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かつて、彼は私の「騎士様」だった
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復讐を誓ったミランダの脳裏に、不意に、色鮮やかな記憶が蘇る。
それはまだ、世界が薔薇色に輝いていた学園時代の記憶だ。
王立ラングレー学園。貴族の子弟が集うその場所で、ミランダ・レーゲンは「高嶺の花」だった。
資産家伯爵家の令嬢であり、母親は元侯爵令嬢。美貌と教養を兼ね備えた彼女に、多くの男子生徒が群がった。だが、ミランダは冷たいわけではないが、どこか一線を引いた、完璧すぎるほどに完璧な令嬢だった。
そんな彼女の心が初めて揺れたのは、学園の裏庭での出来事だった。
他愛もない嫌がらせだった。家格の低い男子生徒たちが、ミランダの持つ「伯爵家の威光」を疎み、わざと彼女の進路を塞いで揶揄ったのだ。
「いくら着飾ったところで、所詮は成金伯爵の娘だろう? 少しは愛想を振りまいたらどうだ」
ミランダは毅然と対応しようとしたが、相手は多勢。その時、一人の少年がその間に割って入った。
「淑女に対して、見苦しい真似はやめるんだ」
それが、セバスチャンだった。
子爵家の嫡男として生まれ、自らの腕一本で家を興そうと騎士科で汗を流していた彼は、誰よりも真っ直ぐな瞳をしていた。
彼は決して体格に恵まれていたわけではない。だが、その背中は勇敢で、自分よりも体格の良い上級生たちを毅然と追い払ってくれた。
「……大丈夫ですか、ミランダ伯爵令嬢。お怪我はありませんか?」
差し出された手は、剣の訓練でマメだらけのごつごつとした手だった。ミランダの周りにいた、柔らかな肌をした令息たちとは違う、戦う男の手。
その時、ミランダの心に、小さな火が灯った。
それから、二人の距離は縮まった。
図書館で隣り合い、放課後のテラスで将来の夢を語り合った。
「僕は、いつか立派な騎士になって、マレーネ子爵領を豊かにしたい。そして、愛する人を守り抜ける男になりたいんだ」
夢を語る彼の横顔は、ミランダにとって、どんな宝石よりも眩しかった。
卒業を控えたある日。夕焼けに染まる回廊で、セバスチャンは震える声で告白した。
「……ミランダ嬢。僕は、君に相応しい身分じゃない。伯爵家のあなたに求婚するなど、身の程知らずだとは分かっている。けれど、僕は……君を一生、命懸けで守りたい。僕の妻になってくれませんか?」
彼は騎士らしく、地面に片膝をついてミランダを見上げた。その瞳には、恐怖と、それ以上の純粋な情熱が溢れていた。
ミランダは、頬を朱に染め、震える声で「はい」と答えた。
父チャールズも母イザベルも、最初は猛反対した。
「資産家の娘が、貧乏子爵家に嫁ぐなど!」
だが、ミランダは頑なだった。
「お父様。彼は、私の心の騎士様なのです。彼となら、どんな苦労も分かち合えます」
娘のあまりの熱意に、両親は折れた。
レーゲン伯爵家からの莫大な援助、そしてミランダという優秀な嫁という、子爵家にとっては天から降ってきたような幸運を携えて、二人は十九歳で結婚した。
新婚当時のセバスチャンは、確かに優しかった。
ミランダが慣れない子爵家の執務に戸惑えば、「無理をしないで」と肩を抱き、初めての子宝を授かった時は、涙を流して喜んでくれた。
……けれど。
いつから、その「優しさ」は変質してしまったのだろう。
ミランダが伯爵家の伝手を使って領地の財政を立て直すごとに。
ミランダが完璧に家政をこなし、使用人たちの信頼を勝ち得るごとに。
セバスチャンは、自分を助けてくれる「有能な妻」に感謝するのではなく、自分の不甲斐なさを突きつけてくる「重荷」として彼女を見るようになった。
『守りたい』と言ったその口で。彼はいつしか、ミランダを『息苦しい女』と呼ぶようになったのだ。
「……ああ、なんて馬鹿だったのかしら、私」
回想から戻ったミランダは、鏡に映る自分を冷ややかに見つめた。
頬を染めていた少女は、もういない。
あの時、彼が差し出してくれた「ごつごつした手」は、今では別の女を抱くために使われている。
彼が語った「騎士の誇り」は、義母の贅沢と浮気の言い訳に成り下がった。
セバスチャン。あなたは、自分の言葉に責任を持てない、ただの卑怯者だったのね。
ミランダは、かつて大切にしていた「婚約時代の贈り物」である、安物の髪飾りを手に取った。セバスチャンが給料を貯めて買ってくれたという、当時の彼女にとっては宝物だったものだ。
彼女はそれを、迷いなく暖炉の火の中に投げ込んだ。パチパチと音を立てて、偽りの思い出が焼けていく。
私はもう、守られるだけの令嬢ではない。
私は母であり、伯爵令嬢であり――そして、あなたを破滅させる執行人よ。
__________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
📢✨新連載【遊び人副団長と自信のない女騎士 ~「責任」から始まる恋は、裏切りの予感と甘い執着に満ちている~】
それはまだ、世界が薔薇色に輝いていた学園時代の記憶だ。
王立ラングレー学園。貴族の子弟が集うその場所で、ミランダ・レーゲンは「高嶺の花」だった。
資産家伯爵家の令嬢であり、母親は元侯爵令嬢。美貌と教養を兼ね備えた彼女に、多くの男子生徒が群がった。だが、ミランダは冷たいわけではないが、どこか一線を引いた、完璧すぎるほどに完璧な令嬢だった。
そんな彼女の心が初めて揺れたのは、学園の裏庭での出来事だった。
他愛もない嫌がらせだった。家格の低い男子生徒たちが、ミランダの持つ「伯爵家の威光」を疎み、わざと彼女の進路を塞いで揶揄ったのだ。
「いくら着飾ったところで、所詮は成金伯爵の娘だろう? 少しは愛想を振りまいたらどうだ」
ミランダは毅然と対応しようとしたが、相手は多勢。その時、一人の少年がその間に割って入った。
「淑女に対して、見苦しい真似はやめるんだ」
それが、セバスチャンだった。
子爵家の嫡男として生まれ、自らの腕一本で家を興そうと騎士科で汗を流していた彼は、誰よりも真っ直ぐな瞳をしていた。
彼は決して体格に恵まれていたわけではない。だが、その背中は勇敢で、自分よりも体格の良い上級生たちを毅然と追い払ってくれた。
「……大丈夫ですか、ミランダ伯爵令嬢。お怪我はありませんか?」
差し出された手は、剣の訓練でマメだらけのごつごつとした手だった。ミランダの周りにいた、柔らかな肌をした令息たちとは違う、戦う男の手。
その時、ミランダの心に、小さな火が灯った。
それから、二人の距離は縮まった。
図書館で隣り合い、放課後のテラスで将来の夢を語り合った。
「僕は、いつか立派な騎士になって、マレーネ子爵領を豊かにしたい。そして、愛する人を守り抜ける男になりたいんだ」
夢を語る彼の横顔は、ミランダにとって、どんな宝石よりも眩しかった。
卒業を控えたある日。夕焼けに染まる回廊で、セバスチャンは震える声で告白した。
「……ミランダ嬢。僕は、君に相応しい身分じゃない。伯爵家のあなたに求婚するなど、身の程知らずだとは分かっている。けれど、僕は……君を一生、命懸けで守りたい。僕の妻になってくれませんか?」
彼は騎士らしく、地面に片膝をついてミランダを見上げた。その瞳には、恐怖と、それ以上の純粋な情熱が溢れていた。
ミランダは、頬を朱に染め、震える声で「はい」と答えた。
父チャールズも母イザベルも、最初は猛反対した。
「資産家の娘が、貧乏子爵家に嫁ぐなど!」
だが、ミランダは頑なだった。
「お父様。彼は、私の心の騎士様なのです。彼となら、どんな苦労も分かち合えます」
娘のあまりの熱意に、両親は折れた。
レーゲン伯爵家からの莫大な援助、そしてミランダという優秀な嫁という、子爵家にとっては天から降ってきたような幸運を携えて、二人は十九歳で結婚した。
新婚当時のセバスチャンは、確かに優しかった。
ミランダが慣れない子爵家の執務に戸惑えば、「無理をしないで」と肩を抱き、初めての子宝を授かった時は、涙を流して喜んでくれた。
……けれど。
いつから、その「優しさ」は変質してしまったのだろう。
ミランダが伯爵家の伝手を使って領地の財政を立て直すごとに。
ミランダが完璧に家政をこなし、使用人たちの信頼を勝ち得るごとに。
セバスチャンは、自分を助けてくれる「有能な妻」に感謝するのではなく、自分の不甲斐なさを突きつけてくる「重荷」として彼女を見るようになった。
『守りたい』と言ったその口で。彼はいつしか、ミランダを『息苦しい女』と呼ぶようになったのだ。
「……ああ、なんて馬鹿だったのかしら、私」
回想から戻ったミランダは、鏡に映る自分を冷ややかに見つめた。
頬を染めていた少女は、もういない。
あの時、彼が差し出してくれた「ごつごつした手」は、今では別の女を抱くために使われている。
彼が語った「騎士の誇り」は、義母の贅沢と浮気の言い訳に成り下がった。
セバスチャン。あなたは、自分の言葉に責任を持てない、ただの卑怯者だったのね。
ミランダは、かつて大切にしていた「婚約時代の贈り物」である、安物の髪飾りを手に取った。セバスチャンが給料を貯めて買ってくれたという、当時の彼女にとっては宝物だったものだ。
彼女はそれを、迷いなく暖炉の火の中に投げ込んだ。パチパチと音を立てて、偽りの思い出が焼けていく。
私はもう、守られるだけの令嬢ではない。
私は母であり、伯爵令嬢であり――そして、あなたを破滅させる執行人よ。
__________
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