突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

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魔法は存在するらしい

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「え……」

 そんなことを、言われるなんて思っていなかった。伊織は無意識にアルバートのことを「いい人」だと認識していた。「いい人」から出てくる言葉には到底思えなくて、伊織の中の認識と目の前のアルバートの言葉にギャップを覚えて動けなくなる。だって、彼はいい人だった。何も分からない伊織に良くしてくれた。けれどそう、彼は伊織のことを何も聞かなかったし、伊織に興味があるようでなかった。伊織のしたいようにさせてくれたわけではなかったのだ。

「なんで、」
「イオリ?」
「なんで、そんなこと言うんですか……」

 彼に悪気があるわけではないことは分かっている。邪気のない顔で屈託のない笑顔で言ったのだ。彼の認識と己の中の彼が大きくかけ離れていただけだ。だけれど、伊織の心は砕け散った。この世界に来てかろうじて残っていた細い一本の糸が切れてしまった。

「イオリ、ごめんね」
「ごめんねなんて、思ってないくせに……!」

 ぼろぼろと涙がこぼれた。彼の謝罪はきっと伊織のために言っているだけだ。伊織が傷ついたから謝っているだけで、何が悪いのか分かっていない。わかろうともしていない。それが無性に腹がたった。彼にとって他人事なのはわかるし、彼がこうして受け入れてくれただけでもありがたいのに、どうしても許せなかった。

「文字が読めたって、言葉が分かったって、帰れないんだろうなとは、思ってたけど、」
「うん」
「それを今突きつける必要って、なかったんじゃないですか……!」

 それもあんなに無邪気に。
 こんなこと、ただの八つ当たりだと分かっているけれど言ってしまった。世話になっておいてこんなことに文句を言うだなんて、良くないことなのに。

「うん、ごめんね」

 形だけの謝罪をして、アルバートは伊織を抱きしめる。あたたかい体温に包まれて、伊織は余計に分からなくなった。アルバートという人間がどういう人間なのか、この世界で生きていけるのかどうか。

「すみません、こんな八つ当たり」
「いいよ、我慢できなかったんだよね。ごめんね、気をつけるよ」

 アルバートはそう言って伊織の頭を撫でた。気をつけるとは一体どういうことなのだろうか。もうあんなことを言わないという意味なのだろうか。

「言葉と文字については実は僕がやったんだ」
「え、何を」
「魔法」

 魔法。存在するのか。幼いころからファンタジーの世界では定番だった魔法がこの世界には存在する。そうして、アルバートは魔法を使えるらしい。

「言語に関しての魔法があってね」
「そ、そうなんですか」
「最初に会ったときにちょっとね」
「なるほど」

 会ったとき、すでに彼とは話が通じていた気がするけれど、知らない間に魔法をかけていたのだろうか。けれどそうなのであれば納得もいくというものだ。知ったって帰れないというのは、きっとアルバートが魔法をかけたから元の世界に帰ることと関係ないということなのかもしれない。

「そうだったんですね」
「うん、そうだったんだ」

 そっとアルバートが離れる。見上げた青空のような瞳は三日月を描いていた。そういえば彼はずっと笑顔だ。伊織が泣いたときなんかは心配そうな顔になるけれど、彼はずっと笑っている。怒っているところも、苛ついているところも見たことがない。
 この青空のような瞳を、どこか昔に見たことがあるような気がする。見たことないはずなのに。

「落ち着いたかな」
「すみません、落ち着きました」

 袖で顔を拭って、伊織はアルバートに向き直る。働かせてもらえるのだから、これ以上迷惑をかけてはいけない。アルバートの前では何回も泣いてしまっていて恥ずかしい。泣いて熱くなった頬にアルバートの手が当てられた。

「ちょっと冷やそうか?」
「大丈夫です」
「そう……でも僕が心配なんだ」

 そう言って執務室を出ていってしまった。主人にさせるようなことではない。冷やすなら自分で行くのに。そう言いたくても言う暇さえなく、アルバートはハンカチを冷やして戻ってきた。

「あの、アルバート、様」
「アルバートでいいよ」
「さすがにそれは……」
「アルバート」
「アルバート、さん……」
「まあ今はそれでいいかな。うん?」
「自分でできるので、大丈夫です」
「そう? ちゃんと冷やしておいてね」
「は、はい」

 アルバートは伊織のとなりに座り、心配そうな顔で伊織を見ている。上質なソファの上で伊織はいい匂いのするハンカチを目元にあてがった。


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