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神子失格でもいい

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 可愛いなんて、男としては言われても嬉しくないはずだ。
 今まで冗談でも、そんなことを言う奴は睨み付けてきた。
 なのに神子様が相手だと、口角が勝手に上がって嬉しさがこみ上げてくるんだから、もう自分の気持ちを否定できない。
「可愛いなんて……」
 そんな風に言われて、乙女のように頬を染めている自分は、随分マヌケな気がする。
 今夜が新月で良かったと、そう思った所で状況に気がついた。
「あっ、あっ、神子様どうしましょう、あいつ……ヌキア、どこかに運びますか?」
 ずっと土の上に転がしている男を、俺はようやく思い出した。
 いくら気を失っているとは言え、あいつの前で俺は神子様と――うわわ、やめよう考えるのは。
「いい。ほっとけ。そのうち起きるだろ」
 神子様はそう言いながら、俺の顔や頭に啄むようなキスを落とす。
 恥ずかしいから止めて欲しいんだけど。いや、でも嬉しい事には間違いないんだよ。
 だけどどう反応したらいいのか分からなくて、俺はされるがままだ。
「と、とりあえずもうお部屋に戻りましょう。夜も遅いですし」
 空に浮かぶ星達の位置から察するに、いつもならお互い休んでる時間だ。
 こんな事もあったし疲れているだろうと、そう思った上での提案だったのに。
「メゴ。それはお誘いか?」
 神子様はニヤニヤと笑って、俺の顔を覗き込む。
 俺は一瞬きょとんとして、自分の言った言葉を反芻した。
「――っ! 違います!!!」
 そういう意味ではない。断じてないっ! 少しだけ固くなった身体の中心を、布がたっぷり使われた上衣が隠してくれて助かった。
「もうっ、行きますよ!」
「はいはい」
「はい、は一回です!」
 神子様の腕を引っぱって扉へ向かってずんずん歩く。照れ隠しもあるけれど、多分この人にはお見通しな気がする。
「メゴは、カカチャみてぇだな」
「カカチャ?」
 神子様の言葉は、今までよりうんと聞き取りやすくなっている。
 わざと訛りを強くしていた部分もあったのだろうけど、そのせいか単語と文章がわかりやすい。
 だからこそ知らない単語が際だって、俺は何の気無しに聞き返した。
「お母さん。むしろ嫁って意味が強い」
「――っ!!!! もうっ、さっさとお部屋にいって寝てください!」
 キャンキャンと吠える俺に、神子様はさらっとキスをした。
「み、神子様!」
「おーおー、俺のカカチャはこええな。今夜は一人で寝てやっからな。……今夜は。おやすみ」
 そう言って、神子様は手をヒラヒラと振って自室へと戻った。
「今夜は、って……うわわ」
 去り際に更なる爆弾発言を残されて、俺はへたへたとその場にしゃがみ込んだのだった。

※※※

 一夜明け、習性から日の出と共に目を覚ました。
 念のため、昨晩ヌキアを放置していた辺りに恐る恐る行ってみたものの、そこには誰の姿も無くてホッとした。
 あれは夢だったんじゃないかな、なんて。
 そんな風に考えてみたけど、起きてきた神子様に出会い頭で抱きしめられたので、どうやら夢じゃ無いらしい。
 嬉しいような、恥ずかしいような。
 こんなとき、自分の両手を何処に置いたら良いのか分からなくて。結局俺は直立不動で神子様に抱きしめられていた。
「おはよ、メゴ。はー夢じゃない……嬉しいのぉ」
「お、おはようございます、神子様」
 太陽みたいにニカッと笑う神子様が眩しい。
「なあメゴ、ミコトだ。オレは柏原尊って名前だから。もう神子様は終わりで良いんじゃねえの? 恋人同士なんだし」
「ミコト、様」
 恋人、という単語にまた顔を赤くしてしまう。昨晩と違い、日差しの降り注ぐ朝の室内では、恐らく真っ赤になっているだろう自分はバレバレな気がする。
「呼び捨てで良いんだけど」
「お、恐れ多いです。ミコト様は神子様ですから」
「だけどオレ多分、神子失格になるんじゃねぇかな? そうなるように動いてきたつもりだし」
 それは、そうだ。
 神子様が望まれた通り、祝詞を正しく上げる事ができない彼へのこの扱いを見れば、火を見るよりも明らかだ。
 本当はちゃんと喋ることができる。きっと彼がその気になれば、俺たちと遜色の無い言葉で会話ができるんだろう。
 だけどそれは神子様の望む事では無くて。
 目の前の彼は喚び出された時の扱いから、既にこの世界の為に動こうとする気持ちさえ持っていないのだ。
「で、でも……」
 俺としては、治癒の力さえ持ち合わせている神子様が、正しく神子様であるのだと皆に知って欲しい。そして、こんな辺鄙な宮で酷い扱いをしていた事を謝罪して欲しい。
 でも神子様が望んでいないのだろう。
 俺は余計な事を言いそうになる唇を、きゅっと噛みしめた。
「――そうですね。神子様――いえ、ミコト様が毎日元気でいてくれるなら。神子失格でもいいです。もしこの宮すら追い出されても、俺がちゃんと養ってあげますからね」
 そうだ。何を悩むことがあるんだろう。神子様――ミコト様が健やかでいる事が、何より俺の望みだったはずだ。
 彼が神子で居たくないと望むなら、俺はそれを叶えてあげたい。
 それに次の神子様を喚び出す算段を付けていると聞くし。そんな中ここさえ追い出されては、異界から来た彼が頼るところなんて俺の所しかない。
 いや、俺の所に来て欲しい。
 そんな気持ちで言っただけなのに、何故かミコト様はきょとんとした顔をして、それから少しだけ顔を赤くした。
「メゴ……交際一日目でプロポーズ……? オレのカカチャはなかなか格好いいな」
「ち、ちが、いや、違う事ないのかな? 俺はただ、ミコト様を幸せにしたいだけで……って、あああ、プロポーズみたい、ちが、違う、違わないけど!」
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