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神子様が
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男だし、女性のように妊娠する訳じゃない。気持ち悪さと疼く痛みを堪えたら、きっとすぐ終わるはずだ。
俺はそう祈って、硬く目をつぶった。
「そうそう、大人しくして――グガッ!」
押さえつけられていた腕が、フッと軽くなる。
硬い音と、ヌキアの潰れたような声が聞こえて慌てて目を開く。
月明りの無い夜では、一瞬どこに何があるのか分からなくて、何が起こっているのか判断しかねた。
「ヌキ――」
「メゴ。マデバイ……こいつ殺す」
初めてはっきりと聞き取れた言葉が酷く物騒だ。
闇夜によく通る声を俺が間違える事がない。神子様? どうして、ここに。こんな時に限って。頭の中が混乱するなか、ゴキ、ドス、という重い音が響いて慌てて神子様を止めた。
「だ、駄目です、神子様! 殺したら、駄目だ!」
必死でその太い腕にしがみ付く。ヌキアよりも厚みのある身体で、どちらに勝敗があるかなんて火を見るよりも明らかだ。
神子様はゆっくりと俺の顔を見た。その瞳からは隠しきれない怒りが放たれていて、それがまるで知らない人のようで……少しだけ怖じ気付く。
「ナシテ? ナシテ殺したら駄目だナヤ? メゴは……こいつが好きだナヤ?」
「ヌキアを好き!? まさか! 俺が好きなのは神子さ――ッ」
とんでもない事を誤解されてしまってはいけない、俺はその一心で思わず要らないことを口にした。慌てて口を押さえても、零れた言葉は元には戻らない。
せめて神子様が気付いていませんように――! そう祈るようにして彼の態度を見定めようとしているのに、神子様はそのままにんまりと笑った。
「ンダド思った」
先ほどの憤怒の表情が嘘のようで、虚を突かれる。
しかし神子様に胸ぐらを掴まれたままのヌキアは、ぐったりとした状態で鼻血を出している。
「ぬ、ヌキア……! み、神子様、これは……流石に……」
いや、しかし慣例から言えば王族と並ぶ身分の神子様だし、下男の一人や二人殺しても問題はないのだろう。だけどただでさえ神子様の立場が悪い今、こういった問題に目をつぶって貰えるのかどうか。
俺は一瞬の間にあれこれと思考を巡らせたが、その中にヌキアの生死が問われていないことには、我ながらどうかと思う。
でも俺にとって一番大事なのは、やはり神子様なのだ。
埋めるか? そう思った所で、神子様が俺の背中をポンと軽く叩いた。
「大丈夫だ。心配ねデバ」
そう言って、神子様がヌキアに向かって手をかざすと、赤黒く腫れていた頬や腕の色が戻った。
そしてそのままソレを固い地面に放り投げると、ヌキアはウウウとくぐもったうめき声を上げた。良かった、生きてる。
「神子様。これって……」
「オレは神子様、なんだろ? この世界を癒やす神子様は、祝詞なんて無くてもこれくらい出来るナヤ」
凄い。世界を癒やす神子様が、人の怪我まで癒やすなんて知らなかった。ひょっとしたら王家や神殿の方々しか知らない事なのかもしれないけど、まさかこんな奇跡を目の前で見れる何で思わなくて。
俺はわあ、とか、凄い、とか、しきりに神子様の腕を掴んだままぴょんぴょんと跳ねた。
「……あれ? 神子様、言葉……」
興奮が冷めやらないまま、ふと我に返る。
バチリと視線が合うと、神子様はまたニンマリと笑った。ああ、これは。
「知らネガ? 方言って。オレ婆ちゃん子だから、コテコテの方言上手ぇのよ」
「ホウゲン……方言? 嘘……え、異界の言葉だとばかり」
この国にだって方言はある。だけど少しだけ語尾が違ってたり、独特の単語があったりするだけで。あんな、神子様のように歌うような言葉遣いじゃない。
目をぱちくりしていると、神子様が楽しそうに俺の頭を撫でた。
「分かるわ~。オレの所の方言、きついからの。外から来た人はジジババの言葉はわかんね~って言うわ。でもほら、振り落とせるだろ?」
「振り落とす?」
「異世界から都合良く召喚してきたくせに、役に立たないなら切り落とすって腐ったやつらを」
俺はハッとした。
神子様のその言葉の中には確かに怒りがある。
言われてみれば、神子様だって異界で生活があったのだろう。どう良いように言おうとも、こちらの世界の都合で、勝手に神子様たちを喚び出している事に間違いは無い。
「す、すいません……」
「別に、メゴが悪わけじゃねぇ。婆ちゃんも死んじまったし、召喚された事自体は恨んでねぇよ。ただ、こっちだって選ぶ権利はあるだろ? ハイ喚びました有無を言わせず国のために仕事しろって、勝手に押しつけられるのは違うと思ったんだ。結果として、メゴまで騙してたのはワリがった」
「あ、それは……大丈夫ですけど。俺にバラしてしまって良かったんですか。その……」
喚ばれてすぐに、彼に何があったのかは分からない。だけどこうして言葉が通じないフリを続けてしまう程度には、嫌な事があったのだろう。
淡々と語られる言葉の裏に、深い想いが感じられた。
「そろそろ喋れねえのも潮時だと思ってたからな。メゴも……俺の言うこと全然聞かねえし。ちゃんと飯食えって、言ってただろ」
「ふがっ」
鼻をギュッと握られて変な声が出た。
「や、やめてくらは……いっ!?」
続け様に神子様の腕の中にすっぽりと抱きかかえられては、大声を出してしまうのも仕方がない。
今までに無い距離感に、バクバクと胸の鼓動が早くなる。
そもそも、今まで一方通行のようだった俺たち二人の会話が、突然交わされるようになった事でも衝撃的だというのに。
伝わる言語を話してくれる神子様の声は、今まで以上に人を惹きつけるものがある。
喋られる嬉しさと、誰にもこの事実を知られたくない気持ちが半々だ。
「あ、あの、神子様?」
「良かった……無事で」
頬がぽわっと温かくなる。ズキズキとした痛みがスッと引いて、それが神子様の力であると気がついた。
そして情報量の多さに向こう側に追いやっていたけれど、ヌキアから襲われていた事や、神子様が恐ろしい怒りで殴っていたことも、実感として押し寄せてきた。
ブルリと身震いした。そのまま、カタカタと身体が震える。無事だったし、終わったことだ。それを堪えようとするのに、身体はちっとも言うことを聞かない。
「あ、は。大丈夫ですよ。俺は男だし、神子様が来てくれたし。あ、あんなの、ちっとも……」
「メゴ」
大きな手のひらが、背中を優しく上下に撫でる。薄い衣越しに感じるぬくもりは、ヌキアとは全く違う。落ち着けるのに、少しドキドキする、神子様の手だ。
「助けに来てくれて……ありがとうございました」
「何てことねぇ。好きな子が襲われて平気でいられる男はいねぇよ」
「え」
バクバクと激しい心臓の音。これは自分だけのものでは無いと気がついた。
二つの心臓の音が重なって、顔を上げようとするとギュッとより強い力で抱きしめられる。
「見んなって。ショス……恥ずかしいから」
そんなことを言われたら、どんな顔をしているんだろうと更に気になるじゃないか。
少し悪戯心を出して、何とか見てやろうと頭を動かすと、不意に拘束が緩んだ。
「まったく、お前は」
「ん……っ」
丁度上を向いた所で、そこに唇が重ねられた。
初めてのそれに驚いて、慌てて身体を離そうとするのに。神子様にがっちりと拘束されては、それも叶わない。
「あの……ひぇ……ンぅっ」
開いた歯列を割って、ぬるりとした何かが入ってくる。
舌だ。神子様の、舌。
「ん、う、……っ、んうう」
キスって、こんなのだった? 唇を触れ合わせるそれを見たことはある。だけどこんな、口の中を動き回って、舐め回すようなキスを俺は知らなかった。
呼吸が出来ない。
そのせいなのか、ジン……と頭の中が痺れて、腰にゾクゾクとした変な感覚が溜まっていく。
「ふぁ……っ! あぅ、んあ……」
チュウと舌をきつく吸われて、身体が勝手に震えた。俺はついにこの変な感覚が、快感だと気がついてしまう。
膝がガクガクと笑い出し、身体の中心がズクズクと熱を持った。もう俺には目の前の男に縋るしかなくて、必死にその上着にしがみ付いた。
ぬめぬめとした生き物に、俺は必死で舌を沿わせた。すると口づけは更に深さを増して、身長差も相まってもう立ってることが難しい。
舌は痺れて、上を向いたままの首も痛い。
呼吸が、息が出来ない。
「も……ムリぃ……」
ようやく唇が離れた頃には、神子様に身体を支えて貰っているような状況だった。
「メゴ、……メゴイの。本当にお前は……可愛すぎる」
神子様はそう言って俺の身体をギュッと抱きしめる。
俺はそう祈って、硬く目をつぶった。
「そうそう、大人しくして――グガッ!」
押さえつけられていた腕が、フッと軽くなる。
硬い音と、ヌキアの潰れたような声が聞こえて慌てて目を開く。
月明りの無い夜では、一瞬どこに何があるのか分からなくて、何が起こっているのか判断しかねた。
「ヌキ――」
「メゴ。マデバイ……こいつ殺す」
初めてはっきりと聞き取れた言葉が酷く物騒だ。
闇夜によく通る声を俺が間違える事がない。神子様? どうして、ここに。こんな時に限って。頭の中が混乱するなか、ゴキ、ドス、という重い音が響いて慌てて神子様を止めた。
「だ、駄目です、神子様! 殺したら、駄目だ!」
必死でその太い腕にしがみ付く。ヌキアよりも厚みのある身体で、どちらに勝敗があるかなんて火を見るよりも明らかだ。
神子様はゆっくりと俺の顔を見た。その瞳からは隠しきれない怒りが放たれていて、それがまるで知らない人のようで……少しだけ怖じ気付く。
「ナシテ? ナシテ殺したら駄目だナヤ? メゴは……こいつが好きだナヤ?」
「ヌキアを好き!? まさか! 俺が好きなのは神子さ――ッ」
とんでもない事を誤解されてしまってはいけない、俺はその一心で思わず要らないことを口にした。慌てて口を押さえても、零れた言葉は元には戻らない。
せめて神子様が気付いていませんように――! そう祈るようにして彼の態度を見定めようとしているのに、神子様はそのままにんまりと笑った。
「ンダド思った」
先ほどの憤怒の表情が嘘のようで、虚を突かれる。
しかし神子様に胸ぐらを掴まれたままのヌキアは、ぐったりとした状態で鼻血を出している。
「ぬ、ヌキア……! み、神子様、これは……流石に……」
いや、しかし慣例から言えば王族と並ぶ身分の神子様だし、下男の一人や二人殺しても問題はないのだろう。だけどただでさえ神子様の立場が悪い今、こういった問題に目をつぶって貰えるのかどうか。
俺は一瞬の間にあれこれと思考を巡らせたが、その中にヌキアの生死が問われていないことには、我ながらどうかと思う。
でも俺にとって一番大事なのは、やはり神子様なのだ。
埋めるか? そう思った所で、神子様が俺の背中をポンと軽く叩いた。
「大丈夫だ。心配ねデバ」
そう言って、神子様がヌキアに向かって手をかざすと、赤黒く腫れていた頬や腕の色が戻った。
そしてそのままソレを固い地面に放り投げると、ヌキアはウウウとくぐもったうめき声を上げた。良かった、生きてる。
「神子様。これって……」
「オレは神子様、なんだろ? この世界を癒やす神子様は、祝詞なんて無くてもこれくらい出来るナヤ」
凄い。世界を癒やす神子様が、人の怪我まで癒やすなんて知らなかった。ひょっとしたら王家や神殿の方々しか知らない事なのかもしれないけど、まさかこんな奇跡を目の前で見れる何で思わなくて。
俺はわあ、とか、凄い、とか、しきりに神子様の腕を掴んだままぴょんぴょんと跳ねた。
「……あれ? 神子様、言葉……」
興奮が冷めやらないまま、ふと我に返る。
バチリと視線が合うと、神子様はまたニンマリと笑った。ああ、これは。
「知らネガ? 方言って。オレ婆ちゃん子だから、コテコテの方言上手ぇのよ」
「ホウゲン……方言? 嘘……え、異界の言葉だとばかり」
この国にだって方言はある。だけど少しだけ語尾が違ってたり、独特の単語があったりするだけで。あんな、神子様のように歌うような言葉遣いじゃない。
目をぱちくりしていると、神子様が楽しそうに俺の頭を撫でた。
「分かるわ~。オレの所の方言、きついからの。外から来た人はジジババの言葉はわかんね~って言うわ。でもほら、振り落とせるだろ?」
「振り落とす?」
「異世界から都合良く召喚してきたくせに、役に立たないなら切り落とすって腐ったやつらを」
俺はハッとした。
神子様のその言葉の中には確かに怒りがある。
言われてみれば、神子様だって異界で生活があったのだろう。どう良いように言おうとも、こちらの世界の都合で、勝手に神子様たちを喚び出している事に間違いは無い。
「す、すいません……」
「別に、メゴが悪わけじゃねぇ。婆ちゃんも死んじまったし、召喚された事自体は恨んでねぇよ。ただ、こっちだって選ぶ権利はあるだろ? ハイ喚びました有無を言わせず国のために仕事しろって、勝手に押しつけられるのは違うと思ったんだ。結果として、メゴまで騙してたのはワリがった」
「あ、それは……大丈夫ですけど。俺にバラしてしまって良かったんですか。その……」
喚ばれてすぐに、彼に何があったのかは分からない。だけどこうして言葉が通じないフリを続けてしまう程度には、嫌な事があったのだろう。
淡々と語られる言葉の裏に、深い想いが感じられた。
「そろそろ喋れねえのも潮時だと思ってたからな。メゴも……俺の言うこと全然聞かねえし。ちゃんと飯食えって、言ってただろ」
「ふがっ」
鼻をギュッと握られて変な声が出た。
「や、やめてくらは……いっ!?」
続け様に神子様の腕の中にすっぽりと抱きかかえられては、大声を出してしまうのも仕方がない。
今までに無い距離感に、バクバクと胸の鼓動が早くなる。
そもそも、今まで一方通行のようだった俺たち二人の会話が、突然交わされるようになった事でも衝撃的だというのに。
伝わる言語を話してくれる神子様の声は、今まで以上に人を惹きつけるものがある。
喋られる嬉しさと、誰にもこの事実を知られたくない気持ちが半々だ。
「あ、あの、神子様?」
「良かった……無事で」
頬がぽわっと温かくなる。ズキズキとした痛みがスッと引いて、それが神子様の力であると気がついた。
そして情報量の多さに向こう側に追いやっていたけれど、ヌキアから襲われていた事や、神子様が恐ろしい怒りで殴っていたことも、実感として押し寄せてきた。
ブルリと身震いした。そのまま、カタカタと身体が震える。無事だったし、終わったことだ。それを堪えようとするのに、身体はちっとも言うことを聞かない。
「あ、は。大丈夫ですよ。俺は男だし、神子様が来てくれたし。あ、あんなの、ちっとも……」
「メゴ」
大きな手のひらが、背中を優しく上下に撫でる。薄い衣越しに感じるぬくもりは、ヌキアとは全く違う。落ち着けるのに、少しドキドキする、神子様の手だ。
「助けに来てくれて……ありがとうございました」
「何てことねぇ。好きな子が襲われて平気でいられる男はいねぇよ」
「え」
バクバクと激しい心臓の音。これは自分だけのものでは無いと気がついた。
二つの心臓の音が重なって、顔を上げようとするとギュッとより強い力で抱きしめられる。
「見んなって。ショス……恥ずかしいから」
そんなことを言われたら、どんな顔をしているんだろうと更に気になるじゃないか。
少し悪戯心を出して、何とか見てやろうと頭を動かすと、不意に拘束が緩んだ。
「まったく、お前は」
「ん……っ」
丁度上を向いた所で、そこに唇が重ねられた。
初めてのそれに驚いて、慌てて身体を離そうとするのに。神子様にがっちりと拘束されては、それも叶わない。
「あの……ひぇ……ンぅっ」
開いた歯列を割って、ぬるりとした何かが入ってくる。
舌だ。神子様の、舌。
「ん、う、……っ、んうう」
キスって、こんなのだった? 唇を触れ合わせるそれを見たことはある。だけどこんな、口の中を動き回って、舐め回すようなキスを俺は知らなかった。
呼吸が出来ない。
そのせいなのか、ジン……と頭の中が痺れて、腰にゾクゾクとした変な感覚が溜まっていく。
「ふぁ……っ! あぅ、んあ……」
チュウと舌をきつく吸われて、身体が勝手に震えた。俺はついにこの変な感覚が、快感だと気がついてしまう。
膝がガクガクと笑い出し、身体の中心がズクズクと熱を持った。もう俺には目の前の男に縋るしかなくて、必死にその上着にしがみ付いた。
ぬめぬめとした生き物に、俺は必死で舌を沿わせた。すると口づけは更に深さを増して、身長差も相まってもう立ってることが難しい。
舌は痺れて、上を向いたままの首も痛い。
呼吸が、息が出来ない。
「も……ムリぃ……」
ようやく唇が離れた頃には、神子様に身体を支えて貰っているような状況だった。
「メゴ、……メゴイの。本当にお前は……可愛すぎる」
神子様はそう言って俺の身体をギュッと抱きしめる。
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