男娼ウサギは寡黙なトラに愛される

てんつぶ

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終幕

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 帰宅したラヴィの外套のポケットには、聞いたことの無い薬屋の地図が書かれていた。自分の身に起こったあの正体不明の発情は、知らぬ間に誰かに何か薬を使われた結果かも知れないと、ラヴィは多少訝しみながらもその店を訪ねた。
 ゆったりと話を聞いてくる薬師に、気がつけばラヴィは自分の身に起こった事を洗いざらい喋ってしまう。
「それはの……恐らくおぬしの……番いじゃな……。その強いフェロモンから察するに……向こうはアルファで……おぬしはオメガじゃろう……」
 ピンとこないラヴィに、薬師はのんびりと教えてくれた。男であってもオメガは濡れて子を孕み、フェロモンで男を、特にアルファの情欲を駆り立てるのだと。
「番い? あんな風に僕を慰み者にしただけの男が? それに子供なんて……っ、僕は……、僕はいらないよ……」
 親に売られたラヴィは、親子に嫌悪感を抱いていた。いや、それは嫌悪と言うよりは恐怖だ。自分もあんな風に子を愛せない親になるのであれば、子供など欲しくなかった。
 その上自分が子を孕む? 仕事にだって差し障りが出る。何も良いことが無いじゃないか。
「ふうむ……ならばこれを」
 枯れ木のような手が差し出したのは、白い錠剤だった。避妊と発情期を和らげる効果がある、と薬師は言った。
「通常であれば番いに鎮めて貰うのが一番……なんじゃが……」
「あんなヤツ、番いでも何でも無いよ!」
 思わずそう叫んだ瞬間、ドアチャイムがカランと鳴った。
「邪魔をする」
 その低音とほんのり漂う甘い爽やかな匂いに、ラヴィは嗅ぎ覚えがあった。
 振り返る気すら湧かずに固まっていると、ラヴィの長い耳元に男が囁いた。
「身体は平気か」
 ラヴィはカッとなった。自分を良いように抱かれた怒りと、その抱かれた時の快楽を思い出し、思わず身体に欲が灯ったからだ。
 巨大なトラ獣人の身体をドンと突き飛ばし――突き飛ばせなかったが、ラヴィはプイとそっぽをむいた。力では敵わない事を、ラヴィは理解していたからだ。
「僕、もう帰る。薬はありがとう。また無くなったら来るっ」
「待て――俺はティグだ」
「知らないよっ! 話しかけないで!」
 そうしてラヴィはティグと関わるまいと、より必死に仕事に精を出した。薬師に出して貰った薬は良く効いたらしく、あの日のように恐ろしく発情する事も無くなった。
 ただそれでも一週間近く疼く時期は月に一回やってくる。そんなときは精力的に仕事に精をだし、書いて字のごとく客の精を搾り取ってやった。
 そうすることで客は酷く喜んだし、トロトロと濡れるラヴィのソコは今まで以上に具合が良くなっていた。それがオメガであるが故だと知るのはラヴィ本人だけだったが、とにかくラヴィはオメガである事を伏せた上で、男娼としてさらに名声を高めていた。
 ただ月に一度、あの薬師に薬をもらいに行くと必ず、あの男が不思議と現われる事には辟易していたが。

 そして今。あれから数ヶ月経った今日。ラヴィはティグの股間を蹴り上げて、プリプリと娼館への道を歩いていた。
 オメガとして目覚めたラヴィは誰が見ても魅力的で、彼が歩く度に人々は振り返った。ベータ性など気にしたことの無い街の人々も、ラヴィは特別な獣人なのだと本能で察していた。
 少しでも顔を隠そうとストールを巻いたところで、その匂いは人々の興味を刺激する。ラヴィはそれが酷く不快だった。見て欲しいたった一人は、ラヴィを愛さないというのに――。
(いや、僕は何を思っているんだろう。あんな貧乏人に興味なんてない)
 ラヴィは自力で金を貯めて、この店から出る。オメガとやらになったのなら、それすら利用してのし上がってやる。ラヴィはそう強く誓った。
 月に一度ああして出会う、ティグはいつも自分に何か言いたげで、でも結局何も言わない。あの日のように自分を抱こうにも、金の無い彼は自分を求めることが叶わないのだろうとラヴィは納得していた。
 いくつかの店をまわり、必要な日用品を買い出しして店に戻った。
「ラヴィ! お帰り、良い知らせがあるぞ」
 普段は必要以上に商品に構わない店主が、どうやらラヴィの帰宅を待ち構えていたらしい。娼館に帰って早々、浮き足だった様子でラヴィを応接室へと誘った。店主の後ろについて歩きながら、ラヴィは待ちきれず話を聞いた。
「良い――知らせ?」
 そう言いながら自分をここに売り払った親の姿を、ラヴィは思い出して警戒した。ニコニコと笑う店主は、そんなラヴィに気づかず語る。
「お前に、身請けの話が来ているよ。それも、王族から」
「――は?」
 この店で人気があると言っても、ラヴィは所詮男娼だ。街で人気がある娼館だと言っても、この店は王族が通うほどの店でもなければ、お忍びで来た事も無い。
 とはいえラヴィは、王族なんて見たことも聞いたことが無かったが。
「身請け、なんて――」
 考えてなかったと言えば嘘になる。まだ客を取って間もない頃は、自分をここから救い出してくれる誰かを期待していた。だけどそんな夢はすぐに消え去り、今は自分自身で借金を返そうと必死になっていたのに。
 応接室へ向かう足を止めてしまったラヴィに、店主は振り返り不思議そうにしていた。
「僕は……僕はやだ……」
 身請けされれば、もう客を取らなくても良い。王族であれば、例え妾であろうとも悪いようにはされないかもしれない。だけどそうしたら、もうティグは自由に出かけられないだろう。そしてあの男と、もう会えないかもしれないのだ。
 金は、頑張ればいつか貯まる。
 あの貧しい男の元に、いつか行けるかも知れない。
 だけど身請けされれば、その「いつか」は二度と来ない。
「どうしてだい? 若いうちに身請けされるのは幸せだろう?」
「……」
 あの男との出会いは最悪だった。今でも忘れたい嫌な思い出だ。名前を呼ばれることも無く、愛を囁かれることもなく、いやだと言っても精を叩きつけられた。
 何よりいやだったのが、その身勝手な男の事が頭からいつだって離れない事だった。
 月に一度、薬屋に行けばいつだってほんの少しの時間、必ず会えた。
 もっと長く側にいてしまえば、ラヴィは憎まれ口をきいてしまいそうだからすぐに離れた。自分をどうして求めてくれないのか、身請け出来ない甲斐性無し、そんな風に自分勝手に罵ってしまいたくなる自分を、ラヴィはこれでも自制していた。
 ラヴィは応接室の前で、泣きそうになっていた。
 自分がもっと素直になっていれば、ティグと一緒にここを逃げ出す位の気概があれば、何か変わっていただろうか。
 店主は浮かない表情のラヴィを気遣いつつも、待たせることが出来ない客を優先しなければならなかった。耳をしょぼくれさせてしまったラヴィの背中をバンと叩き、景気づける。
「ほらほら、行くよラヴィ」
 黙るラヴィの腕を引っ張って、店主は恭しい態度で応接室の扉をノックした。
「入れ」
 そう応える声に、ラヴィは思わずうつむいていた顔を上げ、大きな目を見開いた。
「第四王子のティグ様だ。お前も名前くらい聞いたことがあるだろう?」
 応接室の扉を開けると、そこには一人のトラ獣人が立っていた。先ほど股間を蹴り上げたはずの見慣れた男は、見慣れない立派な服を着て立っている。あの古びたシャツよりも、今身に付けている白銀の長衣がよく似合っていた。
「……ティグ……?」
 呆然としたラヴィは、一度も呼んだことの無かったその名前を思わず口にする。いつだって表情に乏しいティグは、自分を呼ぶ愛しい番いの声に顔をほころばせた。

終わり


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