【第1部、第2部完結】魔力無し令嬢ルルティーナの幸せ辺境生活

花房いちご

文字の大きさ
66 / 107
第2部

第2部 2話 お菓子作りとハーブティー

しおりを挟む
 ドリィたちが帰還して三日が経ちました。
 秋晴れの素敵な朝です。

 私とドリィは、今日から二日間の休養日です。お互い忙しいため休みが重ならなかったのですが、久しぶりに二人でゆっくり過ごせそうです。

 今日という日をドリィと楽しく過ごすため、私は朝から厨房にいました。
 後ろでまとめた髪を布で包み、ブラウスとスカートの上からエプロンをします。

 そうです!料理長のニコラさん監督の元、お菓子を作るのです!

 料理長のニコラさんは、ふっくらした壮年の男性です。いつもニコニコ笑顔で話して下さります。

「プランティエ様、今日は何をお作りになられますか?」

 何を作るかは決まっています。

「アップルパイを作りたいです!このような形にできますか?」

 私は長面を広げて、描いた図を見せます。

「ほう。これは……。そうですね。出来ると思います」

 ニコラさんはにっこり笑って頷き、作業の段取りを考え、必要な材料と道具を用意して下さりました。

 いよいよお菓子作り開始です。

 ミゼール城内の畑で採れた林檎、開墾地で採れた小麦などを使って作っていきます。
 いつの間にか、私はお菓子作りが趣味になっていました。
 最初の頃のように神経を削るように作業するのではなく、適度に手を抜いて楽しく作業できるようになったのです。
 何より、出来たお菓子をドリィたちと一緒に食べるのが楽しくて幸せなのです。
 浮き浮きと作業していると、シアンが袖をまくりながら言いました。

「ルルティーナ様、私もお手伝いします。林檎を切るくらいでしたら出来ま……」

「シアンちゃんは駄目だ」

「シアン、お気持ちだけ頂くわね」

「そ……そうですか……」

 意外なことに、シアンは料理だけは出来ないのです。お茶は絶品なのですが……。
 しょんぼりしていて可哀想なので、道具や材料を運んだり洗い物をしてもらったり釜戸の火の調整などをやってもらいます。

「シアン、これも立派なお手伝いよ。よろしくお願いするわね」

「はい!お任せ下さい!」

「流石はプランティエ様。シアンちゃんの扱いが上手い」

 私はニコラさんの指導の元、パイ生地から作りました。
 バターを大量に使うのに驚いたり、冷たいと言いながら手を水で冷やしたりと、楽しく作業します。
 清潔な布で生地を包んで休めている間に、林檎に取り掛かります。

「皮付きのままの方が、綺麗な色になりそうですね」

 ニコラさんがお手本を見せてくれました。
 林檎を皮ごと半分に切り、芯も切り抜きます。
 半分に切った林檎を半月型に薄切りし、砂糖と水と共に鍋に入れて煮ます。

「柑橘の汁を少し入れるのがコツです。薄く切っているので、そこまで煮込まなくても大丈夫ですよ」

 林檎の皮の色が全体に広がり、果肉が透き通っていきます。

「綺麗な色……」

 じゅうぶん火が通ったら、鍋ごと火から上げて冷まします。

 薔薇色がかった綺麗な煮林檎ができました!

「ルルティーナ様、料理長、お疲れ様です。お茶を入れましょうか?」

「ええ、貴女も一緒にお茶にしましょう」

 煮林檎とパイ生地を休ませている間、シアンにいれてもらったお茶を飲みつつ休憩します。
 今回は、私が作ったハーブティーをいれてもらいました。ニコラさんに飲んでもらいたかったのです。
 このハーブティーは、ポーションの材料でもある翡翠蘭ジェードオーキッドの花と葉で出来ています。
 鮮やかな翡翠色のお茶で、独特の爽やかな香りと苦味と仄かな甘味があります。

「いかがでしょうか?」

 ニコラさんはホッと息をついて口元をゆるめました。

「菓子にも料理にも合う味ですね。後味もいい。お世辞抜きで美味しいですよ」

 その言葉に私もホッとしました。

「料理長であるニコラさんが美味しいと言うなら安心です。このお茶は良い薬効もありますし、機を見て売り出しましょう」

 ただ、お茶を売り出す伝手はありません。アメティスト子爵家のお義母様にご相談しましょう。お義母様もこのお茶を気に入っていますし。
 次にお義母様とお会いするのはいつだったかしら?考えていると、ニコラさんが訪ねました。

「所で、このハーブティーに使われているのは開墾地で栽培した薬草ですか?」

「そうです。夏に買い込んで植えた薬草のうちの一つです」

 作物が育ちにくい開墾地に適した野菜薬草を探すため、私が様々な野菜と薬草の種苗を購入し、開墾地の皆様に植えてもらったのです。
 大半が枯れてしまいましたが、いくつかは根付きました。中でも翡翠蘭の繁殖力は凄まじく、これからは他領のものを購入しなくても済みそうなのです。
 翡翠蘭は高額で取引される薬草です。根はポーションに、葉と花は生薬やお茶の材料にすれば無駄も出ません。しかも、開墾地で育てた翡翠蘭は他領のものより薬効も味も良いようなのです。

「上手くいけば、ミゼール領の新しい特産品になるでしょう」

 ミゼール領の魔境は、あと三年で浄化されます。そうすれば、現在の大きな収入である魔獣の素材も採れなくなります。
 ポーションがあるとはいえ、それだけでは心許ありません。翡翠蘭が新しい収入の一つになれば心強いです。

「そうですか……ううっ」

 説明すると、ニコラさんは涙ぐんで頭を下げました。

「に、ニコラさん?」

「プランティエ様、私たちの故郷を救って頂きありがとうございます」

 ニコラさんは、先祖代々ミゼール領に住んでいる領民だそうです。

「魔境に侵される前のミゼール領は、国土の一割を担う豊かな領地だった。そう聞いてはいましたが、最近まで誰も信じていませんでした。
 貧しくて辛くて、いつ魔境に飲み込まれるかわからなくてビクビクしていました。
 ベルダール団長閣下っていう馬鹿みたいに強え人が辺境騎士団に入って、プランティエ様のポーションが騎士たちを癒して、魔境浄化と開拓が進んで作物が育つようになって、やっと信じれるようになったんです」

「そうだったのですね……」

「はい。ミゼール領が豊かになって、将来が明るくなって……。俺たちミゼール領の領民は、お二人に心から感謝しているんです」

 胸が喜びに熱くなります。でも、それは私とドリィだけの力ではありません。

「開墾が進み作物が育ったのは領民の皆様の努力あっての事、魔境浄化がここまで進んだのは過酷な状況でも勤めを果たした騎士様方がいらしたからです。
 私の方こそ、皆様に受け入れて頂き感謝しています。これからもお役に立てるよう頑張りますね」

 私はいずれ、ミゼール領の領主となるドリィの妻になります。すでに領地経営の勉強を始めていますが、量を増やして頂きましょう。
 ミゼール領は、まだ豊かとは言い難い状況です。
 もっともっと、ミゼール領を豊かにしたい。いいえ、豊かにするの。ニコラさんたち領民が明るく生きていける領地に。

 私は心の中で誓いました。

 この頃の私は、豊かさは良いことばかりを運んでくる。そう思っていました。
 それが甘い考えだと思い知らされるまで、あと少し。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

山猿の皇妃

夏菜しの
恋愛
 ライヘンベルガー王国の第三王女レティーツィアは、成人する十六歳の誕生日と共に、隣国イスターツ帝国へ和平条約の品として贈られた。  祖国に聞こえてくるイスターツ帝国の噂は、〝山猿〟と言った悪いモノばかり。それでもレティーツィアは自らに課せられた役目だからと山を越えて隣国へ向かった。  嫁いできたレティーツィアを見た皇帝にして夫のヘクトールは、子供に興味は無いと一蹴する。これはライヘンベルガー王国とイスターツ帝国の成人とみなす年の違いの問題だから、レティーツィアにはどうすることも出来ない。  子供だと言われてヘクトールに相手にされないレティーツィアは、妻の責務を果たしていないと言われて次第に冷遇されていく。  一方、レティーツィアには祖国から、将来的に帝国を傀儡とする策が授けられていた。そのためには皇帝ヘクトールの子を産む必要があるのだが……  それが出来たらこんな待遇になってないわ! と彼女は憤慨する。  帝国で居場所をなくし、祖国にも帰ることも出来ない。  行き場を失ったレティーツィアの孤独な戦いが静かに始まる。 ※恋愛成分は低め、内容はややダークです

29歳のいばら姫~10年寝ていたら年下侯爵に甘く執着されて逃げられません

越智屋ノマ
恋愛
異母妹に婚約者と子爵家次期当主の地位を奪われた挙句に、修道院送りにされた元令嬢のシスター・エルダ。 孤児たちを育てて幸せに暮らしていたが、ある日『いばら病』という奇病で昏睡状態になってしまう。 しかし10年後にまさかの生還。 かつて路地裏で助けた孤児のレイが、侯爵家の当主へと成り上がり、巨万の富を投じてエルダを目覚めさせたのだった。 「子どものころはシスター・エルダが私を守ってくれましたが、今後は私が生涯に渡ってあなたを守ります。あなたに身を捧げますので、どうか私にすべてをゆだねてくださいね」 これは29歳という微妙な年齢になったヒロインが、6歳年下の元孤児と暮らすジレジレ甘々とろとろな溺愛生活……やがて驚愕の真実が明らかに……? 美貌の侯爵と化した彼の、愛が重すぎる『介護』が今、始まる……!

悪役令息(冤罪)が婿に来た

花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー 結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!? 王女が婚約破棄した相手は公爵令息? 王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした? あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。 その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。 彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。 そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。 彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。 その数日後王家から正式な手紙がくる。 ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」 イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。 「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」 心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ! ※ざまぁ要素はあると思います。 ※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。

ひとりぼっちだった魔女の薬師は、壊れた騎士の腕の中で眠る

gacchi(がっち)
恋愛
両親亡き後、薬師として店を続けていたルーラ。お忍びの貴族が店にやってきたと思ったら、突然担ぎ上げられ馬車で連れ出されてしまう。行き先は王城!?陛下のお妃さまって、なんの冗談ですか!助けてくれた王宮薬師のユキ様に弟子入りしたけど、修行が終わらないと店に帰れないなんて…噓でしょう?12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】異世界からおかえりなさいって言われました。私は長い夢を見ていただけですけれど…でもそう言われるから得た知識で楽しく生きますわ。

まりぃべる
恋愛
 私は、アイネル=ツェルテッティンと申します。お父様は、伯爵領の領主でございます。  十歳の、王宮でのガーデンパーティーで、私はどうやら〝お神の戯れ〟に遭ったそうで…。十日ほど意識が戻らなかったみたいです。  私が目覚めると…あれ?私って本当に十歳?何だか長い夢の中でこの世界とは違うものをいろいろと見た気がして…。  伯爵家は、昨年の長雨で経営がギリギリみたいですので、夢の中で見た事を生かそうと思います。 ☆全25話です。最後まで出来上がってますので随時更新していきます。読んでもらえると嬉しいです。

処理中です...