10 / 15
文字は読めるらしい
しおりを挟む緊張した面持ちでアルバートの執務室の前に立った。いよいよ仕事が始まるのだ。緊張しないわけがない。アルバートは仕事しなくてもいいと言うくらいなのだからきっと優しくしてくれるだろう。仕事している間だけ人が変わるとかでなければ。セバスチャンはアルバートのことを恐れているようだった。その理由のことを聞くことはできなかったから、どうしてなのかは分からない。ただ、主人には決して逆らわない、意見を言わないこと、と念押しをされたのだ。はい、と頷きはしたものの、できないことをしろと言われたりしたら困る。二階から飛び降りろと言われたらどうすればいいだろうか。あの広くてよく手入れされた庭には伊織を受け止めてくれるような草木もないし。
「はあ……」
「イオリ?」
ドアをノックもしていないのに執務室の扉が中から開けられ、目の前にはアルバートの顔があった。
「びっ……! くりした……」
「ごめん、しばらく入ってこなかったようだったから」
伊織は手を引かれて執務室に入った。どうして執務室の前にいることが分かったのだろうか。聞きたかったけれど、目に入ってきた初めて見る執務室に思考が奪われる。
よく整頓された部屋に机とソファ、本棚、大量の本。伊織はこの世界に来て初めて本を目にした。そういえばこの世界の文字は読めるのだろうか。この世界の言葉はなぜか伊織には日本語に聞こえるけれど、文字はどうなのだろうか。
「あ、」
読める。本の背表紙を見てそう思った。本のタイトルは知らない文字に見えるけれど、頭の中でなぜか日本語に変換されて見える。文字さえ読めなかったら執事の仕事はできないのでは、と思ったけれど問題はなさそうだ。
「どうしたんだい?」
「あ、いや、文字が読めるなと、思って」
「ああ、うん。そうだろうね」
「え?」
うん、と頷いてアルバートは伊織をソファに座らせた。ぱちぱちと黒い瞳を瞬かせている伊織の隣に座って、アルバートは笑顔のままゆっくりと瞳を瞬かせた。
「じゃあ仕事のことなんだけど」
「えっ!? この流れで!?」
「仕事したいんじゃなかったっけ」
こてんと小首を傾げる姿は可愛らしく見える。美形がそんな仕草をするのは卑怯だ。美人というのは得だなあとぼんやりと思う。
「し、したいけど、その、気になります、どうして文字が読めるのか」
「言葉が話せるのだって気にしてなかったよね」
「た、たしかに」
「知らなくていいんじゃないかな」
「ど、どうしてそんなことを」
拾ってくれたし衣食住をくれる恩人ではあるが、そんな他人事みたいなことを言われるなんて想定していなかった。確かに働きたいと言ったのは己ではあるが、納得ができない。彼がどうしてそれを知っているのか、それを話してくれないのか。
「知ったって帰れないんだよ」
伊織は頭を強く殴られたような衝撃を受けた。
116
あなたにおすすめの小説
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼不定期連載となりました。
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます
ひと息
BL
突然の過労死。そして転生。
休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。
転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。
そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・
知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる