらでも、同じではありませんか。私はロマリオ様の妻になり、侯爵夫人になるのです。貴方には、それ相応の口止め料を差し上げますわ」
「口止め料? ふん、そんな端金で満足すると思うか」
ジョセフは、カタリナの頬を撫でる指先に力を込めた。彼の脳内では、黒い野心が鎌首をもたげていた。
ジョセフは伯爵家の次男。兄がいれば家督を継ぐ望みはない。だが、もしカタリナの腹の子が自分の種であり、彼女がバトン子爵家を継ぐことになれば――。あるいは、ロマリオを失脚させ、混乱に乗じて子爵家を、引いては侯爵家の利権を掠め取ることができれば。
「いいか、カタリナ。お前がロマリオ卿を騙し通せると思っているなら大間違いだ。あいつは無能だが、周囲の目は誤魔化せない。特にあのステファン・ノースクリフ公爵が、ビオレッタ嬢の後ろ盾として動き出している今、グラノマ侯爵家は硝子の楼閣だ」
「……っ、ビオレッタ様の名前を出さないで!」
「嫉妬か? 滑稽だな。……提案がある。その子が俺の子だと認めろ。そうすれば、俺が『証人』として、お前をバトン子爵家の正当な後継者に据えてやる。ロマリオ卿など捨てろ。あいつはもう、実務も社交も回せない抜け殻だ」
「何を……! ロマリオ様を捨てて、貴方のような次男坊と一緒になれと言うのですか!?」
ジョセフの手が、カタリナの首筋に回り、じわりと締め上げる。
「次男坊だと? ……忘れるな、カタリナ。お前が不実な女だと社交界にぶちまける権利を、俺は握っているんだ。お前が俺に従わないなら、その腹の子ごと泥の中に沈めてやる。……だが、俺に従うなら、子爵家当主の座を約束してやると言っているんだ」
カタリナは、恐怖に目を見開いた。
ジョセフの瞳にあるのは愛ではない。底知れない執着と、自分を利用して這い上がろうとする強欲だ。
けれど、今の彼女に逃げ場はなかった。ビオレッタという「守護者」を追い出した今、彼女の周囲には、自分を食い物にしようとする獣しか残っていない。
「……わ、分かったわ……。ジョセフ様、貴方に従います……。だから、私を助けて……」
「いい子だ、カタリナ。……ククッ、やはりお前は泥沼がよく似合う」
ジョセフは満足げにカタリナを抱き寄せ、その首筋に吸い付いた。愛憎混じりの抱擁。それは、未来の破滅を予感させる、毒に満ちた契約だった。
翌日、ジョセフは早速行動を開始した。
彼はロマリオを市井の酒場へ呼び出すと、わざとらしく沈痛な面持ちで語りかけた。
「ロマリオ閣下。……私は、忠告しに来たのです。カタリナ子爵令嬢のことですが……実は、彼女の素行には以前から不安な噂がありまして」
「……何だと? ジョセフ、君までカタリナを疑うのか」
ロマリオは、連日の領地事務の過労と、ビオレッタへの未練で、酷くやつれていた。
ジョセフは、懐から一通の偽造された鑑定書を滑らせた。
「これは、私が独自に調べたものです。……彼女の腹の子が、もし『別の男』の子であった場合、閣下の名誉は取り返しのつかないことになります。……いかがです? 私が間に入って、カタリナ嬢を一度実家へ戻し、密かに真実を確かめてみては」
ジョセフの狙いは、カタリナをロマリオから引き離し、自分の管理下に置くことだ。
ロマリオは、震える手で鑑定書を掴んだ。
「……カタリナが、僕を裏切っているというのか……? そんなはずは……。彼女は、僕を理解してくれる唯一の……」
「理解、ですか。……閣下を理解していたのは、本当は誰だったのか。……今頃、公爵邸で微笑んでいる女性ではありませんか?」
ジョセフの毒ある一言が、ロマリオの心に深い楔を打ち込む。
カタリナへの疑念。ビオレッタへの届かぬ思慕。そして、ジョセフの狡猾な誘導。
かつてビオレッタが守ってきた秩序は、今や小悪党たちの欲望によって、修復不可能なほどに掻き回されていた。
___________
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📢新連載🌹【地味な女は嫌だ」と仰いましたよね? なら結構、私は王太子妃より外交官になります!】
湿った夜気に包まれた馬車の中で、ヴィエナ伯爵家次男・ジョセフは、向かいに座るカタリナを冷徹な眼差しで射抜いていた。
かつては、その愛らしい容姿と、十七歳の学園生でありながら、大胆な奔放さに惹かれたこともあった。だが今の彼にとって、カタリナ・バトンという女は、己の野心を叶えるための「汚れた切符」に過ぎない。
「……ジョセフ様、そんなに怖い顔をなさらないで。私、体調が優れないのですわ」
カタリナは、わざとらしく胸元を押さえ、潤んだ瞳でジョセフを見上げた。だが、ジョセフは鼻で笑い、彼女の顎を強引に掴み上げる。
「見え透いた芝居はやめろ、カタリナ。ロマリオ閣下には通用しても、俺には無意味だ。……お前、腹の子の父親が誰か心当たりがあるのか?」
「なっ……! 何て破廉恥なことを……!」
「恥を知っている女が、婚約者のいる従兄と『練習』などと称して寝るものか。……答えろ。あの子は、本当にロマリオ卿の子か? ……それとも、俺の子か?」
カタリナの顔から、一気に血の気が引いていった。
彼女は不安の中にいた。ロマリオとの「練習」が本格化する直前、ジョセフとも幾度となく肌を重ねていたことを。計算高い彼女は、どちらの子であっても「侯爵家の嫡男」であるロマリオの子として育てるつもりだった。だが、ジョセフの執念は予想を超えていた。
「……どちらでも、同じではありませんか。私はロマリオ様の妻になり、侯爵夫人になるのです。貴方には、それ相応の口止め料を差し上げますわ」
「口止め料? ふん、そんな端金で満足すると思うか」
ジョセフは、カタリナの頬を撫でる指先に力を込めた。彼の脳内では、黒い野心が鎌首をもたげていた。
ジョセフは伯爵家の次男。兄がいれば家督を継ぐ望みはない。だが、もしカタリナの腹の子が自分の種であり、彼女がバトン子爵家を継ぐことになれば――。あるいは、ロマリオを失脚させ、混乱に乗じて子爵家を、引いては侯爵家の利権を掠め取ることができれば。
「いいか、カタリナ。お前がロマリオ卿を騙し通せると思っているなら大間違いだ。あいつは無能だが、周囲の目は誤魔化せない。特にあのステファン・ノースクリフ公爵が、ビオレッタ嬢の後ろ盾として動き出している今、グラノマ侯爵家は硝子の楼閣だ」
「……っ、ビオレッタ様の名前を出さないで!」
「嫉妬か? 滑稽だな。……提案がある。その子が俺の子だと認めろ。そうすれば、俺が『証人』として、お前をバトン子爵家の正当な後継者に据えてやる。ロマリオ卿など捨てろ。あいつはもう、実務も社交も回せない抜け殻だ」
「何を……! ロマリオ様を捨てて、貴方のような次男坊と一緒になれと言うのですか!?」
ジョセフの手が、カタリナの首筋に回り、じわりと締め上げる。
「次男坊だと? ……忘れるな、カタリナ。お前が不実な女だと社交界にぶちまける権利を、俺は握っているんだ。お前が俺に従わないなら、その腹の子ごと泥の中に沈めてやる。……だが、俺に従うなら、子爵家当主の座を約束してやると言っているんだ」
カタリナは、恐怖に目を見開いた。
ジョセフの瞳にあるのは愛ではない。底知れない執着と、自分を利用して這い上がろうとする強欲だ。
けれど、今の彼女に逃げ場はなかった。ビオレッタという「守護者」を追い出した今、彼女の周囲には、自分を食い物にしようとする獣しか残っていない。
「……わ、分かったわ……。ジョセフ様、貴方に従います……。だから、私を助けて……」
「いい子だ、カタリナ。……ククッ、やはりお前は泥沼がよく似合う」
ジョセフは満足げにカタリナを抱き寄せ、その首筋に吸い付いた。愛憎混じりの抱擁。それは、未来の破滅を予感させる、毒に満ちた契約だった。
翌日、ジョセフは早速行動を開始した。
彼はロマリオを市井の酒場へ呼び出すと、わざとらしく沈痛な面持ちで語りかけた。
「ロマリオ閣下。……私は、忠告しに来たのです。カタリナ子爵令嬢のことですが……実は、彼女の素行には以前から不安な噂がありまして」
「……何だと? ジョセフ、君までカタリナを疑うのか」
ロマリオは、連日の領地事務の過労と、ビオレッタへの未練で、酷くやつれていた。
ジョセフは、懐から一通の偽造された鑑定書を滑らせた。
「これは、私が独自に調べたものです。……彼女の腹の子が、もし『別の男』の子であった場合、閣下の名誉は取り返しのつかないことになります。……いかがです? 私が間に入って、カタリナ嬢を一度実家へ戻し、密かに真実を確かめてみては」
ジョセフの狙いは、カタリナをロマリオから引き離し、自分の管理下に置くことだ。
ロマリオは、震える手で鑑定書を掴んだ。
「……カタリナが、僕を裏切っているというのか……? そんなはずは……。彼女は、僕を理解してくれる唯一の……」
「理解、ですか。……閣下を理解していたのは、本当は誰だったのか。……今頃、公爵邸で微笑んでいる女性ではありませんか?」
ジョセフの毒ある一言が、ロマリオの心に深い楔を打ち込む。
カタリナへの疑念。ビオレッタへの届かぬ思慕。そして、ジョセフの狡猾な誘導。
かつてビオレッタが守ってきた秩序は、今や小悪党たちの欲望によって、修復不可能なほどに掻き回されていた。
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